第11話 喜怒哀楽。MADAM BUTTERFLY

数日後、菱菱商事の社員食堂。

 菱菱商事の別部署の女性が、リエと若山に話しかける。

「リエちゃん、若山さん、繊維課に来てるカッコイイ外人さんアレク君居るよね」

「はい」

「どうしたの」

返答するリエと若山。

「そちらには映像送っといたけど、心して見てね」

別部署女性がスマホ映像を見せる。それを見入るリエと若山。

高級ホテルのロビーらしき場所に多くの人がいて、その中にアレクがいる。

「数日前にホテルで結婚式があったから、ロビーでスマホのカメラ回してたの。そうしたらアレク君が居て、きれいな白人の女の子とハグをして何処かに消えたのよ」

アレクが白人の女性と熱いハグの後、手を繋いでスマホ映像の外へ消えていった。

 地獄に落ちた様な暗い表情でスマホ映像を見入るリエと若山。

「リエちゃんはアレク君を好きみたいな感じだったし、私にとってリエちゃんは妹みたいなもんだから、リエちゃんを守る意味で映像を見せとこかなと思ってね。材料はあげたから。若山さん、後はよろしくね」

「ありがとっ」

別部署女性を見送る若山。リエは半泣きで社食の机を見つめている。

「リエちゃん、私がアレクに聞いてみるから確定事項じゃないので落ち込まないでね」

「はい」

今にも消え入りそうな声で返答するリエだった。


————————————————————————————————————


 アレクが菱菱商事繊維課のオフィスに午後から出勤する。

オフィスに入って、アレクは何か異変を感じた。

1週間前にこの会社に入って、客分の自分に好意的に接してくれてた繊維課のスタッフの態度がよそよそしいのだ。男性陣は腫れ物を触るように、女性陣はゴミ虫を見るような態度でアレクに接している。

アレクは、リエに話しかけるが忙しい素振りで無視される。

 急な環境の変化に戸惑ってるアレクの肩をポンポンと叩く秋山部長、

「アレク君、ちょっと私の部屋まで来てくれるかな」

「はい」

繊維課注視の中、秋山部長と一緒にガラスとブラインドで区切られた部長室に入っていくアレク。

部屋には先に若山が、iPADを持って怒った表情で仁王立ちで待ち構えている。

部屋の右側のソファには沖田と近藤明日香が座っていた。

沖田「アレク、この件が終わったら俺からも言いたいことがあるから」

「サイテー男」佐藤明日香が冷たい目で呟く。

なんなんだこれは、とグルグルと脳みそを回転させて思案するアレクだった。


アレクに椅子に座るよう促し、秋山部長は革張りの椅子に座り両手を組んで机に肘を置く。

若山はアレクを怖い目で睨んだまま立っている。

「さて、アレク君。今日オフィスに来てから、君への異変を感じなかったですか」

「はい、急に嫌われ者になったかの様な扱いを受けてますね。何があったのでしょう?」

「そうですか、ちょっとこちらのモニターを見てください。若山さん」

若山が無言でiPADを操作し、モニターにアレクのハグ画像が映っている

「これはアレク君だと思うが、別の女性とハグしてどこかへ消えた映像なんだが、わかるよね」

「はい」

頭の回転の早いアレクは、モニターの映像を見て全てに合点がいき顔がゆっくりニヤついて来る。

「君は独身男性だから、異国の東京に来てハネを伸ばすのは個人の自由だよ」

「ええ」

アレクは明らかに顔がニヤついて来る。アレクの顔を見て眉をひそめる部長室の一同。

「でもね、オフィス内でのプライベートは詮索したくないが、仲河リエくんと君は仲がいいんだろ。そんな所に君が他の女性との恋愛行為をするなんて、リエ君を傷付ける事をされては困るんだ。マダム・バタフライは勘弁だよ」

「はい」

笑いそうになってるアレク

「あの子は菱菱商事繊維課の将来の4番打者で、私にとっては一人娘みたいなものなんだ、私には部長としてリエくんを守る責任がある。アレク君、ニヤニヤしてるが何がおかしいんだ」

「この浮気者!」

若山がアレクを叩こうとするが、飛び出した沖田に咄嗟に止められる。

「アレク、お前ダサいぞ」

沖田がアレクに言う。

「ハッハッハッハッ」

アレクが高らかに笑い出す。


 繊維課一同が見守る中、部長室から出てくるアレク達。

アレクも秋山部長も若山もニコニコしている。沖田と近藤明日香は能面のような表情だ。

 秋山部長が繊維課一同に声をかける。

「えー皆さん、繊維課を騒がせたアレク君のハグ騒動は解決しました。あの女性は、家庭の事情で離れて暮らしてたアレク君の実の妹さんで、10年振りに東京で再開したそうです」

繊維課一同が安堵し、顔が明るくなるリエ。

 続けてアレクが説明しながらリエに近づく

「あの女性は、ウクライナ戦争で離れてアメリカの別の家庭で育った実の妹なんです。妹はアメリカの映画会社の重役で、映画のプロモで日本に来ていました。10年ぶりに東京で再開してついついハグしてしまいました。みなさんお騒がせしてすいませんでした」

 アレクがリエのそばに来ると、胸に右手を当て軽く前屈みになって謝罪する

「誤解だったとはいえ一時的にリエさんを悲しませたことをここに謝罪します」

「アレクさん、もういいですよ妹さんて判ったし」

「ありがとうございます」アレクは片膝をつきリエの右手にキスをする。

「おおー」繊維課一同が唸る。

リエはアレクの騎士みたいな行為に顔が真っ赤になる。

「そうだ」

アレクが立ち上がりリエを椅子から抱き上げお姫様抱っこする。

「アレクっ、ダメ!」

驚きパニックになるリエ。

「シンデレラみたい」ハンサム外人のお姫様抱っこに感嘆する繊維課の女性陣。

 アレクが繊維課一同にアナウンスする。

「皆さん、今回の騒動のお詫びに今度の土曜日の夜。妹の映画会社のパーティがあるので、繊維課の皆さんを全員招待します。妹もお客さんは多い方がいいって言ってましたから大丈夫です。都合のいい人は来てください。カッコいいカジュアルでOKです」

 アレクはお姫様抱っこされてるリエを見て

「リエさん来てくれますね?」

「はい」

アレクはリエの口に軽くキスをし、リエは会社でアレクにキスをされ放心状態になる。

「キャー」それを見た繊維課の女性陣が発狂してしまう。


 放心状態のリエをソファに降ろしたアレクに沖田が声をかける。

「アレク、ちょっと来てくれる」

「ああ、僕も沖田に言う事があるんだ、イタリア貴族の話っ」

「遊びじゃなくてガチの話だから」

アレクは沖田、近藤明日香、秋山部長と共に再度部長室に入る。

沖田が先日のリエのSNS歌唱動画を見せて

「この動画の隅っこにアレクさんが映ってるのよ」近藤明日香が説明する。

しくじった~と云う顔をするアレクと秋山部長。

「アレクさん判るわよね、この動画は私たち日本政府側の人間が気付くんだから、あなたの敵側である旧ロシア残党も既に見てるはずなのよ。プロが見たらあなたがどこにいるか簡単に突き止めるからね」

「だから俺たちは、アレク、お前がさっき言ってた映画会社のパーティなんて派手な事して欲しくないんだよ。決まったイベントだから止めるのも違うだろうし。仕事だから全力でお前を守るが、お前もスナイプや刺される事は覚悟しとけよ」

アレクに狙撃と刺殺の動作をする沖田。

「了解。沖田」

部長室を出て行く沖田と近藤明日香。

「アレク君、なんだな君も色々大変だ。今度のパーティ、私も妻と一緒に遊びに行くよ。でもな」

秋山部長がワイシャツを開け右胸を見せた。部長の右胸には直径5cm程の銃創が見える。

「撃たれないに越したことはないが、メジャーで仕事してたら恨まれる事や殺されかかる事はあるから。若い時に中東で仕事中に受けた傷だ。これぐらい受けて一人前って思えばいいから」

「はい・・」アレクは息をのむ。

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