第5節 禁書庫と下克上
禁忌指定の魔導書と化け物が封印されてる、それが禁書庫である。
学園案内された時の説明文なのだが『絶対に近寄るな』と教師から念入りに注意喚起されており、近くの看板にも許可なく近づいた場合、処罰を下すと脅し文句があるほどだ。
さらにツタが巻きついた不気味な外見に負の空気が漂う塔。
それも相まって生徒や教師はほとんどこの場所に近寄らない。
あったとしてもいい感じの肝試しくらいだろう。
「やっと入口についた」
まぁまぁな距離の廊下を歩き、ようやく禁書庫の入口に辿り着く。
金色のドアノブに漆で塗られた年季の入ったドアを軽く叩き、軋む音が鳴りながらゆっくりと開いた。
途端、古い本が醸し出すにおいが溢れ出し、鼻をつまんでしまうくらいに何かが腐った臭いも混じっていた。
「…………なんだこれ」
中を覗けば本の山……いや、海と言った方が適切だろう。下半身が埋まってしまうほど本が散らばっており、道という道が全く見えない。
一瞬、場所を間違えたかと思ったが聞き覚えのある声が聞こえた。
「早く来い」
入学式で聞いたあの大賢者の少女の声。どうやらここで間違いないようだ。本をかき分けて道なき道を突き進み、声の元へと歩き続ける。
そしてようやくひらけた場所に出て、中心に
「どれだけ私を待たせるつもりだ」
そこにいたのは大賢者……いや、清楚のせの字すら感じないだらしない銀髪少女。
声とオーラが同じでなければ同一人物と思えないほど寝癖がひどい髪にヨレヨレの服、生気のない顔で眉間にしわを寄せて視線が向けられる。
大賢者とかけ離れたイメージに俺は思わず声に出した。
「お前……あの時の大賢者か?」
不機嫌だった顔がさらに
「失礼な奴だな。私が大賢者だと普通分かるだろう?」
「鏡を見てから言ってくれ」
「あいにく鏡は先日壊したばかりでない。普段から使わないかったもんだからストレス発散用として使った」
「鏡はストレス発散用じゃないんだぞ。もっと有効的に使え」
「私の所有物だからいいだろう。それよりも早くケーキを寄越せ」
銀髪少女は本の山から滑り降りて、持っていた白い箱を強奪して箱を開ける。
「ワンホールだけだと? あの愚者共も偉くなったものだな」
銀髪少女は殺気マシマシの鋭い目つきでこちらを睨む。
「愚者共に伝えろ。あと四ホール追加しろと」
「俺は頼まれて持ってきただけだ。お前の指図を受けるつもりはない」
「本当に失礼な奴だな。地平線までぶっ飛ばす魔法を使ってやろうか?」
「そんな魔法があるなら見てみたいな」
「無知なバカなのか、無謀な勇気なのか、どちらにせよ貴様の態度は私の癪に障るな」
「外見や振る舞いが大賢者らしくないからな」
「……二度と逆らえないようにしてやろう。なーに、一発で終わらせるから安心してい……うん?」
銀髪少女はクンクンと鼻を動かし、ゆっくりと俺に近づいて制服のポケットに指をさす。
「貴様、そのポケットに入っているのはなんだ?」
俺はポケットから貰った紅茶の包み紙を取り出し、銀髪少女に見せる。
「紅茶の包み紙だがこれがどうした?」
「……ほう。確かこのケーキと最高に相性のいい紅茶の茶葉だな。幾千もの茶葉を嗅いだ私の鼻が反応している」
師匠の手紙に書いてあった通りなら確かにそうだ。
……というか、鼻がいいなら腐った臭い気にならないか普通。
「で、その通りだとしてなんだ」
「それを私に寄越せ。そうすれば今の発言をなかったことにしてやろう」
なんという横暴な少女だ。
これは師匠からの貰いものであり、飲んで感想を送らなければ師匠に何されるか分かったものじゃない。
目の前にいる銀髪少女の方が師匠よりも何百倍も可愛く見えるくらいだ。
「残念だがこれは渡せない」
「大賢者を前にして偉く出たな」
「大事な物なんでな。どうしてもってなら方法はなくはないが」
「……ほう。なら聞かせてみよ」
大賢者の称号をかけて決闘。
茶葉だけでそんな不可能だと思うが、最初に大見得を切ってそこから銀髪少女に合う条件にしていけばいいだろう。ようは値切り交渉である。
何事も大きく見せてから値切れば得をすると師匠が言ってたしな。
「大賢者の称号をかけて決闘だ」
その言葉に銀髪少女は目を見開いて、少しして呆れたようにため息をついた。
「茶葉一つで大賢者の称号だと? バカバカしいにもほどがある」
「それくらい大切なもんだと思ってくれ。まぁお前が逃げても俺は別に構わない」
銀髪少女は手を顔に当てて、少しずつ高らかに笑い声を上げていく。
「……くくく、ははは! 安っぽい挑発に私が感化されるとでも? 貴様のような凡人が私に啖呵を切るなど甚だしいわ」
銀髪少女は「だが」と続けて言葉を口にする。
「
「つまり決闘を受けるってことか?」
「ふん、一つ条件があるがな」
俺はその条件を聞くと銀髪少女は悪魔のような笑顔で答える。
「貴様、私の下僕となれ」
その言葉に俺は目が点になった。
下僕? なんじゃそりゃ。大賢者の使い走りになれというのか。
「下僕になってどうするんだよ」
「決まってるだろう? 私の言う事を必ず聞く。どんなことがあろうとも私のお菓子を持ってくることだ」
「ただの使い走りじゃねぇか」
「嫌なら別に構わないぞ? 人生全て捧げても釣り合わない大賢者の称号を破格の条件で提示しているのだ。魔法を扱う者にとってまたとないチャンスだぞ」
銀髪少女の言う通りだ。
過去に一度だけ大賢者の称号をかけた決闘が行われたのだが、戦った魔導士はこの世のありとあらゆる魔導書と財と名誉を投げ打って勝負を挑んだ。
しかし、手も足も出ず完敗したと新聞で大々的に報道された。その後、戦った魔導士は魔法界から消えて花屋を営んでいると隅っこの記事に書かれていた。
そう思うと本当に破格だ。いま断って何十年もかけて決闘するより、ここで受ける方が大賢者に辿り着ける最短の道であることに間違いない。
「受けて立とう」
「その言葉を忘れるでないぞ」
お互い薄気味悪い笑みを浮かべて、ブランクと大賢者の決闘が幕を切って落とされたのだった。
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