第5話 片山志桜里(2)
まめじゅくに通う高校三年生の片山志桜里。彼女も看護師を目指すと決めた。じぶんの力で生きていくために、看護師になると決めた。理由は、稼げるから。
でも志桜里には、ずっと想いを抱いていた夢があった。小さい頃からの夢。
それは小説家になること。
言葉の力で、物語の力で、人を元気づけたり、楽しませたり、幸せにできる。母子家庭で育った志桜里の孤独を、いつも埋めてくれたのは、読書だった。
今でも、小説を読むのが大好きだ。内容としてはBLがいちばん大好きで夜通し語ることができるけれども、ジャンルにとらわれず、すべての小説が尊いと思っている。
三日間好きなことをしていいと言われたら、きっと三日間小説だけを読んでいる。最初に文字を発明した先人は、こんなに無限に拡がっていく世界を想像できただろうか。
最近は、自分でも作品を書くようになった。どんなに忙しくても、一日ほんのわずかな時間でも、小説を書くことが日課になっている。誰に読んでもらうものでもない。ただ自分が好きで書いている。
どんなお話になるのかは、自分でもわからない。最初に決めたプロットなんて、あてにならない。細かく設定したはずの登場人物も、作中で大きく変化していく。
キャラクターたちが勝手に、のびのびと自由に動き出してしまうからだ。それがまた、面白いと彼女は感じていた。
しかし、小説家になりたいと思った人が実際に職業としてやっていける確率は、小数点以下を四捨五入すればゼロになることを、彼女は知っていた。
だからあきらめられるか、といえば、そういうわけでもなかった。書きたい。たくさんの人に読んでもらえるような小説を書きたい。
書きたいというより、書かざるを得ない。自分を支え育ててくれたに、恩返しをしたい。それくらいの情熱を、志桜里は抱いていた。
それならば、小説投稿サイトに自分の作品を発表してみるというのも、ひとつの方法であるが、彼女は、それをしなかった。理由は「手書き派」だからだ。ノートにひたすら手で書いていく。消しゴムも使わない。訂正した跡も、ぜんぶ残しておく。
じぶんが生きた証だと思って。
でも、それじゃあ食べていけない、と志桜里はまめじぃに自分の夢について相談したことがあった。
小説家になりたいといったら、大半の人が「いいんじゃない」とか「応援しているよ」とか、無責任な励ましをくれた。中には「やめておいたほうがいい」と真剣に言ってくれる人もいた。
しかしまめじぃは、志桜里がいちばん欲しかった言葉をくれた。
まめじぃによると、「ライフワーク」と「ライスワーク」に分けて考えるといい、ということだった。
「ライフワーク」とは、その言葉とおり、じぶんの人生を通して向き合っていく仕事。生きがいのために行う。自分がじぶんであるために働く。
「ライスワーク」とは、食べるために働く。「ライフワーク」を続けていくためにも、自分の生活を成り立たせるために働く。
当然、このふたつが、同じ職種であればいうことは無い。小説家のピラミッドの頂点の人たちは、まさにこれだ。ライフワーク=ライスワーク。理想の生き方かも知れない。
ところが現実は、そんなことを実現できる人は、ほんのわずか。誰でも目指すことはできるが、誰でもなれるわけではない。
だったら切り離してしまおう、というのだ。
その話をまめじぃから聞いていた志桜里は、「看護師」というワードですぐにこれだと思った。親元を離れて自立できて、自分で生活を成り立たせながら本当にやりたい事に打ち込む。看護師は確かに大変な仕事と聞くけれど、だからこそ、稼げる。
「どちらか」ではなく、「どちらも」成立させる。人生が百年あるのなら、ひとつの職業だけしか経験していない人生よりも、ライフワークとライスワークの両立で、二倍人生を楽しめた方がいい。
それに国家資格である、看護師資格をもつ小説家というのは、ライバルはそんなに多くないはずだ。そこに志桜里さんの「場所」があるんじゃないか。
そんなまめじぃの提案に、志桜里は勇気をもらったのだ。そのこともあって、彼女は自ら小説を書き始めた。
片山志桜里の書く小説は、コテコテのBLであるが、彼女からすれば「純文学」であった。女性である志桜里が、異性である男性の恋愛、それも同性愛という、自分とはまったく逆の性質の愛を描く。だからこそ、そこには不純物は一切入らない。「至純」といっていい。彼女の「愛の理想」がそこに凝縮されていた。
司馬遼太郎が大好きなまめじぃには、読ませない。どうせ理解してくれるはずがないと彼女は思っていた。
そんな志桜里であったが、彼女は高校三年間、新聞部員として、たくさんの友だちを作った。小説が好きという自分の本性を隠して「広く・浅く・誠実に」をモットーに友だちづくりに邁進してきた。
結果として、彼女はたくさんの人たちとの出会いを通じて「人間とはどういう生きものか」について、深く考察することができるようになっていた。
同世代はもちろん、新聞部の活動では、学校の外での取材も多くこなした。結果として年齢の違う友だちもたくさんできて、幅広い人間関係が生まれた。
そのことが、彼女の創作意欲をますます刺激して、小説の執筆に没頭できた。
それでも彼女も、もう、受験生。
勉強と、小説の両立。どちらもデスクワーク。同時進行ではこなせない。
どうやって両立するか。受験勉強をしないと合格はできない。学校の勉強もある。でも小説を書き始めて益々、じぶんはこの道がいちばん向いていると感じている。新聞部の活動でも記事を書くのが大好きだった。
じゃあ、文学部に進学して、国文学を学ぶなんて・・・そのお金はどこから出るんだ。出ない。だからこそ、まずは看護資格だ。看護師になって、ガッツリ稼いで、自分の好きなことをして生きてやるんだ。そう覚悟を決めた。
どちらもやる。受験生だから小説を書くのをセーブするなんて、できない。両方やる。それしかない。七海さんだって、子育てして、会社にも行って、家事をして、受験勉強もするんだから。負けていられない。やるしかない。
そんな片山志桜里の決意を、まめじぃはある方法でサポートすることになった。
次回から、ようやく、やっと、勉強法の話が登場することになる。
つづく
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