第1節 人助けと筋肉友人
魔法─────すなわち奇跡の御業。
魔力を持つ人間に許されたその力は数多の超常現象を起こし、時に川を作り、枯れ果てた大地を草原へと変え、悪しき魔物を退ける。
また魔法を扱う者を魔導士と呼び、国に多大な影響を与える存在として知られてきた。
故に魔導士のいない国は数年で滅ぶとまで言われるほどに。
中でも生涯魔法を極め、魔法の叡智へと辿り着いた魔導士の頂点を【大賢者】と呼ぶ。
その大賢者と呼ばれる魔導士がセイライ学園にいるともっぱら有名だ。
だが、大賢者に会いたいがためにセイライ学園の門をくぐることは出来ない。何せ名だたる魔導士を輩出した超名門校なのだからその叡智を守るために王城並の警備だ。
正攻法でなければ門をくぐることはできず大賢者に会うことは不可能だ。
「うわぁーん、くましゃんの手とれちゃったぁ」
幼い女の子が抱えたぼろぼろのクマのぬいぐるみが手がとれていた。
「新しいの買ってあげるから」
母親らしい人物が屈んで女の子の頭を優しく撫でる。しかし、女の子の涙は止まることなく大きく泣き叫んだ。
「いやあ! これがいいの! これじゃないといやなの!」
女の子のわがままに頭を抱える母親に周りから注目を浴びて人集りができる。周りの人が何を思っているか分からない。
しかし母親以外誰も女の子をあやす素振りをみせない。母親が何とかするだろう、自分は関係ない、他人だから等がほとんどだろう。
もしくは助けたいけど自分にはそんな力はないだろうか。ならそのような力があったら人を助けるか?
もしあったのなら彼ならこうするだろう。
「
人集りの中から飴玉サイズの光玉がゆらゆらと漂いながらクマのぬいぐるみに向かい、ポンと小さな音を立てて当たる。
途端、光の文字列がクマのぬいぐるみを覆って宙に浮かんだ。
破れた部分に解けた糸が巻き付き、とれた腕がぬいぐるみに結びついていく。染みついた汚れが散り散りになって本来の色に戻っていき、徐々に文字列が消えて女の子の手へ収まった。
「貰ったときのくましゃん!」
泣きべそをかきながらもぎゅっと新品同様のぬいぐるみに抱きつく。母親は笑顔で女の子の頭を優しく撫でる。
「よかったね」
母親はよしよししながらぬいぐるみを元通りにしてくれたお礼を言おうと辺りを見渡す。
しかし魔法を使った者は名乗り出ることなく、人々は困惑の色をあらわにした。
「いったい誰が」
魔法という貴重なものを誰が。だが助かったのも事実だ。母親は名の知らぬ魔法使いにぺこりと深くお辞儀するのだった。
◆◆◆◆
抜け道から大通りに出て真っ直ぐ進んでいると、セイライ魔法学園が見えてくる。
学生鞄を片手持ちながら正門に辿り着いた俺は目の前で立ち止まった。
「セイライ魔法学園……試験以来だな」
幾多の魔導士を輩出してきたセイライ魔法学園。魔法界で名だたる講師が在籍しており、魔法を極めたいのであればこの学園に入学必須と言われるほどだ。
それゆえ競争率も高く、仮に入学出来たとしても単位を一度でも落としてしまえば即退学という厳しい世界である。
だが、卒業さえすれば魔導士という資格を必ず手にすることが出来る。魔導士という肩書きがあるだけで、就職先が首を横に振らなくなるほどだ。
「おーい、ブランク!」
聞き覚えのある声が背後から迫り、黒髪の青年ブランク・フィルロッドは立ち止まって後ろを振り返る。遠くから金髪青年が全速力でスピードを維持しながらこちらに向かってくる。
ブランクはいつでも受け止める体勢へ構えた。
「入学式前で出会えたいっぱーつ!」
巨体の猪が突進する勢いでブランクへ飛び込んだ。まともにくらえば全身骨折が免れないタックル。
普通なら避けるところだが、ブランクは金髪青年の腕を掴み、勢いをそのままに石畳へと叩き込む。
「くぅう! 一本取られた!」
石畳にめり込んだ金髪青年は高らかに笑うとむくりと起き上がり、制服に付いた埃を払ってサムズアップをおくった。
「100点満点! いい背負い投げだったぜ!」
俺は軽く鼻息をついて腰に手を当てた。
「相変わらず頑丈な体で」
実は鉄で出来ているのでは、と毎度思う。
俺の筋力はそこまで低いわけではないし、石壁を素手で壊すことくらい余裕だ。
それなのにコイツの体は魔法以外で傷一つ付けるの不可能じゃないかと思うほど硬い。
「どうした、ブランク。また新しい魔法の詠唱文でも考えてるのか?」
「……お前の体に鉄が埋まってたりしないか?」
金髪青年はツボに入ったのか、肺から空気を押し出すように大笑いして膝を叩く。
「はははは! 俺の体は全身筋肉で出来てるつうの! 鉄なんて入れるスペースないわ! ふふふ、やっぱブランクお笑いセンスあるな!」
「……その筋肉が鉄並の硬さなら確かにいらないか」
「ああ、俺の筋肉は鉄並だ。やっと理解してくれて嬉しいぜ、ブランク」
理解したくなかった事実だわ。
見てるだけで暑いと思うくらいムキムキ筋肉量なんだから少し自重してほしいわ。まぁ今は制服を着ているおかげでそんなことないが。
「あ、そうそう。お前さっき子供に魔法使っただろ?」
ブランクは顔色を変えず遠くを見つめる。
「見間違いだろ」
「ブランクの目より劣るが俺の目はごませないぞ。ぬいぐるみに元通りの魔法を杖から放ったの瞬間を見た。バレないようにしたかもしれないが、無断で魔法を使うのはご法度だぜ?」
彼の真剣な目に誤魔化しは通用しないようだ。
俺は小さくため息をついて遠くを見つめる。
「それで学園に報告でもするのか?」
金髪青年はニヤリと笑い、ブランクの肩に腕を回した。
「そんなことしねぇて! 泣く子供を助けたヒーローがあとに尋問だなんてカッコつかねぇからな!」
暑苦しい。それと微妙に臭う。でも報告されないだけマシか。
ブランクはするりと抜けて金髪青年から一歩離れた位置に移動する。金髪青年は唇を尖らせるが、すぐに笑顔に戻ってニッコリ笑う。
「ま、これからもよろしくな! ブランク!」
相変わらず元気ハツラツでいい事で。まぁ悪い気はしないからいいんだが。
「ああ、これからもよろしく、オルフォス」
金髪青年オルフォス・キャバリスはニマッと口元を吊り上げる。
「おう。そうと決まれば早く入学式行こうぜ。もし遅刻でもしたら初日で恥かいちまうからな!」
まだ二十分くらい余裕があるけどな。でも早めに行ってどんな奴らがいるのか視るのも悪くないか。
「そうだな。早めに行こう」
ブランクとオルフォスは他愛の話をしながら入学式の会場へと向かっていった。
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