第3節 教室と自己紹介

ブランクは紙に書かれた教室へと向かう。

予定というものがこれ程まで忌々しいと思ったことがない。できるなら一刻も早く大賢者に会いたいというのに、規則を守らなければ行動の制限が掛かってしまう。

初日で規則というものがこんなに煩わしいと思ってもみなかった。


「ここか」


三日月を型どったクラス札が吊り下げられた『月食』の教室。

確か太陽に照らされた地球テラに影ができて、その影の中を月が通ることで月が暗くなったり欠けたりする現象のことを月食と師匠が言ってたな。

まぁそのあとよく分からん説明を延々と聞かされたが。


「席は……あそこか」


階段を上り、指定された席へと座る。窓際の方で外を一望できる中々いい席だ。が、先ほどから複数の視線が向いていなければ満点だった。

少ししてドアが横にスライドし、額に爪の傷痕がついた大柄な茶髪の男が入ってくる。


「うーし、揃ってるみたいだな」


チラリと大柄な男との目が合い、ブランクは視線を外に向けて他人を装った。大柄な男は小さく鼻息で笑って教室を見渡す。


「まずは予定に書いてあるホームルームといきたいとこだが正直に言うと面倒だろ。だからそんなのすっ飛ばして自己紹介から始めよう」


クラスの生徒が予定外のことに困惑してどよめくが、すぐにそれは払拭された。


「まずは俺からだ。本日より月食クラス担任を務めることになったウルハラ・ウィンスだ。よろしく頼むぞ、生徒諸君」


すると一人の赤髪の少女が勢いよく立ち上がり、息を荒らげながら叫んだ。


「レッドドラゴンを一撃で倒した羽翼の魔導士ウルハラ・ウィンスですか!?」


レッドドラゴン​───赤い鱗を纏い、空を飛んで燃え盛る炎を吐く魔物。その魔物の強さは十人分の魔導士が集まってようやく倒せるという。

倒せるだけでも偉業だというのに大柄な男​ウルハラ・ウィンスはたった一人で倒したという功績の持ち主だ。


普通に考えたらここで教師をしていること自体ありえない。しかし、目の前にいるのは紛れもなくそれを成したウルハラ・ウィンス本人だ。

それを証明するかのように腰にかけていた杖を手にして唱える。


舞い散る白翼の羽根スキャターフェザ


ウルハラの背中から純白の翼が生えてバサッと羽ばたかせて、純白の羽が教室中に舞い上がる。


「いかにも羽翼の魔導士ウルハラ・ウィンスだ。だが、ここでは羽翼の魔導士ではなく教師として来ている。間違えても羽翼の魔導士として接しないようにな、赤毛のお嬢ちゃん」


クスクスとクラスの生徒達が小さく笑い、席を立った赤髪の少女は顔を赤らめながらゆっくりと席に座る。


「さて、俺からの自己紹介は終わったところで生徒諸君の自己紹介といこう」


端と端の生徒がジャンケンで勝負を決める。そして自己紹介が淡々と続き、俺も同じように自己紹介を終えて鐘が鳴り休憩になる。

だが、休憩という名の交流会の餌食となった。


「首席の人でしょ!?」「満点って本当か!?」「どんな魔法使うんだ!?」「魔導士相手に無傷で勝ったって本当か!?」「実技試験断トツだったんでしょ!?」


もし鼻の下を伸ばす自信過剰家だったら、やれやれ、人気者は辛いぜと心の中で呟いていただろう。

だがブランクは無類の魔法好きであり、せっかく考えていた魔法の詠唱文を邪魔されてたまったものじゃない性格だ。

さらに大賢者の件も考えていたため余計にだ。

ブランクは魔導書を閉じてすぅーと息を吸う。


「お前らに構っている暇はない」


まるで氷結魔法を使われたように場が一瞬で凍った。少しして鐘の音が鳴り響き、生徒達は自分の席に戻って再び魔導書に視線を戻したブランクであった。



​─────次の時間割の休憩にて​



「ははは、やっぱブランクおもしれぇわ」


隣の席で朗らかに笑い続けるオルフォス。

おかげで詠唱文と大賢者の件が一気に吹っ飛んだ。あとで一発しばいておこう。


「で、聞く限りだと友達できてない感じ?」


「いらん。遊ぶために時間を費やすより魔法に費やしたいんだ」


「うへぇ、筋金入りの魔法バカじゃん。これじゃあ一生友達も恋人も出来ませんわ」


「出来なくて結構」


「出来なきゃ人間社会やっていけないぞ」


「一人いるからいいだろ」


オルフォスは体をくねくねさせて瞳を輝かせる。


「やだ、新手の告白?」


「筋肉バカに告白する奴はこの地球テラのどこにもいない」


「そこまでいう!? でも筋肉バカは褒め言葉だ」


「褒め言葉で言ったつもりないが」


俺は魔導書を閉じて学生鞄にしまう。


「で、お前の方はどうだ?」


「うん? ああ、こっちはバリバリ青春時代って感じだぜ。それとブランクが気になってた灰髪少女に声を掛けたんだけど、全然相手にしてくれないのよ」


「だろうな。むさ苦しい奴が一日中付き纏ってるのを想像すると相手にしないのも無理はない」


「へ、そう思ってるなら今に見てろ。ぜってぇ口説き落としみせるから」


どこからそんな自信が出てくるのやら。

俺は椅子から立ち上がり、階段を降りて途中でオルフォスの方に振り返る。


「次は選定の儀式だが一緒に行くか?」


オルフォスは手を肩まで上げて声に出す。


「言わなくてもついて行くって」


オルフォスはブランクの横に並んで歩いていく。



それから雑談しながら何度か曲がったり階段を降りたりしてようやく選定の儀式の場所へ着く。

中に入るとほとんどの新入生が集まっており、空いている席へと座る。と同時にオルフォスが小さめの声量で呟いた。


「選定の儀式ってただ杖貰うだけなのにな」


「ただの杖じゃない。世界樹の小枝から加工して作られた杖だ」


魔導士が使う杖をただの棒切れと思ってはいけない。

長い年月をかけて魔力を浴びた特別な樹木を加工し、魔法文字ルーンが刻まれた魔石を杖職人が禁秘の特殊な加工をすることにより、魔法が発動できるようになる。

特に世界樹から落ちた小枝は豊富に魔力を含んでいる。

魔法文字ルーンの発動のしやすさ、魔力の伝達力とコントロール、長文詠唱文の可能といった全てが最上位の杖なのだ。

それをオルフォスに説明すると苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。


「もっと分かりやすく言ってくれよ」


「これほどまで分かりやすくしたはずだが」


「確か魔力文字ルーンって魔法を発動するための力のある文字だろ? それが世界樹の杖だと発動しやすくなるのって本当なもんか?」


「本当だとも。料理でたとえるなら普通の杖はただのフライパンだ。世界樹の杖は全ての料理が早く作れる、そんな万能フライパンだ」


「料理でたとえるか、普通」


「たとえるなら料理が一番と師匠が言っていた」


「お前んとこの師匠って料理好きなの?」


「鼻歌歌うくらいには好きみたいだぞ。というかそろそろ始まるぞ」


ブランク達は前を向き、選定の儀式の始まりを告げる鐘がなった。

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