第4節 頼み事と頼まれ事

杖が譲渡じょうとされる最初の生徒が女性教師の前に跪き、軽く会釈をして手を差し出す。

女性教師は白箱に収められた杖を取り出し、生徒の手の中に収める。生徒は段取りに従って新しい杖に魔力を流し込んで上に掲げた。

すると煌びやかな光を纏い、少しして何もなかったように消えた。

女性教師は丸い眼鏡をクイッとあげて凛とした声色で話す。


「これであなただけの杖なりました。あなた以外の人は絶対に使えないので、間違えて杖を貸さないように」


魔法の杖は自分以外使えないことがほとんどだ。人それぞれ魔力の違いがあり、それに対応するためにどうしてもその人専用になってしまうらしい。

稀に運良く発動することもあるみたいだが、魔法の暴発といった現象が必ず起こる。

なので、他人に杖を貸すことは絶対にしてはいけないのだ。


「それでは次の​新入生」


女性教師はひとりひとり42人の新入生の名前を呼び続けて、最後の方は少し枯れ気味の声だった。

ようやく終わりを迎えて生徒達は授業という名の呪縛から解き放たれて、ようやく寮に帰れるようになり、生徒達は寮の帰路へつくのだった。

……二人を除いて。


「大賢者に会いに行こう」


真剣な目つきでブランクの唐突な馬鹿げた発言にオルフォスは今までにないくらい怪訝な表情を浮かべた。


「ブランクくん、大賢者に会いに行って何するのかな?」


人を小馬鹿にする口調でちょっとイラッときたが、まぁいい。


「どんな魔法を使うのか戦って見てみるつもりだ」


オルフォスは呆れて手で顔を覆った。


「魔法バカなのは知ってたが、狂戦士の思考も持ち合わせていたとは……」


「決闘でもしない限りあの大賢者少女は見せてくれないと思うな」


「そうかね。ていうか俺は未だにあの美少女が大賢者と思えないんだわ」


「魔力感じなかったのか?」


「魔力は感じるよ。だけどブランクみたいに魔力量とか、感情把握とかをオーラとして視れんのよ。だからなんか強いかも、みたいな半信半疑でしか思えないんだわ」


「そうか。とりあえず俺は大賢者に会いに行く」


「あ、おい! たく……一度決めたら曲げやしない」


ブランクとの付き合いはそれほど長いわけではない。だが、オルフォスはこの学園の中で一番ブランクのことを知っている友達だ。

だから彼の背中を追いかけず、寮で待つことを決めたのだった。



教室を出た俺は大賢者に会うために教務室に向かった。

いるとするならここだろう。もしいなくても教師に聞けば居場所を教えてくれるはずだ。

教務室に着き、コンコンと叩いて中に入る。


「誰が行きますか?」「お、俺は仕事が忙しいから」「最近腰痛がひどくてのう」「わ、私は嫌です!」「あいたたこんな時に持病が」「か、帰りを待ってる子供達がいるから」「全身骨折は嫌だ!」「ウルハラなら耐えれるでしょう!?」「死ぬ未来しか見えん」


教師達は慌ただしくあちこち行ったり来たりしている。何かあったのだろうか?


「あの、すみません」


その声に反応して一人の女性教師が近づいて目の前で止まる。


「えーと、なんの用件ですか?」


ズレた丸いメガネを上げて、必死に動揺を隠している。

何があったか少し気になるが、それよりも大賢者の方が気になる。


「大賢者に会いたいんですがどこにいますか?」


その一言に教師陣はどよめき、まるで珍妙なモノを見るような目つきであった。

女性教師は驚いてズレたメガネを再度なおしてゆっくりと口を開く。


「だ、大賢者に会いたいのはなぜですか?」


その言葉に俺は頭をひねらせる。

普通に魔法を見に行くため会いたいはダメだろう。なら大賢者と因縁の決闘……ダメだな。

一概の生徒がそんな無謀な決闘すると知ったら確実に止められる。

ならどうするか。思考の海に飛び込み、一つの結論を導き出す。


「大賢者に会わなければならない決闘やくそくがあるです」


俺の本心からの願望である。こうでもしなければ真実を見抜く魔法を使われた時に『嘘』として処理されてしまうためだ。

そうならないために『真実』を口にしなければならない。あとは誠心誠意の真剣な眼差しで相手の目に訴えかければ完璧だと師匠が言ってたしな。


そのおかげか、女性教師は真実を見抜く魔法を使わず「ちょっと待ってて」と口にして教師陣の中でコソコソ話し合う。


「あの子が大賢者に会いに行くついでにアレも持ってて貰わない?」「いいのか、生徒を犠牲にして」「でも私達じゃ絶対殺されるし」「儂はまだ生きたいのう」「生徒を見ても無関心だから大丈夫なんじゃないか?」「教師ってだけで敵対心剥き出しだからな」「確か試験で歴代最高点数取った生徒だよね」「なら大丈夫なんじゃない?」「俺から話をつける」


額に傷がついた大男がブランクの目の前に止まり、ニヤリと笑みを浮かべた。


「よぅ〜ブランク」


「なんですか、ウルハラ教師」


含みのある笑顔に少し警戒するブランクだが、ウルハラは気にせず話を続けた。


「いや〜実はブランクにしかできない頼み事があってな。聞いてくれるか?」


「その顔面が悪役面してなかったら聞いてました」


「まぁまぁ、お前は大賢者に会いたい、そうだろ? その願いを叶えるには俺らの頼みを聞かなきゃならん。もちろんこれは特例中の特例だ。一概の生徒が大賢者に会うこと事態イレギュラーだと思ってくれ」


半信半疑になるブランクだが、会えるなら多少の頼まれ事を受けてもいいと思うブランクだった。


「……分かりました。それでその頼み事はなんですか?」


その言葉を待ってたと言わんばかりに手に持っていた白い箱を俺に差し出す。


「これは?」


「一流のパティシエが作った最果てイチゴのショートケーキだ。これを大賢者に渡してきてくれ。ああ中身を崩した瞬間、死ぬと思え」


「爆弾入ってたりします?」


半ば強引に押し付けられて、ウルハラ教師は切羽詰まったように話を進めた。


「大賢者は禁書庫にいる。最北東にある離れの塔だ。ブランクなら迷わないと思うが一応な」


「……分かりました。他に何かありますか?」


「そうだな。とりあえず渡したらすぐに逃げることを勧める」


「やっぱりこの中身、爆弾入ってませんか?」


それから早々に話が進んで、まるで死地に送るように暖かい目で見守られた。俺は胸に妙な気分を抱えながら大賢者のいる禁書庫へと向かった。

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