第2話 県警警備課 今野
庁舎に帰って昼食をかき込むと、休憩もそこそこに業務に戻った。
6月の定例議会が近い、答弁書を仕上げなければならない。この時期に規模の大きい災害が発生すると、ひどく気を遣う。発生した地域の選出議員が、突発的に質問を叩きつけることがあるからだ。
葉室の基本的な業務に、マ学技士であることは特に有利には働かない。魔法が使えようと使えまいと、やることに変わりはない。特異脳変を持たない人々と、同じなのだ。
パソコンに向かい合って1時間も過ぎた頃、葉室の席にある電話に、外線から着信が入った。
「はい、N市役所防災対策課、葉室です」
〈おー、ムロ。久しぶりー。今野だけど、今いいか?〉
受話器から聞こえてきた意外だが懐かしい人物の声に、葉室はパソコンから顔を上げて、笑みを浮かべる。
「もちろんだよー、久しぶりだねコンちゃん。なになに、どうしたの? っていうか元気にしてるの?」
〈元気、元気。まあ忙しくはしてるけどな〉
「コンちゃん警察官だよね。今もまだ片山交番にいるの?」
それぞれが就職してすぐの頃、近況報告のために飲んだことがあった。もう5年以上も前の話だが、その時に警察官の出発地点として片山交番勤務になったと今野が言っていたことを覚えていたのだ。
電話の向こうで今野が苦笑している声が聞こえる。
〈よく覚えてんなあ、そんな古い話。今はさあ、俺刑事やってんだよ〉
「刑事さん!? かっこいいねえ、それは忙しそうだ」
葉室の口から朗らかな笑い声が漏れた。
今野とは小学校から高校まで一緒に学んだ、言うなれば幼馴染だ。
日本では幼児の定期検診の際に特異脳変、つまり魔力の有無についても調べられる。おおむね4歳までには能力者か否かは判別され、能力者であれば国へ報告する義務があり、小中学校は各県に設置されたマ童専門小中学校への入学が義務付けられている。
中学までの間で魔法の制御法を学び、高校からは一般の学校に通うことが出来るが、国家資格であるマ学技士を目指すのであれば更なる知識と技術を求めて、マ学専門高等学校へ進む。
すなわち、中学を卒業するまでに選択を迫られるのだ。魔法と共に生きていくか、魔法を捨てるか。
葉室がマ学技士を取ったように、今野もまた、魔法と共に生きることを選んだ。
「それにしても、突然どうしたの? 同窓会でもやる?」と、葉室が聞くと、今野がわずかに硬度を増した声で答えた。
〈いや、ちょっと聞きたいことがあってな。お前さ、神林と今でも付き合いないか?〉
葉室にとってはこれまた懐かしい名前を聞いて、脳が中学生の頃の棚を探る。
「神林って……カンちゃん? 中2の時転校していったカンちゃん? いやー会ってないよ。転校していってからしばらくは手紙をやり取りしてたんだけどね。一年くらいしたらもう、お互いに、自然となくなったなあ」
〈そうか……お前ら仲良かったから、どうかなと思ったんだが、まあ普通そうだよな〉
今野が残念そうな、だが納得しているような声で返した。
葉室は右手に持つボールペンを無意識に細かく振りながら「俺今でも普通に付き合ってるのって、横ちゃんくらいだよ」と言った。
〈あ、横山? お前ら確か同じ市役所に勤めてるんだっけ〉
「うん、横ちゃんは消防局で、俺は防災対策課ってとこ」
〈うん、そうか。まあそんならいいや。突然電話かけてすまなかったな〉
「いやいや、全然かまわないよ。そうだ、いい機会だし、同窓会でもやろうか。俺、横ちゃんに電話してみるよ」
〈おう、頼むわ。じゃあ、また今度〉
電話を切って、さっそく考える。同窓会の時期はいつがいいだろうか。とりあえず議会が終わってからになることは当然として、8月の終わり頃には市主催の防災フェスタが予定されている。直前はその準備に追われるだろう。ならば7月中旬でどうだろう。
「葉室くん」
突如係長から名を呼ばれ、びくりと肩が震えた。
「はい!」思わず声が大きくなる。
係長は気にする様子もなく「8月の防災フェスタの中でやる〈防災を考える公開シンポジウム〉、きみ担当してみる?」と言った。
今まさに考えていた防災フェスタのことを言われ、葉室は「はあ」と気の抜けた返事を返してしまったが、大きな仕事を任されることは信用されている証だ。係長の顔を見て「はい、やらせて下さい」と心持ち力強い声で言った。
葉室と係長の間に挟まれた席に座る女性の先輩職員が、「いや、でもいいんですか」と遠慮がちに声を上げる。
「何が?」と係長。
「シンポジウムには平野議員が来ます」
平野は地元から選出されている衆議院議員だ。年齢は42歳で議員としては若く、見栄えの良い容姿をしており、特に女性有権者から票を集めている。シンポジウムに平野が参加することが一つの目玉となっていた。
「それが?」話の筋が読めず、係長は先を促す。
「平野議員は初当選の頃からマ学技士について、どちらかというと否定的な考えだと見受けられます。人為的特異事象の使用規制の強化や、特異脳変を持つ子供への監視体制の充実などをうったえていますよね」
先輩はマ学技士である葉室が不愉快な思いをしないかを心配しているのだ。情報収集を怠らず、他者によく気を配る。こういう人が出世するんだろうなあと、葉室は心中で賞賛を唱えた。
「うーん、でも防災フェスタはあくまで防災について話すだけだし、平野議員もマ学の話は持ち出さないでしょ」
係長の言葉に、葉室は同意を示した。
「俺もそう思います。大丈夫ですよ。でもありがとうございます、主事」
葉室の言葉を聞いて、先輩は軽くうなずき、それ以上は何も言おうとせず、モニターに向き直ると自分の仕事に戻った。
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