第8話 救助現場にて 横山
レスキュー隊が乗る救助工作車は大型車だ。二車線道路で両車線の車両がそれぞれ左端に寄ってくれたとしても、中央線をまたいで走る時には、十分な注意が必要になる。
高速道路では事故があって前進できなくなると、迂回ができず、だからと言って後退できるわけもなく、渋滞の列は気が遠くなるほどの長さになる。
まして、事故の原因が元々渋滞していたことにあるとしたら、もはやインターを下りるのは一体いつになるか想像もできない。
渋滞する高速道路での玉突き事故だった。前方不注意の中型トラックが、インターの料金所待ちで並んでいた車の列に突っ込んだのだった。
消防隊は事故現場に直近のサービスエリアから高速にのり進行したが、現場に近づくほどに渋滞はひどくなった。幸い、警察官が先に到着し、走行車線、追越車線の両方を端によせてくれていたため、狭いながらも、消防隊は現場へ難なく到着できた。
現場に到着した指揮隊が真っ先に情報収集にあたる。玉突きに巻き込まれた車両はトラックを省くと4台。内、前の2台は程度に差があるもののバンパーの損傷のみで済んでおり、乗員はすでに避難済みで、特に活動の必要はなかった。
だが、トラックに近い方の乗用車2台の状態は深刻で、ドアが変形し開かなくなっていた。
救助隊は直近の中央消防署の1隊が来ているだけで、他の署から応援が向かってはいるものの、到着まではしばらく時間がかかるだろう。
現場を指揮する大隊長は、まず、トラックに直接追突された赤い車両の救助を指示した。運転席に女性が、後部座席に母親と思しき高齢の婦人が乗っている。
赤い車両の前にいて玉突きに巻き込まれた車は、白のコンパクトカーだ。運転席と助手席にはほとんど損傷がなく、乗員である男女が自力で外に脱出しており、必死に後部座席のドアを開けようとしているが、変形したドアはびくともしない。
そこには、チャイルドシートに座った幼稚園児くらいの女の子がいた。
意識はあるようだが、ぐったりとしている。不自然な格好のまま、30分以上もこうしているのだ。
救助資機材は1組しかない、だから大隊長は優先順位をつけたわけだが、横山は救助隊の小隊長に申し出た。
「俺だけあっちにかかることは出来ませんか?」
「魔法か? いける自信があるのか?」
「はい」
小隊長は、大隊長に話しかけた。大隊長はうなずいたあと、小隊長に2、3指示を出した。
小隊長が横山の元に戻ってきて言った。
「そっちには中隊長がつく。それと、消防隊を2隊つけるから」
「わかりました」
横山は白のコンパクトカーに近づいた。両親はすでに指揮隊が避難させている。
すうっと息を吸う。意識を集中させ、変形したドアのみに焦点を合わせた。災害現場の騒音も、膜を一枚張ったようにどこか遠くに感じられた。
ドアの隙間にすっと力をねじこむ。風船を膨らませるイメージで、“力”という概念を徐々に増大させていく。
ドアがミシミシと音を立てて、わずかずつだが口が開く。
横山が荒い息を吐いた。
人が物を持つ時、軽いものより重いものを持つ時の方がより体力や筋力を使うように、魔法も、質量や抵抗力が強いものほど体力や精神力が必要になる。
横山の顔が真っ赤になり、首筋に血管が浮いている。横山が戦っているドアは、本来なら救助隊の機材を使ってこじ開けるものなのだ。
見えない力に抗うように遅々と動いていたそれが、突然接続部分からバチンと大きな音を立てて、一気に30センチメートルほど開いた。
「よし、こじ開けるぞ!」
見守っていた中隊長が、周囲の隊員に声をかける。ドアに手をかけ、3人がかりで力任せに外側に引くと、さらに50センチ動いた。
「バックボードくれ!」
先に車内に身を入れた隊員の求めで、平たい板のような担架を、車内に滑り込ませた。
それに女の子を寝かせてゆっくりと車外に運び出していく。
一息ついた横山は、自身も搬送を手伝おうと、担架の足側についた。
これが俺の魔法だ、と横山は思う。
俺は馬鹿だから、難しいことはわからない。
世界が魔法を悪いものだと言うのなら、そうなのかもしれない。
だが、今はまだ、許されているのなら。
正しく使いたい、彼が魔法使いでよかったと思ってもらえるような、立派な魔法使いになりたい。
それが俺の魔法なんだ。
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