七、告白の行方

 九月一日。新学期初日の朝。

「ヤバい……」

 制服に着替えていた奉子は、焦っていた。

 スカートのチャックが完全に上がらず、フックも掛からなかったからだ。

 原因ははっきりしていた。

 お腹がいよいよ大きくなって、スカートのサイズが合わなくなのだ。

 だが、直ぐに冷静さを取り戻すと、とりあえず安全ピンでスカートを留める。

 それから裁縫道具を学生鞄の中に突っ込んだ。

 昨日の段階で既に危なかったので、あらかじめ用意していたのである。

 そして、家の者に気づかれないように朝の支度と朝食を手短に済ませると、ちょっと早めに家を出た。


 朝の教室。

 奉子が自分の席で待っていると、いつもと同じ時間に渉と登校してきた。

「おはよう」

「オハー」

「おはよう。さとみん?」

 朝の挨拶もそこそこに奉子は本題を切り出した。

「お昼休みに手芸部権限で家庭科室、使わせてもらえないかな?」

 聡美は少し思案したが、

「いいんじゃね」

 と、答えた。

「ありがとう! 助かるよ!」

 感激にあまり奉子は聡美に抱きついた。


 そして、昼休み。

 カタカタカタ。

 家庭科室で奉子は、ミシンでスカートと格闘していた。

 上は制服のブラウスにニットのベスト。下は体操着のジャージという格好だ。

 そんも様子を離れた席で、渉と聡美が弁当を食べながら見ていた。

 ちなみに奉子は、昼食を抜いて作業をしている。

「しかし……」

 呆れたように聡美が言った。

「いくら休みの間、不摂生してたからって、スカートが入らなくなるとはねぇ……」

「ホーちゃん、制服少し大きいって言ってたのにね」

 渉もそれに同意する。

「てか、スカートのサイズって、自分で直せるんだね」

 それから、素直な感想を述べた。

「直せるよ。技術テクニックいるけど」

「ふーん」

 聡美の解説に渉は感心したように頷いた。

 そうしてる間に、

「できた!」

 奉子はスカートを両手で持って広げた。

 早速、履いてみる。

 チャックは上まで上がるし、フックもちゃんと掛かる。

「うん、問題ない」

 その出来映えに奉子はご満悦だった。

「ありがとうね、さとみん」

 それから、聡美にお礼を言う。

「いいってことよ」

 それに対して聡美はなぜかドヤ顔で返した。

 キンコーンカンコーン。

 ちょうど予鈴が鳴る。

「じゃあ、教室戻ろっか」

 渉の言葉に、奉子と聡美は頷いた。


 時は過ぎて放課後。

「うはははははっ!」

 自分の自室で翼は、事の顛末を奉子から聞いて笑い転げていた。

「笑い事じゃないよ!」

 その反応に奉子は抗議した。

「でもよ、これからどんどん大きくなっていくんだろう? どうする気なんだ?」

「一応、ベルトをゴムにしたから、もう少し大丈夫」

 そこまで話して、翼はいつものニヤけ顔をやめて真顔になった。

「本当に、産むのか?」

「産むよ」

 奉子は即答した。

「本当の本当に、こっちに迷惑かけないんだろうな?」

「本当に本当」

 念を押す翼に、奉子は頷いた。それから、

「この関係がバレなきゃね」

 と、付け加える。

「だから、協力してね」

「俺もクズだが、オマエも大概だな」

 お願いする奉子に、翼は苦虫を噛み潰したよう顔をした。

「さて、それじゃあ、ヤルか」

 だが、直ぐに気持ちを切り替えると制服を脱ぎ始める。

「本当にわかってるのかな?」

 ぶつくさ言いながらも、奉子も制服を脱ぎ始めた。


   ♢♦♢♦♢♦


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」

 荒い息で奉子と翼はベットの上でぐったりしていた。

「もう……激しすぎ…………」

 ようやく息が整ってきた奉子が、ムッなって抗議した。

「お腹の子になにあかったら、どうするつもりなの?」

「俺的には、そのほうがいいんだけどな」

 眉をつり上げる奉子に、翼は奥目もなく言った。

「クズ…………」

 そんな翼を奉子は弱々しく詰った。


 それから数日後の昼休み。

 奉子、渉、聡美の三人は、いつものように奉子の席に集まって昼食をとりながら駄弁っていた。

「初恋?」

 話は、初恋はいつ? という話題になる。

「あたしは、幼稚園かなぁ」

 パンをかじりながら、渉が答える。

「小学校二年生の時だわ」

 続けて、聡美が言った。

 そんな二人に対して、奉子はうーんと唸った。

「あたし、初恋ってまだかも……」

「えっ?」

「うそ?」

 その答えに渉と聡美は、火星人でも見るような目で奉子を見た。

「今まで好きな人、できたことないの?」

 渉の問いに、奉子は再び唸った。それから、

「歳の離れたお兄ちゃんがいて、小さい頃はお嫁さんになるって、言ってたみたい」

 と、曖昧に答える。

「じゃあ、ホーちゃんの初恋相手探しだ!」

 そんな奉子を見た聡美は、いきなり提案した。

「えっ?」

「それなら、三年の佐々木先輩は?」

 戸惑う奉子を尻目に渉が推しを披露した。

「佐々木先輩って、元サッカー部部長の?」

「そう、その佐々木先輩」

「でも、ライバル多いよ。ファンクラブもあるらしいし」

 それに対して聡美は否定的な意見を述べる。

「だったら、バレー部のコーチは?」

 それから、自分の推しを披露する。

「アレは……やめたほうがいいよ」

 と、渉は口を濁した。

 そんな渉を見て、奉子と聡美は顔を見合わせた。渉がこんな歯切れの悪い物の言い方をするのは珍しかったからだ。

「どうせなら、同じ学年の方がいいんじゃない?」

 その視線に気づいた渉は、誤魔化すように言った。

「B組の鈴木は?」

 渉がなにかを隠すように強引に話題を変えたのはわかっていたが、聡美は敢えてそれに乗ることにした。

「それよりA組の田中の方が良いんじゃね」

 そんな話を上の空で聞きながら奉子は、

(あたし、翼君のことどう思ってるんだろう?)

 そして、

(翼君はあたしのこと、どう思ってるんだろう?)

 と、考えていた。

「じゃあ、ホーちゃん、うちのクラスの遠藤は?」

「えっ?」

 渉に聞かれ、奉子は我に返った。

 ちょうど奉子の席とは対角線上に反対側に座る遠藤達也は、クラスの男子の中心的人物だ。

 背が高く、サラサラの髪にクリッとした大きな目が特徴の爽やかイケメンで、部活はテニス部に所属している。

 今も席の周りには男女問わず大勢の生徒が取り囲んでいた。

「うーん」

 奉子は唸った。

(スポーツで鍛えた身体は筋肉質そうで脱いだら凄そうだけど……アソコはどうなんだろう? ……翼君より大きいのかな?)

 そこまで考えて、奉子はハッとなった。

(あたし、今、翼君と比べてた……?)

「お気に召さない?」

 考え込む奉子を見て、聡美は聞いた。

「えーっと……悪くないけど、クラスの人気者だから、ハードル高いよ」

 それに対して奉子は、適当な理由をつけて駄目出ししようとした。

 だが、

「でも、遠藤もホーちゃんのことを意識してるみたいだよ?」

 と、聡美が爆弾発言を投下した。

「えーっ!? 嘘!?」

「だって、いつも視線でホーちゃんのこと追ってるもん」

 驚く奉子に、聡美は自分の観察結果を報告した。

「よく見てるなぁ」

「ナイナイ」

 渉は感心したが、奉子は手を顔の前で左右に振りながら否定する。

「遠藤君にはもっとふさわしい女子がいるよ」

「そうかなー?」

 聡美は納得しきれず、腕を組んで考え込んだ。

 そして、奉子もまた心の中で考えていた。

(だって、あたしは……)


 その日の放課後。

 翼の自室のベットで奉子と翼は、ベットの上に横になっていた。

 情事の後でこうなるのは珍しかったが、今日は連続で二回戦をこなしたので休憩を兼ねてこうなったのだ。

「ねぇ?」

 翼の腕枕で横になる奉子は、不意に尋ねた。

「あたしたちの関係ってなんなんだろう?」

「はあっ?」

 翼は一瞬片眉を跳ねさせたが、直ぐに、

「そんなの決まったてる。セフレだ。セ、フ、レ」

 と、当然のように答えた。

「だよねぇー」

 予想通りの答えに奉子は苦笑いした。

「まさか思うけど……」

 翼は真面目シリアスな口調で聞く。

「恋人気取りとかじゃないよな?」

「そんなつもりはないけど……」

 翼の詰問に、奉子は顔をそらして曖昧に答えた。

「それじゃあ、翼君は恋人作らないの?」

「一人の女に縛られるのが嫌いなんだよ」

 奉子の疑問に翼は面倒くさそうに言い放った。

「…………」

 それを聞いた奉子は、翼が他のとエッチするシーンを想像してモヤッとなった。


 翌日の朝。

 奉子はいつもよりもちょっと遅く登校した。

 下駄箱を開ける。

「あれ?」

 上履きの上に封筒が入っているのを見つけた。

 不審に思いながら封筒の裏を見る。

 そこには達也の名前が書いてあった。

「!?」

 驚いた奉子は封筒の封を切った。

 中に入っていた便せんには、几帳面そうな字で”放課後、校舎裏でも待ってます”と書かれていた。

 奉子は完全に固まった。

「あれ? ホーちゃんだ」

「今日はいつもより遅いねー」

 そこへ渉と聡美が登校してくる。

「それって……?」

 目敏く奉子の手元にある封筒と手紙を発見した聡美が聞いた。

「もしかして、ラブレター?」

「えーっ!?」

 聡美の言葉で封筒に気づいた渉が、思わず大きな声を上げた。

 その声に、登校してきた周りの生徒が奉子たちに注目する。

「ここだと目立つから、移動しよう」

 聡美の提案に奉子と渉は頷いた。

「相手は誰?」

 移動の最中も、渉は興味津々だった。

「遠藤君」

「ほら、やっぱり」

 その答えに聡美はドヤ顔で言った。

 教室に着く。

 中に入ると、達也はまだ登校してなかった。

「多分、テニス部の朝練だよ」

 渉が教える。

 そのまま、三人は奉子の席に集まりヒソヒソ話を始めた。

「受けるの?」

「うーん……」

 渉の問いに奉子は唸った。

「悩む事なんて無いと思うけどな-」

「でも、遠藤君のこと、何にも知らないし……」

 聡美の推しに、奉子は躊躇した。

「最初は誰でもそんなもんだよ」

 渉も援護射撃するが、それでも奉子は悩んでいた。

 キンコーンカンコーン。

 そうこしているうちに予鈴が鳴る。

 結局、結論が出ないまま、渉と聡美は自分の席へと戻った。

 と、予鈴が鳴り終わる直前、達也が教室に駆け込んできた。

 その時、達也は奉子をチラッと見た……ような気がした。

(えーーーっ!)

 奉子は焦った。

 SHRショート・ホーム・ルームが終わり授業が始まった。

 奉子はスマホを下に隠して、メッセを送った。

 相手は翼だ。

『クラスメイトにラブレター、もらっちゃった』

 直ぐに既読がつく。

 ブルッ!

『つき合えば良いじゃん』

『翼君は、あたしが誰かとつき合っても平気なの?』

 ブルッ!

『俺ともさせてくれるなら』

『クズ』

 ブルッ!

『あの写真、まだ消してないからな』

『わかってるけど』

『なんて言って断ろう?』

 ブルッ!

『調教済みだから、とでも言えばwww』

『クズクズクズ』

 相談する相手を間違えたと、奉子は後悔した。


 そして、放課後。

 奉子は一人、校舎裏へと向かった。

 木陰には先回りした渉と聡美が隠れていた。

 それに気づかないまま待つことしばし。

 校舎の陰から達也が現れた。

「手紙、読んでくれたんだね。ありがとう」

 爽やかな笑顔でお礼を言ったあと、達也は真剣な目になった。

「入学したときから気になっていた。好きだ。付き合って欲しい」

「~~~~~~~!!」

 あらかじめ予想していたとはいえ、面と向かって言われて、奉子は声にならない声を上げてパニックに陥った。

 先に考えておいた断る理由も、それで頭の中から吹っ飛んでしまった。

「えーっと……その……」

 混乱する頭で断る理由を探す。でも、見つからない。

 その時、メッセでの翼のやりとりが頭に浮かんだ。

『調教済みだから、とでも言えばwww』

 あとは自然と口が開いた。

「ごめんね、あたし、調教済みなの」

「「「はぁぁ?」」」

 それを聞いた達也と渉と聡美は、一斉に声を上げた。

 それで自分がなにを言ったか気づいた奉子は、早口で言った。

「あたし、君が思ってるようなじゃないから、だから、ごめんなさい」

 そして、頭を下げると、逃げるようにその場を後にした。

「ちょっと待った!」

「ホーちゃん!」

 それを木陰から飛び出した渉と聡美が追う。

 一人、達也だけがその場に呆然と残された。


「ホーちゃん!」

 逃げる奉子を、運動部の足で追いついた渉が捕まえる。

「アユちゃん」

 それでようやく奉子は立ち止まった。

「はぁ……はぁ……ホーちゃん……はぁ……はぁ…………」

 息を切らせながら聡美も追いつく。

「調教済みって、どういうこと!!」

 渉はもの凄い剣幕で奉子に迫った。

「まさか、ホーちゃんもアイツの毒牙に掛かったの!?」

「前に保健室に入り浸ってるって噂、あったよね?」

 怒りに近い気迫で問い詰める渉とは対照的に、聡美が冷静に突っ込んだ。

「嫌だなぁ……冗談だって」

 それに対して奉子は、ヘラっと笑った。

「ただ単に断る理由が欲しかっただけだよ……」

「本当に本当?」

 されでも勢いが収まらない渉は、再度詰問する。

「本当だよ」

 困ったような笑顔を崩さないまま奉子は頷いた。

「アユちゃん……」

 聡美が渉の肩をポンポンと叩いて、冷静になるよう訴えかける。

「うん……」

 釈然としないものを感じながらも、渉と聡美はそれで納得することにした。

(ごめんなさい……アユちゃん……さとみん…………)

 そんな二人に奉子は心の中で謝った。


 いつも通り、奉子は校舎裏の豪邸に入ると翼の部屋の扉を開けた。

 翼は既に帰宅していてベットの上にあぐらを掻いていたが、

「まさか本当に言うとは思わなかったぜ」

 開口一番、爆笑した。

「見てたの!?」

「校舎の陰からな」

 驚く奉子に、翼は笑いっぱなしで答える。

「翼君が余計なこと言うからだよ!」

 奉子は酷くお冠だった。

「でも、あながち間違えでもないけどな」

 それでも翼は、聞く耳持たない態度で笑い続けている。

「オマエはもう俺好みに開発されてるからな」

「そんなことは……」

 その言葉に奉子は顔を背けた。

「仮にアイツと付き合ってもきっと満足できないぜ」

 翼は自信ありげに言った。それから、

「アイツ、童貞っぽいし」

 と、付け加える。

「そんなことは……」

 それに対して奉子は同じ事しか繰り返せない。

「なんなら、試してみるか?」

 ベットから降りた翼は、立ち尽くす奉子をギュッと抱きしめた。


   ♢♦♢♦♢♦


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」

 荒い息で奉子と翼はベットの上にゴロンと寝そべった。

「はぁ……はぁ……翼……君……はぁ……はぁ…………」

 息を整えながら、奉子はムッとした表情で言った。

「じらしたでしょう?」

「俺は童貞のマネをしただけだよ」

 それに対して翼は、うそぶいた。

「これでわかったろう?」

 そして、ドヤ顔で畳みかける。

「…………」

 奉子は頷くしかなかった。

(この身体はもう翼君のモノになっちゃたんだ……)

 心の中でそう思いながら。

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