現代において魔法使いは国家資格です
eima
第1話 防災対策課 葉室
皆さんは、安倍晴明を知っていますか? 彼は日本史において初めて名前がでてきたマ学技士と言われています。
離れている物を浮かせる、その物に触れることなく破壊する、人間にはあり得ない速さで走る……私たちの社会にはときおり、そのような不思議な力を持った人が生まれてきます。日本では昔から、そんな人々を狐憑き、妖術使い、鬼の子などと呼んで、恐れたり、時に頼みにしたりしてきました。
第二次世界大戦の時には、妖術部隊が編成され、多くの能力者が犠牲になりました。まだまだ能力者への偏見と差別が強かった時代の話です。
戦後、妖術という呼称が差別を生むのだと批判が起こり、政府が議会の答弁で便宜上“魔法使い”と呼称したことから、一般的に能力者が起こす不可思議な現象を“魔法”、能力者のことを“魔法使い”と呼ぶようになりました。
さらに昭和40年代に入ってから、魔法研究家の幸村博士及び各淀大学医学部の内藤博士の共同研究で、能力者の脳の前頭葉の働きが、能力者以外の人々より活発であることを突き止めました。これにより、“魔法”は悪魔や心霊の力に作用されるものではなく、働きが肥大した人間の脳、すなわち医学や科学の延長線上にある現象であると証明されたのです。
今日、私たちは、過去には魔術や妖術と呼ばれていたそれを“マ学”と呼び、魔力を“特異脳変”、魔法を“人為的特異事象”、魔法使いを“マ学技士”と呼んでいます。マ学は一つの学問であり、マ学技士は国家資格です。
特異脳変を持った皆さんは、その力の使い方を勉強し、人為的特異事象を公の幸せのために使用することを学んでいくことになります。
───昭和54年発行「マ学の歴史」中学一年生用教科書より
からりと晴れた月曜日の朝だった。土日に大雨が降り続いたというのに、道路も庭の土もからからに乾いていて、雨の痕跡は少しも残っていなかった。
先週から6月が始まったばかりで、梅雨が明けるにはまだ日がかかる。梅雨の合間の晴天であろうが、ひょっとして梅雨が明けたのではないかと思い違いしてしまうほどの日差しに、葉室は右手を目の上にかざし、それでも容赦なく降り注ぐ日光に目を細めた。
車はおろか、バイクすら通れないような、人が2人横に並ぶのがやっとの狭隘道路。地元の人々が猫道と呼ぶその生活道路が、昨日の大雨で崩れたと通報があり、N市役所防災対策課の葉室は取り急ぎ、現場の状況を確認に来ていた。
だが、幸いにも想像していたほどの惨状はなく、高さ50センチほどの石垣が幅1メートル奥行き20センチに渡って崩れているだけで、歩行に問題はなさそうだった。
親切な近隣住民が、崩れた石と土を運んだのち、補修をしておくと申し出てくれたので、せめて土運びだけでも手伝おうと、葉室の連れである再任用職員の同僚が上着を脱ごうとする。
「あ、大丈夫ですよ」
葉室の言葉に、運搬用一輪車を持った住民と同僚がわずかに首をひねったが、葉室は「一輪車、しっかり持っていてくださいね」と言いながら、石や土に向かって右手を伸ばす。手のひらを空に向けて、くいっと指を折り曲げた。
ふわりと土が浮き上がる。まるであるべき場所に収まるかのように、土は住民が構えた一輪車に積み重なっていった。
「ほう、あんた魔法使いだったのか! いや便利だねぇ」
住民の男性が感心したような声をあげる。葉室は愛想笑いを浮かべながら「いやぁ、どうもどうも」と意味のない言葉を返した。
「やっぱり便利だなあ魔法は。君は魔法使い枠で市役所に入ったんだろ?」
助手席に座る年配の職員が、ラジオの音量をわずかに下げながらハンドルを握る葉室に声をかける。
側面に小さく市役所名が入った白色の軽自動車は、町の中心部へ向けて帰路についていた。
前方の信号が黄色に変わる。葉室はゆっくりと減速しながら口を開いた。
「魔法使いじゃなくてマ学技士ですよ。ついでに、魔法じゃなくて人為的特異事象です」
「あーそれそれ。長いね」
「俺らは略して人特って呼んでますけどね」
「マ学技士法が出来てから呼び方が変わったんだよねぇ。魔法使いは差別用語?」
「差別用語とまでは言いませんけど、正式名称でもないですね」
マ学技士は国家資格である。たとえ特異脳変──俗にいう魔力──を持って生まれてこようとも、資格がなければ人為的特異事象を使用することはできない。
資格をもって力の使用を制限する。そうして初めて、妖術使いたちは当たり前の人権を得たのだ。
──お昼のニュースをお伝えします──
ラジオから聞こえる音が、昭和ミュージックから落ち着いたキャスターの声に変わった。葉室はゆっくりと車を発進させながらコンソールの時計を見る。デジタル時計が12時を告げていた。
──この一月ほどの間に都内で多発している異常な事件について、警視庁は、少なくとも二件について、人為的特異事象によるものと断定したと発表しました──
「あー、やっぱりねえ」
助手席の同僚が呟いた。葉室はなんとも思わないふりをする。
この一月の間に、都内及び関東圏の地域で、不可思議な事件が起きていた。送電線の断線により数万戸の世帯で2日に渡って停電、埋設配管も通っていない道路における複数の奇妙な陥没、百軒を超える家の窓が、まるで火山噴火に伴う空気振動のように突如粉々に破れ散る。
パッと見た限りでは、どれも通常の人間が行える範囲を超えていた。むしろ、自らの力を見せつけるため、わざと派手な事件を起こしているようにも見える。
警察発表の前から、ネット上では魔法使いの仕業ではないかと噂されていた。
今のところはまだ直接的に人を傷つけてはいないが、それも時間の問題のように思えた。
──類似の事件が県をまたがって同時多発的に起きていることから、警視庁は複数犯の犯行とにらんでおり、該当する県の警察と協力し捜査に当たると──
「早く犯人が捕まるといいねぇ」
のんびりとした口調で、助手席の同僚が言った。
「ですねぇ」と、葉室は空返事を返す。だが、内心では強くそう願っていた。
魔法が世の中から憎まれれば、マ学技士といえど力の行使は難しくなる。マ学技士の首を絞めることにも繋がりかねないというのに、犯人たちの動機はなんだというのか。なんにしろ、早く犯人が捕まればいい。
ただ何気なく平穏な日々が続くことを願っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます