大文字伝子の休日5

クライングフリーマン

大文字伝子の休日5

物部の喫茶店。編集長と栞がカウンターに座っている。「面接?前にいたイケメンのウエィターと、可愛いウエイトレスは、一体どうしたのよ?」「駆け落ちしたんですって、編集長。」「かけおち?」

「ま、それで募集したんだけど、ここは一つ人望豊かな編集長の見極めて貰えないか、と。もう10分もすれば一人目が来る。」「編集長、私がお店手伝っていたら、締め切り間に合わないでしょ。」「分かったわ。」

10分後。1人目が来た。

40分後。2人目が来た。

70分後。3人目が来た。

100分後。4人目が来た。

物部は雑談をしただけだった。「2人目。」と編集長は言い、栞も賛成した。

「理由は?」と物部が尋ねると、「その子だけ、ずっと一朗太のことを見ていたわ。」と栞が応えた。「流石、美作あゆみ先生ね。私も同感。マスターが命令した時に上の空じゃ話にならない。それに、お客様に対してちゃんとオーダー聞き取らないとね。」

「よし、決まりだ。」「ストップ!」電話をかけようとした物部を編集長は止めた。

「なんで?」「一晩置くのよ。そうすれば『ご褒美』になる。きっと真面目に仕事するわ。」「流石、編集長。心理学も得意なのね。」と栞が褒めた。

「じゃ、行くわ。ごちそうさま。あ。先生。今度のイラストレーター。」と編集長は紙片を出した。「え?この人、幻のイラストレーター、って言われている人でしょ。」「そ。所在も素顔も不明。でも、繋ぎのエージェントがいるの。」「なんだかドラマっぽいわねえ。」

伝子のマンション。「高遠さん、シリアルとミルクなあい?」とあつこが言った。

「あるけど、少しだよ。何かストレス?伝子さんは、夕方まで帰ってこないよ。健康診断より多めの検査頼んだからね。」「あの池上先生と高遠さんは、どういう関係?」

「息子の彰君が、中学の卓球部の後輩。僕はしばらくコーチをしていた。地区大会の前日に亡くなっちゃった。交通事故で。先生は、僕を通じた彰君への糸を切りたくないのかも。いつも無理言って甘えさせて貰っているのも、僕なりの恩返し。」

「ふうん。よく分からないけど、いつも助かっているわ。息子さんの代わりに応援しているって感じかな?」「そうだね。」と高遠はシリアルとミルクをボールに注いで、あつこに渡した。

チャイムが鳴った。高遠が出ると、なぎさだった。「おねえさまは?高遠さん。」「病院。精密検査。定期的に診て貰っているんですよ。」

「私、用事思い出した。高遠さん、ごちそうさま。」とあつこは言って出て行った。

「おねえさまがいないと、つまらないのね。」「すみません。付録じゃ間に合わないですよね。」「笑えないわよ、高遠さん。紅茶ある?」

福本家。明子が福本と祥子に詰め寄っている。「で?ウチはいつなの?子供は。」

「お母さん、そんなこと言われても困るよ。」と福本が怒った。「まあまあ。大文字先輩が精密検査を定期的にやっているんなら、お前達も定期的にやればいい。出来れば、サチコが生きている間にな。」と、日出夫は病院の『人間ドック』のパンフレットを見せた。

まるまげ署。署長が事務課の女性に尋ねた。「どうだ?」「イライラしてます。」「えーと、聞きづらいが・・・。」「女性特有のそれじゃないです。昨日なんか、ミニパトを随分長く睨んでました。」「睨んで?」「見ていたんじゃ無いんです。睨んでいました。」

「未練・・・かな。」「渡辺警視。君は白藤と同期で、大文字君絡みでも一緒に仕事したりしている。それで一過言ある、と?」

「異動は、職務だから分かっていると思うんです。ただ、少年課の所属のまま、生活安全課で仕事したりして、ミニパトも本来ならチョーク引きで使うものだけど、黙認されてきたから。署長を非難しているんじゃないんです。ただ、みちるは、白藤警部補は、今までの生活を総括しようとしているんじゃないでしょうか?落ち込んでいると思って、皆で励まそうとしていたら、案外ケロっとしている。だから、概ね心配ないと思います。万一、暴走しそうなら・・・。」

「君が、いや、違うな。大文字君が止めるか。久保田管理官も言っていたよ。久保田警部補も愛宕巡査部長も大文字君に成長させられた、と。」

「じゃ、私はこれで。」とあつこは事務課から離れ、出て行った。

依田のアパート。「本当に引っ越さなくていいの?」「子供が出来てからがいいの。どうせ、叔父がこれにしろとか言って物件持って来るから。」と依田と慶子が話していると、「ごめんね。私が来たから、続き部屋に出来なくなって。大家さんから聞いたの、空き部屋勿体ないから、いつか続き部屋にしようか?って言ってくれてたんでしょ。」と蘭が言った。

「聞いてたのか。もう話は結論が出てる。いつか僕らも子供が出来る。それから結婚したばかりで引っ越しって、ワンパターン過ぎる。あ。俺のこと、『おにいちゃん』って言ってもいいよ。」と依田が言うと、蘭は「お断り。依田君はね、いい人なのよ。でも、おっちょこちょいなの。」と大家さんである森淳子の真似をした。「これだよ。」と、依田はむくれた。

コスプレ衣装店。「おまわ・・・白藤警部補。今日はミニパトじゃないんですね。あ、昇進したから?」「ううん。今日はね、非番なのよ。ね、以前・・あの・・・セクシーコスプレの衣装見せて。実はね、『おめでた』は、あの試供品のお陰なの。それで、今度は買おうかな?って。」「ごゆっくりお選び下さい。」と店長は、『成人』コーナーに案内した。

コスプレ衣装のマネキンの裏から様子を伺っていた山城はLinenで伝子にメッセージを送った。『ご苦労。帰っていいよ。』というメッセージがスマホに現れ、山城はそっと、店を出た。

南原のアパート。南原の母、京子が編み物をしている。「そう。無敵の大文字伝子も精密検査を定期的にしているのね。お子さんはまだ?」「それを含めて、だよ。」

「でも、おめでたでないことを祈っているんでしょ。探偵ごっこ出来ないから。」と京子が言うと、「ばれたか。でも、僕はいつも呼ばれるわけじゃない。非常勤とは言え、教師だからね。」「本当に、お前達のいいリーダーね。いつもバランス考えているのが素晴らしいわ。」

池上病院。診察室。「これで、今日の検査は終わり。結果はね、『異常なし』。良かったわね、『おめでた』はまだ先のお楽しみね。高遠君、がっかりかな?それとも、ワトソンとして活躍出来るから嬉しいかな?」と、池上葉子は言った。

「先生まで、もう。探偵局開いた覚えはないんですけど。」「いいじゃないの、貴女たち見ていたら、本当に羨ましいわ。私ね、部活ろくろくしていなかったから。家業が病院だからね。医学倶楽部でもあれば、周りも許してくれたかな?」「じゃあ、無理だ。」

伝子と葉子は笑い合った。

EITO本部。渡と草薙がトランプをしている。「平和だな。あ。渡がババ持っているのか。」

「理事官。白けちゃいました。」と草薙が文句を言った。「すまん。」と理事官は言い、情報ルームを出て行き、食堂に移動した。柴田管理官と久保田管理官がカレーライスを食べていた。「そうか。今日は金曜日か。私もカレーライスにしよう。あれ、なんだい、この煎餅。カレーライスの付け合わせ?」

「大文字君のお隣さんが作った煎餅です。時々、貰ってます。理事官も食後にどうですか?コーヒーにも紅茶にもお茶にも合いますよ。」と久保田管理官が説明した。

愛宕の車。青山警部補と愛宕がパトロールしている。「もう2時か。愛宕君、昼飯にしようか。」「はい、じゃ、そこのうどん屋で。」

愛宕はうどん屋の駐車場にパトカーを駐車し、入った。「以前は、こういうこと出来なかったんですよね。」と愛宕が注文した肉うどんをトレーに乗せ持って来ながら、青山に言った。「左巻きの奴らが騒いだからね。コンビニに立ち寄っても、公私混同だって。」

「脱帽していたらオッケーって内規出来て良かったです。あ。この肉うどんね、何故か知らないけど、みちるの好物なんです。きつねうどんとかはダメなんですよ。」

「じゃあ、『うどん派』でもないんだ。変わってるね。」「あ、その台詞、みちるに言わないで下さいね、ヒス起こすから。」「そうなの?大変だね、愛宕君も。そういや、『おめでた』なら、引っ越すの?」「ゆっくり考えます。」

「職員宿舎ね、警察の。タイミング合えば使えるよ、安く。広い家もあるし。でも、警察電話うるさいかな。他の警察官の家とも付き合わなきゃいけないし。」「ゆっくり考えます。」

モール。不動産屋。「どうですか?ごらんになって。藤井さん。」「いいわ。この物件で決めました。」と藤井が言ったが、「でも、こことここは削ってね。改装も掃除もウチでやるんだから。」と、隣から森が言った。

「ふうん。物部さんの紹介もあるし。いいでしょう。おっしゃる通りで。では、契約書を。」

モール。物部の店に向かって歩いている藤井と森。「助かったわ。さすが大家さんを何年もやっておられるだけあるわ。」と藤井が言った。「まあ、経験ね。」

数分後。物部の店。『本日臨時休業。』の看板がかかっている。

「きっと、大文字さんの家よ。」「じゃ、そっちに行きましょう。」「いいんですか?」「たまには、あのお煎餅食べたいわ。」二人は即決し、モールの外れでタクシーを拾った。

30分後。伝子のマンション近く。タクシーを降りた藤井と森は伝子の部屋に向かった。

階段を降りてくる一団。南原、蘭、山城だ。

「あ。藤井さん。今は入らない方がいいです。『終わった』ら、合図がある筈ですから、少し待ちましょう。」と南原が言った。

「今ね、乱交パーティーが始まったから、追い出されちゃった。」と蘭が言うと、森の後ろから「何ですって?破廉恥な。」と綾子が言った。

「蘭。なんてこと言うんだ、馬鹿。」と南原が言い、南原と山城で必死に階段を上ろうとする綾子を止めた。揉み合う内、南原と蘭と山城のスマホが一斉に鳴った。Linenだ。

「蘭。出ろ。」と南原に言われてスマホのLinenに蘭が出ると、伝子の声が響いた。

「今、終わったが、少し待て。もうすぐ警官隊が来る。」

間もなく、三人の警察官を伴って、刑事らしき男が現れた。

「えーと、あなたが南原さん?大文字邸は?」「階段上がって右です。エレベーターは裏側なので、ここから上がった方が早いです。」

5分後。伝子の部屋から出たあつこが先ほどの男に挨拶をした。「では、よろしく。」「了解しました。ご苦労様です。」男は敬礼し、警察官に連行される男達と共に降りて来た。

南原達は一旦物陰に隠れ、やり過ごしてから、上がった。

伝子のマンション(大文字邸)。履き物を見て、血相を変えて入った綾子が「伝子。乱交パーティーって本当にそんな破廉恥なことしたの?警察は?さっきの男達は?」

「蘭。何か言うことは?」「ごめんなさい。たちの悪い冗談でした。」と、蘭は皆に深々とお辞儀をした。

「という訳です、お義母さん。まあ、連行された男達は乱交パーティーって思ったかも。皆演技が達者だから。」と高遠が言った。

「演技じゃ無いもん。高遠と先輩が本気でキスするから、ねえ。」と横の慶子に依田が言った。

「ウチも釣られちゃったわ。」と、祥子が言い、「ウチも。」と栞が言った。

「私は最初から本気だったわよ。」とあつこが言った。

「それで、独身の私が貧乏くじ。部屋から出られなくなった、あいつら『出歯亀』そのものだった。興奮していたんだろう。逃げることを忘れていた。頭を寄せただけで、簡単にのびた。」

「捕り物があったんですよ。それで、僕らは追い出された。奥の部屋にいつの間にか『空き巣』が入り込んでいた。それに気づいた先輩が僕らを追い出し、二佐に廊下側から入らせて、賊をご用。こんなところに隠し部屋、いや、隠し扉があるとはね。」と、また南原が追加説明をした。

「さっきの捜査3課の木津刑事に連絡して貰ったから、明日はちゃんと『戸締まり』出来るわ。」とあつこは言った。

「ああ。隠し扉ね。もう古いものね。前の持ち主が改造して作ったものなの。目立たないけど、やはりプロの空き巣は入るのね。」と藤井は言った。

「分かった?お母さん。」と伝子は綾子に言った。

「今まで、そんな不用心で暮らしていたの?」「まあね。」「学さん、子供はいつ出来るの?」

「ああ。精密検査の結果ね。みんな聞いて。異常なしだった。授かり物も残念ながら無かった。」

皆、がっかりした表情だった。それを察した藤井が明るく言った。

「来月から藤井料理教室を始めまーす。」「決まったの?」と栞が言い、「ありがとう。マスターのお陰よ。」と、藤井が礼を言った。

「ここ、出入り出来たんだ。へえ。」と、みちるが奥の部屋から入って来た。

「みちるだけには合鍵を渡さない。」「えーなんで、おねえちゃん。」

「おねえちゃんじゃない。」「おねえさま。」「おねえさまはどうかな?あつこ、なぎさ。」

「審議しましょう。」となぎさが言った。「まだ、子供産むの早いかな?」とあつこが言った。

「自業自得だな。」と愛宕が隠し部屋の方から入って来た。「お邪魔します。」と青山警部補も入って来た。

「そこ、締めて、愛宕。明日まで施錠なしっていうのも問題だな。」「先輩。俺が何とかしますよ。」と福本が言った。「頼む。」

チャイムが鳴った。高遠が出ると、久保田管理官と斉藤理事官が立っていた。

「大文字君。煎餅ある?」

―完―



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