第2話 受験勉強って、何から手を付けるの?
「せんせい、看護学校を受験すると決めたはいいけれど、わたし、何をすればいいんですか?」
海野七海は、晴斗の三者面談の席で「看護師になる」と元気いっぱい宣言したものの、全くノープランであることを、たったひと言で暴露してしまっていた。
七海は小学生のころから、自分で計画を立てて、何かをする、ということが大きらいだった。夏休みの宿題で「学習計画」を作成するのは、いつも新学期が始まる前日だった。夏休みの初日にすでに計画をちゃんと立てて、その計画通りに新学期を迎える人なんて、人間じゃないとさえ思っていた。そう、ズボラなのである。
晴斗の三者面談は、もはや七海の個人的な相談会になってしまっていた。まめじぃは、七海に落ち着いた声で話した。
「七海さんは、まず受験する学校を決めないと」
七海の挑戦は、そこからであった。「看護師になる」と宣言するだけなら誰でもできる。看護師になるためには、いろいろな道があるのだ。どの道を選ぶのかを決めなければ先に進めない。七海は「看護学校を受験する」とまでは決めていたのだが、「どこを」までは決めていなかった。
いちばん手っ取り早く「看護師として働く」には、准看護師の資格を取得することが最短のコースとなる。准看護師を養成するための2年制の「准看護学校」に合格すること。最短で看護師になれる、というメリットはある。
その代わり正看護師に比べて、やはり専門性は落ちる。その分、給料も、正看護師に比べて割安という印象がある。
正看護師になるには三年制の「看護専門学校」か、短期大学・四年制大学の「看護学部」に合格しなければならない。
准看護師に比べて「看護師として働く」までには時間はかかる。だがその分、専門性が高く、国家資格だけあって、給料もいい。さらに将来的にいろいろな道が拓ける。助産師や保健師など、看護師資格を取得していないと取れない資格がある。
七海としては、安定してお金をガッツリ稼ぎたいという真の目的があるため、目指すならば、正看護師である、というのがまめじぃの主張であった。
結局、ああでもない、こうでもない、と二人で議論を重ねた結果「両方受ける」という結論に達した。両方とは、神都市内にある准看護学校、正看護学校を、どちらも受験するという事だった。
三重県神都市には、県内唯一の、「神都市医師会准看護学校」という准看護師養成学校が存在する。かつては他にもいくつも准看護師養成の学校は存在したが、いまや県内ではここだけになってしまった。
国内最大の看護師の団体である「全日本看護協会」は、准看護師はもういらない、と主張している。厚生労働省も、准看護師はその役目を終えたのでは、という見解を示している。
それでも全国の医師会では、まだまだ准看護師が必要であり、育てようとして、自分たちで学校を運営し続けている。実際、准看護師のおかげで回っている、という地方の小さな病院は、多い。神都市内の病院の多くも、そうだった。
もうひとつ、正看護師の資格を取れる、通称「レギュラーコース」と呼ばれる学校も、神都市内に一校、ある。そこは高等学校や調理学校、歯科衛生士を養成する学校など、幅広く学校経営を行っている法人が経営している。学校名は「神都市保健衛生専門学校」という。
学費だけでいえば、もっと他に安い学校もあるけれど、家から近い、というその条件だけは譲れない。七海はこの二校を受験して、受かった方へ進学する、という事を決めた。
それで、結局まず何から始めればよいか、受験勉強とはどういう風に進めていくものなのか、七海はじぶんが高校受験をした時のことを思い出した。
しかし、ほとんど受験勉強らしきものをした記憶が無かったし、これといって行きたい学校も無かった。だからいまの自分の成績でも受かる高校へ行きたいと、担任に言った記憶はある。
とにかく勉強することから逃げに逃げていた。よく高校を卒業できたものだと自分でも思う。
そのことをまめじぃに伝えると、彼はやはり感情の色が全く読めない表情で、突然口調を変えてこういった。
「まずは、過去問じゃ。過去問を解け」
七海は絶句した。あれ?この人、こんなしゃべり方する人だったっけ。とても丁寧な口調で話をする方だと思っていたのに、と不審な顔をしていると、
「もう七海さんはワシの弟子じゃから、お客様扱いはやめじゃ。いいか。ワシの言う通りにやれば、必ず受かる。とにかくワシの言うことをまずやってみろ。文句はそれからじゃ。いいな」
まったく表情の色というものがわからない。ついさっきまで、とても丁寧な言葉遣いで話をしていたのに、同じ表情で、全く別人のように話し始めた。
「よいか、まず過去問を解け。一問目からつまずいても、仕方ない。全部不正解でも、今はそれでも仕方がない。何はともあれ、まずは過去問を解かねばならん。その理由は、じぶんの立ち向かう相手が、どんな相手か知らんのに、やみくもに勉強していても結果がついて来ないからじゃ」
じゃ?リアルに「じゃ」使う人いた?ツッコミたい気持ちをこらえて、七海はコクンコクンとうなずきながら、まめじぃの話を聞いた。
七海の息子である晴斗は、まめじぃのキャラの豹変はすでに体験済みなので、ニヤニヤしながら母の戸惑った顔を見ている。まめじぃは「指導者スイッチ」が入ると、ああいう口調になるんだと、そのことを、ぼくの方が先に知っていた、それだけでもうれしかった。
さらに、ママもまめじぃの弟子になるということは、ママがぼくの後輩になる、という事実がおもしろく、少し優越感まじりの、何ともいえないうれしさがこみ上げてきた。ニヤニヤは止まらない。
「過去問が解けても、別にそれ自体はたいしたことはない。なぜなら過去問は、過去に出た問題であって、次の入試に出る問題じゃないからな。それが解けたからどうした。それでいい気になってたら、ダメだな。逆に一問も解けなかったからといって、不安に思わんでいいし、ましてや絶望するなんてことは、しなくていい。これから解けるようになればいい」
「先生、つまり、わたしはまず、過去問を手に入れないといけないんですね?」
「その通り。ワシは持っとらん。自分で学校へ出向いて、入手してこい」
ぶっきらぼうなのか、怒っているのか、何なのか、まめじぃの表情は一切変わらないので、感情が読めない。でも声が優しいから、そこまでイヤな気持ちにもならない、と七海は感じ、素直にうなずいた。
三者面談は結局、七海の個人面談なってしまい、晴斗は途中からほったらかしであった。帰宅後、七海はそのことを晴斗に詫びた。晴斗はまったく気になんかしていない、どころか、ゆかいで、うれしくて、これからどうなっていくのか楽しみで仕方がなかった。
「受験勉強は、計画よりも何よりも前に、過去問を解いてみる事から始まる」
まめじぃのその言葉を信じて、七海は過去問を取り寄せることにした。翌日の朝、出勤前に電話で問い合わせてみた。
しかし、両校ともに、
「現在、過去問題は非公開とさせて頂いています」
「いまは過去問題、配ってないのよ」
と、あっさり拒否されたのだった。
七海、どうする?
つづく
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