二、日常と非日常の狭間で
その日の夜。
自室で寝間着である浴衣に姿の奉子は、布団に入っていた。
いつもならもう眠りについてる時間だが、今日はなかなか寝付けなかった。
「まだお股に何か入ってる感じがするよ」
溜息混じりに奉子は呟いた。
「……あたし、初体験、しちゃったんだよね…………」
下腹に感じる違和感が、否応なしに今日のことを思い出させる。
「名前も知らなかった男子となかば無理矢理に……」
ドヤ顔の翼の顔が頭に浮かぶ。
「わぁー、どうしよう」
奉子は布団の中で悶えた。
「なんでこんなことになっちゃったのかな?」
それは何度も自問したことだった。
「やっぱり、逃げちゃえば良かったのかな?」
それもまた何度も自問したことだった。
「でも……何でもするって言ったのはあたしだし……」
そして、いつもこの答えへとたどり着く。
「あたしの馬鹿……なんで、あんなこと言っちゃうかな」
奉子は自責の念に駆られた。
「写真まで撮られちゃって……」
あれは痛恨だった。
「これから毎日、あんなことされるのかな?」
それを想像すると自然と顔が曇る。
「それは困る……」
奉子は絶望した。
「でも……」
あの時のことを想像する。
「エッチの時は優しかったな……」
自然と頬が赤くなり、身体が熱を帯びてくる。
「ちょっと痛かったけど……」
でも、それ以外は、
「少し気持ちよかったし……」
そこまで考えて、奉子は首を横にブンブンと振った。
「って、駄目駄目、流されちゃ」
状況に流されるのは自分の悪い癖だ。
「どうしよう……こんなこと、誰にも相談できないよ」
もし相談して、それが漏れて、噂になったら、
「もし、お父さんに知れたら……」
奉子は、ゾッとした。
「それだけは絶対に駄目」
固く決意する奉子だった。
「ふぁぁーーーーーっ」
大きく欠伸をした奉子は頬をくっつけるように机に突っ伏した。
場所は朝の教室。
時間が早いため、まだ生徒の数も少ない。
「おはよう!」
「おは」
そこへ渉と聡美が登校してきた。
「おはよう……アユちゃん、さとみん」
のっそりと顔を起こして奉子も朝の挨拶を交わす。
「なんか眠そうだね?」
「夕べあまりよく眠れなくって……」
渉の問いに答えてから、奉子はまた一つ、欠伸をした。
「さては夕方寝すぎたな?」
それを見た聡美が突っ込んでくる。昨日のやりとりを覚えていたのだ。
「うー……うん、そんなところかな」
本当は違うのだが、
「それよりさ」
と、渉が少し焦ったように強引に話題の転換をしてきた。
「課題、見せて欲しいんだけど」
「課題?」
それに対して奉子は、何か別の言語でも聞いたような顔をする。
「数学の、昨日出されたやつ」
渉は、じれたような口調で言った。
「あっ……」
そこまで聞いて、奉子もようやく思いだした。それから慌てて、学生鞄の中をあさり始める。そして、一枚のプリントにたどり着いた。
プリントの中身はもちろん白紙。
「忘れてた……」
「嘘っ!」
渉は半分涙目になった。奉子とはまだ知り合って一ヶ月ちょっとだが、この手の提出物はきちんと出すと知っていた。だから頼みの綱にしていたのに、この状況は完全に想定外だった。
「今、やっちゃおう!」
一応、進学校である五十公野学園は課題の提出には厳しいのだ。
幸い、朝の
「あたしも!」
問題を解き始めた奉子の目の前の席に馬乗りに座った渉は、学生鞄からプリントを取り出した。
と、そこへ、
ブルッ!
奉子のスカートのポケットに入ったスマホが震えた。
(誰だろう?)
そうも思いながらスマホを取り出し、ロック画面を解除してメッセアプリを立ち上げると……、
「!?」
そこには昨日の自分の全裸写真が写っていた。
慌てて画面を隠すように、スマホを抱きしめる。それから二人には見られないようにソッと画面を確認する。
送信相手は言うまでも無く翼だった。
写真の下には、『放課後、保健室に来い』とメッセがついている。
『わかった』と短く返信して、直ぐに画面をロックする。
「どうしたの?」
問題を解きながらも、そんな奉子の行動を見ていた渉が聞いてきた。
「な、なんでもないよ」
「怪しい」
作り笑いで誤魔化す奉子に、聡美が疑いの目を向ける。
「そう言えば」
ここはさっきの渉と同じで、強引に話題を変えるしかない。
「一年A組の五十公野翼君って知ってる?」
その名前に、渉と聡美は、ゲッという顔をした。
「クズだな」
「クズだね」
そして、口をそろえてそう言う。
「クズ……なんだぁ」
二人の同調率の高さに奉子は、なんとも言えない顔した。
「ああぁ、そうか。ホーちゃんは外部受験だから知らないんだね」
奉子は受験して、この春から学園生徒になった。対して渉と聡美は付属からのエスカレータ組だ。
「とにかく女癖が悪い」
「女子とみると手当たり次第にヤリまくってた」
「ヤリまくる、って……」
「言い方」
冷汗笑いを浮かべる奉子と渉を無視して、聡美は続けた。
「中には無理矢理……なんてこともあったらしい」
「妊娠しちゃった
「……それって、問題にならなかったの?」
奉子は恐る恐る聞いてみた。
「なった」
「去年、付属の時、妊娠したことが親にバレて大問題になった」
聡美は頷き、それを渉がフォローする。
「結局、理事長が問題を握りつぶして、その
「へぇー」
生返事しながら、奉子は顔が蒼ざめていくのを感じていた。
「でも……それがどうしたの?」
渉は首を傾げた。
「ん?」
とっさに返事に困った奉子は、曖昧に答えた。
「えーっと……ちょっと格好いいなぁと思って」
「絶対やめた方がいい!」
「関わったらひどい目に遭うよ!」
それを聞いた渉と聡美は迫るように言った。
「うん、わかった」
その勢いに圧倒されながら、奉子はぎこちなく頷く。
(……もう遅いけど)
心の中でそう呟きながら。
「そんなことより、手、止まってるよ」
聡美の指摘で、奉子と渉は自分が今やるべきことを思い出した。
同時に奉子はある疑問が浮かんだ。
「さとみんは、課題、やらなくていいの?」
それ対して聡美はVサインをした。
「あたしは、ちゃんとやってきたもん」
「それを早く言え!」
すかさず渉が突っ込んだ。
「だったら、見せてよ!」
「もー、しょうがないなぁ」
激怒する渉に、聡美は渋々学生鞄の中からプリントを取り出した。
「はい」
「わぁー、ありがとう」
「いいってことよ」
お礼を言う奉子に、聡美は鼻高々で言った。渉はそんな聡美をキッと睨んでから、答えを写し始めた。
「あれ?」
と、直ぐに奉子が気づいた。
「この問題、答え間違ってる」
「マジか!?」
慌てて、既に解き終えた奉子の答えと見比べ、それが本当であることを確認した聡美は、焦りながら隣の席の椅子を借りてプリントの修正を始めた。
こうして、三人の朝は慌ただしく過ぎていった。
そして、放課後。
奉子がガラッと保健室の扉を開けると、中では翼と美砂が雑談していた。
「あれ?」
てっきり翼一人だけだとも思っていた奉子は首を傾げた。
「おっ、来たな」
「じゃあ、あとよろしくね」
と、美砂は会話を切り上げると、奉子の隣をすり抜けて早々に立ち去る。
「ねぇ……城ヶ崎先生って?」
「知ってるよ、俺たちのこと」
疑問を口にした奉子を遮るように翼は答えた。
「そう……なんだ」
先生まで味方に付けていることに、奉子は心の中で驚いた。
「じゃあ、始めるか」
それがごく自然という振る舞いで翼はベッドへ行こうとした。
「その前に!」
だが、奉子の怒りの声がそれを止めた。
「これはなにかな?」
そして、目を三角にしてスマホの画面を翼に見せつける。
そこには、今朝送られてきた全裸の奉子の写真が写っていた。
「いや、忘れてるんじゃないかな、と思ってな」
それに対して翼は、悪びれる様子もなく言った。
「忘れるわけないじゃん」
忘れられるわけがない。
「友達に見られたら、どうするつもりだったの?」
「知るか!」
なお怒る奉子に翼は逆ギレ気味に言い放った。
「自分でなんとかしろ!」
「もう、二言目にはそれなんだから」
奉子はまだお冠だったが、それを無視して翼はベッドへと向かった。
「いいから、始めるぞ」
「もう……!」
仕方ないとばかりに、奉子もついて行く。
翼はベッドの横で手早くブレザーを脱ぐと、ネクタイを外してワイシャツのボタンに指をかけた。
だが、奉子はベッドの横に立ち尽くしたままだった。
「どうした?」
それに気づいた翼は、諭すように言った。
「脱がなきゃ制服、シワになるぜ」
「わかってるよ」
躊躇しながらも、奉子も制服を脱ぎ始めた。
♢♦♢♦♢♦
「また、中に出した……」
早々に制服を着る翼に、まだベッド上で全裸の奉子はジト目で言った。
「だから、そんなの俺の勝手だろう?」
しかし、翼は意に介さない態度で言い放った。
「赤ちゃんできたら、あたしも堕ろさせるの?」
皮肉を込めて奉子は問いただした。
「ったりめーだろう」
それに対して翼は、さも当然とばかりに答える。
「今から堕ろす金、カンパしとけば?」
完全に他人事だ。
それを聞いた奉子はガクッと肩を落とした。
(本当にクズなんだ……)
奉子が翼から陵辱され始めてから一週間が経った。
その間も、日曜日を除く毎日、保健室に呼び出されていた。
そして、今日も二人は保健室のベッドで淫らな行為を繰り返していた。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」
荒い息で肩をふるわせながら、奉子はベッドの上でぐったりとなった。
「派手にイッたな」
それを見た翼はニヤニヤと笑った。
「はぁ……はぁ……イッたの……?……はぁ……はぁ……あたし……?」
まだ頭がボーッとしている。辛うじてそれだけが言葉に出た。
「気持ち良かったろう?」
それに対して翼はドヤ顔で聞いた。
「はぁ……はぁ……はぁ……そんなこと……はぁ……はぁ…………」
口ではそう答えたが、確かに息が止まる瞬間、口では言い表せないような快感を感じたのは事実だった。
(これが、イクってことなんだ……)
「自分だけイッって満足してるんじゃないぞ」
まだ呆然としている奉子に翼は言い放つと、自分の股間に手を伸ばして行為を再開した。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ…………はぁ…………はぁ………はぁ………はぁ…………」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………」
はぁはぁと二人分の荒い息が保健室を満たしていた。
情事を終えて、奉子と翼はベッドの上で脱力していた。
「はぁ……はぁ……あたし……はぁ……また……はぁ……イッたんだ…………」
まだ朦朧としている意識で、奉子は独り言のように呟いた。
「初めてイッて、直ぐに中イキを覚えるなんて、あんた才能あるぜ」
既に息を整えた翼が、ニヤリと笑う。
「はぁ……そんなこと……はぁ……褒められても……はぁ……嬉しくない…………」
それを聞いた奉子はすねるようにそっぽを向いた。
それから数日後。
翼との逢瀬を終えた奉子は、帰ろうと下駄箱まで来た。
「あれ?」
「ホーちゃん?」
「あっ、アユちゃん、さとみん」
渉に聡美にバッタリ会った。
「どうしたの? こんな時間まで」
渉と聡美は部活があるので遅くなるのはわかる。だが、帰宅部のはずの奉子がこんな時間まで校舎に残っていることに渉は首を傾げた。
「ん? えーっと……図書室で本、読んでた」
それに対して奉子は、なるべく平静を装って答えた。
(本当のことなんて言えないよ……)
そう、翼とのことは誰にも言えない秘密なのだ。
「……」
そんな奉子を聡美はジーッと見つめた。
「なんかホーちゃん、疲れてない?」
「えっ?」
その鋭さに奉子は焦った。
「そ、そんなことないよ」
そして、誤魔化し笑いでそれをかわした。
「ならいいけど」
そんな会話をしつつ、三人は下駄箱を後にして校門をくぐった。
五月も終わりになると、日も延び、外はまだ明るい。
「そうだ」
駅へと向かう通学路の途中で渉が提案してきた。
「これからさとみんとミセドでも行こうって話してたんだけど、ホーちゃんもどうかな?」
ミセス・ドーナッツは駅前にあるファーストフード店だ。
「ごめん」
しかし、奉子は軽く頭を下げてその誘いを断った。
「門限があるから駄目なの」
「門限って、何時?」
「夜の七時」
「「早っ!」」
奉子の答えに聡美だけでなく渉も口をそろえて言った。学園に通う歳にもなれば門限は、夜の十時ぐらいが普通だったからだ。
「だから、この時間でも、門限ギリギリなんだぁ」
「ホーちゃんって、どこから来てるんだけ?」
「
瀬渓区といえば、横浜の端にある小さな区だ。学園のある茅ヶ崎区からはかなり距離がある。
「結構、遠いのになんでウチなんて選んだの?」
渉の疑問ももっともだった。近場にも高校は沢山あるし、なによりあの辺りには公立の有名な進学校があり、奉子の成績なら充分合格可能なはずだったからだ。
「ん?」
それに対して奉子はあらかじめ用意していた答えを言った。
「制服が可愛かったから」
「そうかぁ?」
渉は改めて奉子と聡美の制服を見て、自分の制服と見比べた。何の変哲も無いブレザーにタータンチェックスカート、どこが奉子の感性に刺さったのかわからない。
そんな話をしているうちに、最寄りの駅、ニュータウン南駅に到着した。
「じゃあ、あたしは帰るね」
軽く手を振って奉子は改札へと向かった。
「うん、バイバイ」
「あでゅー」
応えるように渉と聡美も手を振って、三人は別れた。
さらに一週間が経った。
暦は六月へと移り、衣替えが行われた。
「はぁ~~~」
授業と授業の間の休み時間、奉子は机の上でぐったりとしていた。
「こうも毎日だと疲れるよ……」
エッチにこんなに体力が必要だとは知らなかった。
特にイクことを覚えてから、体力の消耗が激しい。
「なんとか休む方法無いかな……?」
しばらく考えるが、なかなかウマイ方法が思いつかない。
「とりあえず、毎朝、ジョギングでもしようかな……」
既に思考は、この状況をどう乗り越えるかにシフトしかけていた。
その時、
「あっ……!」
妙案が降ってきた。
「これなら、休めるかも」
放課後、奉子はいつものように保健室を訪れた。
そこにはいつものように翼が待っていた。
「おっ、来たな」
最近は既に美砂が去った後のことが多い。
「それじゃあ、早速始めるか」
「あっ……それなんだけど……」
やる気満々の翼に、奉子は申し訳なさそうに言った。
「今日、
「生理か」
翼は片眉を跳ねさせた。
「だから、今日は……」
「なら、しゃーねぇな」
(やった!)
奉子は内心ほくそ笑んだ。もちろん、生理なのは嘘だ。これで、今日は休める。そう思った。
だが、
「なら、口でやってくれ」
「えっ?」
思いもしなかった言葉に、奉子は完全に固まった。
それを気にもせずに、翼はズボンのチャックを下ろし始めた。
♢♦♢♦♢♦
「うえぇ~~~~~~っ」
洗面台に顔を突っ込んだ奉子は、口の中から白濁液を吐き出した。
唇の間から粘り気のある白い液体が糸を引いて流れ出す。
「別に飲んでも良かったんだぜ?」
そんな様子を翼は楽しげに見ていた。
「こんなもの飲めないよ……!」
生臭くって粘り気もある。こんなもの飲むなんて信じられない。
「てか、
ようやく全部吐き終えた奉子が、抗議した。
「じゃあ、顔にかけて欲しかったのかよ?」
「それも困るけど……」
「それより」
これ以上この話題をするつもりがないようで、翼は強引に話題を変えた。
「よかったな」
「なにが?」
翼の言葉に奉子は首を傾げた。
「生理が来てさ」
それに対して翼は軽く言った。
「孕んでないか心配してたろう?」
「ああぁ……うん…………」
生理が来たの言うのは嘘だったので、内心冷汗をかきながら奉子は笑顔を作った。
それから、
(そう言えば、そろそろのはずなんだけど……)
と、思った。
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