第4話 まさか、本当にそうなの?
結局その後、私は部屋から追い出されてしまった。ジムが言うには、
「ヴィアンカ様がいると使用人が入ることができず、ここでの仕事ができませんから」
と、いうことらしい。
(まあ、そうよね)
人前に姿は見せない使用人でも、この部屋での仕事は別なのだろう。私のせいで子どもたちが世話をされないのは困るので、当初の目的だった図書室に向かうことにした。
とはいえ、私が迷子になっていることはチルーたちにしっかりばらされてしまったので、隣で説教してくるジム付きだ。
もちろんすぐに謝ったわよ?
迷子になったことは恥ずかしかったし、あれが地下室だったなんて夢にも思わなかったけれど、偶然とはいえ約束を破ってしまったのだから、そこはきちんと謝った。目にしたものに私が
でもその後の私は考えごとに忙しく、繰り返されるジムのお小言なんて右から左に完全スルーである。メイド時代を考えれば、嫌味な家政婦長や家令のお説教を聞いてるふりなんて大の得意技だったもの。真面目な顔で違うことを考えるなんてお手の物。だから束の間集中して一気に考えた。
「ヴィアンカ様?」
あまりに神妙に見せていたせいだろうか。
怪訝そうなジムをちらりと見て私が足を止めると、彼もつられて立ち止まる。長い前髪の隙間から、ちらりと見える黒い目をじっと見つめると、彼は小言を言い過ぎたか? とでも言うように左手を口元に当てた。
「ねえ、ジム」
「はい」
いつもとは違う私の低い声に、ジムの目がパチパチと瞬くのが分かる。髪に隠れてほとんど見えないのに、彼の黒っぽい目は意外と表情豊かだ。
最初は、噂について婉曲に聞いて策を練ることも考えた。でも子どもたちの様子を見た今は、噂はやっぱり噂でしかないのではと思う自分もいる。痛々しい姿ではあったものの、とっても元気だし楽しそうだし、人見知りが収まった後はみんな、子供らしく幸せそうな顔をしてた。
それでもやっぱり、知らないままではモヤモヤするではないか。噂とは違ったとしても、自分が手をのばせる範囲で助けが必要なら? しかもそれが小さい子どもだったなら?
助けたいって思うのは普通の事、でしょう?
だからここは直球で行くことに決めた。というか、グズグズ考えるのは苦手だわ。
「あのね、伯爵様が子どもたちを切り刻んでるって「はあっ?」」
(噂はウソよね? って、そう言おうと思ったのに)
最後まで言う前にジムがかぶせるように声をあげたので、思わず目を瞬く。普段慇懃無礼なジムの、明らかに怒気を含んだ声なんてめちゃくちゃ珍しい。
それでも普段のジムよりもこっちのほうが好ましいじゃない? なんて、ちょっとワクワクしてしまった。
(もしや、こっちが素かしら?)
パチパチと瞬きをした私の前で、ハッとしたように居住まいを正したジムに、思わず噴き出しそうになった私は悪くないと思う。もちろん必死で我慢したわよ。あぶないあぶない。
(今日は意外な顔を見られる日ね)
そんなレア感についホクホクしてたものだから、ジムがうなるような低い声を出したって怖くもなんともない。威嚇というより照れ隠しだってことは明らかだし、彼の態度を見れば、あのひどい噂は事実ではないとわかる。
「切り刻むだなんてとんでもない! いったい誰がそんなひどいことを。断っじて、そんなことはしておりません」
「そうよね。あの子たち、あそこで
「りょー? ……ああ、療養でございますね。あの子たちはここで傷の手当てをしているだけでして……」
私の返事に毒気を抜かれたのか、それとも先走ってしまったのが恥ずかしかったのか。私の表情を見たジムの肩から、力がふっと抜けたのが分かる。
「普通の病院では受け入れてもらえない子たちなのですよ」
小さく早口で言ったジムの言葉は、それでも私の耳にしっかり届いた。
「うん。そうなのね」
「はい」
いつもとはちがう柔らかい空気。
この日、私とジムの間にあった分厚い壁が消えたのは確かで……。
だから私はついうっかり。
そう――。
ついついうっかり。前置きもなしに。ずっと考えていたことをポロリと、しかも浮かれた感じで口にしてしまったのだ。
「ねえ、ジム。私ね、妖精の子どもって初めて会ったわ」
「えっ?」
「あ……」
口にしてから、しまったと左手で口元を押える。
あの子たちが妖精だなんて確信があったわけではないのだ。昔おじいさまに聞いた妖精みたいな子たちだったなんて、ただそう思ってただけなのに。
脳内でお兄様の叱り声が聞こえる。
『この猪突猛進娘! 思ったことをすぐ口にするなと、行動する前にしっかり考えろと、何度も何度も注意していただろう』
しかもエコー付きだ。
(あうう、ごめんなさい、お兄様。私もそう思うわぁ)
ジムには笑い飛ばされるだろう。あるいは嫌味を言われるかも?
きっと、『何をおっしゃってるのです?』とか、あるいは『外国の子どもは皆あんな感じですよ』みたいなこととか、とにかくあり得ないものを見たような目で、呆れたように冷たーく言われるんだわ。
遠い外国の人は見たこともない肌の色や髪の色をしてるって、誰かから聞いたことがあるもの。
(いやぁ、お願い。いっそ笑い飛ばしてぇ)
「……ヴィアンカ様。一体なにを」
内心必死で祈る私の前でジムが小さく息を飲んだのが分かり、今度は私の方が小さく息を飲んだ。
平静を装う声の中に、ほんのわずかだけど彼の動揺を感じる。これが別の事だったら、ジムを動揺させたってほくそ笑むところだ。
でもこの反応は――――
(まさか、本当にそうなの?)
* * *
もしかして? と思い始めたのはいつだっただろう。
あの子たちと一緒に遊び始めた時? それとも、改めて子どもたちの容姿を見た時?
いつからか私の記憶のずっと奥から、懐かしい祖父の声が聞こえていた。
『大人の家憑き妖精はな、たとえ出くわしても人と区別はつかないさ』
『そうなの?』
『なんで? 大人だけなの? 子どもは?』
繰り返し妖精の話をせがむ私とお兄様の頭を撫で、祖父はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
『そう、大人だけだ。だがな、子どものうちはぜーんぜん違うんだ。まずな、彼らの子どもは卵から生まれる』
『えー、たまごー?』
『お母さん、赤ちゃんじゃなくて卵を産むの? 鳥さんみたいに?』
『ん、卵だな。だが鳥の卵よりも大きいぞ』
『すごーい』
『生まれるとどうなるの? 鳥みたいに羽があるの?』
『ああ。背中と腕、それから太ももあたりまでは羽根が生えてる。でも鳥みたいに柔らかいものではなくてな、一つ一つがヴィアンカの手のひらくらいある、ウロコみたいな形の薄い羽根なんだ』
『わあ、大きい』
『ウロコみたいな羽根って、えっと、ちょうちょみたいな?』
『さあなぁ。ま、それが成長するにしたがって剥がれ落ちる。と同時に、木の葉色だった髪が木の幹のような色や夜闇のような濃い色に変わり、小鹿のような目も、人の目のように変わっていく。つまり大人になると、人と見た目の区別がつかなくなるってわけさな』
『へえぇぇぇ』
『すごいね、会ってみたい!』
『そうだな。いつか会えるといいな』
家憑き妖精と会ったことがないはずの祖父のお
昔の人のせいでもう妖精に会えなくなったことを知ったときは、たしたしと地団駄を踏んで兄と悔しがった。二人とも小さかったから、会いたかったよぉってプンプン怒ってたっけ。
でも本当に家憑き妖精はすべていなくなったの?
まったく? 本当にいない?
だって、あの子たちの小鹿のような目も、森の木々のような緑の髪も、祖父から聞いた妖精の子どもの特徴だ。その姿であの手遊び歌を歌うのが、ただの人の子ども?
人目に入らない使用人。
人の気配がないはずなのに生活が息づいている屋敷。
考え出したら止まらなくなった。
ここには妖精がいるのでは?
そう考え始めたら止まらなくなった。
* * *
(ああ、これは! 本当に妖精なのね! ぜったいそうよ!)
「じゃあここには、家憑き妖精がたくさんいるのね? そうでしょ?」
あの子たちだけじゃないと決めつけてしまった私に、ジムの目が見開かれたのが分かる。
「なぜそんなに嬉しそうに。まさか妖精が好きだとでも言うのですか?」
皮肉な言い方をするジムなんて気にしない。浮かれていた私が満面の笑みで大きく頷くと、彼は言葉を失ったようにハクハクと口を開け閉めした。
「だって私、ずっと妖精に会ってみたかったのよ。大好きなの!」
「大、好き……」
「ええ。――ん? どうしてあなたが赤くなるの? やだ、熱があるんじゃない?」
「いえ、気のせいです」
「そう?」
「はい!」
でも、耳まで赤くなってるわよ?
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