呪術師少年と悲劇の少女

虎太郎

第1話

 ―――そして世界は一人の少女の献身的な犠牲より救われました。 おしまい。






「なんだよこのおわりかたは!」


 ある片田舎の小さな村。村はずれにある森の一角、人目につかなさそうなそんな場所で独り一冊の本を読んでいた小さな男の子は今読み終えてたばかりのその結末に納得がいかないとばかりに怒りの声をあげていた。


 それは巷で大人気だと言われていた有名作品。噂で聞く評判はどれも素晴らしかったというものばかりで。だからこそ男の子は大いに期待していたのだがどうやら彼には合わなかったようだった。それは王道のラブストーリー。攫われた姫を勇者が助けるために旅立つといったもの。途中までは良かったのだ、ハラハラどきどきしながら危機を何とか乗り越えて姫を助け出す勇者に憧れた。ただそのラストは予想とはかけ離れたもので。無事助け出された姫だったが最後にラスボスたる魔王が放った世界を壊す魔法を防ぐためにその身を犠牲にするといった結末。いわゆる『悲劇』だったのだ。


「そもそも何でこの姫は自分が犠牲になるのに納得してるんだよ。確かにそれで世界は助かるかもしれないよ。でもそれで自分が死ぬとか受け入れられるわけ無いじゃん。せっかく助けられたばっかりなのに」


憤懣治まらぬとばかりに文句をまくしたてる男の子。だからこそ彼は普段であれば気づいただろうその気配に気づくことが出来なかった。


「なに読んでんだよなナハト!」


「ちょっいきなり何するんだよ―――って、ピエール」


 突然取り上げられる本、それに驚き抗議の声をあげようとしたナハトだったが相手が誰かわかるや否や尻すぼみに小さくなってしまう。そこにいたのはナハトより二つほど年上のガキ大将ピエールとその取り巻きの少年たち。


「これって恋愛小説ってやつじゃねーの。お前男のくせにこんなの読んでんのかよ。だせえな」

「ですねピエールさん。やっぱりナハトは女々しいやつですよ!」

「相変わらずの本の虫だな。そんなだから軟弱なんだ」


 散々な物言いにもナハトは何も言い返すことが出来ない。腕っぷしで彼らに勝てることはなく、口で言い負かしたとしても最終的に力勝負にもっていかれて負けることが目に見えていたからだ。


彼らに絡まれるのはいつものことで、だからこそナハトは彼らになるべく近づかないように普段は行動していた。だが今日は本に集中するあまりに彼らが近づいてきていたことに気づけなかったのだ。

 不満はあれど反論は出来ず。ただ彼はまだ子供、すべてを隠し通すことは難しく視線は自然と厳しいものになっていた。


「おい、なんだよその目は。言いたいことがあるなら言えよ」

「!---痛い」


 その態度が気に食わなかったのか、詰め寄ってきたピエールによって軽く押されたナハト。彼はそれに耐えきれず後ろへと転んだ。ナハトが軟弱なことは現実で、転んだ拍子にできた擦り傷から血が流れる。逆に軽く押しただけのつもりだったピエールのほうが軽く驚いてしまう始末。


「コラー! 一人を数人で囲むなんてなにしてるの!」


 何とも言えない空気、それを崩したのは外から掛かった女の子の声。その場に居た全員が声の主へと振り向いた。

 そこにいたのは何とも可愛らしい一人の女の子。今は怒ってますとばかりに腰に手を当ててナハトを取り囲んでいる少年たちをにらめつけていた。

それに対してこの場にいた全員がばつが悪そうな表情を浮かべる。それは何故か助けられた立場である筈のナハトも同様。彼は苦虫を嚙み潰したような顔で女の子に視線を向ける。


 彼女の名前はエリゼ。ナハトと同い年の幼馴染。この村の村長の孫娘でその愛らしい容姿で村のアイドル的存在。心優しい少女で正義感も強く。度々いじめにあうナハトといつも助けてくれていた。


「またナハトをイジメて! あなた達のほうが年上なのに恥ずかしいと思わないの?      しかもケガしちゃってるじゃないどういうつもり⁈」


 またかとばかりに駆けつけてきた彼女はナハトとピエール達の間に割って入ると

ナハトを背にかばい少年たちを責め立てる彼女。エリゼは村の人気者、それは人数がそう多くない子供たちの間でも同様で。憧れの存在である彼女に怒鳴られしかし言い返すのも躊躇われて言葉に詰まる。


「ケガさせるつもりなんて―――っち。もういい、いくぞお前ら。おいこれは返すぞナハト!」


 言い訳を口にしようとするも結局はエリゼに免じてこの場を引くことを選んだピエール達。先ほど取り上げていた本をナハトの元へと放り返すと仲間を連れてその場を去っていく。

完全に彼らの姿が見えなくなったところでナハトへと目を向けるエリゼ。いまだ座り込んだままの彼へと近づいた彼女はケガへと手をかざす。


「大丈夫? 待って今治すから―――”治癒ヒール”」


 みるみるうちに治っていく傷口。何度も見てきた光景でありながら思わず感嘆の声をあげたくなるナハト。

 それは治癒の魔法、この世界においてそれを使える人間は希少だ。全ての人間が魔力マナを持つ世界、だがその個人で保有量はまちまちだ。一般的に魔法と呼ばれるものの行使には一定の総保有量が必要で才能も関係してくる。その中でも治癒に関する魔法を使える人間はその重要度もさることながらより高い素養が必要なことでとされていた。


「これでおわり。…お礼は?」

「…ありがとう」

「どういたしまして」


 しぶしぶといった様子でナハトが感謝を口にすると満足そうに頷くエリゼ。彼女はそんな選ばれた存在の一人だった。


 いじめっ子から助けられてあっという間に傷まで治してくれた彼女。いつもの事とはいえそんな彼女の姿が一瞬先ほど読んだ本のと重なる。思わず頭を振ってその思考をかき消すものの簡単には消えてくれない。なぜかそのことがとても嫌だった。

 

 もやもやした思考は一度打ち切る。服についた埃を払い落として立ち上がるナハト。そんな彼の元へ差し出される一冊の本。ピエールに一度取り上げられ最後には投げ返されたそれをエリゼが渡してくる。


「落ちたままだったよ。これってナハトの本でしょ?」


「あー、うんそうだけど」


 本の内容が恋愛ものだということもあり、気恥ずかしくて認め辛くもあったナハトだったが状況的に誤魔化せそうもなく素直に返事を返す。


「ナハトもこういった本読むんだね。しかもこれって今一番人気の本じゃない! よく手に入れられたね! どうして受け取らないの?」


 差し出されたその本をナハトはなかなか受け取れなかった。先ほどの考えが頭をチラつき、本の結末への憤りが思い出される。その様子に首をかしげるエリゼを見ながらそれはほんの思い付きだった。


「いらない。もう全部読んだ後だし。捨てようかと思ってたところ」

「えーっ 本って高価なものなのに。これって今人気作だし。もったいないよ?」

「エリゼ、その本が気になってる様子だよね。良ければあげようか?」


 ナハトの提案に目を丸くするエリゼ。先ほどから本の内容を伺うような言葉が漏れ出ていて本への興味が丸わかりだった。


「ほんとに良いの?」

「うん」


「あとから文句言わない?」

「うん」


「なにもお返しできないよ?」

「いらないよ。逆にもらってもらえるならたすかる」


「そこまで言うなら貰っちゃおうかな! えへへありがとうっ!」


 嬉しそうに受け取るエリゼ、その顔には笑みが溢れていて。その表情を見れただけで嬉しいという考えが浮かぶ。


「すてるつもりのものだったわけだし。ようはゴミを引き取ってもらったわけだから気にしなくていいのに」


 でもナハトはその思いを素直に受け取ることは出来ず、捻くれた言葉をこぼす。


 それは幼き日の彼らの思い出の一つだった。



 



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