六、ディア・マイ・フレンド
お盆前の八月のある日。
「うーん」
奉子は壁に掛かった浴衣とこの前買ってもらった服を並べて悩んでいた。
明日は渉たちと水着を買いに行くので、なにを着ていくか迷っていたのだ。
「水着を試着するなら、浴衣じゃ時間かかちゃうかな……」
服はあの後、こっそっりクリーニングに出したから着れることは着れる。
「でもな……」
いきなりこんな格好で出かけたら家の者がビックリしてしまう。
「それにスカート、短いし……」
結局、服はタンスの奥に戻して、浴衣で行くことに決めた。
その翌日。
横浜駅の地下鉄の改札前。
今回は先に着いた奉子は、渉と聡美を待っていた。
約束の時間まであと十分。
「ホーちゃん!」
「おっす」
渉と聡美が現れた。
「わぁー、ホーちゃん浴衣だ!」
「でも、なんで浴衣?」
「あたし、家ではいつもお着物だよ」
翼と全く同じは反応に内心、冷汗笑いしながら奉子はこの前と同じ事を繰り返した。
「洋服って、あまり持ってないんだ」
「へぇー、そうなんだ」
「風流だねー」
それに対して渉と聡美は、素直に奉子の浴衣姿を受け入れる。
「じゃあ、行こうか」
渉の掛け声で三人は東口へと移動した。
あらかじめ聡美が調べておいた駅ビルの水着専門店へと入る。
「わぁー」
こういうお店に入るのも初めてだったので、色とりどりに飾られた水着に目を奪われた。
「さて、どれにしようかなぁ」
早速渉は、水着を選び始める。
「あたしたちも」
「うん」
奉子と聡美もそれに倣った。
「種類が多くて悩むな」
なるべく露出の少ない物を、と選ぶが、それでも無数にあり困ってしまう。
「ホーちゃん、これなんてどうかな?」
すると、渉が一着の水着を差し出す。
それは、真っ赤なビキニだった。
「無理無理」
奉子を首をブンブンと横に振った。
「こんな露出の多いのなんて着れないよ」
「そうかな?」
だが、渉は奉子の全身を上から下まで改めて見た。
「ホーちゃん、スタイル良いんだからもったいないよ」
聡美もそれを援護する。
「いや、本当に無理だから」
二人に押し切られそうになって、奉子は矛先を渉に向けた。
「アユちゃんの方が似合うんじゃない?」
「そうかな?」
渉は満更でもなさそうに、頭をかいた。
「うん、絶対に合うよ」
「じゃあ、あたしはこれ試着してみようかなぁ」
渉の言葉に奉子はホッと胸をなで下ろした。
「なら、あたしはこれ」
聡美が持ったのはスカートつきのワンピースだった。パッと見、洋服のミニワンピースと見分けがつかない。
「そんなのでいいの?」
「あたしも体を隠したい」
ポッチャリ体型の聡美は、普段はそのことを気にもとめてない様子だが、さすがに水着となると違うようだ。
「じゃあ、あたしは……」
奉子はズラッと並ぶ水着の中から、ショートパンツつきのセパレートタイプを選んだ。
「そんじゃ、試着してみよ」
渉の言葉で三人は、並んだ試着室に入った。
しばらく経って、
「着れた?」
試着室の中から渉が声をかける。
「着れた」
「もうちょっと……」
聡美はオーケーで、浴衣の奉子はやはり脱ぐのに時間が掛かって少し遅れた。
「うん、大丈夫」
それを合図に、三人は一斉に試着室のカーテンを開けた。
「わぁー」
渉と聡美の水着姿に、奉子は感嘆の声を上げた。
渉は運動をやっているので、この中でも一番スタイルが良い。胸もDカップある。
聡美はついているスカートが上手く体型を隠してくれて、いつもより痩せて見える。
「みんな似合ってるよ」
感動する奉子に、渉と聡美は照れた。
「ホーちゃんも似合ってるよ」
「……」
渉はお礼とばかりに褒め返したが、聡美は神妙な顔で奉子を見た。
「ホーちゃん、太った?」
「えっ?」
「なんかお腹出てる」
奉子は焦った。
「休み中、家でゴロゴロしてたからかな?」
だが、直ぐに照れたように笑みを浮かべて誤魔化した。
「そう言えば、あたしも太ったかも」
それを聞いた聡美は舌をペロッと出して笑った。
「あたしも太ったぞ」
するとなぜか対抗するように渉も胸を張った。
「毎日運動してるのに?」
「詰まってる筋肉は重たいんだよ」
首を傾げる奉子に、渉が解説する。
「ふーん」
奉子と聡美は感心した。
「どうする? これで決めちゃう?」
「うん」
「あたしもこれでいいや」
「じゃあ、着替えて、会計しよう」
渉の言葉に三人はカーテンを閉めた。
「この後どうするの?」
会計も終わって店を出たところで奉子が聞いた。
「ちょうど昼時だから、飯かな」
スマホを取り出して時間を確認しながら渉が提案した。
「じゃあ、ワックだね」
聡美が言った。ワクドナルドはファーストフードのハンバーガー店だ。
「えーっと」
あまり横浜に詳しくない聡美は、スマホを操作して店の位置を確認した。
「西口にあるみたい」
「じゃあ、移動しよう」
「うん」
三人は西口へと戻った。
ハンバーガー屋は飯時なので行列ができていた。
その最後尾へと並ぶ。
「先に席、確保した方が良いかな?」
「そっちの方が良いかも」
渉と聡美が相談を始める。その後ろで奉子は目を輝かせて店のカウンターを見ていた。
「じゃあ、あたしが買うから、さとみんとホーちゃんは席を確保して」
「うん」
「らじゃー」
「でっ? 何食べる」
「ハンバーガーのバリューセットでいいかな……ホーちゃんは?」
「同じので良いよ」
そこで三人は一人と二人に別れた。
店の中も混んでいたが、幸い直ぐに空いてる席を見つけることができた。
待つこと数分。
「おまたせぇ」
商品の乗ったトレイを器用に三つ持った渉が現れた。
トレイをテーブルの上に置いて、空いてる席に座る。
ちなみに席順は、聡美と奉子が並んで座り、テーブルを挟んで正面に渉が座っている。
「えーっと……この包みを開けば良いのかな?」
目の前に置かれた物体を奉子は物珍しそうに見た。
その様子に渉と聡美は顔を見合わせた。
「ホーちゃん、もしかしてワック、初めて?」
「……うん」
渉の問いに奉子は恥ずかしそうに頷いた。
「ホーちゃんって、実はお嬢様?」
「そんなことないよ」
聡美はズバリ聞いたが、奉子は両手を胸の前で振って否定する。
「中学の時は友達いなかったから、こうやって遊びに行くこともなかっただけ」
奉子の告白に、渉と聡美は再び顔を見合わせる。
それから、聡美は横から愛おしそうに奉子を抱きしめた。
「えっ?」
前の席からは渉が半立ちになって手を伸ばすと、やはり愛おしそうに奉子の頭を撫でる。
「それじゃあ、今日は奉子の初めて全部もらっちゃおう」
聡美は宣言した。
「うん!」
奉子は嬉しそうに頷いた。
「言い方がエッチだよ」
渉の突っ込みに聡美はテヘッと笑って、それを見た奉子も笑った。
(本当の初めてはもう奪われちゃってるんだけどね)
心の中で苦笑いしながら。
昼食も済んで、聡美の提案で三人はゲーセンへ向かった。
初めて入るゲーセンは、あっちこっちでキラキラしてて、電子音が喧騒で、奉子はまるで夢の世界に来たような錯覚を覚えた。
「さて、なんで遊ぶ?」
「あたし、アレやってみたい!」
興奮気味に奉子はUFOキャッチャーを指さした。
「じゃあ、行こう」
筐体に近づいて、奉子はおもむろに百円を入れた。
レバーを操作してお目当てのぬいぐるみまで、アームを持ってくる。
アームを下げ、ぬいぐるみを掴むする。
そのまま、持ち上げるが、
「あっ!」
見事に落下してしまった。
「もう一回!」
ムキになった奉子は百円を再度入れる。
しかし、
「あっ!」
上手く取れない。
「もう一回!」
ぬいぐるみを持ち上げるところまではできるが、運んでる途中に落っこちてしまう。
「ああっ……!」
結局、千円を使ったが、ぬいぐるみは取れなかった。
「全然、取れないよ」
奉子は涙目になった。
「変わってみ」
それを見た渉が、代打を申し出る。
慣れた手つきでレバーを操り、アームをぬいぐるみの上まで持ってくる。
筐体の正面と横を交互に見ながら、アームの位置を微調整していく。
それからボタンを押して、アームを下げる。
アームがぬいぐるみをガッチリ、ホールドした。
アームがゆっくりと上がる。
アームが穴へと移動し始める。
「お願い……」
奉子はそれを祈りながら見つめていた。
そのままアームは穴の位置まで来ると、アームが開いてぬいぐるみが落ちる。
渉は見事に一発でぬいぐるみを取って見せた。
「凄ーい!」
歓喜のあまり奉子は渉に抱きついた。
「おーっ」
聡美も拍手喝采する。
「えへへ」
二人の称賛に渉は頭を掻きながら照れた。
その後、三人はゲーセンの中をうろうろしながら、奉子が興味を示した物で遊んだ。
そして、
「これは?」
奉子は、ききらびやかな女性の写真で飾られた筐体に目をとめた。
「プリントシール機だよ」
「やりたい!」
渉の説明に奉子は即答した。
「じゃあ、三人で撮ろう」
奉子たちは筐体の中に入った。
「えーっと……背景はどれにするかな」
「人数は三人……っと」
奉子は初めてだったので設定は主に渉と聡美が行った。
「じゃあ、撮影しようか」
渉が画面にタッチして撮影が開始された。
軽快な音楽とともにポーズを取るようにアナウンスされる。
「えっ?」
奉子は一瞬、戸惑ったが、渉と聡美は慣れているのか直ぐに反応する。
「ほら、ホーちゃんも」
「早く早く」
急かされ慌てて指示通りのポーズを取る。
カシャ!
シャッター音が鳴り、一枚目の撮影が終わるが、直ぐに次のポーズを取るようにアナウンスが流れる。
カシャ!
カシャ!
カシャ!
それから数枚撮って撮影が終わった。
「ずいぶんと忙しいんだね」
「まだ、これで終わりじゃないよ」
一つ溜息をついた奉子に渉は言った。
「となりのブースに移動して」
「う、うん」
言われた通りにすると、そこには今撮影された写真がモニターに映っていた。
「目、ドンと盛っちゃおう」
「あたし、美肌がいい」
そこでも渉と聡美が慣れた手つきで画面を操作する。
「ほら、ホーちゃんも何か書きなよ」
奉子があっけにとられてると、渉がペンを渡してきた。
言われるままにペンを取った奉子は、画面に英語で”Dear My Friend”と書き添えた。
三人は、落書きを終え、ブースから出た。
あとはプリントされるのを待つだけだ。
約十分後、撮影されたシールがプリントされてきた。
「誰だよ、これ!」
それを見た渉は、大爆笑した。
盛りに盛った写真は、目はギョロッと大きく、肌は病的なまでに白く、唇は派手に紅い。既に本人とは別人になっていた。
「わはははははっ!」
奉子と聡美は笑い転げる。
それでも、切り分けたシールを奉子は嬉しそうに受け取った。
さっそく、スマホの裏に貼る。
それから大事な物を抱きしめるように、スマホを抱きしめた。
ゲーセンを出ると既に帰る時間になっていた。
「今日は楽しかった」
駅に戻る途中、奉子はご満悦そうに言った。
「あたし、二人が友達で良かったよ」
それから感謝の言葉を口にする。
それを聞いた渉と聡美はまたもや顔を見合わせた。
「あたしたちもだよ」
「おう」
そして、左右から奉子を抱きしめた。
「えっ? なんで?」
言いながらも、その心地よさに身を委ねる奉子だった。
それから二日後。
奉子、渉、聡美の三人は新横浜にいた。
スタジアムの地下にある室内プールに遊びに来たのだ。
更衣室に入ると早速着替え始める。
奉子と聡美は、持参した全身を包む着替え用のタオルを使って着替える。
それに対して渉は、隠そうともせずに全裸になって着替え始めた。
「アユちゃん、大胆」
奉子が驚きの声を上げる。人前で全裸になるのは慣れてるとは言え、大勢の前ではやはり恥ずかしい。
「そぉ?」
だが、渉は気にする様子もなくボトムを履く。
「部活で慣れてるから」
そう言えば、体育の時も特に隠すこともなく下着姿になっているのを奉子は思い出した。
「そんもんかねぇ」
着替えようタオルの下でゴソゴソと着替えながら、聡美が言った。
「そんなもんだよ」
トップをつけながら渉は頷く。
「あっ、アユちゃんもう終わったんだ」
タオルの下で着替えるのはやはり時間が掛かる。しかも奉子は浴衣というハンディを抱えていた。
「ゆっくりでいいよ。待ってるから」
焦る奉子に、渉は優しく声をかけた。
結局、最後は奉子待ちになったが、渉と聡美は気にしない様子で待ってくれた。
ようやく着替えを終えて、三人はプールサイドに出た。
女子三人組というのは目立つのか、周りの視線が一斉に集まる。
一番、視線を浴びていたのは渉だった。次に奉子。露出が少ない聡美はあまり視線を受けていない。
(わぁ……見られてるよ)
胸や太腿に視線を感じる。それもただに視線じゃない。エッチな視線だ。
そう思うと、身体の芯が熱くなってくる。
(駄目、駄目)
直ぐに奉子は首を横に振った。
(こんなところで気持ち良くなっちゃ駄目)
そして、自分に言い聞かせる。
「ウォータースライダーに行こうよ」
この室内プールには短いながらもウォータースライダーがある。
渉に誘われて、奉子と聡美はついて行く。
「ホーちゃん、これも初めて?」
「うん」
渉の問いに奉子は頷いた。
「ちなみにあたしも初めてだ」
と、聡美が横から付け加える。
「じゃあ、あたしがお手本見せるね」
係員の誘導に従って、渉はチューブの中に入った。
「手はこうやって胸の前でクロスするんだよ」
渉は実際にやって見せた。
「あとは滑る」
チューブの中に流れる水に乗って渉は滑り始めた。
入り口が空くと、奉子がおっかなびっくりでチューブの中に入る。
「手を胸の前でクロスさせて……」
渉のお手本を思い出しながら、奉子は姿勢を整えた。
そして、滑る。
「きゃぁーーーっ!」
滑る速度が思ったよりも速くて、奉子は悲鳴を上げた。
そうしてる間にも身体はチューブの中を滑り落ちていく。
ザブンッ!
大きな水しぶきを上げて、奉子はプールへと投げ出された。
「どうだった?」
「怖かったよー」
先に滑り終えた渉に感想を求められ、奉子は半べそ状態で言った。
ザブンッ!
続いて聡美が滑り落ちてくる。
「あっぷっ! あっぷっ!」
だが、様子が変だ。手足をバタバタ動かしてパニクっている。
「溺れてる!?」
渉が気づき、急いで聡美の元へと向かう。
「大丈夫! 足つくから!」
身体にしがみついてきた聡美に、渉は言い聞かせるように叫んだ。
「へっ……?」
それでようやく立てることに気づいて、聡美はパニックから脱した。
「もしかして、さとみん、泳げないの?」
心配そうに後からやってきた奉子が聞いた。
「おうっ!」
それに対して聡美は開き直ったように胸を張る。
「嘘!?」
渉は驚いた。聡美とは付属からの付き合いだが、全く知らなかった。
「うち、プールの授業ないもんね」
「だから、
「マジか……」
奉子と聡美の会話に、渉は呆気にとられた。
「じゃあ、なんでプールなんて選んだんだよ?」
「それは……」
渉の問いに聡美は口ごもった。それからポツリと、
「みんなで行くと楽しそうだったから……」
と、言った。
奉子と渉は顔を見合わせた。
「仕方ないなぁ」
渉は肩をすくめた。
「あたしが、泳ぎ、教えてあげるよ」
「頼む」
頭を下げる聡美。そんな二人の様子を奉子はニコニコと見ていた。
とりあえず、三人は競泳用のプールに移動した。
「じゃあ、まず水に顔をつけるところから」
渉が聡美を指導する。
奉子はそれを少し離れた場所で見学していた。
奉子の身長だと、ちょうど胸の辺りから上が水の中から出ている。
「……」
胸に視線を感じる。舐めるような視線。
(どうしよう……)
それを意識して、奉子の身体はまた熱くなってきた。
ここ数日、翼と
(我慢できないかも……)
身体が疼く。
(水の中なら、バレないようね……?)
奉子はソッと股間に手を伸ばした。
♢♦♢♦♢♦
「ごほっ! ぐほっ! ごぼごぼっ!」
そのまま腰砕けになった奉子は水の中に沈んだ。
「ごぼっ!! ごほっ! ぐほっ! ぐぼっ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」
「ホーちゃん!」
肩で息をしている奉子に、渉が慌てて寄ってくる。
「大丈夫!?」
「うん……」
心配そうに尋ねる渉に、奉子は息を整えながら答えた。
「急に姿が見えなくなりから心配したよ」
「ごめん、足を滑らせちゃった」
「ちょっと、疲れてるみたい」
遅れてやってきた聡美も気遣う。
「うん……ちょっと調子悪いかも……」
やっと息が戻った奉子はけだるように言った。
「少し休むね……二人は続けてて」
そう言い残して奉子は手すりはしごに向かった。
(みんなが見てる前で、ひとりエッチしちゃった……)
我ながら大胆なことしたと思った。
(あたし、どんどんエッチな
賢者の時間に入った奉子は、自分の行動に後悔した。
奉子がしばらくラウンジで休んでいると、渉と聡美がやってきた。
「泳げるようになった?」
奉子の問いに、聡美はVサインした。
「まだ、顔を見ずにつけられるようになっただけでしょ?」
すかさず、渉が突っ込む。
「ホーちゃんは大丈夫なの?」
「もう平気」
まだ心配そうな聡美に、一回イッて落ち着いた奉子は笑顔で返した。
「なら、流れるプールで遊ぼよ」
渉の提案に奉子と聡美は頷いた。
「あっ、さとみんは浮き輪借りてきてね」
「あいまむ!」
渉に敬礼して、聡美は貸し出し所へ走って行った。
借りてきた浮き輪の輪の中に聡美がお尻を入れて、その周りに奉子と渉が取りつき、三人は流れるプールにプカプカと浮かんでいた。
ここの流れるプールはただ流れるだけでなく、途中、滝やジェット水流、気泡ながあり、変化がつけらている。
流れに身を任せながら三人は駄弁っていた。
「ところで、みんな夏休みの課題、どこまで進んでる?」
不意に渉がそんなこと言った。
「もう、終わったよ」
「八割方かなー」
奉子と聡美の答えに、渉は焦った。
「やべぇ、全然手を付けてないのあたしだけか」
それを見た奉子が救いの手を差し伸べる。
「見せてあげようか?」
「天使!」
渉は感謝の眼差しで奉子を見た。
「あっ……でも、時間無いかも」
翼からもらった
「こっちも部活休みなの、明日までだからなぁ」
「いつ、写すかだよね」
渉と聡美も悩む。
とりあえず、日程は夜にでもメッセで相談することで落ち着いた。
時間はあっという間に来て、制限時間になったので三人はプールを後にした。
「遊んだぁ!」
グッと伸びをしながら渉は満足そうに言った。
「疲れた」
それとは対照的に聡美はぐったりしていた。
そんな二人を奉子は冷汗笑いで見ていた。
「また三人でどこか行きたいね」
渉の言葉に奉子と聡美は頷いた。
「その前に宿題だけどな」
「やめてくれぇ!」
聡美に現実を突きつけられて、渉は頭を抱えた。
その仕草がおかしくて、奉子は思わず吹き出した。
その日の夜。
『お休み、もう一日、延長してくれないかな?』
奉子が翼にメッセを送ると、直ぐに既読がついた。
ブルッ!
『なんでだよ?』
『友達に宿題を写させてあげたいんだ』
ブルッ!
『駄目だ』
『そこをなんとか』
『お願い』
既読がついてから返信まで少し間があった。
ブルッ!
『いいぜ』
『そのかわり、条件がある』
『条件?』
『なに?』
ブルッ!
「えっ…………?」
翼の条件を見た奉子は、しばらく躊躇した。
しかし、結局、友情半分、興味半分でそれを飲むことにした。
そして、翌日。
奉子と渉と聡美の三人は、学園の最寄り駅であるニュータウン南駅に集合していた。
駅前のファミレスで夏休みの課題をやるためだ。
奉子は、今日は牡丹を彩った赤い浴衣を着て、渉はいつものTシャツとランニングの重ね着にショートパンツの組み合わせ。聡美はTシャツにノースリープのワンピース、アンダーにレギオスを履いている。
早速、三人はショッピングモールの地下にあるファミレスへと向かった。
地下へ降りるエスカレーターに乗りながら、奉子は内心、ドキドキしていた。
周りの視線がやけに気になる。
視線を感じるたびに、身体の芯が熱くなっていった。
そのままファミレスへと入る。
店員の案内で、席へと着く。
「ドリンクバーでいい?」
渉の問いに聡美は頷いたが、奉子は頭にクエッションマークを掲げた。
「あっ、そうか、ホーちゃんファミレスも初めて?」
「うん」
それに気づいた渉が聞くと、奉子は素直に頷いた。
「カラオケ屋と同じだよ。あそこから好きなドリンクを選んで飲めるの」
それでようやく合点がいった奉子は、
「あたしもそれでいいよ」
と、答えた。
「じゃあ、ドリンクバー、三つで」
渉が注文し、店員は伝票を出すとテーブルの端の伝票立てに入れた。
「行こう」
三人は席を立つと、ドリンクバーへと向かった。
そこで、渉はアイスコヒーを、聡美はアイスティーを、奉子は冷たいお茶を選んだ。
「これね」
席に戻り、奉子は持ってきた大きめのかごバッグから課題を取り出した。
「神様、仏様、奉子様」
それを拝んでから、渉と聡美はさっそく写し始めた。
奉子は、それを笑顔を作って見ていたが、内心はドキドキが止まらなかった。
(あたし、友達の前で発情しちゃってるんだ……)
そう思うとさらに鼓動が早くなり、カッと身体の芯が熱くなる。
(大丈夫だよね……バレてないよね…………?)
周りの客から視線を感じる。それがドキドキに拍車をかけた。
「ホーちゃん、顔赤いけど、大丈夫?」
そんな奉子を見た聡美が心配そうに聞いた。
「えっ?」
ズバリ指摘されて、奉子は焦った。
「そう言えば、赤いねぇ。熱中症?」
「えーっと……ちょっと熱いだけだから大丈夫だよ」
それでもなんと奉子は笑みを作って誤魔化した。
「ならいいけど」
「具合悪かったら言いなよ」
「うん」
そして、渉と聡美はまた課題を写す作業に戻った。
ブルッ!
と、ちょうどその時、浴衣の袖の袂に入れておいたスマホが振動した。
「あっ、ちょっとトイレ、行ってくるね」
「うん」
「行ってらー」
席を立った奉子は、案内板を見ながら奥にあるトイレへと向かう。
女子トイレに入る。
一番奥の扉の閉まった個室の前まで来た。
コン、コン、コン。
三回ノックする。
すると、ガチャと鍵が開いて扉開いた。
そこには翼が便座に座っていた。
奉子は直ぐに個室に入ると、扉を閉めた。
「怪しまれなかったか?」
「大丈夫だと思う」
翼の問いに、奉子はやや自信なさげに答えた。
「では、早速」
翼は奉子の胸の胸と下腹に手を伸ばした。
胸にはブラの固い感触を感じない。
浴衣の前を開けると、ショーツを履いていない。
ノーブラ、ノーパンで来ること。
それが、翼の出した第一の条件だった。
本来の下着である襦袢こそ来ているがその下はなにもつけていない。
そのため、いつも以上に周りの視線を意識して、ドキドキしていたのだ。
「よし、じゃあ、次だ」
そして、第二の条件は、
「便器に向かって立って、壁に手つけ」
ここでエッチすることだった。
言われた通り壁についた奉子は、臀部を翼に向けた。
♢♦♢♦♢♦
「ホーちゃん、遅いね」
「そだねー」
テーブルを離れてずいぶん経つが、奉子は未だに戻ってこない。
「もしかして、体調崩したのかも」
「あたし、ちょっと見てこようか」
聡美の言葉に心配になった渉は席を立とうとした。
その時、
「お待たせ」
奉子がトイレから戻ってきた。
「長かったね」
「トイレ、混んでたんだ」
遠慮無く聞く聡美に、奉子は笑って誤魔化した。
「それより、写し終わった?」
それから、強引に話題を変える。
「まだ」
「もうちょい」
その言葉に渉と聡美は課題を写す作業に戻った。
そんな二人を見ながら、
(バレなくてよかった)
と、心の中でホッと胸をなで下ろす奉子だった。
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