四、期末試験と妊娠と夏休みの予定と

 六月の終わり、五十公野学園では期末試験前週間に入って、全ての部活動が禁止された。

 ちなみに中間試験は存在しない。

 その分、授業時間を増やした方がいいという方針からだ。

 代わりに教科ごとの小テストが頻繁に行われている。

 抜き打ちが多いのは、生徒の緊張感を持続させる狙いがあるからだった。


「お願いっ!」

 渉は顔の前で手を合わせて拝みながら、奉子に言った。

「あたしも、ついでにお願い」

 それとは対照的に、聡美は普段通りの様子で、奉子に言った。

「そんな拝まなくっても、別にいいよ」

 そんな二人に奉子は困った笑みを浮かべた。

 時間は予鈴が鳴る前の朝。いつもの奉子の席だ。

 期末試験が近く、いつも小テストで良い点を取っている奉子の勉強を教えて欲しいと頼み込んでいるのだ。

「放課後は用事があるから、休み時間だけになっちゃうけど、それでいい?」

 奉子の答えに、渉と聡美は顔を見合わせた。

「それでいいよ」

「おーらいと」

 それから大きく頷く。


 早速、今日の休み時間から始めることになったが、さすがに時限と時限の間はあまり時間が無く、ガッツリとは教えられない。

 自然と昼休みに集中することとなった。

「ここ、わかんないんだけど?」

「そこはね、この公式を使って……」

 弁当を食べながら、三人は勉強に勤しんだ。

 奉子と聡美は自前の弁当。渉は朝コンビニで買ったパンをかじっている。

 しばらく勉強を続けていたが、聡美がこっそり渉の脇を肘で突いた。

 じれた様子でアイコンタクトしてくる聡美に、渉も視線で応える。

「ところで、さ」

 渉はなるべくなにげさを装って、切り出した。

「ホーちゃんの放課後の用事って、なに?」

「!?」

 その問いに奉子は、一瞬、ギクッとなった。

「家の手伝いかなぁ」

 だが、直ぐに驚いたことなど微塵も表に出さずに答える。

「ほら、うち、お母さんいないから」

「「えっ?」」

「あれ?」

 その言葉に渉と聡美は固まった。それを見た奉子も、えっ? となった。

「言ってなかったけ?」

「初耳だよ」

「初耳」

 渉と聡美は声をそろえて言った。

「だから、放課後、直ぐに帰ってたんだ」

「うん」

 納得した顔の渉に、奉子は頷いた。

(ごめんね)

 心の中で謝りながら。

「実はね」

 と、聡美が珍しく神妙な顔をして、打ち明けた。

「ホーちゃんが、毎日放課後に保健室に通ってるって、女子の間で噂になってたんだよ」

「そんな噂、あるんだ……」

 奉子は内心焦ったが、奥目にも出さずに惚けた。

「人違いじゃないかな?」

「そうだよね、あのクズと関わるわけないよね」

 翼が女子生徒を保健室に連れ込むのは常套手段だと女子の間では知れ渡っていた。

「変なこと聞いてゴメン」

「ううん、いいよ」

 頭を下げる聡美に奉子はそう答えたが、

(本当にごめんなさい)

 またもや心の中で謝っていた。


 放課後の翼の自室。

 既に情事を終えた奉子は制服を着ていた。

「……って、ことがあってね」

 今日の昼休みのことを翼に話している。

「そりゃそうか」

 同じく、既に部屋着尾を着て、ベッドの上にあぐらをかいた翼が、他人事のように応える。

「場所、変えといてよかったよ」

 奉子はホッとした。

「俺は別にバレても問題ないけどな」

「あたしが駄目なの!」

 うそぶく翼に、奉子が怒った。

「なんで、そんなにムキになってるんだ?」

 奉子がここまで怒るのは珍しい、というか初めてだったので翼は訝しげに聞いた。

「それは……」

 奉子は口ごもった。

(本当の理由は、言えないよ……)

「まぁ、俺と噂になれば女子の間でハブられるだろうから、わからんでもないけど」

 言葉を詰まらせた奉子の心の声を勝手に代弁して、翼は納得した。

 それ以上詮索してこない翼に、奉子はホッと胸をなで下ろした。

 それから、

「ところで翼君は、勉強しなくっていいの?」

 と、強引に話題を変える。

「あんなのは赤点さえ取らなきゃいいんだよ」

 その問いに翼は言い放った。

「まぁ、理事長の息子に赤点を付けられる教師なんていないんだけどな」

(こういうところは、本当にクズなんだな)

 ニヤリと笑う翼に奉子はそう思った。

「そういう、そっちはどうなんだよ?」

「ぼちぼちかな」

 奉子は曖昧に答えたが、本当は翼を相手にしているせいで勉強時間が減って、その分、寝る時間が遅くなっているのだが、それは黙っていた。


 七月の初め、期末試験の週。

 変わらず、奉子と翼は情事を繰り返していた。


   ♢♦♢♦♢♦


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」

 荒い息で、奉子は床に朽ち失せた。

「はぁ……はぁ……はぁ…………」

 翼も同じく荒い息で床に尻餅をついている。

「はぁ……もう……はぁ……激しすぎ……はぁ…………」

 奉子は息を整えながら、ジト目で抗議した。

「でも、気持ち良かったろう?」

 そんな視線を全く気にせず、ゆっくりと立ちが上がりながら、翼は逆に聞いた。

「それは……そうだけど」

 ようやくのっそり立ち上がった奉子は、

「明日も試験あるのに……」

 と、唇を尖らせた。

「そう言えば……」

 まったく話を聞く気が無い翼は、別の話題を放り込んできた。

「オマエ、生理来てるのか?」

 それは奉子にとっては核地雷級の話題だった。

 少し迷って、それから小声で言った。

「来てない……」

「やっぱりなぁ」

 翼は腑に落ちたような顔をした。

「毎日ヤレるからおかしいと思ったんだ」

「まだわからないよ、遅れてるだけかもしれない」

 そんな翼に奉子は反論した。

「先月は来てたんだよな?」

「う、うん……」

 本当は来てないのだが、嘘を言った手前、曖昧に頷くしかなかった。

「まぁ、妊娠してもこっそり堕ろせばいいだけだから」

 股間の掃除を終えて、ボクサーパンツを履きながら、翼はお気軽に言った。

「でも、金はあるのか?」

 それから、フッと気づいて奉子に聞いてみた。

「俺とのことを内緒にしたいなら、カンパも集められないだろう?」

 奉子は無言でそれを聞いていた。

「なんなら、金、出してやろうか?」

「ううん」

 翼の提案に、奉子は首を横に振った。

「もし、妊娠してたら産みたいと思ってる」

 そして、宣言した。

「はぁ!?」

 翼は絶句した。

「冗談じゃねぇぞ」

 それまでのニヤけ面をやめて、真顔になる。

「オマエも俺を縛るつもりか!?」

 翼は激怒した。

 半年前の悪夢がよみがえる。

 それはまだ、翼が付属にいたときの話だ。

 手を出した女子生徒が妊娠した。

 そこまではよくあることだった。

 だが、その女子生徒は子供を産みたいと言い出したのだ。

 そうすることで翼を縛ろう――――独占しようとしたのだ。

 だが、翼は断固拒否した。

 結果、女子生徒は親まで巻き込んで翼を手に入れようとしたが、翼は学園理事長の息子という立場を利用して、女子生徒を外部受験――――実質的な退学処分にしたのだった。

 ようやく翼が手に入らないとわかり、女子生徒は子供を堕ろして学園を去った。

 その話は噂としてあっという間に広がり、学園の女子から総スカンを食らう羽目になったのである。

「その時は翼君に迷惑かけないから」

 怒る翼になだめるような口調で奉子は言った。

「父親が誰かも言わない。学校もやめて一人で育てる」

「本当かよ?」

 そんな奉子を翼は疑いの目で見た。

「本当に本当」

 奉子は訴えかけた。

「信じて」

 その必死さに翼はとりあえず納得した。

「なら、いいけどよ。本当に迷惑かけるなよ」

「うん、約束する」

 だが、なぜ、そこまで必死になる本当の理由を奉子は言えなかった。

(半分は、翼君のためなんだけどね)


 期末試験が終わった翌週、結果が張り出された。

 個人情報保護の観点から結果を張り出さない学園も多いが、五十公野学園では進学校らしく全生徒分、張り出されている。

 掲示板の前には、多くの生徒が集まっていた。自分の順位を発見して、一喜一憂している。

 奉子も、渉と聡美と一緒に順位の確認に来ていた。

「あっ、上がった!」

 自分の順位を見て、渉は歓喜の声を上げた。学園での試験は初めてだったが、付属の時に比べてかなり上がっていた。

「これもホーちゃんのおかげだよ」

 奉子の手を取った渉は今すぐにでも踊り出さんばかりに喜んだ。

「あたしも、上がった」

 思っていたよりもかなり上で自分の名前を発見して、聡美も嬉しそうに笑った。

「でっ? 肝心のホーちゃんは?」

 渉と聡美の二人は掲示板をザーッと見た。

「あった!」

 先に渉が発見した。

 学年三位。それが奉子の成績だった。

「すごーいっ!!」

 渉と聡美が称賛する。

「それほどでもないよ」

 それに対して奉子は、照れたように謙遜した。

「頭良いのは知ってたけど、ここまでとはね」

「ねっ!」

 感心したように言う聡美に、渉も同調した。

(翼君の相手をしてたから、これでも勉強して無かったんだけどね)

 二人の褒め言葉に全力で照れまくりながら、そんなことを思う奉子だった。


「これで後は夏休みを待つだけだね」

 教室へ帰る途中、グッと伸びをしながら渉はそんなことを言った。

「そだね」

 頷く聡美も開放感からか、いつもより表情が柔らかい。

「ねぇ? 夏休みになったら三人で遊びに行かない?」

「いいね」

「うん、いいよ」

 渉の提案に、聡美と奉子も同調した。

「どこ行く?」

「やっぱ、海っしょ」

 聡美の問いに渉は即答した。

「海か……」

 しかし、奉子は躊躇した。

「あたし、肌が弱いから、強い日差しに当たると直ぐ赤くなっちゃうんだよねぇ」

「それじゃあ、海は無理かぁ……」

 ちょっと残念そうな渉の横で聡美がスマホを出してなにやら検索を始めた。

「……新横浜に室内プールがあるねぇ」

「そこなら、日焼け気にしなくてよさそう」

「決まりだな」

「あっ、でも……」

 そこで奉子は、大事にな事に気づいた。

「あたし、水着、スク水しかもってないや」

「あっ、あたしも」

 奉子の言葉に聡美も追随した。

「なら、その前に買いに行こうよ。あたしもあたらしいの欲しいし」

「うん」

「らじゃー」

 渉の案に、奉子と聡美も頷いた。

「じゃあ、いつにする?」

「あたしは、部活が休みになるお盆が良いなぁ」

「そこならあたしも大丈夫」

 日程の話を進める渉と聡美の声を上の空で聞きながら、奉子は考えていた。

(翼君、夏休みはどうするつもりだろう?)

「ホーちゃんは、いつが良い?」

「えっ? あたし?」

 一瞬、答えに詰まった奉子だったが、

「家帰ってみないとわからないな」

 直ぐにそう返した。

「じゃあ、夜にでもまたメッセで話そう」

「うん、そうしてくれると助かる」

「じゃあ、そういうことで」

 ちょうど教室に着いたので、結論は夜に持ち越しということになった。


 その日の放課後。

「夏休みってどうするの?」

 制服を脱ぎながら、奉子はさりげなく聞いた。

「毎日通え」

 それに対して、同じく制服を脱いでいた翼は即答した。

「部活があるって言えば、大丈夫だろ?」

 それが当たり前かのように。

「そうだけど……」

 予想はしていたが、奉子は想像通りの答えに心の中で冷汗笑いした。それからちょっとだけ躊躇して、

「友達と遊びに行きたいんだけど?」

 と恐る恐る聞いてみた。

「遊びに、ねぇ」

 翼は少しだけ思案した。

「お盆なら家に親父いるし、学園も門閉めるからいいんじゃね」

「そこなら、ちょうどいいや」

「ふん」

 さして興味もなさそうに鼻を鳴らしてから、全裸になった翼はベッドの上であぐらをかいた。

「乗れ」

「うん……」

 ショーツを脱ぎ終えた奉子は、その言葉に素直に従った。


   ♢♦♢♦♢♦


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」

 情事を終えて、奉子と翼は荒い息でベッドの上にぐったりしていた。

 快感の余韻を楽しみつつ、息を整える。

 奉子はこの一時が好きだった。

「なぁ」

 と、不意に翼が口を開いた。

「さっきの夏休みの件だけど」

 なんだろう、と、奉子は翼の方を向いた。

「俺たちもどっかでかけるか?」

「いいけど……いきなりどうしたの?」

 頭にクエッションマークを浮かべる奉子に、翼は臆面も無く言った。

「たまには違う環境でヤルのもいいかな、と思って」

(結局それなんだ……)

 心の中で苦笑いしながらも奉子は頷いた。

「うん、いいよ」

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