八、発覚! そして……

 九月の中旬。

 一年C組の二限目の授業は体育だった。

 今日はマラソンで、生徒たちはまだ夏の暑さの残る炎天下のグランドを周回していた。

 奉子は、渉と聡美の三人グループで走っていた。ペースは聡美に合わせてあるのでそれほど速くない。

 しかし、それでも奉子はついて行くのがやっとだった。

 具合が悪いのだ。

「大丈夫?」

 心配そうに渉が尋ねる。

「大丈夫……大丈夫…………」

 奉子は平気そうに笑ったが、全然大丈夫そうには見えなかった。

「無理そうなら、途中棄権した方がいいんじゃない?」

 聡美も心配そうに声をかける。

 それでも強がろうとした奉子だったが、

「平気……へい……」

 言葉の途中で、意識を失った。

「「ホーちゃん!」」

 渉と聡美が同時に叫ぶ。

 地面に倒れそうになった奉子をとっさに渉が支える。

「先生! ホーちゃんが!!」

 聡美がいつもは出さない大声で、担当教諭を呼んだ。

 慌てて担当教諭が駆け寄る。

 他の生徒たちも足を止めて、事の成り行きを見ていた。

「とりあえず、保健室に」

 担当教諭の指示で奉子は保健室へと運ばれた。


「…………ここは?」

 目を覚ますと、見慣れた天井が奉子の視界に飛び込んできた。

「保険室……?」

 奉子が戸惑っていると、閉められていたカーテンがサーッと開いた。

「気がついたわね?」

 そして、美砂が入ってくる。

「あたし、どうして……?」

「体育の授業中に倒れたのよ」

 まだ戸惑っている奉子に、美砂は事の成り行きを説明した。

「あなた……」

 それから神妙な顔つきになると問いただした。

「妊娠してるわね?」

「!?」

 奉子は少しだけ躊躇した。だが、直ぐに諦めるとコクッと頷いた。

(とうとうバレちゃった……)

 肩を落とす奉子に、美砂はさらに聞いた。

「相手は、翼?」

 それにもコクッと頷く。

「あの馬鹿……全然、懲りてないのね」

 美砂は顔をしかめて呆れた。

「とりあえず、お家の人には連絡したから。迎えに来るそうよ」

 それを聞いた奉子は、ギクッとなった。

「連絡って……妊娠したことも?」

「ええっ」

「翼君のことも?」

 頷いた美砂に、奉子は恐る恐る聞いた

「伝えたわ」

 奉子は、サッと蒼ざめた。

「今、翼君はどこ!?」

 それから慌てて、聞く。

「さっき、呼び出しの放送が入ったから、多分、理事長室ね」

「行かなきゃ!」

 奉子は重い身体を引きずるようにして、ベットから降りようとした。

「まだ、寝てなきゃ駄目よ」

 美砂は制止しようとしたが、それを振り切ってベットを降りた奉子は悲鳴を上げた。

「だって、翼君が殺されちゃう!!」


「駄目ぇー!!」

 奉子は叫びながら、理事長室の扉を開けて中に飛び込んだ。

 そこでは、紋付き袴姿の大男が、応接テーブルに足を乗せ、反対側のソファーに座る翼の額に45口径デザートイーグルを突きつけていた。

 年の頃なら五十代、強面で髭面の顔にガッチリした筋肉質な身体をした大男、蒼龍源三郎そうりゅうげんざぶろうは、怒りで眉をつり上げていた。

「おお、奉子」

 しかし、体操着姿の奉子を見ると顔を破顔させて、娘を思いやる優しい父親の顔になった。

 銃を持ったまま奉子に駆け寄ると、思いっきり抱きしめる。

「大丈夫だったか?」

「あたしなら、大丈夫だよ」

 奉子に言葉に源三郎は安心したような顔をしたが、それも一瞬で、笑顔から真面目シリアスへと変化した。

「妊娠したというのは、本当か?」

 その問いに、奉子は申し訳なさそうに頷いた。

「相手は、あの小僧か?」

 奉子はちょっとためらったが、結局、ぎこちなく頷く。

「そうか……」

 源三郎は鋭い眼光で翼を睨んだ。

「ヒーッ!」

 翼は完全にビビっていた。

「てか、なんで銃なんて持ってるんだよ!」

 それでも逆ギレ気味に奉子に聞いた。

「おまえの親父さん、何者なんだ!?」

 翼の問いに奉子はためらった。しかし、この状況で誤魔化しきれないと悟ると本当のことを告げた。

「家ね、ヤクザなの」

 蒼龍組。

 それは極道の世界でも知る人ぞ知る組織だ。

 構成人員は決して多くない。縄張りもほとんど持たない。

 だが、その一人一人が戦闘のプロフェッショナルで、それらの人材を他の組に派遣することで収入を得ているのだ。

 言わば、極道版民間軍事会社PMSCで、その依頼は要人護衛や取引の守備から襲撃や暗殺まで多岐にわたっている。

 中には非公式ながら、警視庁や防衛省からの依頼もあり、派遣先が海外に及ぶことも珍しくない。

「こうなるのがわかってたから、秘密にしたかったのに……」

 奉子は肩を落とした。

「済みません、親父さん」

 と、それまで部屋の隅に凜と立っていた角刈りにサングラスをした黒いスーツ姿の男、黒岩雁之助くろいわがんのすけが、深々と頭を下げた。

「自分が世話係から外れた途端、このような不始末を起こして」

 そして、懐からサバイバルナイフを取り出すと、テーブルの上に右手をテーブルの上についた。

「こうなったら、指を詰めてお詫びします」

「よさねぇーか」

 だが、それを源三郎は止めた。

「それより今は、この落とし前をどうつけてもらうかだ」

 凄んだ源三郎は、再び45口径デザートイーグルを翼へ向けた。

「とりあえず、ガキは始末するとして」

「だから、駄目!」

 その腕にしがみつき、奉子は銃を下ろさせた。

「止めるな、奉子」

 源三郎は父親の顔で娘に言い聞かせた。

 そのやりとりをビビりながら聞いていた翼は、完全に命の危険を感じていた。

 だがら、とっさに口走った。

「け、結婚の約束をしてるんだ!」

「なに?」

「えっ!?」

 その叫びに、源三郎は鋭い視線で翼を見た。だが、それ以上に大きな声で奉子は驚いていた。

 そんな奉子に、翼は文字通り必死にアイコンタクトした。

 それを見た奉子は、ようやく状況を理解し、源三郎に言った。

「うん、そうなんだよ」

「本当なのか?」

「本当に本当」

 訝しげな源三郎に、奉子も必死になって答えた。

「あたしたち、愛し合ってるんだよね?」

「お、おうっ……」

 笑顔を作って聞く奉子に、同じく笑顔で返そうとした翼だったが、作りきれず引きつった笑みになってしまった。

 そんな二人を見た源三郎はまだ訝しげだったが、声のトーンを一段下げた。

「本来なら、こうなる前に紹介してもらい、次期組長に相応しいか見極めさせてもらうのが筋なんだが」

「お父さんがそう言うと思ったから、今まで紹介できなかったんだよ」

 娘の奉子はそれで父が納得してくれたと察した。

「翼君は一般人カタギなんだからね」

 そして、言い聞かせるように言った。

「そういうことなら、話は別だ」

 源三郎は45口径デザートイーグルを今度は、理事長席に座る翼の父、五十公野俊史いずみのしゅんじに向けた。

「二人はこう言ってるが、おまえさんはどう思ってるんだ?」

「ふ、二人の合意があるなら……」

 完全にビビっている俊史は、そう言うのが精一杯だった。

「となると、後はお腹の子をどうするか、か」

「あたし、産むよ」

 源三郎の言葉に、奉子は即宣言した。

「せっかくここまで育ってくれた命だもん、お父さんならわかってくれるよね?」

 それから必死になって訴えかける。

 源三郎はしばらく考えた。

 それから、

「わかった」

 と、応じた。

「だが、学校はどうする?」

 そう聞かれた奉子は困った顔をした。

「やめるしかないかな……」

 それは覚悟していたことだったが、実際に口にすると考えていたよりもずっと大きなショックに襲われた。

「そいつは駄目だ」

 が、源三郎は、奉子の言葉を全否定する。

「おまえの最終学歴を学園中退にしたとあっては、死んだ妻に顔向けができん」

 それから俊史の方を見る。

「どうだろう? 娘がこのまま学園に通えるように配慮して欲しいんだが?」

「えっ……それは…………」

 俊史は困ったような顔をした。

「他生徒への影響もありますし……PTAも…………」

「できねぇっていうのかい?」

 源三郎は俊史をギロッっと睨んだ。

「ヒィーーー!」

 それだけで俊史はビビって椅子から飛び降りると、その後ろに隠れた。

 バキューン!

 その時、源三郎の45口径デザートイーグルが火を噴いた。

 弾丸は俊史のこめかみの横をかすめ、後ろの窓硝子を貫通する。

「ヒィィィーーーーーー!!」

 俊史は声にならない悲鳴を上げて、その場に散り餅をついた。

「お父さん!」

「できるのか? できねぇのか? はっきりさせもらおうか?」

 抗議する奉子を無視して、源三郎は凄んだ。

「できます! やります! やらせていただきます!!」

 完全にビビった俊史は、やけくそ気味に叫んだ。

「ならば、この件はこれで手打ちだ」

 それを聞いて満足した源三郎は、45口径デザートイーグルを懐に収めた。

(終わっちゃった……あたしの平穏な学園生活…………)

 その横で奉子はガクッと肩を落とした。


 翌朝の教室。

 奉子はいつも通り登校して自分の席に座っていた。

 だが、他の生徒は違った。

 奉子の席から距離を取り、集団グル-プを作ってヒソヒソと話していた。

「あの、妊娠してるんだって」

「相手は、あの五十公野翼らしいよ」

「その件で、昨日、父親が殴り込んできたんだって」

「聞いた。なんかヤクザの親分らしいよ」

「五十公野に銃突きつけて脅したんだって」

「怖っ」

「それで五十公野のヤツと将来結婚することになったんでしょ?」

「やだ、なにそれ、力ずくじゃん」

(全部、聞こえてるんだけどな)

 席に座った奉子は心の中で冷汗笑いをした。

 昨日のことは誰が聞きつけたのか、夕べのうちにクラスのグループメッセに上がっていたので、こうなることは覚悟していた。

 そう、これぐらいならどうってことはない。

(でも…………)

 その時、教室の後ろの扉がガラッと勢いよく開いた。

 そして、もの凄い形相をした渉が入ってくる。

 そのままカツカツと早足で、奉子の席の前まで来た。

 遅れて、聡美もそれに続く。

「ホーちゃん!!」

 バンと机の上に両手をついて、渉は奉子を睨んだ。

 奉子は申し訳なさそうな顔で視線をそらした。

「話、聞いたよ! なんで教えてくれなかったの!?」

「だって…………」

 渉の詰問に奉子は言葉を詰まらせた。

「家のこと、知られたら、絶交されると思って…………」

 そして、涙目で答えた。

「そんなことぐらいで、絶交なんてしないよ」

 泣き出した奉子を見て、渉はさすがにトーンを下げた。

「嘘!!」

 だが、奉子は泣き叫んだ。

「中学の時も、あたしが蒼龍組の娘だとわかると、みんな、離れっていたもん!!」

「ああっ、それでか」

 その言葉に聡美は合点にいった顔をした。

 目から涙をボロボロこぼす奉子に、渉はなだめるように言った。

「あたしたちは、そんなことぐらいで離れたりはしないよ」

「…………本当?」

 信じられないモノを見るような目で二人を見る奉子に、渉はこくりと頷き、聡美はなぜかドヤ顔でVサインした。

「アユちゃん! さとみん!」

 席を立った奉子は机越しに二人に抱きついた。

 泣きじゃくる奉子の頭を渉と聡美は優しく撫でた。

「じゃあ、クズのことを黙ってたのも?」

「噂になって、お父さんの耳に入るのが怖かったから……」

「なるほどねぇ」

 しばらくの間、奉子は二人の胸で泣いていた。

 ようやく涙が止まり、渉と聡美から離れる。

「でも……アユちゃんとさとみんはいいの?」

 それから二人に聞いた。

「あたしと一緒にいるとクラスのみんなからハブられちゃうよ?」

「それぐらいでハブるヤツはクラスメイトでも友達でもねぇ!」

 渉はそれを一刀両断した。

 隣の聡美もコクコクと頷く。

 それから教室中を見回した渉は宣言した。

「もし、奉子に嫌がらせしようとしたら、あたしが許さないからね!」

「アユちゃん……」

 奉子はまた涙目になった。

「そうだよ!」

 すると、それまで事の成り行きを見守っていた生徒の一人が席を立ち上がった。

 達也だ。

「蒼龍のお父さんが誰だって、蒼龍には関係ないよ」

「遠藤君……」

 あんな酷いフリ方をしたのにかばってくれることに、奉子は感謝した。

「そうだよね、蒼龍さんは蒼龍さんだよ」

 スクールカースト上位にいる達也の言葉に、他のクラスメイトともわだかまりが取れていく。

「クズのことは、蒼龍さんは被害者っぽいし」

 一人、また一人と奉子の席へと向かう。

「みんな……ありがとう」

 クラスメイトに囲まれて、奉子は感謝の涙を流した。


 その日の放課後。

 いつもの自室で、いつものようにベットの上にあぐらを掻いた翼は、眉をつり上げていた。

「迷惑はかけないって話じゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだけど、城ヶ崎先生が…………」

 フローリングの床の上に座った奉子は、申し訳なさそうな顔をした。

「あのアマ

 翼は唇を噛んだ。

「先に言っとくけど」

 それから、奉子を見つめると高々と宣言した。

「結婚の話は、命がヤバかったから出た口から出任せだからな」

「わかってる」

 奉子はコクッと頷いた。

「まぁ、仮に結婚したとしても、俺は好きな時に好きな女を抱くだけだけどな」

「それもわかってる」

 その素直さに違和感を感じて、翼は聞いた。

「オマエはそれでいいのかよ?」

「良くないけど、どうせ聞かないでしょ?」

「わかってるじゃん」

 奉子の答えに、翼はご満悦だった。

「オマエも他の男とやりたくなったら、やってもいいからな」

 調子乗ってそんな言葉をのたまう。

「人を尻軽女ビッチみたいに言わないで」

 それに対して奉子はムッとした。

「違うのかよ?」

 続けて聞く翼に、奉子はスーッと深呼吸した。

「この際だから言うけど」

 そして、翼をまっすぐと見つめて言い放った。

「あたしがエッチしたいのは、君だけなんだからね」

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Ho-ko 孕すめんと(R15版) 碗古田わん @its_a_dog_vow

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