ウソ

Ro

全てのものごとに「初め」は存在する。



 時は縄文時代、いや、それの何千年も前のこと、原始人のL氏は狩猟仲間のF氏と一緒に、今日の狩りで仕留めたシカが焼けるのを待っていた。最近になって人類は、火を使いこなせるようになり、肉を焼いたり、野菜や木の実を煮たりして、食事をしていた。L氏とF氏は、今日は村の中で調理当番を任されていた。二人は火を取り囲み、少しずつ焼けていくシカ肉を眺めていた。

 L氏「ウマソウダ。」

 F氏「ハヤク、ヤケナイカナ。」

 L氏「ニク、ヒサシブリ、タベタイ。」

この頃、狩りがうまく行かず、彼らはなかなか肉にありつけていなかったのだ。しかし、今日はうまく行った。F氏の放った矢がシカの背中に見事に命中したのだ。彼らの村では、獣を狩りで仕留めた者は、称賛され、富と名声を得るだけでなく、肉を他の人の2倍も多く食べられるという掟があった。農耕が始まるずっと前、身分差も差別もない、この究極の共産主義の時代に、肉が他の人より多く食べられるなんていうことは、とてつもなくすごいことだった。今日は、F氏が村の主役に、ヒーローになるはずであった。



 そうしているうちに、村のみんなが、肉の焼けるいい香りを嗅ぎつけて、集まってきた。口々に

 「ニクダ!」「コレハ、ウマソウダ。」「ヤッタア」「キョウハ、ゴチソウダ」

といい、盛り上がった。そのうちの一人が、

 「L氏トF氏、ドッチガ、コレシトメタ?」

と尋ねた。


その時、L氏はゾクゾクした。なぜか分からなかったが、鳥肌が立った。DNAや本能に逆行した、何かを感じた。自分の血流が逆向きに流れ出した。そして、次の瞬間、L氏は反射的にこう言った。


「ボクガ、シトメタ。」


 こうして、彼は人類史上最も初めてウソをついた人間になったのだった。まだその時代に、「ウソ」という概念は共有されていなかった。全員が起こったことをそのまま伝え、コミュニケーションを図っていた。その中で、L氏はただ一人ウソをついたのだ。これは現代のウソが発揮する力とは、全く別の次元の力を持っていた。ウソがジジツになるのだ。もちろん周りの村人たちも、また、実際に仕留めたF氏さえも、「L氏が獲物を仕留めた」ということは、受け入れるしかない事実そのものであった。なぜなら、彼らの脳内に、「L氏が、虚偽の報告をしている、ウソをついている」なんていう疑いは、1ミリもあるはずがなかったからである。無論、実際に獲物を仕留めたF氏については、言い表すことのできない違和感に襲われ、よくわからなくなったが、L氏が仕留めたと自分で言った以上、それが彼にとっての事実として、上書き保存される他なかった。


 その夜、L氏は人生最高の夜を過ごした。肉を食べ、酒を飲み、大いに楽しんだ。しかし、ウソが人間の欲望を叶えてくれるということに、ウソの発明家のL氏は気づき始めた。

 肉を腹いっぱい食べた後で

 「マダ、オレ、ニク、タベテナイ」

とさえ言えば、周りの者たちは、 「ソウカ、ジャア、タベロ」

と言って、新しい肉を彼の前に運んできた、

 ずっと片思いをしていた村1番の美女に

 「オマエ、オレノ、ケッコンアイテダ」

とさえ言えば、その女と一夜を共にすることができた。

彼はその夜、ウソをつきまくった。後にも先にも(先には誰もいないのだが)これほど大胆に、多くのウソをついたものは、いないことだろう。



彼は、その夜、屋根さえない簡素な家で、その女性と一緒に、藁で作ったベッドの上に寝転びながら、星を眺めていた。そうしているうちに、とんでもない不安感に襲われた。とんでもないことをしてしまったような気がした。とってもへんなかんじがた。彼はもちろんこの感情を、「罪悪感」や「後悔」と形容することを知るはずもなかった。ただただ、胸が締め付けられ、痛んだ。人類史上初めての経験であったことだろう。L氏は、ウソの発明家であると同時に、罪悪感と後悔の発明家になったのだった。



 しかし、恐ろしいことに、翌朝目を覚ましたL氏の中で、昨晩の不安はなぜか薄まっていた。今も昔も、人間とは、このようなものなのだ。また、L氏は、ウソをつき始めた。仕事をサボり、食べ物を運ばせ、宝物を献上させ、美女をたくさん家に招き入れ、好きなだけ眠った。L氏はその晩も、星を眺めながら、不安感に駆られた。しかし、不思議なことに、一昨晩のそれと比べると、それほど胸が痛むことはなかった。まあ、なんと悲しいことであろうか、人間を人間たらしめる特徴の一つである「慣れ」である。L氏は、ウソという、最強の道具を使い、全てをほしいままにした。



 そうして彼は、ウソとともに悠々自適な日々を過ごし続けた。彼はどんどん太り、もう狩りをすることもできない体になってしまっていた。濁った目、だらしない体になっても、彼はウソをつき続けた。


彼は、考えた。そうして、とんでもないことを、思いついた。


L氏は、F氏を呼び出して、こういった。


L氏「ナア、神サマッテシッテルカ?」

F氏「ナンダ、ソレ?」………


こうして、人類の新しい時代が始まったのだ。





 




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ウソ Ro @Ronmel12

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