第7話 救命医 薬丸

「ムロはさあ、実際仕事にどれくらい人特使えてんの」


 飲み始めて一時間半、今野からそう聞かれて、葉室は大袈裟に首を横に振った。


「いやー、ちょっと重いもの運んだりするくらいだね。役所の中で人特使えてもあんまり意味ないな。ヤッちゃんはどう? 医療分野の魔法って、けっこう進化してきてるって聞いてるけど」

「そうだねー、マ学技士の絶対数が少ないし人体に関わることだから一概には言えないけど、傷口が残らなかったり後遺症が少なくなったりするからね、まあまあ使えるかな」


 薬丸は自分と葉室の後ろで、壁に沿うように横になって寝ている横山の顔をチラリと見て、顔色が悪くなっていないことを確認してからミックスピザに手を伸ばした。


 横山は酒に弱く、楽しく飲むが1時間もすると寝てしまう。


 三浦がハイボールのグラスをカラカラさせながら薬丸に聞いた。

「なあ、それでさ、実際どうなの、薬丸。平野議員が言ってる特脳なんとか法は」

「そんな名前だったか?」と今野。

「あー、あれね。理論的には可能だと思うよ。さすがに今すぐ実現はできないから、今年や来年に手術が行われることはないけどね。まあ、法案の内容が認知されれば、研究費がつきやすくはなるかもねえ」


「俺たちも手術受けなきゃいけないのかな」

 葉室が不安げに言った。対して三浦はけろりとした様子だ。

「僕は別にかまわないけど。安全さえ確立されてるならね」

「お前はマ学技士じゃねえからな」今野が言った。


 葉室、横山、今野、薬丸は中学卒業後、マ学を専門的に扱う高校へと進学し、マ学技士となった。三浦のみが、普通校に進学し、マ学とは距離を置いた生活を歩んでいる。


 特異脳変を持った子供は、多くがマ学技士の資格を取得する。魔法を使えなくても困りはしないが、あれば便利だからだ。



 進路を考える頃、葉室は三浦に聞いたことがある。何故マ学技士を目指さないのかと。


「自分の努力で得たわけじゃないものを利用するのは、平等ではないから」

 三浦はそう答えた。

 それを近くで聞いていた薬丸はこう言った。

「何を持って、あるいは何を持たずに生まれてくるか、それを選べる生物はいない。その意味では、生まれる前の私たちは確かに平等だった」



 正直、葉室には2人が言うことの真意も、何が正しいことなのかもよくわからない。ただ、たまたま偶然に特異脳変を持っていたから、使えないよりは使える方が便利だろうと思うだけだ。


 だから、国の法律で魔法を排除するというのなら、少し残念だが、それも仕方ないとしか思わない。

 国会で決めることが、すなわち国民の総意であろうと思うからだ。


「ま、結局、魔力は脳の異常だからな。魔法は障害に起因する異常現象じゃないか。僕たちは先天的な障害児なんだよ。障害は治療されなくちゃならない」

 さらりと三浦が言ってのけた言葉に、どきりとする。


「……でも、これはこれで、個性じゃないの?」

 葉室は、珍しく自らを擁護するような物言いになってしまったことを自覚して、わずかに恥ずかしくなる。


「障害は個性、なんてよく言うけど、個性かどうかは、見る人によるんじゃないの」と三浦。

 今野が声のトーンを落として、呟くように語る。

「正直、警察官になってからさ、まれにだけど、魔法使いが犯した犯罪を担当することがあるんだ。魔法の事件はやりにくいよ。微細証拠物や指紋が残りにくいし、銃や刃物みたいに金属探知機にひっかからないしな。使い方によっては、証拠も残さず犯罪行為が成立する。

 銃なら規制できるが、魔法の規制は難しいしな。資格がないと扱えないとはいえ、魔力があれば独学でもある程度使えちまうからな。魔力なしの人間から言わせりゃ、母親の腹ん中から銃を持って生まれてくるのと同じだ」


「コンちゃんは、魔法規制派なの?」


「違げえよ、銃が犯罪に使われるから全ての銃を抹消しろなんて言ってたら、警官が銃を持つこともできなくなる。悪いのは魔法を悪事に使うやつだろ。俺は俺の魔法……いや、人為的特異事象を使って、犯罪者を捕まえんだよ。それが俺の魔法観」


 ゴリゴリと硬質の音が聞こえるのでそちらに目を向けると、薬丸が軟骨唐揚げを噛み砕いていた。口に赤ワインを流し込み、一気に飲み込むと、また手に軟骨を持って話す。


「手術には基本的に本人の同意がいるんだ。救命の緊急事態でも、本人が無理なら出来る限り家族から承諾を得る。この法案だと、魔力を持っていることが確定した時点での除去となるらしいから、大体は3歳から4歳くらいの幼児期だろ。幼児の脳にメスを入れることをよく思わない親御さんもいるだろうし、それを義務として罰則までつけるんだとしたら、人権侵害で国際社会から叩かれるの待ったなし」


 そう言って、軟骨を口に放り込む。ゴリゴリとまた音を立てながら、今度は飲み込む前に再度話し出した。

「……と普通なら思うけど、悪名高いロボトミー手術だって、ノーベル賞もらってるからなあ、どうなるかはわかんないね」


「もの食いながら話すなよ」三浦がぼやいた。


 葉室は考え込んだ。皆、それぞれに思うところがある。何が正解かなど分からなくても、自分にとっての魔法とは何か、魔力を持って生まれてきた意味、社会にとっての魔法の立ち位置を。


 ふいに、腰に何かがあたった。振り返ってみると、寝ている横山が窮屈そうに太い腕を折り曲げて、葉室の腰と己の胸の間に収納していた。

 つまり、横山が身じろぎをした際に、腕が葉室の腰に当たったらしかった。


 その呑気な寝顔を見て、葉室はほっと息をついた。小狡い考えかもしれないが、チャランポランに生きているのは俺だけじゃないと安心したのだった。

 

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