第2話
ナハトの住む家は村の中心地から少し離れた近隣の森の入り口付近にあった。住んでいるのはナハトと彼の祖母の二人だけ。彼の両親は彼が生まれて間もない頃に他界してしまい、唯一の肉親である祖母によって育てられていた。
「ただいまばあちゃん」
「おかえりナハト。おやずいぶんと浮かない顔をしてるね。まさかまたいじめられたのかい?」
「うん、だけどそれだけじゃないんだ。ぼくのはなし聞いてくれる?」
さすが肉親というべきかすぐに彼の不調に気づいた祖母へとナハトは声を返す。捻くれ者と言って良い性格のナハトだったが唯一の肉親たる祖母に対しては心を開いていた。表向き村の薬師を営んでいる祖母ヒルダ。彼女の愛情を確かに感じていて何よりその性格が大らかだった。いわゆるいじめられっ子たるナハト。彼に対してヒルダはあるがままを受け入れていた。弱肉強食たる世界である意味弱いことは罪だ。世間一般で言えば軟弱の男なんて責められてもおかしくないのに彼女は責めることはまったくしない。ただただナハトの声に耳を傾けるのみ。先ほどみたいに冗談めかしていうくらいで周りからの評価なんて気にしない。それはナハトにとって救いになっていた。ただ彼女がナハトに注意するのは一つだけ。
「大丈夫だと思うけど使っていないだろうね?」
「うん、ちゃんと言いつけは守っているよ」
それは彼の血筋に伝わる力の行使の制限。
「それなら安心だね。感情のコントロールが出来ずにやらかしはしないかと心配していたけどその様子なら大丈夫か。呪術は危険な力。みだりに使えば破滅を齎す。正直、代々つないできた家業とはいえお前に引き継がせるかどうか迷っていたのだけどわたしの取り越し苦労になりそうでほっとしたよ」
彼らの血筋に定められたその職業、それは呪術師と言った。
呪術師、それは呪いを操る者たち。魔法を操る魔術師たちよりも更に希少。才能はもちろんのことその血筋も大きく関わってくる。呪いという危険性から迫害され滅ぼされようとした時代もある禁術の担い手達。
今ではその存在を知る者すら少ない秘された一族である。
いつも通りの確認を終えた二人は会話を戻す。今日一日何があったのか。本を読み終えたこと、その感想。いじめられたこと、またエリゼに助けられてしまったこと。本をそのまま彼女にあげてしまったこと。自分の気持ちも含めてナハトは祖母へと全てを語った。
「相変わらず鈍感というか自分の気持ちを分かってないねえ。あれだけ苦労して手に入れた本をもあげてしまうとか。あんたの将来がいろいろ心配になってしまうよ。ともあれエリゼちゃんには感謝しないといけないね。いろいろな意味でね」
呆れた様子で話を聞き終えるヒルダ。ナハトがエリゼにあげた本。それを手に入れるために彼女の孫がどれだけ苦労していたかを知るだけに余計に心配が募ってしまう。本とはそもそも高価なものでさらに人気があるものともなればその金額は推して知るべし。家業の手伝い(この場合は薬師のもの)で小銭を何年もかけて貯めることでようやく手に入れたもの。それを結末が気に食わなかったとは言え簡単に他人に渡してきた。金銭感覚も心配になるもののおそらくエリゼあると思われるエリゼに対する『好意』といったものを自分で理解できていない。
彼ら呪術師の一族は感情にまま欠落があるといわれているのだが彼女の孫のは重症のようだった。
「ばあちゃん、勇者ってカッコいいよな」
「突然どうしたんだい?」
「いやいろいろ思い出してみたんだ本の中身を。最期こそあれだったけどやっぱりかっこよかったと思って。馬鹿にしないで聞いてほしいんだけどぼく勇者みたいになりたい!」
ヒルダはナハトの何とも子供らしい宣言に温かい気持ちになる。普段捻くれた様子だけにたまに見せる年相応の言葉にはグッとくるものがあるのだ。
ただ正直言って返答に困るところでもあった。こどもの夢といって流すことは簡単だが何やら真剣な様子。これは適当に返すのは憚れる。
「勇者か…血を考えれば思うことはあれどあんたはは肉体労働向きじゃないからねえ。あきらかにわたしら向きさね」
ヒルダの言葉は思わせぶりでいまいちピンとくるものではなかったが否定されたとわかると不機嫌になる。
「なんだよ、いつも呪術師はすごいといってるくせに…。すごいなら勇者にだってなれるもんじゃないの? いいよ、だったらじぶんでがんばる!ぼくがいまできること―――たいりょくづくりとかからかなあ」
「勇者の凄さと
やる気を見せるヒルダにその様子に何かを感じ取ったのかひきつった表情にかわったナハト。なし崩し的とはいえナハトの一人前の呪術師になるための修業がこの時から始まった。
明くる朝、ヒルダによってたたき起こされたナハトは森の中へと来ていた。修行の一環として課せられたのは薬草集め。何故修行と言ってるのにこれなのかと不満はあれど有無を言わせないとばかりの真剣な表情を浮かべるヒルダをみれば文句は飲み込む他ない。
だがしばらく時間が経ち疲れも溜まってくれば我慢も限界に近づく。
「ねえばあちゃん。薬草集めって体力づくりとは別じゃない? どちらかというとこれは薬師としての修業だよね」
「良くわかってるじゃないか。これは薬師の修業だよ。少し考えたんだけど、せっかくナハトがやる気を見せたんだわたしの技術のすべてを叩き込んあげるよ。薬師としての技術と呪術師としての技、あとお前の希望通りに勇者を目指すための戦闘技術。ほらいくら時間があっても足りないくらいだ頑張りな!」
「いやぼくがいったのは体力づくりがしたいってだけで厳しいのは―――わかったよ、やればいいんでしょ!」
抗議しようにもその眼力だけで封殺されてしまう。この年になるまでずっとヒルダによって育てられてきたナハトだから分かった、こうなってしまっては抵抗など無意味だと。ナハトにとっての地獄の日々がこの時はじまった。
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