第5話 衆議院議員 平野

 お昼のワイドショーはどの局も話題先行で、できるだけセンセーショナルな事件などを取り扱いがちだ。


 陰惨な事件を報じたあとに、人気のスイーツに話が飛んだりと節操がないと感じられる時もあるが、その番組は比較的、他の裏番組などに比べると、まだ硬派な印象のある、ニュース中心のワイド番組だった。


「本日は自明党衆議院議員、平野さんをお迎えしています」


 女性アナウンサーの紹介を受けて、平野は「お願いします」と言いながら頭を下げた。

 メイン司会の男性アナウンサーがさっそく平野に水をむけた。


「今日は平野議員が先日発表された、特異脳変除去義務法についてお話をうかがっていきたいんですが、かなり刺激的なと言いますか、賛否両論あると思いますが、いかがですか」


 司会者の言葉に、平野は「いやあ」と困ったような声を漏らしながら苦笑した。その様は決して不快感を与えるものではない。


「字面がちょっと悪いのかもしれませんね。まあ名称はまだ仮ですから」


 女性アナウンサーが説明用のボードの前に立って「まずは法案の中身を見ていきたいと思います」と言うと、カメラはアナウンサーの手元とボードによっていく。


「まず、話の内容をわかりやすくするために、正式名称である特異脳変を魔力、人為的特異事象を魔法と、俗語を使ってご説明することをご了承ください。

 魔法を使うためには魔力が必要になるわけですが、これは先天的に備わっているもので、魔力を持って生まれてくる人の割合は、千人に一人程度です。

 現在は魔力の発生要因について科学的、医学的に解明されており、それは脳の大脳辺緑系の異常です」


「大脳辺縁系の異常……と言いますと」司会者が合いの手を入れる。


 女性アナウンサーが続けた。


「簡単にご説明いたしますと、人間の感情は大脳辺縁系で発生し、脳内伝達物質によりコントロールされます。この脳内伝達物質が異常発生するという障害が、まあ障害という表現が正しいのかはわかりませんけども、これが魔力です。


 活性系物質と抑制系物質が同時に大量に発生しているため、感情は均衡を保ちつつ、情動は異常増幅し、それが自身の肉体や当人の周囲の物質に影響を及ぼすそうです」


 女性アナウンサーが言葉を切ると、司会者は大袈裟にうなずきながら、平野に歩み寄った。


「なるほど、わかったようなわからないような」


 平野は何を意味するのかわからないうなずきを何度か返すと、口を開いた。

「その発生原理ゆえに、感情コントロール能力に乏しい幼児が感情を爆発させ、大惨事を引き起こす事故がまれに発生していますね」

「ははあ、それは確かに。それで、平野さんの調査によると、外科的手術によりこの障害を排除できると」

「その通りです。今回発表した特異脳変除去義務法は、乳児期に魔力除去を義務付けることで、魔力や魔法による人災をなくそうというものです」

「しかしマ学技士やマ学という学問そのものを否定することになるとの声もあり、そもそも脳にメスを入れることを義務化するのはやりすぎで、人権侵害だとの指摘もありますが」

「でも脳に腫瘍があって、それを取り除く方法があるなら、誰もが迷わずそれをやるでしょう」


 司会者はうーんと唸って首を傾げた。


「腫瘍、とは違うような。どうにも私などは、ロボトミー手術を想起してしまったりするんですが、それとは違うんですよね?」


 平野は肩をすくめて苦笑しながら、首を横に振る。


「まさか、あんな前時代の乱暴な手術とは違いますよ。私が言っているこれは、感情を取り除こうというのではなく、あくまで脳内で起こっている異常事態を、魔力のみを取り除こうというものです。

 もちろん安全が約束され、国がそれを認めることが大前提ですから」


 平野の自信に満ちた顔がアップで映し出される。


「思い出してください。これまで幾つもの不幸な事故が起こりました。2年前には静岡で3歳の少年が、道で遭遇した大きな犬に怯え、その犬と飼い主を魔法で吹き飛ばし、飼い主が重症を追いました。

 7年前には東京駅で親とはぐれた5歳の少女が、声をかけた女性とその周辺の人々、計7人に怪我を負わせ、うち1人は車椅子生活になりました」


 平野の顔は苦しそうに歪んでいた。怪我をした人々は当然だが、怪我をさせた子どもの方も、傷つき苦しんでいることだろう。


 それを考えるとたまらない。


「我々は、マ学技士法を制定し、魔法を管理してきました。魔法使いの皆さんは、みな真面目に誠意をもって、法に従っています。しかしながら、中には少数ながら法を犯して魔法を使う者もいます。また、その意志はなくとも、魔力が暴発し他者を傷つけてしまう人もいます。社会の安寧のためには、規制が必要なのです」


 スタジオは一瞬静まった。平野の後に発言をしようとするものは居なかった。


 司会者が唯一口を開く。



「いったんCMです」



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