第2話 アレクセイ・フローロヴィチ
夜。
羽田空港から丸の内の菱菱商事へ向かうリムジンタクシー車内、アレクセイ・フローロヴィチは浮かない顔で東京の夜景を眺めていた。
着の身着のままで東京に着いたとはいえ、長身痩躯の筋肉質な体をカッチリとしたビジネススーツに身を包み、汚れなど見えない光を反射するコードバンのビジネスシューズ、流れるような金髪は若干の乱れもなく整えられ、無精髭なども一切見当たらず、無駄な贅肉が体には付いてないのが見ればわかる張りのある青白い肌を纏ったギリシャ彫刻の様な彫りの深い容貌には、疲労など微塵も見えず。そうした細事がアレクセイの几帳面な人となりを現してると言っていいだろう。
極東連邦共和国1の巨大石油企業ボストークガスCEO及び極東連邦共和国財務省特別顧問の現職で将来の大統領候補だと嘱望されていた俺が、1週間前の政争で国を追われ東京に身を隠すまでに落ちぶれるとは。
その上、愛し合ってたはずのフィアンセから一緒に東京に来てくれずに婚約破棄を告げられ、親友と思っていた筈の者から命を狙われるとは。
日本政府の手引きで東京へ密かに亡命してみたものの、地位も名誉も愛も友情も無くした1人ぼっちの俺はこれからどう生きていけばいいのか。
「気を落とさないで下さいね、内調の調べではアレクセイさんのシンパはまだまだ存在します。今回の政争の首謀者が判明したらアレクセイさんの復権復職は可能だと思います」アレクセイの向かいに座る内閣調査室調査官・近藤明日香は話かける。
続けて、近藤の隣の公安警察官・沖田憲介がアレクセイに煎餅を差し出しながら「アレクセイさん煎餅どうぞ。でも安心しないで下さい。公安の調べでは、消滅した旧ロシア連邦の残党があなたの命を狙って殺し屋を日本に送り込んだ様です。過去の統計によると、殺し屋のミッションは連絡系統の繋がりから1ヶ月が限度です。それを狙ってこちらも反撃の機会を伺いましょう」
「とりあえずは内調で用意した職場と隠れ家で東京ライフを満喫してください」
「アレクセイさんには、商社の繊維部門で勤務し高円寺に住んでもらうことで敵から隠れてもらい、テロリストを炙り出そうと思っています。僕が菱菱商事の社長に掛け合ったんですけどね」鼻高々に計画を自慢する沖田。
「私、内調の近藤と公安の沖田がアレクセイさんの警護に当たりますのでよろしくお願いします。」
「近藤さん、沖田さん、よろしくお願いします」沖田からの煎餅をかじりながら車外に見える東京タワーを眺めるアレクセイだった。
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朝、東京駅から大量に吐き出される通勤ラッシュの波、その波の中で仲河リエは明るい色のビジネスワードローブを着て、憂鬱な気分で丸の内のビジネス街を出勤している。眠そうだ。
「リーエちゃん、おっはよう」同僚で年上の若山歌子、姉のようにリエに接してくれる。
「若山さん、おはようございます」
「ダークそうな気分みたいね。レコード会社のオーディションどうだったの?」
「ダメでした。スタジオオーディションはダメだったし、音源を送るオーディションで落ちる時もあるし、タレント事務所で書類送ってみてもなしのつぶてだし。ワタシ、全然ダメなんです」
「まだあんた23歳じゃない、私なんかもうすぐ30歳なんだから、リエちゃんは気楽に音楽やりなさいよ。ところでお母さんは相変わらず昏睡状態なの?」
「そうなんですよ、週2で病院に行って、行けるときはもっと行くけど、母さんの全身をマッサージして全身から脳へ刺激与える方法をやってますが全くダメですね」
「仕事やって、音楽の修行して、お母さんの介護して・・・こん詰めちゃダメよ、無理したらそのうち倒れるから」
「はい、それと若山さん聞いてください。秋山部長がね私に契約社員から正社員になれなれってひつこいんですよ。私は今のままが良いのに」
「リエちゃん、あなたが優秀な契約社員だから部長は正社員になれって言ってくれるのよ。贅沢な悩みよね。でもね正社員になったら時間取られて、歌手オーディションとか母さんの看護の時間が取れないし、難しいわね。まあ、とりあえず今日もがんばりましょう」
「はい」
「リエちゃん。又、近いウチに飲みに行って合コンしたりイケメン見つけに行くわよ!」
「ふふふ」
「な~に笑ってんのよ、リエちゃ~ん」
「若山さんって、よく喋るなーと思って」
「ささっ、会社着いたわよ」
と言って2人は菱菱商事へ入っていく。
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