第8話 一衣帯水~四字熟語の攻略法

 32歳で看護学校を受験するというのは、相当、つらい。面接と小論文だけの入試なら何とかなりそうな気もするが、国語や数学、英語となると、学校の授業で得た知識は、遠い昔の記憶になっている。


 四字熟語


 確かに学校で習った。国語の時間に覚えさせられたし、就職に有利だからと半強制的に受けさせられた漢字検定でも、四字熟語の問題は、出た。


 苦手だった。苦手な原因が「なぜこんなものを覚える必要があるのかわらない」という一点にあることも、自分で気づいていた。


 ―――だるい。何?「( )肉( )食」の答えが「弱肉強食」だって。どうして「焼肉定食」は×なの?ちゃんと四文字で意味が通るのに。「牛肉定食」でもいいのに。正解が一個しかないなんて、意味不明。


 高校生だったころの七海は、そんな風にして、自分から四字熟語を苦手分野にしてしまっていた。


 看護学校の受験でも、四字熟語の出題は多い。理由は「問題にしやすい・採点しやすい」という点に尽きるだろう。


 そもそも、筆者が中学生の頃(昭和60年代)には、四字熟語が試験に出るなんてことは珍しかった。なぜなら、その頃は「四字熟語」というのは、書籍やクイズ番組でブームとなっている、一過性の流行に過ぎなかったからだ。


 確かに、その頃から「四字熟語」というネーミングと共に様々な書籍が出版され、ブームを巻き起こし始めたことは事実である。筆者が小学生の高学年の頃は「四字熟語」というネーミングさえ、目新しいものだった。中学生くらいになって、ようやく三重の田舎の書店でも「四文字熟語」や「四字熟語」というタイトルの本が並び始めた記憶がある。


 なぜここまで「四字熟語」がブームとなり、その後定着したかというと、「クイズの問題として出題しやすい」ということに尽きるといえる。


 ―――問題として出題しやすい

 

 試験問題との相性、抜群である。


 四文字の漢字で熟語として用いること自体は、中国が起源であり、歴史は古い。例えば「朝三暮四」は、秦の始皇帝が活躍した時代から広く知られているエピソードで、現代中国では、考えがコロコロ変わる、という意味で用いられている。

 ところが日本では、本来のエピソードの意味に最も近い、ことば巧みに人を欺く、という意味で用いられる。

 この意味の変遷・変化は、いかに四字熟語が長い年月を経て、数えきれないほど多くの人々の間で用いられてきたかを示す証拠になる。


 ところが、それを「四字熟語」と呼んで、クイズ形式で正解を答えさせるというのは、日本語の歴史の中では、ごくごく最近の事象なのである。

 

 さて、海野七海は、四字熟語が大きらい。まめじぃはそれを知って、あえて日々の課題を出した。


 それは、「Twitterに受験勉強専用のアカウントを作って、そこで毎日1つ、四字熟語を用いた例文を作ること」だった。


 まったく興味が無い七海。わざわざ漢字四文字で小難しい言いかたをしなくたって、通じるでしょう? 何?五里霧中って。いまどき「五里」といわれて「ああ、あれくらいの距離ね」とわかる人いる?時代劇マニアだけでしょ?内心、文句タラタラだった。

 過去問を解いてみて、四字熟語が必要なのはわかった。でも、まったく興味が持てないし、例文なんて、作れない。でも毎日の課題だっていうから、無理やり作った。


 使用する四字熟語のリストは、あらかじめ、まめじぃいが用意してくれた。


(※注:これから、入試などでよく出題される四字熟語の一覧が表示されます。読み飛ばし頂いても大丈夫です。いやむしろ読み飛ばし推奨。その後、この第8話の核心に入ります)



1 曖昧模糊  あいまいもこ はっきりせずに、ぼんやりしている様子。

2 悪戦苦闘  あくせんくとう 死に物狂いの苦しい戦いかたや努力のこと。

3 阿鼻叫喚  あびきょうかん 苦痛や悲惨な状況に混乱し泣きわめくこと。

4 暗中模索  あんちゅうもさく 手がかりが無いような物事を探し求めること。

5 唯々諾々  いいだくだく 主体性を持たず、他人の言うままに従うこと。

6 意気消沈  いきしょうちん 元気が無く落ち込んでいること。

7 意気投合  いきとうごう お互いの気持ちや呼吸がぴったり合うこと。

8 意気揚々  いきようよう おおいに満足して得意気で元気な様子。

9 異口同音  いくどうおん 多くの人がみな同じことを言うこと。

10 以心伝心  いしんでんしん 黙っていても相手と気持ちが通じ合っていること。

11 一衣帯水  いちいたいすい ひとすじの帯のような狭い川。また、それらを隔てて近接していること。

12 一期一会  いちごいちえ 一生に一度しか会う機会がないような不思議な縁。

13 一日千秋  いちじつせんしゅう 一日が千年のように感じるほど待ち遠しいこと。

14 一網打尽  いちもうだじん 悪人などを一度に全員つかまえること。

15 一目瞭然  いちもくりょうぜん 一目見ただけではっきりとわかること。

16 一蓮托生  いちれんたくしょう 運命を共にすること。

17 一攫千金  いっかくせんきん 一度にたやすく大きな利益を手に入れること。

18 一喜一憂  いっきいちゆう 状況が変わるたびに、喜んだり心配したりすること。

19 一気呵成  いっきかせい 一気に作り上げること。一気に成し遂げること。

20 一騎当千  いっきとうせん 一人で千人の敵を相手にするほど強いこと。

21 一挙両得  いっきょりょうとく 一つのことをして、二つの利益を得ること。

22 一刻千金  いっこくせんきん ひとときが千金に値すること。大切な時間ほど早く過ぎると感じることを惜しむ気持ち。

23 一触即発  いっしょくそくはつ 少し触れるとすぐ爆発しそうなこと。危機の差し迫っていること。

24 一所懸命  いっしょけんめい 一か所の領地に命を懸けるように、物事を命がけですること。

25 一心不乱  いっしんふらん 心を一つのことに集中して、他にそらさない様子。

26 一朝一夕  いっちょういっせき 短い期日、わずかな時間のこと。

27 一刀両断  いっとうりょうだん 物事を思い切って判断すること。

28 意味深長  いみしんちょう 表面上の意味以外に別の意味が含まれていること。

29 因果応報  いんがおうほう 過去や前世の行いの善悪に応じて報いがあること。

30 有為転変  ういてんぺん あらゆるものが常に変化して同じ状態にないこと。

31 右往左往  うおうさおう あっちへ行ったりこっちへ来たり、混乱すること。

32 海千山千  うみせんやません 経験を多く積み、物事の裏表を知り尽くしたずる賢い人。

33 紆余曲折 うよきょくせつ 曲がりくねっていること。事情が複雑で込み入っていること。

34 雲散霧消  うんさんむしょう 雲や霧のように、物事が一度に跡形もなく消えてなくなること。

35 栄枯盛衰  えいこせいすい 人や物事が盛んになったり衰えたりすること。

36 会者定離  えしゃじょうり 会うものは必ず別れる運命にあるということ。

37 温厚篤実  おんこうとくじつ 人柄が温かく、情に厚く、誠実な様子。

38 温故知新  おんこちしん 昔のことをよく知ることで、その中に新しい価値を見つけること。

39 外柔内剛  がいじゅうないごう 一見すると物腰はやわらかいが、実際には頑丈で強いこと。

40 快刀乱麻 かいとうらんま もつれた物事を的確に素早く解決すること。

41 偕老同穴  かいろうどうけつ 夫婦が年老いてもずっと仲良く居続けること。

42 臥薪嘗胆  がしんしょうたん 目的を果たすためにあらゆる困難に耐えること。

43 佳人薄命  かじんはくめい 美人は不幸だったり短命だったりすること(昔の中国の話)。

44 花鳥風月  かちょうふうげつ 自然の美しい景色や風物。風流なこと。

45 隔靴搔痒  かっかそうよう かゆいところに手が届かず、もどかしいこと。

46 我田引水  がでんいんすい 自分に都合よくはからうこと。

47 画竜点睛  がりょうてんせい 物事の肝心なところ。

48 夏炉冬扇  かろとうせん 時期外れの無用なもの。

49 感慨無量  かんがいむりょう 深く身に染みて感じ入ること。

50 侃侃諤諤  かんかんがくがく 遠慮しないでさかんに主張や議論をすること。

51 汗牛充棟  かんぎゅうじゅうとう 蔵書が極めて多いこと。

52 換骨奪胎  かんこつだったい 他人の考え・技法などを参考にしながら、自分独自の作品を作り上げること。

53 冠婚葬祭 かんこんそうさい 慶弔の儀式。

54 勧善懲悪  かんぜんちょうあく 善い行いを勧め、悪事を懲らしめること。

55 危機一髪  ききいっぱつ 髪の毛一筋のわずかの差で危機に陥りそうな瀬戸際。

56 起死回生  きしかいせい 死にかけた人を生き返らせる意から、絶望の危機から回復すること。

57 起承転結  きしょうてんけつ 漢詩の構成法。転じて物事や文章の構成のこと。

58 疑心暗鬼  ぎしんあんき 疑い始めると、何でもないことまで恐ろしくなること。

59 奇想天外  きそうてんがい 普通では考えつかないような奇抜な思い付き。

60 喜怒哀楽  きどあいらく 喜び・怒り・悲しみ・楽しみ。人間の様々な感情。

61 旧態依然  きゅうたいいぜん 昔のままで、いっこうに変わらないこと。

62 急転直下  きゅうてんちょっか 形成が急に変わって、物事が解決に向かうこと。

63 行住坐臥 ぎょうじゅうざが 日常の振る舞い。ふだん。日頃。

64 驚天動地  きょうてんどうち 天を驚かし地を動かす。大いに世間を驚かせること。

65 虚々実々  きょきょじつじつ 互いに相手に対して策略や手段を尽くして戦うこと。

66 曲学阿世 きょくがくあせい 真理を曲げて権力や時勢に迎合すること。

67 玉石混交(淆) ぎょくせきこんこう 良いものと悪いものが入り混じること。

68 虚心坦懐 きょしんたんかい 心にわだかまりがない、穏やかな心。

69 金科玉条 きんかぎょくじょう 絶対と信じて、この上なく守り続けるきまり。

70 空前絶後 くうぜんぜつご 過去にも例が無く、これからも起こらないようなまれなできごと。

71 空理空論 くうりくうろん 現実とかけ離れていて、実際の役に立たない考え。

72 群雄割拠  ぐんゆうかっきょ 各地の英雄や実力者が自分の土地を本拠として互いに対立して勢力を奮うこと。

73 軽挙妄動  けいきょもうどう 軽はずみな行動。

74 軽佻浮薄  けいちょうふはく 考えが浅はかで行動が浮ついている様子。

75 月下氷人  げっかひょうじん 男女の縁を取り持つ人のこと。

76 牽強付会  けんきょうふかい 自分に都合よく理屈をこじつけること。

77 乾坤一擲  けんこんいってき 運を天に任せてのるかそるかの大勝負をすること。

78 捲土重来  けんどちょうらい 一度敗れたものが、勢力を蓄えて再び巻き返すこと。

79 権謀術数  けんぼうじゅつすう 巧みに人を欺くためのはかりごと。

80 行運流水  こううんりゅうすい 空を行く雲や流れる水のように成り行きに任せて行動すること。

81 厚顔無恥  こうがんむち 厚かましくて恥を知らない様子。

82 巧言令色  こうげんれいしょく 言葉を飾り顔色を伺うこと。

83 荒唐無稽  こうとうむけい 言うことに根拠がなくでたらめで、現実的でないこと。

84 豪放磊落  ごうほうらいらく 心が大きく細かいことにこだわらないさま。

85 呉越同舟  ごえつどうしゅう 仲の悪い者同士や敵味方が一緒にいること。

86 虎視眈々  こしたんたん 獲物を狙う虎のように機会を狙い様子を伺うこと。

87 孤立無援  こりつむえん ひとりぼっちで助けが得られないこと。

88 五里霧中  ごりむちゅう 霧の中にいるように、判断に迷い、見込みや方針が全く立たないこと。

89 言語道断  ごんごどうだん 言葉で言い表せないほどひどいこと。もってのほか。

90 才気煥発 さいきかんぱつ 才能があり、頭脳のはたらきが活発な様子。

91 山紫水明  さんしすいめい 目に映えて山が紫に見え川が清らかに流れる美しい自然のこと。

92 三拝九拝  さんぱいきゅうはい 何度もお辞儀をしてものを頼むこと。

93 自画自賛  じがじさん 自分で自分を褒めること。

94 自家撞着  じかどうちゃく 同じ人の言動が前後で矛盾していること。自分で自分の言動に反するふるまいをすること。

95 自業自得 じごうじとく 自分がした悪い行為の報いを自分の身に受けること。

96 獅子奮迅  ししふんじん 獅子が暴れまわるように激しい勢いで奮闘すること。

97 自縄自縛 じじょうじばく 自分の言動のために身動きが取れず、苦しむこと。

98 時代錯誤  じだいさくご 時代遅れ。

99 質実剛健  しつじつごうけん 飾り気がなく真面目で心がしっかりしていること。

100 七転八倒 しちてんばっとう 苦痛に耐えられずあちこち転がりまわること。もがき苦しむこと。

101 自暴自棄  じぼうじき 自分で自分を粗末に扱い、投げやりになること。

102 四面楚歌  しめんそか 周囲を敵に囲まれて、助けが無く孤立した状態。

103 弱肉強食  じゃくにくきょうしょく 弱者の犠牲によって強者が反映すること。

104 縦横無尽  じゅうおうむじん 自分の思うままにふるまうこと。思う存分。

105 周章狼狽  しゅうしょうろうばい あわてふためくこと。うろたえ騒ぐこと。

106 主客転倒  しゅきゃくてんとう 物事の大小、軽重などが逆になること。

107 首尾一貫  しゅびいっかん 最初から終わりまで、考えや態度に矛盾が無いこと。

108 順風満帆  じゅんぷうまんぱん 物事が思い通りに順調に運ぶこと。

109 盛者必衰  じょうしゃひっすい 勢いが盛んなものもいずれは衰えるということ。

110 枝葉末節  しようまっせつ 物事の本質から離れた主要でない部分。些細な部分。

111 諸行無常  しょぎょうむじょう 全てのものは常に変化しているということ。

112 支離滅裂  しりめつれつ 筋道が立たず統一がなく、無茶苦茶なこと。

113 神出鬼没  しんしゅつきぼつ 神わざのようにたちまち現れたり消えたりして居場所が容易にわからないこと。

114 信賞必罰 しんしょうひつばつ 手柄のある者には必ず賞を与え、罪のある者は必ず罰するということ。

115 針小棒大  しんしょうぼうだい 針ほどの小さいことを棒のように大きく言うこと。大げさなこと。

116 深謀遠慮  しんぼうえんりょ 先のことまで深く考えて計画を練ること。

117 森羅万象  しんらばんしょう 宇宙に存在するあらゆる物事や現象のこと。

118 酔生夢死  すいせいむし 何をすることでもなく、ただ空しく一生を送ること。

119 晴耕雨読  せいこううどく 晴れた日は畑を耕し、雨の降る日は家で読書をすること。

120 生殺与奪  せいさつよだつ 生かすことも殺すことも、与えることも奪うことも、すべて思いのままであること。

121 青天白日  せいてんはくじつ 良く晴れた空のように心にやましいことが無いこと。

122 清廉潔白  せいれんけっぱく 心が清らかで正しく、私利私欲の無いこと。

123 切磋琢磨  せっさたくま 互いに励まし合って向上すること。

124 切歯扼腕  せっしやくわん 歯ぎしりし腕をつかんで、ひどく悔しがること。

125 絶体絶命  ぜったいぜつめい 逃れられない絶望的な状態。

126 千載一遇  せんざいいちぐう 千年に一度しか出会えないような、めったにない機会。

127 千差万別  せんさばんべつ それぞれ様々に違っていること。

128 戦々恐々(兢々) せんせんきょうきょう びくびくして恐れること、

129 前代未聞  ぜんだいみもん 今までに聞いたことが無いような珍しいこと。

130 千篇一律  せんぺんいちりつ 皆同じで変化が無く単調なこと。

131 大器晩成  たいきばんせい 大人物は遅れて大成すること。

132 大義名分  たいぎめいぶん 人として守るべき大儀と本分。行動のよりどころとなる正当な理由。

133 大言壮語  たいげんそうご 自分の実力に及ばないような大きなことを言うこと。

134 泰然自若  たいぜんじじゃく 物事に動じず、落ち着いていること。

135 大胆不敵  だいたんふてき 度胸があって、物事に動じない様子。

136 大同小異  だいどうしょうい 少しの違いはあっても、大体同じであること。

137 大同団結  だいどうだんけつ いくつかのグループが、共通の目的のために小さな違いを乗り越えて力を合わせること。

138 単刀直入 たんとうちょくにゅう 前置きや遠回りをせず、いきなり話の本題に入ること。

139 朝令暮改  ちょうれいぼかい 朝出した命令を夕方に改めるように、むやみに法が変えられてあてにならないこと。

140 直情径行  ちょくじょうけいこう 周囲の事を考慮せず自分の思うままに行動すること。

141 猪突猛進  ちょとつもうしん 猪のように一直線に突き進むこと。

142 適材適所  てきざいてきしょ 才能のある人を、それに適した仕事や地位につけること。

143 徹頭徹尾  てっとうてつび 最初から最後まで。終始一貫。

144 天衣無縫  てんいむほう 技巧の跡が無く、自然で巧みに作られていること。また純真で無邪気なこと。

145 電光石火  でんこうせっか 稲妻と火打石がきらめくような短い時間。非常に行動が早いこと。

146 当意即妙  とういそくみょう その場に応じてとっさに機転を利かせること。

147 同工異曲  どうこういきょく 違っているように見えても大体は同じであること。

148 東奔西走 とうほんせいそう あちこちと忙しく駆け回ること。

149 内柔外剛  ないじゅうがいごう 内面は弱いが、外見は強そうに見えること。

150 内憂外患  ないゆうがいかん 内部にも外部にも心配があること。

151 南船北馬  なんせんほくば 各地を駆け回って活躍すること。絶えずあちこち旅行すること。

152 日進月歩  にっしんげっぽ 絶え間なく進歩し続けること。

153 二律背反 にりつはいはん 二つの原理や法則が妥当性を持ちながら、互いに矛盾して両立しないこと。

154 白砂青松  はくしゃ(さ)せいそう 美しい海辺の景色を形容したもの。

155 博覧強記  はくらんきょうき 広く書物を読み、よく記憶していること。

156 馬耳東風  ばじとうふう 人の意見や批評を少しも心に留めず、聞き流すこと。

157 波瀾万丈 はらんばんじょう 物事の変化や起伏などが激しいこと。

158 半信半疑  はんしんはんぎ 本当かどうか判断に迷うこと。

159 美辞麗句  びじれいく うわべだけを美しくきれいに飾り立てた言葉。

160 百家争鳴  ひゃっかそうめい 多くの学者などが自由に議論すること。

161 風光明媚  ふうこうめいび 風景・景色が清らかで明るく美しいこと。

162 不易流行  ふえきりゅうこう 不変のものと変化するものの二つの根本は同じだということ。松尾芭蕉が提唱。解釈には諸説あり、変わらないものと変化していくもの、どちらも取り入れることが大切、という解釈もある。

163 不俱戴天  ふぐたいてん 同じ空の下にともに生きていられないと思うほど恨むこと。

164 不即不離  ふそくふり つかず離れずという関係を保つこと。

165 不撓不屈  ふとうふくつ 困難に直面しても決してくじけないこと。

166 不偏不党  ふへんふとう どちらにも偏らず、中立の立場を守ること。

167 付(附)和雷同 ふわらいどう むやみに他の意見に賛同すること。自分の考えを持たずに安易に他の人に同調すること。

168 粉骨砕身  ふんこつさいしん 力の限りを出し尽くすこと。

169 片言隻語  へんげんせきご ほんのひとこと。

170 片言隻句  へんげんせきく(せっく) ほんのひとこと。

171 傍若無人  ぼうじゃくぶじん 人前でもおかまいなく勝手気ままにふるまうこと。

172 茫然自失  ぼうぜんじしつ あっけにとられて我を忘れてしまうこと。

173 抱腹絶倒  ほうふくぜっとう 腹を抱えて笑うこと。

174 本末転倒  ほんまつてんとう 重要な事と重要ではない事をはき違えること。

175 無我夢中  むがむちゅう ひたすら何かに熱中して我を忘れてしまうこと。

176 無味乾燥  むみかんそう 何の味わいも面白味もないこと。

177 明鏡止水  めいきょうしすい 心が静かに澄み渡って落ち着いているようす。

178 面従腹背  めんじゅうふくはい うわべでは服従しながら、心の中では反抗していること。

179 唯我独尊 ゆいがどくそん 自分だけが最も特別な優れた存在であると考えること。

180 優柔不断  ゆうじゅうふだん 思い切りが悪くなかなか決断できないこと。

181 有名無実  ゆうめいむじつ 名前ばかり有名で、中身が伴わないこと。

182 悠々自適  ゆうゆうじてき 世間の煩わしい事にとらわれず、のんびりと思いのままに過ごすこと。

183 羊頭狗肉 ようとうくにく 見せかけは立派だが、中身が伴っていないこと。羊は古代中国では最も高級なお肉。

184 離合集散  りごうしゅうさん 集まったり離れたりを繰り返すこと。

185 流言飛語  りゅうげんひご 根拠のない、いい加減なうわさ。

186 竜頭蛇尾  りゅうとうだび はじめは勢いがすごかったのに、その後勢いが衰えてしまうこと。

187 臨機応変  りんきおうへん 状況に応じて、適切な手段をとること。

188 和洋折衷  わようせっちゅう 日本と西洋の様式を取り混ぜて調和させること。


(188個、もし読んで下さった方がいらっしゃるなら、ありがとうございます。お疲れ様です。何度もつりそうになりながらタイピングした指も報われます。)


 ふざけるな、と七海は思った。誰だこんなもの作ったの。このリストでも、四字熟語の、一部に過ぎないという。


 これを一つひとつ、暗記していくなんて、ダメだ、心折れる、と七海はくじけそうになっていた。毎日だし。


 悶絶する七海は、まめじぃに相談した。何とかならないかと。正直に話した。四字熟語が大きらいだと。なぜあんなものが存在するのか、意味がわからないと。


 するとまめじぃは、


「( )衣( )水、さて、カッコにどんな漢字が入るかな?」


謎の問題で返してきた。


「見たことないですね。」


と七海は答えた。リストにあったっけ。


「羽衣」

「着衣」

「脱衣」

「更衣室」


自分の知っている言葉を総動員しても、穴埋めができない。


まめじぃは、話し始めた。


「これは、『一衣帯水』が正解。『イチ / イタイ / スイ』と分けるんじゃ。この分けかたを、ちゃんと意味まで理解して、使いこなせている人は、きっと四字熟語の上級者だな。


多くの人は、イチイ / タイスイ、と誤解されとるんじゃないかと、ワシは思う。


正しくは、


一 / 衣帯 / 水


という。


一 / 衣帯 / 水 とは、


一枚の、衣帯(腰に巻く細い帯)のような、水。


衣帯という言葉じたいが、今は一般的でないために、わかりにくいな。


古代中国に、隋という国と、陳という国があった。


陳という国の王様が、とても悪いやつで、陳の住民が苦しんでいるから、隋の文帝は、陳の人々を悪い王様から救ってやろうと。


それでな、中国に「揚子江(長江)」という、巨大な河が流れとる。海みたいな大河じゃ。その大河を隔てて、隋と陳、2つの国があったんじゃが、


隋の文帝は、


『陳の国民みんなが苦しんでるんだ。たかが一本の細い帯(一衣帯)みたいな水(=巨大な長江)、どうってことない。陳に攻め込むぞ!』ってな。長江を渡って、陳をと戦争をしたんじゃ」


 そこで、七海は喰いついた。


「待って。長江といえば、『三国志』の名場面「赤壁の戦」の舞台じゃないですか」


 七海は、実は隠れ三国志オタクだった。テレビゲーム「三國無双」は徹夜でやり込んだ。


「そうそう。その長江。あの巨大な河を『一本の細い帯みたいな水』と表現したんじゃな。それくらいどうってことない、陳の人たちを救うためだと」


 七海は、急に興味を持ち始めた。


「感動~。隋の文帝はヒーローですねえ」


「まあ待て。これ、2022年2月にロシアがウクライナに武力侵攻を行ったときの理屈と似てないか?」


「え?あれは、プーチン大統領が、ゼレンスキー政権はネオナチで、罪もないたくさんの人々を虐殺しているから、ドンパスの人たちを助けるために、ウクライナの政権をやっつけるんだって・・・ああっ!おんなじ!?」


「な。歴史書というのは、ふつう、勝者が記録する。つまり勝者に都合の良い風に書き放題。滅びた方は残らない、残させない。だからいつも、権力闘争に勝利した側の一方的な主張が通ってしまう。ウソだろうが何だろうが、記録に残してしまえば、こうやって後の時代の人たちから、文帝は賞賛される。ということを見込んで、記録しているのかも知れないな」


「怖い!」


「真実はわからんぞ。わからんけれども、長江という巨大な河を『一衣帯水だ』と表現したのも、文帝が最初に言ったかどうかは、今となっては証拠も無い。ただ記録にそうある、というだけで、その記録が正しいという証拠が無い。証拠も無いのに、それが言い伝えられて、本当のことみたいに伝わっている。」


「おそろしや」


「さて『一衣帯水』。どう使う?例文はどうするかね」


 七海の渾身のダジャレは無視された。


「待って下さい。つまり『一衣帯水』というのは、とてつもなく大きなことなのに、すごく小さいことであるかのように表現する、ということなんですか?」


「いいな、センスいいぞ。例えばな、日中関係を語るときに、この『一衣帯水』が頻繁に用いられる。どういうことかというと、日本と中国は、細い一本の帯くらいの狭い水(海)しか隔たりが無い、とても近い国なんだ、と言われる」


「中国は確かにお隣の国ですが、近所のスーパ―に行くようなわけにはいきませんよ。でも、それくらい物理的には遠いけれども、心理的・感覚的にはとても近い国だと言いたいのですね」


「やはり七海さんの語彙を自分のものにしていく力はすごいな」


「女子三日会わざれば刮目して見よ」


七海が大好きな呉の武将、呂蒙のセリフをもじったものである。


「恐れ入った。実際には、長江がそんなに狭い川であるわけがないわな。そういう意味では『一衣帯水』という表現は、物理的な大小・遠近ではなく、心理的・感覚的な話といえるんじゃな」


「そうですね。理解できました」


 七海は、まめじぃの話で、少しだけ、四字熟語に興味を持てた。四字熟語は、機械的に丸暗記するものだと思い込んでいた。

 しかし、それぞれの四字熟語には、その成立に至った「物語」があって、それが千年前、二千年前の物語であったとしても、長い年月を経て現代の私たちに伝えられている。


―――たった漢字四文字で。


 そう考えると、隠れ三国志オタクとしても、グッと胸にくるものがあった。「歴史」を感じたのだ。


 四字熟語は、漢字や読み、意味を機械的に暗記しようとすると、飽きてくる。ただの作業になってしまうからだ。


 しかし、すべての四字熟語には、成立に至った「物語」が、ある。その物語が、そして物語から得られた教訓が、長い長い年月をかけて多くの人々に伝えられ、使用され、1980年代になって、わが国で「四字熟語」という名前と共に、ブームとなった。特に1990年代は「日本語ブーム」となり、四字熟語は、私たちの言語活動の中に定着した。


 ―――ただの試験のための勉強じゃない。紀元前から続く人間の営み、そこから生まれた物語のエッセンスを、教訓を、たった四文字で表現できるなんて、世界中のどんな言語を探しても、漢字だけじゃないだろうか。なんてすごい言語なんだろう。


 七海は、もう、四字熟語が大きらいだ、とは思わなくなった。


 しかし、得意になるのは、もう少し後のことだった。


 この日の夜、七海はTwitterに、自作した四字熟語の例文を打ち込んだ。


「予定日はもう三日も過ぎたのに一日千秋はやく会いたい」


 ひとり息子、晴斗を身ごもり、いよいよ出産を間近に控えたときの心境を、五七調で綴ってみた。


 「一日千秋」とは、一日がまるで秋が千回くるかのように、時間がなかなか経たない、待ち遠しい、そんな表現で用いられる四字熟語である。


 「秋」とは、古代中国における、稲刈りの時期。みんなが毎年心待ちにしている季節だ。その年に一度の機会を、千回繰り返すくらいに、長く感じる。待ち遠しくて、待ち焦がれてどうしようもない。

 それは、晴斗を出産するときの心持ちだった。予定日を過ぎてもなかなか会えないわが子。四日目にしてようやく出産。予定日を過ぎてからの三日間は、待ち遠しくて会いたくて会いたくて、やきもきしていたのを、七海は昨日のことのように覚えていた。


「予定日はもう三日を過ぎたのに一日千秋はやく会いたい」


 母親にしか綴れない句である。


 つぶやいてすぐ、彼女のツイートに、二件の「いいね」がついた。


 まめじぃと、ともに看護学校受験を目指す、片山志桜里のものだった。


 いっしょに闘う仲間のありがたみを、七海は感じていた。ひとりでがんばってるんじゃない。もう、四字熟語大きらいなんて、言わない、と決めた。


つづく


参考文献

『成語林』旺文社

『大漢語林』大修館書店

『国語便覧』数研出版

参考

 Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/)「四字熟語」


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