第5話 衝撃の事実だって吹き飛ぶわ

 それからは、忙しくも楽しい毎日だった。



「で す か ら! なぜヴィアンカさm……あなたがここにいるのですか!」


 翌日地下室で子どもらから大歓迎を受けていると、私を見つけたジムが目をむいた(前髪でほぼ見えないけど、ぜったいそう)。それでも子どもたちの為なのか、もしや私の名誉の為なのか、かろうじて「様」をつけるのは耐えたらしい。


 今朝会ったときには、『もう迷子になどなりませんよう』なんてチクリと言われたけれど、素直にうなずいたせいか、私がここに来てるとは予想外だったみたい。はくはくとした口の動きはどうやら、また迷子に? と言ってるようだ。


(迷子にはならなかったわよ~。ちゃんとここをめざしたんだから)


 私はふふんと笑って、子どもたちに歓迎されてることをジムに見せた。どうやら昨日一緒に遊んだことで、子どもたちからは遊びに来てくれるお友達扱いなのだ。


 もちろんジムから何度も追い返されそうになったけど、今度は意地でもひかなかった。大好きな妖精と一緒にいられるが嬉しかったのはもちろんだけど、色々考えた末、ここには私にもできる「仕事」がたくさんあると思ったからだ。

 事実人手が不足していたようで、私のメイド仕事で培ったスキルは大いに役に立った。


 一ヶ月も休んでいたから手荒れはかなり綺麗になっていたけれど、普通の貴婦人のような手には程遠い。それでも手袋を外した私の手にジムが驚いているすきに、子どもたちの包帯を取り替えたり洗ったりと、どんどん仕事を見つけて片付けていった。


 ここにいる子どもたちは大きな怪我をしていたり障害があったりする。普通だったら自然に落ちる妖精の羽根でさえいびつで、大人が慎重にはがしてやったり、そのあとに残る、本来ならあり得ないほどの傷を癒したりしなくてはいけない。


 やることはいくらでもある。ジムもそれをわかってるのだろう。

 最初はぶつぶつ言ってたものの、伯爵様から許可をもぎ取ってくれた。


「わ、伯爵様許してくれたのね。よかった」


 怒られる覚悟はしていたけれど、意外とすんなりお許しが出てホッとする。よし、働くぞ! と気合を入れる私に、ジムがほんの少し苦笑した。


「ジュリアン」

「え?」

「伯爵様ではなく、ジュリアンです」


 なぜか伯爵様の名前を強調したジムは、主から何か言われたのだろうか?


「ああ、そうね。ジュリアン様にお礼を伝えておいてね」


 それでも素直にそう言った私に、ふっとジムの表情が柔らかくなる。


(あ、かわいい)


 私の胸にコトリと、何か温かいものが落ちた……。


  * * *


 祖父の影響で私にとって妖精のイメージはとてもよかったけれど、それは世間のイメージとは真逆ともいえるものだった。


 妖精は世話好きで陽気なくせに恥ずかしがり屋で、めったに人前に出ることはない――私が聞いていた話は半分だけ当たりで、ほとんどはネガティブなイメージのほうが強いらしい。妖精はひどいいたずら好きで、住んでいた家を離れる時には不幸を置いていく不吉なものである、と。


 たしかに世間話の中で妖精を嫌ってる人はいたし、そんな話も聞いたことがないわけではない。けれど彼らは妖精を悪く言うのと同じように他の人の悪口も言っているような人たちだったから、深く気にしたことがなかったのだ。



「妖精が好きなんて、アンは変わってるよね」


 ある日ぽつりとそう言ったのはイノスだ。


 ここではメイド時代の名前であるアンを使うことにした。親しみやすいほうがいいと思ったけど、たぶんそれは正解だったと思う。


 子どもたちの中で一番警戒心が強かったイノスは八歳で、一緒に遊んでいても治療のお手伝いをしているときでも、ずっと私のことを観察しているみたいなことには気づいていた。

 印象としては人見知りと、小さい子たちを年長者の自分が守るんだと気負っている感じ?

 それでも私が他の子たちと同じようにむぎゅっと抱きしめれば、体を固くしながらも振りほどこうとはしなくなった。しかもそんなときは必ず首が真っ赤になるのがとっても可愛いくて、徐々に懐いてくれるといいなと思っていた。

 そんな彼から初めて声をかけてくれたのだ。自然と頬が緩む。


「うん、大好き。イノスも好きだよ」

「や、やっぱり変だ」

「そう?」

「アンおねえちゃん、チルーは?」

「チルーも好きー」


 私の腰に抱き着いて目をキラキラさせるチルーを抱き上げると、チルーはきゃあきゃあと喜ぶ。五、六歳に見えていたけど、実際はまだ三歳なのだそうだ(妖精の子って大きいのね?)。


 年少であるチルーをおろし、いつのまにか順番に並んでいたトウ、カマ、ニヤ、モウシ、マージュも抱き上げる。さすがに大きい子組であるイノスとカミーは無理だったので、二人はむぎゅっと抱きしめるだけにした。はぁ、かわいい、癒される。


「人間は力が弱くて大変だな」


 私の腕の中で赤くなりながらぼそっと呟くイノスに、彼より少し年下のカミーがクスクス笑う。大人の妖精は満月前後は人よりも力が強くなるらしい。


「羨ましいわね。私も鍛えたら力持ちになれるかしら」

「アンおねえちゃん、ムキムキになるの?」

「それもいいわよねぇ」

「いや、ないだろ!」

「そうかな? 力持ちになったらイノスとカミーも抱っこできるじゃない」

「え、遠慮する! 来るな! 無理だろ! って、もう! ジムー! アンを抱っこしてやって」

「え? なんでジム?」

「代わりに抱っこされればいいんだ」


 冗談だし、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。


「あなた方はいったい何をしてるんですか」


 呆れたようなジムが真っ赤になったイノスを見て肩をすくめると、なんとジムは私を見て両手を軽く広げた。


「ではアン。抱っこしましょうか?」


 妙に柔らかなジムの声に心臓が跳ねる。


「え、遠慮します」


 後ずさる私を見て、イノスが「わかったか」と胸を張って見せる。


 うん。からかいすぎました。ごめんなさい。


 * * *


 地下室に通うようになり、私はジムから少しずつ妖精について教えてもらうようになった。


 ここにいるのは純粋な妖精とそうでないものがいるという。

 皆親に捨てられるなどして行き場がなかったのを、伯爵様――もとい、ジュリアン様が見つけ出して保護し、生活していけるよう面倒を見ているのだそうだ。

 もちろんそれを希望する一部のものは、ここの使用人として元気に働いている。少しずつ姿を見せてくれるようになったけれど、本当にヒトと区別がつかない見た目だ。


「純粋でないものって?」

「例えば妖精とヒトとのあいだに生まれた子や、先祖返りで突然妖精に近い子どもが生まれ、家族に忌み嫌われ捨てられたものです。また、純粋に妖精から生まれたものでも、生まれたときに弱ければ育たないものとして捨てられます。たいていの鳥や獣と同じですよ」


 たんたんとそう語るジムの声には、何の感情も読み取れない。

 ヒトとは違うルールの中で生きる妖精だからと言われても、子どもたちのことを思えば胸が痛む。しかも一人でかろうじて生きてきた妖精の子が奴隷市場に出されることも珍しくないらしい。

 忌み嫌われる存在だとしても、従属の契約で縛れば役に立つ存在なのだと言われ、私は言葉を失った。


「従属の契約?」


 初めて聞いたけど、嫌な言葉だと思った。


 それは妖精の背中の真ん中につけることで効果を発揮する特殊な印で、それを消せるのはつけた主人だけ。奴隷が自分で自分を買いなおした時に初めて消せるというけれど、そんなことはめったにないらしい。


「ひどい」

「だから妖精はヒトと暮らすことをやめ、協力者に手伝ってもらい、もとの故郷に戻ったのですよ」


 ちらっと私を見たジムは、少し面白そうに口の端をあげた。


「その協力者の一人であり主導者であったのがフェルマン・バール。――ええ、ヴィアンカ様の曽祖父です」

「ひいおじいさまが⁈」


 驚くことに、うちはずっと前から妖精と縁が深かった家なのだそうだ。妖精の隣人にして友人であり、信頼できる味方。それがバール家。


(ということは、うちのお父様だけが変わってるのね!)


 ラファイア家も同じで、両家には縁があった。何かあったときは手助けをするという約束もあったらしい。

 驚いたけど、色々納得。



 その後、ひいおじい様とラファイア伯爵のひいおじいさまとの間に、本当に両家の結婚の約束があったことを知ることになる。


 だけど正直な話、私はこのころにはすでに結婚している自覚なんかまるでなくて、ただ働きに来ているという認識になっていた。誰も私を奥様とか読んだこともなかったし、ジュリアン様の顔だってよく覚えてないくらいだったし。

 だからもちろんとっても驚いたわけなんだけど、そんな衝撃の事実をさらに上回る秘密の前では吹き飛んでしまった。


 ある日偶然目にしてしまったジムの目。

 それは森の動物のように白目部分がほとんど見えない黒い目だったのだ。


「ジム……、あなた、妖精だったの?」

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