第4話

 店のカウンターに座り今日も客を待つ。それが村の薬師となったナハト・コーウェの日常。ふと時計を見上げてみればその針があと少しで正午を示そうとしていた、それに気づいた彼は身構えるように正面の入り口を見つめる。


「お邪魔しまーす。今日も私が来てあげたわよ、ナハト!」


正午丁度、狙ったかのように勢いよくぶち開けられる扉。そこから堂々と店の中へと入ってきたのはナハトの幼馴染であるエリゼだった。

 可愛らしい幼女から可憐な美少女へと成長したエリゼ。その身に纏うのは今ではもはや見慣れた修道服だ。教会に治癒魔法の才能をかわれた彼女はいま見習いシスターとして修業中の身で毎日朝早くから村の教会へと通っていた。

 朝の礼拝など諸々の修練と仕事を終えたあと、やっとの手空き時間である正午になると毎日のようにナハトの店へとやってくる。これもまたナハトにとっての日常と化していた。


「やあエリゼ、今日も来たんだね。そんで、何しに来たの?」


「何か不満そうね。友達のいないナハトのためにわざわざ来てあげてるってのにその態度はないんじゃないの?」


「僕が頼んだわけじゃないだろ。逆に聞くけど、僕のためとか言って猫かぶるのに疲たからここに来ているだけじゃないの?」


「またそんな捻くれたことばっかり言って。本当は私が来て嬉しいくせに、素直じゃないんだから!」



 他人の話を聞かない傍若無人ぶり。ナハトの前でははこんな態度のエリゼだったがそれ以外の場所では品行方正な優等生。どんな時も笑顔を絶やさず人々を癒してることから聖女様などと呼ばれていた。


 ナハトからみればその時の彼女は二重人格と疑いたくなるほどの変わり様で。いつもはこのままその理由も聞けず流されてしまうのだがこの日は違った。ナハトが納得できませんとばかりのジト目を向けることしばらくして、エリゼはため息とともに口を開いた。


「わたしって村長の孫なわけで、立場がある人間としてはそれ相応の振る舞いをしなければならないの。嫌なわけではないし完全な演技ってわけじゃないけどたまには肩の力を抜かないとね。その相手に選ばれてるのだから光栄でしょ?」


 からかいめいた最後はいつも通り、でもどかかしらの違和感も感じる。まるでどこか自嘲めいた言葉にも聞こえていて。


 それを問おうかどうかナハトが迷っている間に新たな来客を知らせる鈴が鳴る。


「ナハトいるか? 訓練中にケガしちまって傷薬が欲しいんだが…」


 入ってきたのはこれも見慣れた顔。幼き日にナハトをイジメていたガキ大将のピエールだった。悪ガキ然とした印象は鳴りを潜め、がっしりとした体格の男らしい青年へと成長していた。ここ数年でナハトとの関係は大きく変化し、今では彼もナハトの店の常連客となっていた。


「こんな時間にピエールが来るなんて珍しいね。訓練でケガって何やってるの?」


「村に上級冒険者のパーティが立ち寄ってるのは知ってるだろ。せっかくの機会だから槍の手合わせをお願いしたらこのざまだよ」


「ピエールも槍使いとしては結構腕前だと思ってたけど。さすが上級冒険者」


「甘く見てたつもりはなかったんだが見事にコテンパンだった、ちくしょう!」


 コホンッ という咳払いが聞こえて視線をそちらへ向ける。そこにあったのは不満げなエリゼの姿。どうやら二人で盛り上がりすぎていたらしい。


「聖女様! いらしたんですね気づかず申し訳ありません! どうしてこちらへ?」


 この時に初めて気づいたらしいピエールは直立不動に変わる。その様子に少しナハトは目を丸くする。そしてもう一方の変化もまた劇的だった。


「不足した薬草を買いに来ていたのです。治癒術だけではすべてを賄うことは出来ませんから。お怪我されているなら私が治しましょうか?」


それはナハト曰くエリゼの『聖女様モード』。先ほどの不満そうな顔は見事に消え失せピエールに対応する姿は品行方正、清廉潔白なまさに様。


「とんでもない聖女様のお手を煩わせるわけにはいきません。こんなのかすり傷ですよ。俺はこれで失礼します聖女様。ナハト、また後で来る。」


「わかった。また後で。なんで逃げるように帰るんだ?」


 慌ただしいやり取りの後で足早に去っていくピエールを見送った後。そのピエールの行動を訝しんでいると。


「仲良くなってたんだ。ふーん」


完全にピエールの姿が見えなくなったところで聞こえてくるエリザの声。どうやら二人だけに戻ったことで聖女モードは終了したらしい。


意味ありげにかけられる言葉。何か不満であるというのは感じられるがその真意は読み取れなかった。仕方がないのでどういう意味かを改めて確認してみれば、それはナハトとピエールの関係性に関することのようで。


「いつの間に仲良くなったかだって? イジメられてたのは事実だけど子供の頃とはちがうよ」


 ここ近年二人に会って話すにしてもどちらか片方ずつであり、こうやって揃って話す機会がほぼ皆無だったことに思い当たる。エリゼの中では未だにいじめっ子といじめられっ子の関係のままだったらしい。そういうことかと思い納得はするが不機嫌になる理由はどこにあるのか。


「話して見ればいいやつだった。昔絡んできたのも輪から孤立していた僕を気にしてのことだったみたいだし。何よりうちみたいな小さな村で仲違いなんてしてられないよ」


「大人になったんだねナハトも。いつも助けてあげてた私としては頼られなくなって少し寂しいかも。そうだ! 何なら次は私がイジメてあげようか?」


 結局答えらしきものを言われても理解は出来ず。小悪魔チックなエリゼの提案だがイジメられて喜ぶ趣味などナハトもない。


「勘弁してくれよ。今のからかいだけでもおなかいっぱいだ。それより何だよさっきの聖女モードはやっぱり演技じゃん」


「聖女モードって何よ。ただ言葉遣いを変えているだけです」


 流れがまずいと慌てて聖女モードについて追及してみたのだが、そこからのエリゼの言葉はどこかトーンが違っていた。


「…聖女なんて呼ばれるようになってから皆との距離が離れてしまったように感じるのガキ大将だったピエールでさえさっきみたいな反応になる。他の人達もおなじ。らしい態度の方が喜ばれる」


 唐突に語られるエリゼの本音。それにはナハトとしても納得できるものも含まれていて。彼女は昔からその可愛さから皆の人気者。もともと憧れから同世代の子供達との距離があった。成長してその美貌に磨きがかかったことで高嶺の花に、更に聖女と呼ばれるようになったことで天上人扱い。最早崇拝の対象となり告白なんてもってのほかと距離がさらに開いたことは考えてみれば明白だった。


「だから昔から態度が変わらないナハトの前だから素に戻れる。これでも感謝してる」


 突然の感謝の言葉に困惑する。だってナハトにとってエリゼとは彼をいつも助けてくれていたヒーローで聖女と呼ばれたのだって今更感しか感じなくて。だからこそ態度が変わらなかっただけであり感謝なんてお門違い。でもそう言われるのはなんだか嬉しくてその感情がよくわからない。


見ればエリゼは恥ずかしくなったのか徐々に顔が赤くなってきていて、何とも言えない雰囲気に。


「そうそう、ピエールと会ったときに話してたことなんだけど薬草を貰いにきたのは本当。君のところの薬草は品質が良いって評判なんだ。もしかして何かひみつがあったり?」


無理やりの話題転換だったがこの時ばかりはナハトもすぐに乗る。双方にとってこの時の雰囲気は耐えられるものではなかったのだ。


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呪術師少年と悲劇の少女 虎太郎 @kuromaru

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