第4話 自治会長とその娘 遠藤

 6月の定例議会が終わり、同じ頃梅雨も明けて、前触れもなく夏日が連日続くようになった、7月の初めの頃。


 防災フェスタに向けて準備を進める防災対策課を訪ねる者がいた。


 応対に出た再任用の職員が葉室を呼ぶ。

「葉室くん、自主防災組織の結成について話を聞きたいって自治会長さんが来てるよ」

「あ、はい!」


 葉室は勢いよく袖机の引き出しを開けて、資料を取りだす。その間に、応対した職員が客を応接用のテーブルセットへ案内していた。


「こんにちは、防災対策課の葉室です」


 訪れたのは、黒髪と白髪が混ざり合いグレーの髪色がどこかダンディーな60がらみの男性と、艶のある黒髪を肩より少し下まで伸ばした明るい表情の20代女性である。

 葉室が2人の前に着席するのを待って、男性の方が口を開いた。


「どうも、私ね、自治会長やっとります遠藤と申します。こっちは娘です。いやー、今年の梅雨もよく雨が降って、あっちこっちで崖崩れとかあっとったでしょう。それで、うちの自治会でも自主防作ろうなんて話になってね、聞きにきたんですわ」


「そうですかー。まずは自主防災組織についてご検討いただいてありがとうございます」


 自主防災組織とは、地域の人々が協力して防災に努め、大災害に備えるものである。大震災級の有事には行政だけでは手が回らない。そのため、自助と共助が重要になるのだ。


 葉室が資料を広げて見せると、遠藤はそれを隣に座る娘と共有した。

「私が年寄りなもんで、難しいことはわかりませんでね、手間のかかる書類とかあったら娘に手伝ってもらおうと思って連れてきたんですわ」


 葉室はうなずきながら娘の顔を見た。会釈し少し頭を下げる動作が可愛らしい。葉室も自然と笑みを浮かべる。


「手続き等についてはこちらでサポートいたしますので、まずは自主防災組織の働きから……」


 資料を示し、一つずつ丁寧に、わかりやすく説明していく。遠藤親子は真剣に耳を傾けていた。


 20分ほど話したのち、遠藤は資料を持ち帰り自治会の役員たちに相談すると約束して席を立った。


「ありがとうございました。助成までしてもらえるとは思っておらんかったですわ」

 そう言って笑う遠藤父の隣で、娘も柔らかく微笑んだ。葉室は少し胸の辺りが温かくなったような心持ちで、言葉を返す。

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。結成の方、ぜひお願いいたします」




 葉室に見送られ、遠藤親子は防災対策課を出て、市役所を後にした。車を置いている駐車場まで歩きながら、父親は、腕に下げた資料が入った袋をちらりと流し見る。


「いろいろ資料があって、読むのが大変だなあ」

「そうね、でも丁寧に教えてくださったし、わからないことがあったらいつでも電話していいっておっしゃってたし」

「感じのいい若者だったな」

「そうね」


 短く同意を返す。確かに、好感が持てる人だったと思いながら。







 遠藤が帰ったのち、葉室が資料を元あった机の引き出しにしまっていると、急に係長が「ん? なんだって?」と声をあげた。


 葉室が顔を上げると、係長は部屋の隅にあるテレビを見ていた。防災管理課では、管轄の地域だけではなく、日本中どこで大きな災害が起きても即座に対応できるよう、音を消して常に国営放送を流しっぱなしにしていた。


 テレビの画面にはスーツの男性が映っている。他でもない、地元選出の平野衆議院議員だ。画面の下方に、テロップが出ている。





〈特異脳変除去義務法案を発表。国会提出時期は未定〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る