首席の俺がニート大賢者の下僕になった件について

第2節 入学式と出会い

セイライ魔法学園の中央ホールへやってきたブランクとオルフォスは設置された席へ座る。

同時に入ってきたことでオルフォスと隣同士になって話し合いは退屈しなさそうだった。

｢こう見下ろす感じ愉悦感ない？｣

｢ない｣ブランクは首を横に振って周りを見渡す。ブランク達が座っている席は中心から少し後列で舞台を見下ろすような場所だ。

そのため様々なものが目につき、見てるぶんには中々にいい席である。天井に吊るされたシャンデリアが煌びやかに窓から射し込む陽光と共に生徒たちを照らす。

そして舞台から司会らしき女性が中央ホールの端まで聞こえる声量でホールを響かせた。

｢新入生の皆さま、セイライ魔法学園の入学おめでとうございます。この度、わたくしアイナスが本日の入学式の司会を務めさせていただきます｣

アイナスが一礼すると会場は拍手の雨が降り注ぐ。拍手の音は自然とゆっくりと静まり返って、アイナスは白髭と白髪のいかにも学園長の風貌な老人に舞台を譲って舞台の端に姿を消した。

｢ええ、新入生の皆さん。改めて学園の入学おめでとう。ええ、学園長は新入生の皆さんが充実した学園生活をおくれ​───────｣

大半の生徒達ははっきりと覚えていないと言えるくらいに学園長の話は続いた。

有難い話は忍耐の修行に変わり、眠気の欲望におちる生徒がちらほら増えていく。

｢ブランク、この話いつまで続くんだろうな｣

オルフォスが小声できいてきてブランクは頭に浮かべていた詠唱文を隅っこにやった。

｢知らん。俺はいま新しい詠唱文を作るのに忙しいんだ｣

｢うわ、さすが魔法バカ。こんな時でもよく魔法のこと考えれるよな｣

｢いいだろ別に。それより新しい魔法の詠唱文に集中させてくれ｣

｢まぁまぁ。それよりブランクから視てこの中で強そうな奴いるか？｣

隣に座っているオルフォスが小声で俺にきいてくる。オルフォスは戦闘狂なのか？　といいたくなるが、その問いにお前が言うかと必ず返答するだろう。

別に俺は戦闘狂ではない。ただ魔法が好きなだけだ。

｢うーん、強いて言うならあそこにいる眠そうな少女か｣

｢どこどこ｣

｢ほらあそこ。眠たげな灰色の長髪少女｣

｢ああ、あの子ね。なるほど、ブランクはあの子が好みなわけか｣

｢一生口が開かなくなる魔法をかけようか？｣

｢それ魔導士にとって致命傷になる魔法じゃん｣

｢お前は脳も筋肉に埋め尽くされてるから支障ないだろ｣

｢あるわ。筋肉に魔法は不可欠だ。じゃないといい筋肉が育たん。それと俺は脳筋じゃねぇ｣

｢脳筋じゃないなら最初にツッコミ入れてくれ｣

オルフォスは口を尖らせて視線を舞台に戻す。

せっかく作った詠唱文がぐちゃぐちゃになったので、俺は仕方なく舞台の方に視線を移す。

（でもあの灰髪少女は飛び抜けてないんだよな）

俺が視た中で他より魔力量が少し多いだけ。

もちろんそれだけで判断してはダメだ。独自の魔法をどのくらい保持しているのか、戦術がどれほど多用なのか、どのくらい応用力に長けているかなどあげたらキリがない。

しかし、オーラを視る限り穏やかで普通よりも大きいくらいだ。オーラが大きいほど魔力量が多く、灰髪少女のオーラの大きさは半径三メートルくらい。

それがどれくらい凄いかというと大抵の魔導士が半径一メートル程度なのである。

十分と言われたら十分なのだが飛び抜けているわけではない。

（大賢者はどうなんだろう）

ふと大賢者のことを思い浮かべる。

魔導士の頂点と呼ばれる大賢者のオーラはどんなものなのか。

勝手なイメージだが威厳ある老人の姿で、メラメラと燃える炎のような大きなオーラの持ち主だろう。

そして長年に研究した独自の魔法で全て無に返す恐ろしい魔法が保持しているに違いない。

（でも会場に大賢者らしい人物が見当たらないんだよな）

それらしいオーラや雰囲気を持った人物がいない。やはり最重要人物だから出てこないのだろうか。

それはそれで残念だが、会える機会は何度かあるはずだ。その時に会えれば別に問題ない。

｢ええ、続いて新入生代表より、これからの学園生活に向けて誓いの言葉がある｣

学園長の目線が合い、俺はその合図に別の思考へと塗り替える。

｢新入生代表ブランク・フィルロッド｣

驚くオルフォスを尻目に俺は席を立って学長のいる舞台へと向かう。なぜ俺が新入生代表に選ばれているのかというと、この学園の入学試験で最も成績優秀であったからだ。

もちろん事前に学園長から連絡があり、断る理由もなかったので二つ返事で承諾した。

さて、選ばれるということは注目されると同じだ。故に様々な視線が俺に向く。

興味本位で見る者や好奇な目で見る者が多いが、中には嫉妬が混じった目で見てくる者もいる。

｢新入生代表として挨拶させていただきます｣

決められた文章を一語一句読んでいかにも優等生らしい言葉で美辞麗句を語る。

それから何事もなく俺からの挨拶は終わる。多少省いたりしたが、基本的につまらない文章を述べるだけであった。

それから俺は席へと戻り、隣でニマニマする友人を無視して入学式は進んだ。

とここまでは教師陣の予定通りの入学式であった。このままつつがなく終われていれば教師達は心穏やかに担当の教室に向かっていたことだろう。

｢え、えぇ……最後に大賢者から新入生に向けて挨拶がある｣

学園長が強ばった表情で言葉にすると教師陣がざわめき始める。まるで獅子に怯えている小鹿のように震えた声で手を握った。

何処からともなくコツコツと靴音がしてホールがざわめき始める。

生徒達が入ってきた扉がバンっと扉を壊す勢いで彼女は入ってきた。

｢……何だあの少女は？｣

俺が不意に出た言葉がそれだ。

俺達と同じ十六と変わらないような見た目。付け加えるなら全てのパーツが精巧に作られた人形のようで、目はサファイアのように蒼く、膝まで掛かる銀髪ロングヘアの少女。

だが、それよりも驚いたのは大賢者と呼ばれた少女が纏っているオーラが異常であったことだ。

そのオーラはこのホールを覆うほど大きく、相手を寄せ付けないトゲトゲした異質な形。

まるで誰とも関わる気がない、そんなオーラだった。

｢ええ、新入生ども。私から君達に向けていいたいことはただひとつ｣

教壇の前に立ち、透き通る声で大賢者の少女は息を呑む。

異様な雰囲気に生徒は呆気に取られて彼女を見るしか出来なかった。

｢大賢者という称号は未来永劫変わらない、以上｣

大賢者はささっと早足で出入口から去っていった。

全生徒はポカーンとした顔でその場に座ったままである。しかし、どの世界にも例外はいるものだ。

｢あれが大賢者、か｣

不意に漏れた言葉。

同時に興味と好奇心と恐怖が混じりあってブランクは笑みを浮かべる。

｢どんな魔法を使うんだ｣

そうして彼の学園生活が幕を開けたのだった。