五、サマーデイト
夏休みの初日。
翼は横浜駅の私鉄側の改札で奉子を待っていた。
ちょうど電車が入ってきたところで、ホ-ムへと続く階段から大勢の人が降りてきた。
「ん?」
と、翼はその中に一人場違いな格好をしている客に目をとめた。
その客は改札を出るとまっすぐ翼の方へと向かってくる。
「もう来てたんだ」
奉子だった。
「……」
しかし、翼は奉子の格好に絶句している。
「てか、なんで浴衣なんだ?」
奉子が着てたのは、青地に朝顔が彩られた浴衣だった。それに青色の帯を締めている。右手には、ベージュのかごバックを持っていた。
「えっ? 夏だから」
「じゃなくって」
奉子のボケに一瞬イラッとした翼は声のトーンを上げた。
「なんでも、祭りでもないのに浴衣着てるんだよ?」
そこまで聞いてようやく奉子も翼の言ってることを理解した。
「あたし、家ではいつもお着物だから」
その答えに翼は唖然とした。
「お洋服って、ほとんど持ってないや」
そう言って奉子はケタケタと笑った。
すると翼はその場に屈むと、無言で浴衣の裾をめくり始める。
「な、なにするこかな!?」
慌てて裾を押さえて、奉子は抗議した。
「いや、浴衣だと下着を着けないって本当かなと思って」
それに対して翼は、立ち上がりながら悪びれた様子もなく応える。
「ちゃんと付けてるよ、専用の下着」
裾の乱れを直しながら、奉子は説明した。
「和装下着って言うんだよ」
「いかにも色気のなさそうな下着だなぁ」
教える奉子に、翼は素直な感想を述べた。
それから、少し思案する。
「よし、決めた」
そう宣言した翼は、一人歩き始めた。
「あっ、ちょっと待って」
奉子は慌ててついて行った。
翼が向かったのは駅から少し離れたファッションビルだった。
奉子が翼について行くと、ビル内の適当な店へと入った。
そこはやや高級そうな洋服屋だった。
こういう店に入るのは初めてだったので、奉子は物珍しさも手伝って周りをキョロキョロ見回した。
そうしている間に、翼は慣れた手つきで服をあれこれ選び始めた。
しばらくそれが続いて、おもむろに、
「これ、着てみ」
と、上下セットの服を奉子に突きつけた。
「うん……」
言われるままに服を受け取った奉子は、試着室へと入った。
待つことしばし。
奉子はカーテンを開けた。
奉子が着たのは、白のランニングにフレアスカート、その上にパーカーを着ている。
「なかなかいいじゃん」
翼は素直な感想を述べた。
「スカート、短すぎないかな?」
それに対して奉子は恥ずかしそうに言った。
いつも着ている学校の制服は膝寸だが、これは膝上十センチ以上ある。
「これぐらいがちょうどエロくていいんだよ」
「着るのはあたしなんだけど?」
ニヤニヤと笑う翼に奉子は抗議した。
「店員さーん! 着て帰るんでタグ切ってくれる?」
それを無視して翼は、店員を呼んでしまった。
直ぐにやってきた店員はタグを切りながら、
「彼女さん、よくお似合いですよ」
と、おべっかを使った。
(別に彼女じゃないんだけどね)
奉子が心の中で呟いてる間に、タグは全て切り終わった。
「では、お値段は……」
「!?」
店員の言った金額に奉子は驚いた。
しかし、翼は別に踊りた様子もなく財布からクレジットカードを出すと、店員に渡した。
「良いの?」
さすがに奉子は遠慮した。
「俺が着せたいからいいんだよ」
が、翼は当然のように言った。
会計を済ませて二人は店を出た。
「次は……」
翼は上の階に上るエスカレーターへと向かった。
奉子もそれについて行ったが、スカートの裾が気になって早く歩けない。
人とすれ違うたびに、スカートの裾に視線を感じる。
(これじゃあ、パンツ、見られちゃうよ……)
それなのに、身体の芯が熱くなってくる。
次に入ったのは靴下の専門店だった。
そこでニーソを買って、今度は靴の専門店でパンプスを調達した。
「あとは……」
最後に来たのは
そこへ翼は躊躇無く入っていく。
その行動に驚きながら、奉子は慌ててついて行った。
「恥ずかしくないの?」
さすがに奉子は翼に耳打ちした。
「別に。カップルできてる奴らもいるし」
それに対して翼は平然と答えた。
言われて周りを見ると、確かにカップルもチラホラ見られる。
そうしている間にも翼は、下着をあれこれ選び出した。
そして、セット下着を選び出すと奉子に渡した。
「これ、着てみ」
「えっ?」
だが、奉子は躊躇した。
渡された下着が、ブラはレース地で、ショーツはTバックだったからだ。
「こんなの着れないよ」
「いいから」
ごねる奉子を翼は無理矢理試着室へと押し込んだ。
「着れたか?」
間を置いて翼は試着室に声をかけた。
「着れたけど……」
と、中から歯切れの悪い答えが返ってくる。
カーテンを開ける気配はない。
翼は自分でカーテンを開けた。
「きゃっ!」
悲鳴を上げた奉子は、全身を隠すように腰を落としてその場にしゃがみ込んだ。
「いいから、立ってみ」
それに呆れながら翼は指示した。
「……」
仕方なく奉子は、のっそりと立ち上がった。
「ほーっ」
その姿に翼は感嘆の声を漏らした。
奉子は学園では白の下着しか着ない。それが今は紫色のセット下着、ブラはレース地なので胸を隠す機能はほぼ皆無で、胸の先のとんがりまで透けて見える。Tバックのショーツは奉子のプリッとした臀部を強調していた。
ようするにとてもエロいのだ。
翼は無言で試着室の中に入った。
「ちょ……なんで、入ってくるのかな!?」
驚く奉子を無視してカーテンを閉める。
「だから、なんで!?」
「それ見てたらヤリたくいなった」
「ここで!?」
さらに驚く奉子を無視して、翼は後ろから胸に手を伸ばした。
♢♦♢♦♢♦
行為を終え、奉子と翼は息が整うまでしばらく待った。
それから、カーテンの隙間から人目がなにのを確認して、翼は試着室の外に出た。
「店員さーん! 着て帰るんでタグ切ってくれる」
何食わぬ顔で定員を呼ぶ。
直ぐに店員やってきて試着室に入った。
「……」
奉子はその顔をこっそり盗み見た。店員は怪訝そうな表情でタグを切っていた。
(これ、絶対バレてるよ)
奉子は今すぐにでもここを逃げ出したい衝動に駆られたが、この格好ではそれもかなわず店員がタグを切り終わるのを待つしか無かった。
粛々と作業を終えて店員が試着室を出る。
ようやくホッとして、奉子は服を着始めた。
試着室を出ると、既に会計を終えた翼が待っていた。
二人で店を出る。
「あー、恥ずかしかった」
真っ赤になった頬を両手で押さえて、奉子はしみじみと言った。
「あれだけ感じてたクセに」
そんな奉子に、翼が茶々を入れる。
「それは言わないで……」
奉子は自己嫌悪した。
「さて……ドレスアップは完了だ」
その空気を読んでか、翼は話題を変えた。
「これからどうするの?」
「そろそろ腹減ってきたから、飯かな」
翼はファッションビルを出た。奉子もそれについて行く。
そのまま少し歩いて、高級そうなホテルへと入った。
「えっ?」
そう思いながらも奉子も後に続く。
エレベーターで2階まで上がってレストランへと向かう。
「予約していた五十公野だ」
レストランの入り口で翼が告げると、直ぐにウエイトレスが席へと案内してくれた。
「行くぞ」
唖然としている奉子に声をかけて、翼は席へと向かった。
奉子も慌ててついて行く。
席に着いた二人だったが、奉子はなんだか落ち着かない様子だった。
「高そうなも店だけど大丈夫」
小声で翼に聞く。
そんな奉子に翼はクレジットカードを見せつけて、
「これがあるから、大丈夫」
と、ニヤリと笑った。
「部屋も取ってあるから、食べ終わったら行くぞ」
それから宣言する。
「うん」
まだ半信半疑だったが、奉子はとりあえず頷いた。
食事を終えて、二人は一端1回に戻ってフロントで部屋の
そのまま部屋へと入る。
「って、これスイートじゃない!?」
「そうだけど?」
奉子は驚きの声を上げたが、翼はさも当然とばかりに返した。
「学園生が利用していい部屋じゃないよ……」
部屋を見回しながら感嘆する奉子を無視して、翼は早々にベットに向かった。
フカフカのベッドに座るとポンポンと隣を叩いて奉子に座るように即する。
それに従って、奉子は翼の隣に座った。
翼は奉子をこっちに向かせると顎を持った。
その意味を理解した奉子は瞳を閉じるとプックリとした唇を突き出した。
二人の唇が重なる。
翼が舌を入れてきた。
それに応えるように奉子も舌を絡ませる。
「ちゅぷっ……ちゅうっ……ちゅちゅっ…………」
しばらく間、奉子と翼はお互いの舌の感覚を楽しんだ。
「ちゅぶっ…………」
長いキスを終えて、二人は離れた。唇と唇の間に唾の糸が引く。
「そう言えば、キスは初めてだね」
上気した瞳で奉子は言った。
「そうか?」
それに適当に返事しながら、翼は服の上から胸に手を伸ばした。
「駄目……」
だが、奉子はそれを制した。
「服、脱がなきゃ……」
「今日は、そのままでいい」
そう言って翼は再び奉子の胸に手を伸ばした。
♢♦♢♦♢♦
襦袢を着込むと奉子は、浴衣を羽織り、裾先から三分の一くらいを両手で持った。
持ったところから下を持ち上げ、裾線を決める。
上前を決め、下前を合わせる。
上前を合わせて、腰紐を巻いて結ぶ。
後ろのおはしょりを整え、前のおはしょりを整える。
衣紋を抜き、衿を合わせる。
下前の衿をコーリンベルトではさみ、上前の衿をコーリンベルトではさむ。
背中のシワ取って、衿を整える。
「器用なもんだなぁ……」
その声に奉子はベッドの方を見た。
そこでは半分眠そうな翼がボンヤリとこちらを見ていた。
奉子が起きたときはまだ寝ていたから、今さっき目が覚めたのだろう。
「慣れだよ」
照れ笑いで奉子は言った。
「買った服で帰らないのか?」
「もうしわくちゃで着れないよ」
翼の問いに奉子は困ったような笑みを浮かべた。
「まぁ、あの後、着たままで二回ヤッたからなぁ」
それも仕方ないかと翼は思った。
だが、直ぐに別の案を提示する。
「ホテルにクリーニング頼んで泊まるって手もあるぜ?」
「泊まりなんてそれこそ駄目だよ」
奉子は全力で否定しした。
「そっか」
翼的にも駄目元な提案だったらしくあっさりと引き下がった。
「俺は泊まっていくから、適当に帰ってくれ」
それからそう言うと、またベットに身体を預ける。
「もぉー」
そんな翼に奉子は苦笑いしたが、
(翼君らしい)
とも、思った。
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