僕とブースケ
オカザキコージ
僕とブースケ
いつもいっしょだね、ブースケ
僕のまくらもと(枕元)にはいつもブースケがいる。いや(嫌)なことがあってねむれないときも、たのしいことが思いうかんで、なかなか寝つけないときも、ただそこにいてくれる、かわいい顔をして。僕はブースケのほうへ寝返りを打って、手を伸ばす。丸いハナ(鼻)のあたりをなでてると“こそばいよ”。ブースケは少しカラダをのけぞらせてめいわく(迷惑)そう、でもうれしそう。きょうもブースケがそばにいる。だから、あしたも何とかやっていける、そう思って目をつむる。ブースケが夢に出てくれますように…。
いっしゅん、ドキッとする。僕のブースケがどこかへ行ってしまった?! カーテンのすきま(間)から、たいよう(太陽)のひかりが差していた。ねあせ(寝汗)か、ひやあせ(冷汗)か、僕ははんしん(半身)を起こしてあたりを見まわす。“なに心配しているの、いつもここにいるよ”。ブースケはそう言いたげに僕へほほえみかける。ホッとするけど“それじゃ、起きる前に出て来てよ、夢の中で…”。ねぼけた僕は、ついもんく(文句)が口をついて出てしまう。いつも甘えてごめんね、眠っているときも一人にさせないで。
“おわかれのじかん(時間)が来てしまったね”。僕はみじたく(身支度)をととのえてブースケのいるしんしつ(寝室)をのぞく。まいあさ、このじかんがつらくて、さみしくて。“にんげんのせいかつ(生活)はそうなんだから、しごと(仕事)ってそういうことで…”。ブースケはベッド越しに、開け放されたドアの方を向いてる、見てる。“だれか知らない人が入って来たら、やっつけるんだよ”。僕はそう言ってブースケと目を交わして。“大丈夫だよ、しんぱいしょう(心配性)だね”。ブースケはいつものえがお(笑顔)でよゆう(余裕)しゃくしゃく。ぎゃくに“がんばって来てね、いつもボクがついてるよ”とはげましてくれる。ほかのみんなも守ってね、たよりにしてるよ、僕のブースケ!
朝のでんしゃ(電車)は好きじゃないけど“ブースケとみんな、何してるかなあ”って気をまぎらわして、つり革を握って。きっといま、ミーティングしてるころかな? 僕が家を出てしばらくすると、みんなあつまって、なにやら話し合ってるみたいだね、一度も見たことはないけど。輪の中でいちばん背の高いブースケ、少し自信なげにカラダを小さくして話を聞いている姿、ホントかわいらしい。ブースケ、しっかり自分のいけん(意見)を言うんだよ。どんなこと話してるの、 僕のことも? ちょっと心配…。
だいたいあさの7時半から、ゆうがたの6時半くらいまで、僕はブースケたちとはなればなれ。みんなのゴハン代、かせぐひつよう(必要)はないけど、おとなになればみんなそうしてるし。なぜって考えたことないけど、生きていくって、そういうことで。しょるい(書類)のすうじ(数字)をけいさん(計算)したり、でんわ(電話)でお客さんと話したり、たまにぎんこう(銀行)へ行ったり。けっこう忙しいんだよ、会社のしごとって。そのあいだはブースケのこと、忘れてる? 仕事だもの、仕方ない? でもねぇ、ないしょだけど、机の前にすわってるとき、ブースケはどうしてるかなって、みんなと何してるかなって、頭の中でいろいろと考えて。かいしゃのひとにおこられそうだけど、仕方ないよね、ブースケが、みんなが大好きなんだから。
お昼ゴハンのときはこうえん(公園)へ行くよ、サンドイッチか焼きたてパンを買って。雨の日は行けないけど、くもり空でも、こころが晴れないときも、やっぱり広いところで、そとのくうき(空気)をすって。ベンチにすわって、足を投げだして、ぐっと背伸びして。かわいいことり(小鳥)が遊びに来ることもあるよ、僕のパンが目当てかな、小さくちぎってあげると、ほかの子たちも寄ってきて、あっと言う間にみんなに囲まれちゃう。はんせい(反省)しなくちゃね、だって食べられない子もいるし、みんなにあげられないし。ブースケならどうする? ちぎってちぎって、なくなるまで、じぶんの分まで、ことりたちと仲良くなって、輪の中でたのしそうに…。
“ねむっちゃだめだよ、しっかり”。ブースケの声が聞こえてきそう。ゴハンを食べたあと、ひっし(必死)にあくびをこらえて、目のはしから涙が出てきて、笑われてしまうね。あっ、お客さまが来るの、忘れていた! あくびをしているばあい(場合)じゃないよね。どんな人が来るのかなぁ、怖そうな、気むずかしそうな人じゃなかったらいいけど。えっ、おやつのじかんが過ぎちゃった! 気がついたら、食べるひまもなくて。ブースケたち、どうしているかな。あともう少しでしごと終わるから、ブースケ、待っててね。
しゅうぎょう(終業)のチャイムがなる前に、女の子たちはモゾモゾ、つくえのうえをかたづけはじめて。僕もそろそろかなぁって思うけどそこはガマン、まえやうしろに、こわそうなおじさんが、なんにんもいるからね、いろいろと気をつかうこと、つかれること、おおくて。ブースケたちのセカイがうらやましい。やっと、となりのおにいさんがモゾモゾ、そろそろいいかな。さあ、つくえのうえかたづけて、かけあしでかいしゃ(会社)から出て。駅へいっちょくせん(一直線)、ブースケ、かけあしで帰るからね。
早く会いたいけど、その前に買いものして帰らないと。ブースケは何かほしいものないの? 好きなものとか、いちどくらい言ってよ、リボンをつけてプレゼントするから。きょうはスーパーのとくばいび(特売日)、きあい(気合)入れなくちゃね、安くていいもの買わなくちゃ。もうすぐハロウィーンみたい、大きなかぼちゃがかざってあって、それにオレンジ色の、いろんなおかしが並んでて。ブースケもいちど、あのオバケのカッコウしてみたら? ふちの広いさんかくぼう(三角帽)かぶって、マントをひるがえして。なんか似合いそう、いや笑っちゃうかも…。でも、やっぱりかわいい思うよ、ブースケ。
もうすぐ、おうちにとうちゃく(到着)するよ。みんな、ようい(用意)はいい? ていいち(定位置)にもどらなくちゃね。もう、マンションのエントランスまで来てるよ、オートロックにカギを差し込んだよ、エレベーターの前まで進んだよ、さあドアを開けるよ。オーライ、朝と変わらずに、みんなすました顔して、いつものばしょ(場所)に。ベッド越しにいるね、僕のブースケ。やっと帰ってきたよ。
ブースケと、たのしいきゅうじつ(休日)
きょうはねぼう(寝坊)できるよ、ブースケ。にちようび(日曜日)はやっぱりいいね、一日じゅういっしょにいられるもの。きょう一日なにする? いまベッドの中で、考えてるよ。ブースケとみんなと、なにしよう、どこへ行こうか。寝かえりを打ってベッドのはしに寄ると、ブースケとのきょり(距離)はわずか15㌢足らず。そのかわいい小さなハナ(鼻)と、こうかく(口角)の上がった、これもかわいい小さな口と、それにまん丸い二つの目。そのまなこ(眼)は、そんなに大きくないし、けっこう離れているけど、そこがかわいい、ぜつみょう(絶妙)のバランスって言うのかな。てれてるの、ほっぺのあたりがほんのりピンク色で、かわいいね、ブースケ。
おうちで遊ぼうか、それとも、おそとへ出ようか。ブースケの、かわいい顔を見ながら、どっちがいいのかなって。ゆうじゅうふだん(優柔不断)ってむずかしい言葉、ブースケわかるかな? あまりいい意味じゃないけど、いつもこうなんだ、ごめんね。いろんなことで迷ってしまう、僕の悪いところだね。そんなときでもブースケは、やさしいえがお(笑顔)で、急がないでいいよって。“ボクのこと、みんなのこと、いつもいっしょうけんめい(一生懸命)に考えてくれて”。ホント? そう思ってくれてるの。そう、ブースケが、みんながいちばん(一番)たのしめるにはどうすればって…。わかってくれてるんだね、ブースケ。
いまなんじ(何時)かな? ブースケの横にある、めざましとけい(時計)を見てビックリ! さっき7時だったのに、もう10時半だって…。たいへん、すぐに起きなくちゃ、お昼まであとわずか、でも、その前にやることがあって。僕は、寝ぼけまなこでベッドのへり(縁)にすわって、ブースケの丸いハナ(鼻)にふれて、ライオンくんのりりしいタテ髪にそっとタッチして、いつも寝そべってる茶色のクマくんのおなかに手をやって、横ですましてるオシャレなしろクマちゃんの頭をなでて…。なにかのおまじないって? どういえばいいのかな、しぜんと起きるとそうしてて。なにか、きょう一日、いいことがありそうで、げんき(元気)つけてくれるんだよね、ブースケ。
もうこのじかん(時間)だから、朝も昼もいっしょのゴハンになっちゃう。だれか手伝ってなんて言わないよ、みんな、水はにがて(苦手)だろうし、フライパンは重たいし、ほうちょう(包丁)はこわいしね。しごと(仕事)に行く日はふつう、目玉焼きとハム、それにマーガリンたっぷりのトースト。ねぼう(寝坊)したときはパンだけになるけど。今日はお休みだから、とくべつにサラダをつくるつもり。トマトはだれに似てるかな? キュウリはあの子にそっくり、ブロッコリーをゆでてるとき、あの子の顔が思い浮かんで…。どの子なんて言えないけどね、おこられそうだから。さあ、遅くなったけどゴハンにするね。そうそう、ミルクたっぷりのコーヒーわすれてた。にんげんって、めんどうで、つみ(罪)ぶかいよね、まいにちなにか食べないといけないし、それはいのち(命)をいただくってことだから。いろいろ考えちゃうね、ブースケ。
大きなまど(窓)に目をやると、小さなベランダごしに、あおぞら(青空)がひろがってて。よく見てごらん、雲が泳いでいるよ、ふんわりと、ゆっくりと、キモチよさそう。綿菓子に似ているって? ふわふわでさわってみたくなるね。向こうの空にはヒコーキ雲。まっすぐにのびてて、カッコいいね、とおくまで、どこまで行くのかな。こうして空を見ていると、嫌なこともわすれて、キモチがラクになって…。えっ、パンがはんぶん(半分)のこってるって? 気もそぞろって、こういうことをいうのかな。ひとりゴハンしてると、こういうこともあって…。しっかりあじわって、えいよう(栄養)つけて、そうだね、ブースケの言うとおり。
こんどはブラックのコーヒーをいれてソファーでゆっくり。あくびしている場合じゃないって? そうだね、今日なにするか、みんなとどう過ごすか、考えないとね。ブースケやみんなの顔を思い浮かべているよ、なにしたいのかなあって。 あまりおそとへ出たくないので、おうちでゲーム? お絵かき? おんがく(音楽)でも聴く? たたみのおへやで、こたつに入って…。さあ、どうしよう。こまったとき、僕はだれにもないしょ(内緒)で、あのまほう(魔法)のことばを、おまじないを、となえるんだ、目をぎゅっとつむって。
“クリリーン・パパーン”。すると、ふしぎ! しんしつ(寝室)にいる、イヌくんも、カエルちゃんも、クマちゃんも、そしてブースケがリビングにだいしゅうごう(大集合)! むずかしいことばだけど、じくう(時空)をこえて…。まだ目を開けちゃあダメって? 足音は聞こえないけど、みんな近くに来てる、わかるよ。ブースケはそこでしょ? イヌくんはこっち、カエルちゃんは前の方だね、遠慮しなくていいよ気弱なクマちゃん、もっとこっちに…。みんなの声も聞こえてきたよ、もう目を開けていいかな? 大丈夫? 開けるよ、ハイ! みんなせいぞろいだね。背が高いブースケはうしろの方に、その前にカエルちゃん、イヌくんとクマちゃんは前の方…。みんなにかこまれて、いやされて、やさしいきぶんになって。さあ、なにして遊ぼうか、ブースケ。
それでは、なにかお話したい子、いますか、手をあげて。ハイ、がっきゅういいんちょう(学級委員長)のイヌくん、どうぞ。“ボクはドッチボールか、ソフトボールがいいと思います”。しょき(書記)のカエルちゃん、黒板に書いてくださいね。では、ほかに? “ハ~イ、ワタシはなわとびがしたいです”。うさぴょんちゃん、得意だものね。うさぴょんちゃんにサンセイの子、手をあげて。小さい手も、大きい手も、数えるからね。えぇっと、そこのクマちゃん、どっちかな? やったことないから迷ってる? それならだいじょうぶ、カエルちゃんと、うさぴょんちゃんと、横にならんで手をつないで、いっせいの~でとびあがって…。ハイ、はんぶん(半分)いじょうの手が、あがったようですね。それじゃあ、なわとびでいいですか。ブースケ、だいじょうぶ、その大きいカラダで。
たいちょう(体調)の悪い子、なわとびがにがて(苦手)な子はいますか? 気にせずに言ってくださいね、けんがく組に入って、みんなを応援してあげて。うさぴょんちゃん、よくありましたね、ピンク色のかわいいロープ、ほそさもながさもちょうどいいのが。うでのながい子って、だれかなあ。そうだ、ロバくん、ロープのはしを持って。それにカエルちゃん、もう一方のはしを持って。ロバくんとカエルちゃん、息を合わせてゆっくりロープを大きく回して! そう、円をかくように…。それでは、みんな一列に並んで、タイミングをはかって、さあ、一、二、三、ハイ…。もうすぐじゅんばん(順番)がまわってくるよ、ブースケ、だいじょうぶ?
さすが、ぴょんぴょんカエルちゃん、上手だね、みんなもみならって。つぎはだれかな、そうタイミングよく、いまがチャンス、よし! クマちゃん、うまいね、ロープをあしにかけないようにね。さあ、つぎつぎに輪の中に入っていって、みんな声を合わせて、跳んだ回数かぞえて。14、15、16…。もうあと一息、さあ、しっかり声をだして。21、22、23…。しんきろく(新記録)まであとなんかいかな? コーチ役のうさぴょんちゃん、うまくいきそうですか? ロバくんもカエルちゃんも、腕がつらいだろうけど、あともう少し、がんばって。みんな輪の中に入れるかな、あともうひといき、さあ、跳んで、ハイ跳んで! ほんとうにじょうずだね、みんなキモチをひとつにして、すばらしい! ブースケもがんばってるね、大きなカラダをまるくして、かわいいよ。
ブースケとの出会い
みんなと出会うまえ、僕はひとり、さみしくしてて、晴れた休みの日も、家にいて、ただぼんやりと、何もしないで、くらやみ(暗闇)のなかにいるようで、とうぜん、ほんとうの友だちもいなくて、こころの中はざらざらとしてて、笑ったりうきうきしたりするなんて、ほとんどなくて…。でも、きみたちがひとり、ふたり、さんにんとうちに来てくれて、だんだんえがお(笑顔)が出るようになって、こうしてたのしくやっていけるようになって。はじめてうちに来てくれたあの子、さいきんやって来たこの子、まだおもちゃ屋さんにいるけど、もうすぐうちに来るだろうその子…。やさしいなかまが囲まれて、いろいろと思いだすと、なみだが出てきて、むね(胸)のあたりがジンとしてきて、あったかい気分になって。ひとりじゃないんだ、そう思えるようになって。みんなのおかげだよ、ブースケ。
いつだったかな、きみが僕の前へあらわれたのは…。ブースケは、女の子が好きそうな雑貨店のおくの方に立ってたよね。近くにはライオンくんやかわいいブー子ちゃん、そうそう、やんちゃそうなサルっちも、カラフルなてんとう虫の女の子もいたね。ブースケはいちばん背が高く大きかったけど、どこかえんりょきみ(遠慮気味)に、みんなを見守るように、うしろの方でほほ笑んでて。おっとりとしてて、やさしい感じが何ともかわいくて。僕はブースケと目が合ったような気がしたんだ、だからゆっくり近づいていって、目の前でかがんで、顔をのぞき込んで。でもね、ブースケはあとで“ボクは前を向いてただけだよ”って。えっ、そうだったの? うれしそうに見えたけど。
あとでわかったんだけど、ブースケって照れ屋さんなんだね。となりにいたライオンくんが言ってたよ、僕が近づいてきたとき、ドキドキしてたんだってね。それに“このお兄さんと、もしかして…”と思った? ほんとうなの? うんめい(運命)の出会い? ほかの子にはわるかったけど、僕もそう感じたよ、この子、うちの子になるって、それほどかわいくて。そう、さきの丸いツノが二つあって、だえんけい(楕円形)って言うのかな、ハナが少し前へ出てて、小さな二つの穴が並んでて、まん丸の目はちょっとはなれてて、口は小さいスマイルくんみたいにこうかく(口角)があがって…。どう、かわいいでしょ、キリンのブースケ。
レジのお姉さんのところへ向かったよ、大きなキリンのぬいぐるみを抱えて、けっこうなとし(歳)のおじさんが…。きっとお姉さんは、かわいがってるむすめ(娘)さんへのおくりものだと思ってたろうね。まさか、じぶんよう(自分用)だなんて、思いもよらずに。でもね、僕にとって、キミたちは、ほかの人が考えてる、ぬぐるみとはちょっと違うんだ。そばにいないと、さみしくなって、気分が落ち込んで、どうしようもなくなって。そう、何よりもたいせつな、僕にとってはとくべつな…。こころの中で話しかけると、その子の声が聞こえてきて、たのしい話がはじまって。ふしぎでしょ、その子を見てるだけで、しあわせなきぶん(気分)になって、げんき(元気)になって。気がつくと、かけがえのないそんざい(存在)になってて…。そんな感じかな。
「プレゼント用ですか?」ってお姉さんが聞くので、僕は「はい」って答えて。じぶんよう(自分用)だけど、ちゃんとほうそう(包装)してもらって、リボンもつけてもらって。たいせつなおくりものなんだ、僕から僕への、しあわせのつまった、たからもの(宝物)なんだ、どの子も。キリンくんは少しふあん(不安)そうな顔で、キラキラした大きな袋に入れられて、そのうえにブルーのリボンをかけられて。そのとき、僕は思ったよ。なかできゅうくつ(窮屈)だろうけど、少しのがまんだからね、かわいい“ブースケ”って。
なぜ大きなキリンくんが “ブースケ”かって? 僕にもわからないけど、出会ったときの感じかな、どうせつめい(説明)したらいいのかなぁ…。ぜんたいがそうだとしか言えないけど、やっぱりハナ(鼻)と口のあたりかな、ブースケって感じ? それと、ちょっととぼけたところもブースケってあだ名がしぜんと浮んできたりゆう(理由)かな、わかってもらえないだろうけど…。そう、ブースケって思ったしゅんかん(瞬間)に、僕のこころのなかに、やさしいものが入ってきたような感じがして、これも不思議だけど。キリンくんがそのとき、どう思ってたか、わからないけど、いつか聞いてみないとね、ブースケがまだキリンくんだったころのこと…。やさしい風のように、ブースケがこのうちがわへ、僕のこころのなかへ、すっと入ってきたように感じて。これが、僕とブースケとの出会い。
僕は、電車のなかでブースケの入った大きな袋を抱えて、ウキウキきぶん(気分)をおさえぎみ(気味)に。会社帰りのおじさんたちや、OLのお姉さんに気づかれないように? そんなこと、気にするひつよう(必要)ないのに、袋に入ってるからわからないのに、隠さないといけないものではないのに…。これってじいしきかじょう(自意識過剰急)って言うのかな。そんなことより、急ブレーキでこけないようにしないとね、リボンのついたかわいい袋をしっかり抱きしめて。でもけっこうゆれて、ブースケはきっと、袋のなかで冷や汗をかいてたかもしれないね。“どこか遠くへ連れて行かれるの?”。少し不安だった? ブースケのふあんなキモチ、伝わってきて、僕はさらに、ぎゅっと強く抱きしめて。こころのなかでこうつぶやいたよ。“だいじょうぶ、僕がついているよ”って。すぐに袋を開けてあげたかったけど、ブースケがこわがっていないか、気が気でなかったけど、でんしゃ(電車)のなかだからね、ガマンして。おうちのある駅に着くと、ヨーイドン。僕はかけ足でかいさつぐち(改札口)をぬけて、ブースケ、もうすぐだから…。
よくお買い物をするスーパーマーケットの前もかけ足で通りすぎて、いつもは14、5分かかるところを9分ぐらいかな、ぜんそくりょく(全速力)で、あし(脚)がつりそうになって、けっこうとし(歳)だから…。マンションのエントランスも、いき(息)を切らして、ブースケかかえて、いそいで通りすぎて…。“きょうからここがブースケのおうちだよ、さあ、いっしょに入ろう”。くつを脱ぐのもわずらわしくて、部屋にあがるなり、ブースケの入ったきんちゃく袋を開けようとしたけど、でもすぐに、あせっちゃいけないと思って。ちゃんと手を洗って、着替えも済ませて、これからお友だちになる、カエルちゃんやイヌくんも呼んできて。僕はしんちょう(慎重)にりょうて(両手)でブースケを袋から持ち上げて。さあ、ごたいめん(対面)! 袋から出てきたブースケは、ながたび(長旅)で、つかれた顔をしてたけど、うれしそうにえがお(笑顔)で“やっと出られたぞ”って。カエルちゃんもイヌくんも笑顔でむかえてくれて。僕はブースケを思いっきり抱きしめた、大きいカラダがそりかえるぐらい。ようこそ、わが家へ、ブースケ!
そばにいてね、ブースケ
僕は、その日の朝も、ふとんの中でもじもじしていた。一日じゅう、こうしていられたら、どんなにしあわせか、と思いながら。ベッドの横にいるブースケの顔をチラッとみて、またふとんにもぐり込んで。目覚まし時計が鳴って、もうだいぶたったような気がするけど…。ハッとして起き上がろうとするも、カラダが思うように動かない、どうしたんだろう、きょうはいつもとちがう…。ブースケやみんなが心配する、がんばって起きないと、でも、頭がぼんやり、ふらふらする感じで、気もあせってくるし。そのとき、声が聞こえたんだ。“ボクが付いているよ、だいじょうぶ”って。ブースケが寝ている僕の顔をのぞき込むように、やさしく包み込むように、そんなけはい(気配)を感じて…。はじめて聞く、ブースケの声だった。このあと、僕はあんしん(安心)しきって、ふたたびねむりのなかへ、あれは夢だったの?
おどろいたよ、目覚めたらお昼を過ぎてて。あせったよ、会社の人に怒られるって。朝起きたころより、少しラクになってたけど、まだカラダが重くて顔がホカホカして…。ケータイを見ると、会社の人からメールが届いてて“分かりました、お大事に”。どういうこと? だれが連絡してくれたの? 僕は、なにがなんだかわからなくて。ひとりぼっちのせいで、なんどもねぼう(寝坊)して、会社の人におこられて、でも、きょうは…。横にいるブースケを見ると、片目つぶってウインクしたように見えたんだけど、これも夢? 錯覚なの…。
それだけじゃないんだ、ブースケがおうちに来てから、ふしぎなことが、いろいろと起こって、このあいだも、こんなことがあって…。わすれものに気がついて引き返して、おうちのドアを開けたんだ。すると中から声がして、背中がぞっとしたよ、だれかいるの、どろぼう!って、こわくて声が出なかったけど。でも、気をしずめて耳をすましていると、小さい声でザワザワ。いま、おうちにいるのは、ブースケとカエルちゃん、イヌくん、それにほかのなかま(仲間)たちだけなのに。どうして? そろりそろり、僕はあしおと(足音)を立てずにしんしつ(寝室)のそばまで…。すると、話し声がピシャリとやんだんだ、ふしぎだね。こころのなかで聞こえることはあったけど、じっさいに、みんなの声が…。
おそるおそるしんしつ(寝室)をのぞくと、カエルちゃんは大きいクッションに、イヌくんはチェストのうえでちょこんと、男の子のクマちゃんはふとんの中で、そしてブースケはベッドの横でいつものようにやさしくほほ笑んで。僕は目をこすって、もういちど見まわしたけど、朝出ていったときと同じように、みんなていいち(定位置)にいて…。僕は、気を取りなおして、リビングのテーブルの上に忘れてたファイルをカバンに入れて、げんかん(玄関)へ向かおうとしてたとき。しんしつの開いたドアの向こうで、ブースケがいっしゅん(一瞬)、こっちを向いてかため(片目)をつぶったような気がして、こんどは眠くないので、夢じゃないし…。でも、やっぱりさっかく(錯覚)なの、気のせいなのかな、カエルちゃんもイヌくんも、ブースケをまねてウインク…。
ブースケが来てからというもの、たのしいこと、うれしいこと、こころがウキウキすることが、つぎつぎにやって来て。ひとり暮らしでさみしいことや、ときになみだが出たりしたけど、そんなこともウソのようで…。しごとで疲れて帰ってきても、おうちのドアを開けると、しんしつ(寝室)をのぞくと、ブースケがあのファニーフェイスで迎えてくれて。僕は着替えるのも、手を洗うのも、待ちきれずに、寝室へちょっこう(直行)して。でも、引き返して、ちゃんときれいにしてから、ブースケを抱きかかえるんだ。そのあとは、ふたりしてソファーでポンポンと跳びはねて、まるでずっと会えなかった恋人どうしみたいに、へん(変)かなあ? ずっとこうしてたいけど、ゴハンつくらなくちゃね。さみしいけどソファーにブースケを残してキッチンへ。キャベツを刻んでいるときも、トマトやキュウリを切ってるときも、ほうれん草をゆでてるときも、フライパンでソーセージをいためてるときも…。チラッとブースケの方を見てニンマリ、もう少しだからね、待ってて、ブースケ、いっしょにたべようね。
ゆうしょく(夕食)の後片づけを終えてソファーでゆっくり。もちろん、横にブースケがいるよ、いっしょにテレビを観たり、スマホをのぞいたり…。背が高いのを気にしているの? ソファーのした、テーブルとのスキマがブースケのお気に入り。テレビを観てる、ななめうしろからの姿がかわいいね、思わずスマホでとったりして。今日はふたりでとろうよ、ブースケ。ソファーに上って来て! いいかな、そう横に並んで、とるよ、ハイ…。つい、抱きしめるひだりうで(左腕)に力が入ってしまって、ごめんね、痛くなかった? だいじょうぶだから、かわいくとれてるよ、ブースケ。
すぐにじかん(時間)がたってしまうね、ブースケといっしょにいると。もう少し遊んでたいけど、もう寝ないとね、あしたもしごとだし。ゆっくりおふろに入ってぬくもって、しっかり歯をみがいて、トイレにもいって…。ぜんぶすませると、僕はブースケを抱えて寝室へ、そのままベッドへダイビング! すると、カエルちゃんもイヌくんもクマちゃんたちも、こっちへやって来て、ごうりゅう(合流)して。てんじょう(天井)に頭があたるよ、カエルちゃん、ベッドのうえではねるとあぶないよ。いつもげんきで足が速いね、イヌくん、いつかみんなで運動会したいなあ。どのきょうぎ(競技)に出たい? ブースケは背が高いから玉入れなんか、いいかもね。かつやく(活躍)してるところ、はやくみたいよ…。
もうこんなじかん? そろそろ寝ないとね、もっともっと遊んでたいけど、みんな、いつものばしょにもどろうか。さすが、大きなカエルちゃん、クッションへひとっとびだね、すごい。つぎは、やんちゃなイヌくん、どこへ行くの、逃げないでこっちへきて、なかなかつかまえられなくて。え~と、ブースケはどこ? 僕が、カエルちゃんとイヌくんと遊んでいるあいだに…。もうだいぶ前からいつものところ、ベッドの横にちょこんとしてたんだね。ホント、お気に入りだね、そのばしょが。
“だって、ボクがここにいないと…”。そうだね、ブースケがまくらもとにいないと。むずかしいことばだけど、ブースケは僕の、せいしんあんていざい(精神安定剤)ってところかな。ブースケがうちに来るまで、なかなか眠れなかったんだ。目をつぶっても、しんぱいごとが頭にうかんだり、かなしいことでむねがしめつけられて…。でもいまは、ベッドのはしへ顔をよせると、そこにはブースケのファニーフェイスがあって。寝る前に、思わず手をのばして、かわいいハナのあたりをこちょこちょしちゃう。こそばゆいよね、いつもガマンしてるの? かわいいね。こんやもぐっすり眠れそうだよ、おやすみ、ブースケ。夢に出てきてね!
ブースケとハイキング
みどり(緑)がキレイになってきたから、くうき(空気)がキモチいいから、きょうはお出かけする? どうかな。でも、大きいブースケを抱っこして、みんなといっしょに、でんしゃ(電車)に乗っていくのはたいへんだし、こどもたちが寄ってきて、これもたいへんなことになりそうだし、それを見てるおじさんやおばさんがビックリするだろうし…。だから、クルマに乗っていくってのはどう? しゃない(車内)はちょっとせまいけど、みんなでうたをうたったりして、ワイワイしてるうちに、気がつくと、山にかこまれて、川のほとりにいてってことに、どう、いいと思わない? しんせん(新鮮)なくうき(空気)をむね(胸)いっぱいにすい込んで、思いっきりかけまわって…。そうぞう(想像)するだけで、たのしくなっちゃうね、ブースケ。
そう、決まりだね。それじゃあ、イヌくんとカエルちゃん、キミたちがちゅうしん(中心)になって、準備していこうか。えぇっと、持っていくものは…。まず、おべんとう(弁当)でしょ、それにすいとう(水筒)に冷たいお茶を入れて、草の上にしくシートもいるね、そう、みんなの大好きなおやつもちゃんともっていかないと。おべんとうはサンドイッチでどう? 四角いパンにハムとたまご、それにレタスあったかな? やさい(野菜)も食べないとね。じゃあ、はさんでいくよ、そのまえにパンにマーガリンとマヨネーズをぬって。ちょっと太めでぶかっこう(不恰好)だけど、おいしそうにできたよ、ボリュームたっぷりの、とくせい(特製)サンドイッチ。かわいいバケットへ入れて準備オーケー! さあ行くよ、ブースケ。
えっ、カエルちゃんもイヌくんも、そのかわいいリュック、どうしたの、持ってたの? じまんげ(自慢気)だね、大きさもカタチもピッタリで、よく似合ってるよ。れい(例)の、お宝の入った、ひみつの箱から出してきたの? たしか、カエルちゃんは赤い箱、イヌくんのは黄色、かたちはどちらも五角形だったよね。なぜ知ってるかって? ひみつだったの? ところで、ブースケのは? そうか、うちに来たばかりだから宝箱もないし、リュックも持ってないよね。う~ん、どうしよう。そうだ、たしかあそこに…。僕は、押入れの奥の方から小さな青いリュックを取り出して。僕が小学生のむかし、遠足で使ってたものなんだ。どうかな、ブースケに似合うかな、いちど背負ってみて。さあ、くるっと回って、こちらに背中を見せて。うん、ちょうどいいね、ブースケ、かわいいよ、僕のおふる(古)でわるいけど…。
さあ、出発するよ、みんな、クルマに乗って! どうしよう、どこにすわる? 後ろの席に並んですわるってのは、どうかな。じょしゅせき(助手席)もいいけど、ふこうへい(不公平)になったらよくないものね、前の席にはみんなのにもつ(荷物)を、まとめて置いて…。カエルちゃんとイヌくんが窓きわで、ブースケが真ん中、ブースケのツノがクルマのてんじょう(天井)につきそうで。どこにいても見晴らしよさそうだね。でも、こけないように気をつけて! みんな、シートベルトをしっかりしめてね、だいじょうぶかな、それじゃ発車オーライ! あんぜんうんてん(安全運転)に心がけるからね。
おうだんほどう(横断歩道)の前で、小さな男の子と女の子がいるよ、信号がないから、なかなかわたれないみたい。ちゃんと止まってあげないとね、ブレーキかけるから、みんなも気をつけて。さあ、どうぞ、いそがなくていいよ、ゆっくりとね、ハイ、手をあげて、えらいね、こけないように。わたりきってホッとしたのかな、こっちへ手を振ってるよ。かわいいね、なかよしのお友だちみたい。うしろのカエルちゃんが見えたのかな、窓を開けて手を振ってあげたら。真ん中にいるブースケも見えた? ホント、うれしそうだね、かわいいお友だち。
みんな、聞いて! いまからスピードを上げるから、気をつけてね。さあ、こうそくどうろ(高速道路)へ入るよ、アクセルをふんで、しっかりハンドルをにぎって。しゃそう(車窓)のけしき(景色)が早く過ぎていくね、ほら見て、大きな山が迫ってくるよ、すごいね。あっ、いけない! 前を向いてうんてん(運転)しないと…。イヌくん、うれしそうだね、前へ乗り出して。大きくなったらうんてんしたいって? そうだね、そのときは教えてあげるよ。
きゅうけいじょ(休憩所)のかんばん(看板)が見えてきたよ。“SA”って書いてあるけど、どういう意味? サービスエリアって、よくわからないけど、少し休んでいこうか、トイレにも行きたいし。スピード落とすよ、前にたおれないようにね、気をつけて! ちゅうしゃじょう(駐車場)にはクルマがいっぱい、大きなトラックもバスも並んでるよ。だれかいっしょに来る? みんなといっしょに行きたいけど、ここはいちばん小さいカエルちゃんが、だいひょうせんしゅ(代表選手)になって。さあ、このエコバッグに飛びこんで、クルマから降りるよ。大きなカエルちゃんも、ブースケもおとなしく、しゃない(車内)で待っててね。あっ、そうだ、まどは開けておくね、あつくて汗びっしょりになったら、困るから。
カエルちゃん、バッグから顔だしてもだいじょうぶだよ。なにかほしいものある? おみやげがいっぱいあって、たのしいね。のど、かわいてない? ジュース買おうか。おなかへってない? パンもケーキも、お菓子もいっぱいあるよ。ほら、あのひげのおじさん、ラーメン食べているよ、おいしそうだね。おばさんたちが、おみやげを手にしてうるさいぐらい、でもたのしそうだね。僕は、コーヒーでも買おうかな、じどうはんばいき(自動販売機)、どこかな。
カエルちゃん、なに見てるの? えっ、あの大きなアイスクリーム? あれはもけい(模型)だよ。そうか、だいこうぶつ(大好物)なんだ、冷たくて甘くて、おいしいものね。おねえさん、アイスクリームをください! いくつですかって? イヌくんとブースケの分もあわせて3つかな。カエルちゃん、ひとつ持てる? とけないうちにクルマへ戻らないと、いそいで!
お待ちどうさま、ハイ、アイスクリーム! イヌくんもブースケも好きだよね。だいじょうぶかな、そう、コーンのぶぶん(部分)をしっかり持って。ほかの子にもあげてね、おねえさんに小さなスプーン、もらっておいたから。じゃあ、僕はコーヒーをいただくね、こっちはホットで気分が落ち着くよ。カエルちゃん、食べるの早いね、そんなにアイスクリーム、好きなの、ペロリだね。あっ、イヌくん、口に白いの、付いてるよ、もう少しゆっくり食べたら。
それにひきかえ、ブースケは早く食べないと、とけちゃうよ、ああ、コーンをつたってクリームが…。手がべとべとになってしまう、イヌくん、ブースケのリュックからハンカチだして、そう、口のあたりについてるクリームふいてあげて。よし、きれいになったね、そろそろドライブをさいかい(再開)するよ、あと1時間ぐらいかな、クルマのなか、せまいけどあと少しのがまん(我慢)だからね。少したいくつ(退屈)してきた? じゃあ、しりとりでもしようか?
そうだなあ、たべものにげんてい(限定)するのは、どうかな? 僕からいくよ、なにがいいかなあ、それじゃあ、「はくさい」! えっ、じみ(地味)な感じだって、ゴメン、でもおなべでにたりしたらおいしいよ。つぎは「い」、だれか手をあげて、ハイ、イヌくん! “いちご”。オーケー、つぎは「ご」だね、少しむずかしいかな、さあ、考えて。思い浮んだかな、ハイ、カエルちゃん。“ごま”。いいね、よくできました。つぎは「ま」。ブースケ、どう? う~ん、出て来ないかな、あせらずゆっくり考えて。あっ、イヌくんの手が上がりました、バックミラーに得意げに写っているよ。じゃあ、イヌくん。
“まつたけ!”。元気がいいね、オーケー、それにしても、ねだん(値段)の高いもの言うね。イヌくん、食べたことあるの? えっ、こんしんかい(懇親会)で食べたことあるって。へぇ~うらやましい、それはそうと、こんしんかいって、どんな? えっ、みんながあつまって、テーブルかこんで、たのしくお話して…。そうなんだ、にんげんと同じようなこと、してるんだ、知らなかったよ。
じゃあ、しりとりを続けます。まったけの「け」だったね、だれかいませんか? ブースケ、なにか言いたげだね、どうぞ、だいじょうぶ、じしん(自信)をもって。“…ケチャップ”。よく出来ました、オムライスにかかってる赤いドロッとしたのだね。アメリカンドッグにもマスタードといっしょにつけるよね。食いしん坊のブースケらしい、でも、食べるときは気をつけて、こんどは口のまわり、真っ赤になるから。
そろそろ着きそうだよ、もくてきち(目的地)に。こうそくどうろ(高速道路)を下りて少し行ったら、みずうみ(湖)が見えてくるはずなんだけど…。どうかな、ブースケ、見えた? さすが見通しがきくね、背が高いと。やっと、みずべ(水辺)までたどりついたよ、澄んでてきれいだね、どんなお魚いるのかなあ。さあ、みんな、いまからキャンプ場へ向かいます、わすれもののないように。
いいですか、それぞれリュックサックを背負ってください。みんな、かわいいね、よく似合ってるよ。じゃあ、ブースケはこの大きなバッグに入って、いっしょにお出かけするために買っておいたんだ。イヌくんはカンバス地のこれに、カエルちゃんはさっきのバッグに、さあ入って入って。ほかのみんなは、このカラフルなバッグに、じゅんばん(順番)よく。だいじょうぶ? みんなうまく入れた? ちょっときゅうくつ(窮屈)だけど、しばらくのあいだ、がまんしてね。
だけど、持てるかな、バッグ四つも…。エイッと! りょうかた(両肩)にかけて、りょううで(両腕)にかかえて。なんとか持ち上がったよ、少しヨタヨタするけど、だいじょうぶ、みんな、バッグから顔を出してもいいよ。イヌくんは出し過ぎ、鼻から落っこっちゃうよ。ツノしか出てないよ、ブースケ、そのかわいいファニーフェイスをのぞかせて。いい具合だね、カエルちゃん、ピョンと飛び出しそうでかわいい…。みんな、見て! テントの前で、小さな女の子が遊んでるよ、こっちに手を振って、気づかれたかな。うちの子たち、ホントかわいいから、しかたないよね、目立っちゃって。
なにしようか、みずうみといえばボートだけど、どう、乗ってみる? ちょっとこわそうだけど、だいじょうぶかなあ。スワンのカタチをした、かわいいのもあるよ、でも足でこぐのはしんどそう。やっぱり普通のボートがいいのかなあ。でも、オールつかえる? うまくごげるかなあ。僕はじしん(自信)ないけど、カエルちゃん、イヌくん、よろしくたのむね、うまくいくかな…。
こんなに荷物をいっぱい抱えてて、だいじょうぶかな、ちんぼつ(沈没)しないかなあ、ボート屋のおじさんも心配してるみたいだけど。でも、なかみ(中身)はキミたちだからね、けっこう軽いので、いけると思うけど…。さあ、ボートへとびうつるよ、いち、にい、の、さん! けっこうゆれるね、やっぱり水の上だもの。そうか、早くこし(腰)をおろさないと、からだを低くして、安定させて。ブースケ、目が点になってるよ、だいじょうぶ? しっかり僕につかまって。
イヌくん、またも乗り出しすぎ、気をつけて! 水の中へ落っこっちゃうよ。 カエルちゃんはよゆう(余裕)だね、水の上をスイスイできるものね。みんな、もうバッグから出てきてもいいよ、みずうみの真ん中あたりまで来たから。あっ、遠くにさっきのおじさんが見えるよ。みんな、立ったらダメだよ、ゆれちゃうから、ボートが引っくり返っちゃう。そっと手を振ってあげて、おじさん、ビックリしちゃうかな…。
どうだった、イヌくん、楽しかった? 飛び込んで泳いでみたかったって、相変わらずだね、それって“イヌかき”って言うんだよ。カエルちゃんはどう? えっ、初めてなの、みずべに来たの、ホント? それは知らなかった、いろいろ事情があるものね、ふつうのカエルちゃんとちがって。
そうだね、みんな、ぬれたらたいへんだってこと、わすれてたわけじゃないけど、こんなときだから、ちょっとぼうけん(冒険)してみたくて。楽しかったって? それはよかった、僕は少しこわかったけど、みんなよゆう(余裕)だね、とくにイヌくんなんて…。じゃあ、少し休んでからバーベキューのじゅんび(準備)にかかります。それまではフリータイム、でも、はめを外さないようにね。
ゴロンっとシートのうえに寝転んでみたらどう? ブースケっていつもまっすぐ立って、とおくを見てるよね、たまには、このきかい(機会)に横になってカラダのばして、あおぞら(青空)でもながめてみたら? せっかく広いおそとにいるんだから。きょうは僕がかわりに、みはりばん(見張り番)しておくから、安心して。おうちのしんしつ(寝室)では、いつもドアの方を見て、みんなを守ってくれてるんだから、ここではゆっくりして。そう、そんな感じ、転がって、ゴロゴロと。なにか落ち着かないって? やくめ(役目)にちゅうじつ(忠実)なんだから、まじめだね、ブースケは。
そろそろバーベキュー、はじめようか。さあ、じゅんび(準備)に取りかかるよ、いいかな。それじゃ、イヌくんはクーラーボックスからお肉を取り出して、こっちへもって来て。カエルちゃんはそこの野菜を切ってくれるかな、ほうちょう(包丁)使える? えっ、だいじょぶ、すごいね。ブースケは火を起こすかかり(係)。じみ(地味)だけど、たいせつなしごとなんだ、けっこうむずかしそうだね、がんばって!
みんな、見て見て! ゆうひ(夕陽)が沈んでいくよ、きれいだね。なぜだか、しんみりしてくるね、みんながおうちに来たときのこと、思い出してしまって。センチメンタルってことば、知ってる? むね(胸)のあたりがキュッとあつくなって、目のあたりがジンとしてきて…。さいしょ(最初)にうちの子になったのは、カエルちゃんだったよね、おもちゃ屋さんで、にんきもの(人気者)だったキミと出会って、僕は…。
ふらっと前を通りかかったとき、ぐうぜん(偶然)? きみと目が合って。おぼえてる? でも、僕はゆうじゅうふだん(優柔不断)でしんちょう(慎重)だから、けっきょく決められなくて、おうちに帰って、ひとばん(一晩)じっくり考えようと思って。それに、このとし(歳)になって、ぬいぐるみ買うの、はじめてだったし、いいのかなって、へんに思われないかなって。
だけど、つぎの日にはもう、かいしゃが終わると、カエルちゃんのもとへまっしぐら。しっかり抱いて、カウンターのおねえさんに“これ、お願いします”って。そこからはじまったんだよ、キミたちとのたのしいせいかつ(生活)が、ずっとさみしかった僕が、はじめてつかんだ、しあわせ…。オーバーじゃないよ、それをきっかけに、セカイがひらけて、生きるのも、わるくないって思えるようになって。
でもねぇ、もっともっとむかしには、そう僕がキミたちのように小さかったころ、茶いろのクマくんがおうちに来たんだ。たしかクリスマスの、さむい日だったかな、おさない僕にパパが買って来てくれて、ママが寒そうだからといって、かわいい赤のベストを作ってくれて…。
小さかったから、はっきり覚えてないけど、すごく仲がよくて、どこへ行くのも、クマくんといっしょだったって、ママがあとで言ってたよ。おへやにいるときは、いつも抱っこしてて、トイレに行くときもいっしょだったんだって。そんなことじゃあ、だいじなクマくんが、くさくなるって。ママにそう言われて、それからはおしっこするとき、トイレのドアの前で待ってもらって、クマくんに、すぐおわるからねっていって。
そんなに仲のよかったクマくんも、僕がだんだん大きくなって、にんげんのお友だちと外で遊ぶようになると、おへやのすみにひとりポツンとすわってることが多くなって。じまん(自慢)の赤のベストも少しすりきれた感じで、クマくん、さみしそうだったって。あとでママから聞いて、僕はむね(胸)のあたりが熱くなって、しめつけられるような気がして。なぜか、涙が出てとまらなくて、ゴメンってこころのなかで、なんどもなんどもあやまって…。たいせつなお友だちなんだから、たいせつにしないと、さみしくさせちゃいけないって。そのときのキモチ、いまもわすれてないよ。そんなことがあったんだ、キミたちと会う、ずっと前に。
どうかな、イヌくん、お肉、中まで焼けたかな? カエルちゃん、苦手なにんじん、柔らかくなった? ブースケ、いい感じ、火おこすのうまいね、すみ(炭)が真っ赤ににじんでるよ。そろそろお皿、用意しないとね。えっ~と、どこだったかな。あっ、クルマに忘れてきたみたい。みんな、ごめんね、いそいでちゅうしゃじょう(駐車場)へ取りに行かないと。イヌくんもカエルちゃんもブースケも、みんなしっかりしているのに、僕だけだね、うっかりしてダメなのは。
お待たせしました、どんなぐあい(具合)ですか? このお肉、いい焼き目がついてるね、色とりどりの野菜もこげずにふんわりしてて、火のちょうせい(調整)もうまくいって…。はじめてのバーベキューって思えないよ、イヌくん、カエルちゃん、そしてブースケ、きょうりょく(協力)しあって、いき(息)がピッタリだね、ホントすばらしい! さあ、お皿にもって、いっぱい食べて、たのしくお話して、ワイワイもりあがって…。そうだね、火のあとしまつ、しっかりしないとね、だれか水をくんできてくれない? えっ、もうようい(用意)してるって、さすがブースケ、バケツもってる姿もかわいいよ。
ブースケ、ごめんね。
「そろそろかな、どうも落ち着かない…」
気づいたら、ひとりごと(独り言)をいってて、その日、朝からきんちょう(緊張)してて。ソワソワしてたの、みんな気づいてた? きょうは何かおかしいって…。もうすぐ来るのかな? はやくじゅんび(準備)をしなきゃ。えっと、コーヒーカップはどこだったかな? おかしをのせるお皿はどれにしよう? 新しいスリッパも出しとかないと、トイレきれいだったかな…。やることがいっぱいあって、気ばかりあせって、そんな感じで。
「ピンポーン、ピンポーン…」
そう、めずらしいよね、お客さんが来るなんて。はじめてだよね、みんながおうちに来てから、にんげんのお友だちを迎えるのは。もしかして、きみたちいがい(以外)にお友だちはいないって思ってた? あとでしょうかい(紹介)するからね。いまはしんしつ(寝室)のドア、しめておくね、お客さん、ビックリしたら困るから。あっ、そとのドアの前まで来たみたい。それじゃあ、みんな、あとでね。
「どうぞ、なかへ入って…」
もしかして男の人って思ってた? お客さんは、僕より少しとしうえ(年上)の女の人なんだ。おどろいた? しんしつの前を通ったとき思ったよ、なかでヒソヒソうわさばなし(噂話)してるんだろうって。そうだね、女の子にしては背が高くて、みんなのなかで一番ノッポのブースケもかなわないかな。でも、やさしい感じはみんなと同じだけどね。
「コーヒーにしますか、こうちゃ(紅茶)にしますか…」
いつもコーヒーだけど、お姉さんのために、こうちゃを買って来てて。「せっかくだから、こうちゃで」って。この日のために買ってたの、知ってたのかな。キッチンでてま(手間)どってると、お姉さんがよこに来て、こうちゃいれるの、手伝ってくれたよ。ドキッとしたけど、よく気がつく、やさしいお姉さん。それに、へやがきれいってほめてくれて、男の人にしてはきっちりしてるって。なんかこそばゆい感じだったけど、めったにほめられないから、うれしくて。こうちゃのように澄んでいて、きれいであったかい、そんなお姉さん。
「じかん(時間)がゆっくり過ぎていくみたい…」
お姉さんはそうつぶやいて、やさしいえがお(笑顔)を浮かべてて。リラックスしてくれてるのかなって、少しあんしん(安心)したけど。だからそろそろかなって、そのタイミングかもしれないと思って。ほっこりした感じだったし、やさしい空気が流れていたし、みんなを紹介してもだいじょうぶかなって思ったんだけど。でも、なかなか言い出せなくて、へんに思われないかとしんぱい(心配)になって、きみたちをかくしてるつもりでも、紹介するのがはずかしいわけでもないのに…。ダメだね、僕のこころの中にある、何かがじゃま(邪魔)してて。ほんとごめんね、うちの子たちみんな…。
「きょうはながいこと、おじゃま(邪魔)して」
そう言ってソファーから腰を上げようとするので、僕は「夕飯でもいっしょにどうですか」って聞いて。すると、お姉さんは驚いたような顔したけど、すぐにうれしそうに「うん」ってうなずいて。僕はホッとしたよ、お姉さんが帰らなくて、きみたちをまだしょうかい(紹介)してないし、りょうり(料理)のうでまえ(腕前)も少し見せたかったし。たいしてうまくないけど、ひとりくらしがながいから、それなりできるんだよ、りょうり。お姉さん、よろこんでくれるかな。
「なにか、おてつだいしましょうか?」
リビングでゆっくりしててって言ってたんだけど、キッチンをのぞきに来て。それじゃあ、とジャガイモとニンジンの皮むきをお願いして。ほんとうは味つけとか、もっとむずかしいこと、たのんだらよかったのかな、お姉さん、りょうりじょうず(上手)そうだから。でも、お姉さんはいやな顔もせずに、となりでてぎわ(手際)よく皮をむいてくれて。ソファーに座ってたときよりもうれしそうで、話がはずんで。にんげんの女の人と、こんなしたしげに、たのしく過ごしたの、はじめてで…。
「りょうりができる、男のひとって、すてき(素敵)ですね」
そんなこと言うもんだから、ちょうし(調子)くるっちゃって。思わずまがお(真顔)になって、はずかしかったよ。ほめられるのはにがて(苦手)なんだ、もともと出来のわるいにんげんだから、じまん(自慢)できること、とくい(得意)なこともほとんどなくて…。きみたちの前ではリラックスして、じぶん(自分)を出せるけど、お姉さんいがい(以外)の女のひとの前では、うまくいかないことが多くて。おせじ(世辞)なんだろうけど、ほめられるってうれしいもので、もっとりょうりうまくなろうって思うし、引きつづきせいりせいとん(整理整頓)をしっかりしようって思って、めずらしくちょうし(調子)にのって。
「ほんとうに、おいしかったです」
すなお(素直)に受け取ってもいいのかな、お姉さんが手伝ってくれたおかげなんだけど。あがってしまって、よく味もわからない感じだったけど、いろんなお話ができて、ほんとにたのしくて。でもけっきょく、きみたちの話はうまく切り出せなくて、もうしわけなくて、こころのこりで…。休みの日はどんなことしてるのとか、どんなことをするのが好きなのとか、話すチャンスはいっぱいあったのに、どうしても言い出せなくて。しんしつ(寝室)のていいち(定位置)でみんな、イライラしてた? ちゃんと言ってくれなきゃって、はやく紹介してよって。ほんとうにごめんね、いったい僕はなにを守ろうとしてるの? じぶんがいやになるよ。
「すっかり遅くまで…」
お姉さんはそう言って、ソファーから立ち上がろうとするのであせったよ。まだきみたちのこと話してないし、ここで帰られたらって。こころの中ではどうしよう、どうしようって。なかなか言い出せなくて、僕がキミたちのこと、ぬいぐるみを好きだってこと。しょうじき(正直)どう切り出していいか、ことばが見つからなくて。それだけじゃなくて、カラダまでかたまってきて、ドキドキしてくるし。これってカミングアウトっていうのかな。ちゃんとこくはく(告白)しなきゃって、あせるばかりで。
「あの…、いや別に…」
お姉さんが僕を見て“どうしたの? だいじょうぶ”って顔をしたので、がんばって言おうとしたんだけど。でも、だめだった、キミたちのこと、さいご(最後)まで言えなくて。僕は、ダメでなさけないところばかりだけど、大好きなキミたちのことでは、いちばんかんじん(肝心)なことではって、思ってたのに、こんなことでは…。きみたちのこと好きってへんなことなのかなあ、こんなおじさんが。
「…………………」
にんげんのおとなが、ぬいぐるみと遊んでたらおかしい? キモチわるい? 男の子はぬいぐるみじゃなくてプラモデルだって? せけん(世間)ではそうなのかもしれないけど。でも、もんだい(問題)は僕のこころのなかにあるって? なにかをおそれてる、なにかにしばられてる、そういうことなのかもしれないって? なぜ、ほんとうのキモチを言えないの? 僕ってなんなの? こんなことじゃ…。きみたちに合わせる顔ないよね、まったく、じこけんお(自己嫌悪)におちいっちゃうよ、ああ、ほんとうになさけない。
「それじゃ、駅まで送ります」
“みんな、ごめんね”。僕はそうつぶやいて、しんしつのドアの前を通りすぎて、げんかんへ、肩をおとして。お姉さんはうれしそうだったけど、僕の作り笑い、気づいてたかな。ずっとこんなことで悩んでたなんて、お姉さん、そうぞう(想像)もつかないだろうね。そとへ出ると、あたりは暗くなってたので、ちょっとあんしん(安心)して。落ち込んだ、こんな顔、見られたくなくて、お姉さんといっしょにいて、たのしかったのに…。お姉さんをみおくって、駅のかいさつぐち(改札口)まで、どういうわけか、これでさいご(最後)だと思って、だからえがお(笑顔)をひっし(必死)につくって。ふりかえったお姉さんから、いっしゅん(一瞬)えがお(笑顔)が消えて、なにかかなしそうで、でも僕は、ぎこちないひょうじょう(表情)のままで…。
新しい子、入って来たよ、ブースケ
何をやってもうまくいかないとき、僕はブースケのファニーフェースを思い浮かべる、いやしぜんと浮かんできて…。すると、いやなこと、つらい思い、落ち込んだキモチがスーと消えていって、ふしぎだね。まさに、ブースケこうか(効果)っていうのかな、ホントなんども助けられて。この前も、かいしゃのえらいおじさんにおこられて、がっかりしてるとき、自分のつくえにもどって目をつぶってたら、ブースケが頭の中に出てきて。たんに気をまぎらしてるだけ? そうかもしれないけど、げんじつ(現実)から逃げてるだけだって、言われるかもしれないけれど。でもね…。
カエルちゃん、イヌくん、ブースケ、それに、ほかの子ら。ふつうの人には、ただのぬいぐるみにしか見えないだろうけど、僕にとってはそうじゃなくて。きっとヘンなひと、頭がおかしいひとって思うかもしれないけど、僕にはみんなの声が聞こえてきて…。
びみょう(微妙)なひょうじょう(表情)のへんか(変化)も、それこそ何を考えてるか、どう思ってるのか、そんなところまで、感じられて。いまカエルちゃんがうれしそうだとか、イヌくんが少しおこってるとか、ブースケがかなしそうだとか、なんとなくわかってしまって。おもちゃ屋さんの売り場に並んでる、あの子も、この子もっていうわけじゃないけど、ぐうぜん目が合って、なぜか気になって、テレパシーって言うのかな、とくべつにキモチがつたわる子たちがいて。“こんにちは…ボクは…わたしは…”って、こころの声が聞こえてきて。
だからと言って、気になった子がみんな、うちへ来るわけじゃないし、じゃあ、どんな子がえらばれて、うちの子になるかって? どう言えばいいのかな、いわゆるフィーリングって言うのか、あいしょう(相性)なのか、うんめい(運命)の出会いって言えば、少しオーバーだけど。うちの子が、売り場にいる子にくらべて、とくにかわいいとか、しゅんとしてるとか、そういうのでもないし…。たんに僕の好み? そう言えばミもフタもないけど、ちょっとちがうんだな、ニュアンス的にも…。カエルちゃん、イヌくん、ブースケのきょうつうてん(共通点)は? そんなの、あるのかな、明るく楽しい感じ? いや、考え込んでいるように見えるときもあるし、せいかく(性格)もそれぞれだし、たまにケンカすることもあるし…。
ブースケがうちに来て、もうどのくらいになるのかな? そろそろ新しい子が入って来てもおかしくないじき(時期)だって? もっとお友だち、来てほしいの? カエルちゃん、イヌくん、ブースケに、それにほかの子たちと、けっこういるけど、たしかにしんしつ(寝室)へ入りきれないほど、いっぱいってわけじゃないけど。どうしようかな、まだ、ないしょ(内緒)なんだけど、ひとり、気になる子がいて、ピンクできれいなはだ(肌)してて、もちはだっていうのかな。ハナ(鼻)は少しこせいてき(個性的)だけど、みんなと仲よくなれそうで、かわいいいもうと(妹)のような感じで。さっそくあした、おもちゃ屋さん、いってくるね。
僕は、しごとのおわりをつげる、チャイムが待ちきれず、ソワソワモゾモゾ。前にすわってる女の子が気づいたようで、僕の方を“どうしたのかな?”って顔で見てて。これまで、あまりいしき(意識)してこなかったけど、その女の子、よく見ると、いまから会いにいく、れいのぬいぐるみの子にどこか似てて。思わずニンマリしてしまって、いつもはあいそう(愛想)がわるいのに、へんに思われないか、しんぱい(心配)したりして。そう言えば、その子も色白で、ぽっちゃりしてかわいくて、気のせいか、まるいハナ(鼻)も似ているような気がしてきて、またニンマリするの、おさえるのがたいへんで…。
息を切らして、おもちゃ屋さんへ、いそいでその子のもとへ、かけよって。かわらず、おなじばしょ(場所)にいて、僕がまよわないように、いまか、いまかと、そこでまっててくれて。すぐに目が合って、いまにも話しかけてきそうで、僕が思ってることがわかってるような、お兄さんのブースケが、さきにうちへ来てること、知ってるようで…。その子のいるタナへ近づくと、かわいい声が聞こえてきて。“はじめまして、わたしは…”。僕もこころのなかで“こちらこそ、はじめまして”って。会うのははじめてじゃなかったけど、こうして話すのははじめてだから。よろしくね、みんな、くびをなが~くして、まってるよ。
僕は、その子を抱いて、はやるキモチをおさえて、こけないように、レジのお姉さんのところへ。「プレゼントですか、ご自宅用ですか」って聞くので、いつものように「プレゼント用で」と答えたよ。前にもせつめい(説明)したけど、自分へのおくりもの、ごほうび(褒美)のつもりだから。お姉さんは、ブースケのときとちがって、ピンクのきんちゃく袋に、この子を入れて “ハイ”って、笑顔で手渡してくれて。僕は、かわいいリボンの付いたその袋をりょううで(両腕)に抱えて、スキップしたい気持ちをひっし(必死)におさえて、これまた、こけないように、おもちゃ屋さんをあとにして。
いつもそうなんだけど、うちの子を抱えて、でんしゃ(電車)にゆられてると、もうこれ以上のしあわせ、ないんじゃないかって思って。袋のうちがわから伝わってくる、この子の思いと僕のキモチがまじわって、ひとつになって。ぬいぐるみ好きには、たまらないしゅんかん(瞬間)、だいごみ(醍醐味)って言うか、キモチが上がって、こころがやさしくなれて。そして、まちどおしくて、ソワソワ・ワクワクしてる、カエルちゃんやイヌくん、ブースケのかわいい姿も浮かんできて。僕のこころのなかはキミたちでみたされて。もうすぐとうちゃく(到着)だよ、キミたちのかわいい、いもうとぶん(妹分)、ちゃんとていいち(定位置)にもどって、まっててね。
あっ、いけない、ばん(晩)のゴハンのこと、忘れてた! れいぞうこ(冷蔵庫)になにもなかったら、たいへんだから、スーパーマーケットに立ち寄らないと…。きょうは、この子をみんなに紹介しなくちゃならないし、そのあと、みんなとゆっくり遊びたいし。とくべつに、おべんとうでも買って帰ろうかな、いつもがんばって、りょうり(料理)つくってるし、たまにはいいかなって。買い物カゴをもって、そんなこといろいろ考えてると、かわいい袋のなかで、この子がモゾモゾ。どうしたの、息がくるしいの? 早くおそとへ出たいの?
まだ、おうちじゃないよ、スーパーで買い物ちゅうなんだから。きんちゃく袋に向かって“だいじょうぶ?”って、しんぱい(心配)になって。すると“少し顔だしてもいい?”だって、そんなこと言いだして。まわりには、知らないおばさん、おじさんがいるので、どうしようかと思って。こんな子ははじめて、おてんばさんかもしれないね。しかたないので、袋の口をゆるめて、その子を下の方から持ち上げて…。“こんにちは”。かわいい顔が出てきたよ。おうちに帰るまで、待ちきれなかったんだね。
もうこうなったら、いっしょにお買い物、たのしもうと思って。おべんとう、どれがいい? お肉じゃなくてお魚の方がいいって? それじゃ、シャケべんとうなんてどう? さば(鯖)のしおやきや、にもの(煮物)の入った、べんとうもいいかもよ、えいよう(栄養)バランスがよさそうだし…。それにしてもホントうれしそうだね、そんなにお買い物、好きなの? でも、それいじょう、顔だしちゃダメだよ、まわりの人に気づかれちゃうから…。“それじゃあ、これにしようかな?”って、ピンクの切れ身の入ったシャケべんとうを見せると“おいしそうだね、でもボリュームはだいじょうぶ?”かって。けっこうおしゃまさんみたい、いろいろ気がついて…。でも、ふたりで買い物するのって、ホントたのしいね、ひとりよりずっと。
あぁ、遅くなっちゃったね、みんな、心配してるかな、みんな、くびをなが~くして。ああ見えても、ブースケはキリンなんだから、あれいじょう、くびがながくなったらたいへん! おへやから出られなくなっちゃう? いそがなくちゃ…。僕はスーパーマーケットを出ると、ぜんそくりょく(全速力)でみんなのところへ、この子を抱きかかえて、こけないよう気をつけて、はしって、はしって。きんちょう(緊張)してきたの? おうちへ近づくにつれて、きゅうにおとなしくなって。いまエレベーターのなかだから、もうすぐ着くよ。“もう顔だしても大丈夫だよ”って言ってあげたら、うんともすんとも言わなくて。しんぱいになって“どうしたの、だいじょうぶ?”って聞くと“……………”。けっこう、はずかしがり屋さんみたいだね。
“さあ、みんな、リビングにあつまって!”。イヌくんもカエルちゃんもブースケも、すごいスピードでしんしつ(寝室)から駆けつけて、ピンクのきんちゃく袋をかこむように…。はやくこの子に会いたいんだね、すこしはりつめたくうき(空気)って言うのかな、きたい(期待)にむね(胸)をふくらませて、まわりのキミたちも、袋のなかのキミも。それじゃ、袋を開けるからね、リボンをとくね、いいかな! ブースケはうすうす気づいてたみたいだね、おもちゃ屋さんの売り場で、となりどうし、いっしょだったって? イヌくんとカエルちゃんははじめてかな? さあ、出て来ていいよ。
はじめは不安そうに、ちょっとふしめ(伏し目)がちに、はずかしそうに、あたりを見まわすようにして、顔をちょこんと、のぞかせて…。ちゃんと、じこしょうかい(自己紹介)できますか? しんぱいだったけど、ブースケの顔を見てあんしんしたみたい、お兄ちゃんがいたって。“ブー子です。よろしくお願いします…”。短いあいさつだったけど、しっかりしてて、それでいて、ういういしくて、かわいくて。イヌくんも、カエルちゃんも、ブースケも、みじかい手ではくしゅ(拍手)して、だいかんげい(大歓迎)! “よく来たね、なかよくしようね”だって。かわいいいもうとがやって来て、ホントよかったね。こぶたのぬいぐるみ、ブー子ちゃん、わが家へ、ようこそ!
ブースケ、おたんじょう日、おめでとう!
もうすぐクリスマスっていう、さむいさむいある日に、イヌくんとカエルちゃん、ブー子ちゃんに集まってもらって。だれか大切な子を忘れてないかって? そう、ブースケにはちょっとした、おつかいをたのんで、そのあいだに…。ブースケがかわいそうって、なかまはずれで? そんなつもり、ぜんぜんないけど、こんかいだけはブースケがいると、ちょっとね。べつに、わるいことしようなんて、思ってないからあんしんして。
“それでは、なにかいけん(意見)はありませんか?”。みんな、いっしょうけんめい(一生懸命)、あれでもない、これでもないって、考えてくれて。ブースケがおうちに来て、もうすぐ一年。そう、はじめてのバースデー、おたんじょう日なんだ。イヌくんがブースケをおどろかせてやろうって、そうサプライズ・パーティーしようって。ブースケ、よろこんでくれるかな。
ブースケが好きなものってなにかな? みんないろいろと考えてくれたけど、なかなか思い浮ばなくて。ひかえ目でやさしく、いつもニコニコしてるブースケは、あまりじぶんのいけんを言わないので、こういうときはこまってしまう。なにがほしいとか、なにがしたいとか、そんなこと言わないしね。それはそうと、僕がいないとき、ブースケはどんな感じかな? あにきぶん(兄貴分)のイヌくんが言うには、どんなときもおだやかで変わらないって。ただ、僕が落ち込んでいるときや、しんどそうな顔をしているとき、しんぱいそうな顔してるって。自分のことのように気にしてるようだって。ホントなの、ブースケ、ぐっときちゃうじゃないの、ありがとう。
このまえ、カエルちゃんがピョンと高いところへ、とびはねようとしたとき、からだをクッションがわりにして助けてくれたんだって。“ブースケがいなかったら、うまくいかずに、こけてた”って。なかま思いでたよりになるね。そのとき、カエルちゃんがかんしゃ(感謝)のキモチにこうぶつ(好物)のドーナツあげたら、すごくよろこんでたって。それはいいヒントになるかもね、バースデーケーキのかわりに大きなドーナツにするとか。いいかもしれないね、ほかにいけんはありませんか。ブースケがよろこびそうなもの…。
あっ、ブー子ちゃん、手が上がったね。“どうぞ、何かありますか”。そうか、うちに来るまえ、おもちゃ屋さんの売り場でブースケといっしょだったんだよね。“キリンのお兄さんは…”。ブー子ちゃんが言うには、ブースケはほんらい、ぬいぐるみというより、抱きまくらのなかまで、僕たちにんげんが、きもちよく眠れるようにサポートするのがやくめ(役目)なんだって。だから、僕が寝ているとき、いつもそばにいてくれるんだね。こわい夢を見てないか、寝苦しそうにしてないか、たまにねごと(寝言)をいって笑ってるとあんしんして…。おかげさまで、きみがうちに来てくれて、ぐっすり眠れるようになったよ。
ブー子ちゃん、話のつづき聞かせて。ブースケはどんな子? “う~ん、そうですね…”。キリンはふつう、背がたかくて首がながいので、たかい木の実をじょうずにとったり、ながいあし(脚)でかけっこして、みんなを追いぬいたり…。ブースケもツノが二本はえていて、ハナ(鼻)がとくちょうてき(特徴的)で、ふつうのキリンと同じようなんだけど、抱きまくらだから、ちょっとね…。じっさいは、あしはながくないし、うで(腕)もみじかいし、抱きここちがいいように、カラダがふっくらぽっちゃりしてるし…。えっ、気にしているの、お友だちのキリンと少しちがうから? そこがあいくるしくて、かわいいところなのに。でもそうだね、じぶんがいやで、ダメだと思ってるところが、その子のみりょく(魅力)ってこと、よくあるよね。
おもちゃ屋さんの売り場にいたときから、みんなに愛されてたブースケ。ほかの子たちにやさしいし、おもいやりがあって、でも、なかなかゆきさきが決まらなくて。まわりの子たちがつぎつぎに、にんげんのお友だちといっしょにおうちへ帰っていくのに、おもちゃ屋さんからそつぎょう(卒業)していくのに…。“しあわせになってね”。そう言って、えがお(笑顔)で見送ってるブースケがどこかさみしそうで。そんなとき、こっそり言ってたんだって、えらばれないのは“からだが大きいからかな”って。かわいそうに、思いなやんでたんだね。僕は、そんなことないと思うけど、わかるよ、そのキモチ、僕もいいところほとんどないし、ダメなところが気になってしようがないし…。
そんなときだったね、僕とブースケが出会ったのは。しごと(仕事)がうまくいかなくて落ち込んでるとき、ぼんやりとしたふあん(不安)でくらやみにいるように感じるとき、ひとりぼっちをいしき(意識)していたたまれなくなるとき…。気がつくとおもちゃ屋さんにいて、みんなのえがお(笑顔)にかこまれて。いやされたくて? すくわれたくて? もちろん、そうなんだけど、それだけじゃなくて。僕は、キミたちと生きていきたい、たのしいときも、つらいときも、かなしいときも、いつもいっしょで。そう、僕がおじいさんになっても、キミたちがすり切れたり、やぶれたりして、げんき(元気)がなくなっても。にんげんとぬいぐるみの、ふつうのかんけい(関係)をこえて、あたらしいつながり、つよいつよいきずな(絆)っていうのかな。しんけん(真剣)にそう思ってるんだ、かけがえのない、ほんとうのパートナーとして、エターナル(永遠)のなかで。
ブースケとはじめて会ったとき…。すぐに声が聞こえてきたよ、“はじめまして、ボクはキリンの…”って。少しはずかしそうだったけど、なんて言うのかな、この子だって思ったよ、すぐにおうちへいっしょに帰ろうと。なんども言うけど、うんめい(運命)の出会いっていうことかな。もちろん、イヌくんもカエルちゃんもブー子ちゃんも、そうなんだけど、はじめての大きい子だったから、少しとくべつな感じがして。それと、なんていうのかな、ちょっととぼけた感じの、ファニーフェイスがとってもかわいくて…。ブースケとのこと、話がつきないので、つづきはべつのところでやるとして。そろそろ、ブースケがおつかいからもどって来るよ。みんな、じゅんび(準備)はオーケーですか。
“おかえり! 道に迷わなかった?”。買い物カゴをさげて、いつものキョトンとした顔で、ブースケが帰ってきて。“少し疲れたかな? ゴハンができるまでゆっくりしてて”。ブースケから手渡されたカゴの中には…。お願いしてたもの、みんな入ってるよ、ごくろうさま。しょうてんがい(商店街)のひとたちはどうだった? やさしくしてくれた? やおや(八百屋)のおじさんが“ひとりでお買い物か、えらいな”ってトマトをおまけにくれたの、それはよかったね。えっ、これってお買い物メモに書いてあったけ、おにくや(肉屋)さんのコロッケが入ってるけど。ブー子ちゃんに似たおばさんが、横であげてて、おまけにくれたの、へぇ~。ブースケはしょうてんがいのおじさん、おばさんに人気があるね、やっぱりかわいいからかな。またお願いしようかな、ブースケにおつかい。
そろそろ料理ができそうだよ。ブースケ、みんなに伝えて来て、僕もあとから行くから。きょうはとくべつにしんしつ(寝室)で、みんなとゴハン、たのしみだね、さあ、ブースケ、みんなのところへ、いそいで…。僕は、ブースケのかわいいうしろすがたを見送りながら、いろいろとそうぞう(想像)して…。ブースケがしんしつのドアを開けると、なかからいっせい(一斉)に“ハッピーバースデイ・トゥ・ブースケ!”のだいがっしょう(大合唱)。びっくりしている顔が浮かんでくるよ、ブースケのキョトンとした…。イヌくんもカエルちゃんもブー子ちゃんも、小さなさんかくぼう(三角帽)をかぶって、どうしたの? そんなかわいいぼうし(帽子)、いつ作ったの? だいしょう(大小)さまざまな、みずたま(水玉)もよう(模様)や、キラキラお星さまの…。ホントかわいいね、いろがみ(色紙)をはって作ったんだ、カンゲキだね、ブースケ、みんなに愛されてるね。
僕がしんしつ(寝室)へ料理を運んでいくと、ブースケがみんなと同じさんかくぼう(三角帽)をかぶってて。ちょっとはずかしそうにしてたけど、すごくうれしそう。よかったね、ブースケ、みんなに祝ってもらって。“じゃあ、はじめましょうか、ブースケのおたんじょうびかい!”。僕がそうせんげん(宣言)すると、お兄さんのイヌくんが話し出して。“ブースケがおうちに来てちょうど一年。もうすっかり…”。カエルちゃんは少しなみだ目だったね。“最初(さいしょ)は少し心配したけど…”。そして、このまえ来たばかりのブー子ちゃんはホントうれしそうに。“お兄ちゃんはいつもやさしくて…”。よくわかりました、ブースケがみんなにしたわれて、たよりにされてるってこと。“それでは僕からも…”。これからもよろしくね、ブースケ。きみがいなかったら、きみがいてくれるから、僕は…。
ブースケたちのセカイって?
僕は、ブースケらみんなと、しぜんにせっして、つきあって、たのしくやってるけど、ほかの人たちは、そうじゃないってこと、知ってるよ。むずかしいことば(言葉)だけど、きょうかいせん(境界線)があるっていうのかな、大きなへだたり、きょり(距離)があるよね、ぬいぐるみとにんげんのあいだには。ふつうの人には、キミたちの声が聞こえて来ることも、かわいいしぐさに気づくことも、それこそ何を考えてるのか、どう感じてるかとか、そんなこと、わかるはずないって…。それがふつうだし、とうぜん(当然)なんだし、にんげんのセカイって、そういうものだってこと、わかってるつもりだけど。だから、たいていのひとは、キミたちのことを“ぬいぐるみ”って言うのかな。ぬの(布)をぬい合わせて、どうぶつ(動物)などのカタチにして、なかにワタ(綿)を入れこんで…。ぬいぐるみって、そんなもの、たんなるハリボテの、モノにすぎないって、ふつうのひとには、そうおもっているのだろうけど。
でも、僕にとってぬいぐるみ、キミたちは、とくべつな、かけがえのない、同じことだけど、なくてはならないそんざい(存在)で、子どものころから、いっしょになかよくあそんで、にんげんのお友だちと同じように、いやそれいじょうに、たいせつな…。しょうがっこう(小学校)のこうがくねん(高学年)だったある日、おかあさんから「おたんじょう日、何がほしい?」って聞かれて「クマのぬいぐるみがほしい」って。“プラモデルじゃないの? 男の子なんだから”って言いたげだったけど、しかたないなって顔して、近くのおもちゃ屋さんで、かわいい女の子のクマちゃんを買ってくれて。僕はうれしくて、うれしくて、そのときもクマちゃんに話しかけて“はじめまして”って、するとクマちゃんがニッコリして…。
これは、夏休みのいっしゅうかん(一週間)ほど、しんせき(親戚)のおじさん、おばさんのおうちに、おとまりさせてもらったときのお話。いとこのお姉さんと、妹のようにかわいい子と、おうちでトランプしたり、こうえん(公園)でブランコに乗ったり、買い物したり…。おじさんなんか“うちには男の子がいないから、たいくつ(退屈)だろう”って。そんなこと、ぜんぜんって思って、下の女の子と、おままごとしたり、おにんぎょうあそびしたり、じかんをわすれて、たのしくて、うれしくて…。うちにはお兄ちゃんしかいないから、とくにそう感じたのかなぁ。おじさんが気をつかって、さいご(最後)の日に、こうえんでキャッチボールしてくれたのも、いい思い出だけどね。
小さいころから、女の子みたいな男の子だったって思うかもしれないけど、僕にとってはこれがふつうで、しぜんで…。だいいち、あそびに男の子の、女の子のってくべつ(区別)があるのって、どうなのかな? いろだってそうだよね、あおは男の子のいろ、あかは女の子のいろって言われるけど、そうなのかな、どこかおかしいと思うけど。もちろん、男の子と女の子のちがいはあるよ、男の子はだいたい力持ちだし、女の子はやさしい声でソフトな感じだし。でも、なかにはかわいい声の男の子もいるし、すごくかっぱつ(活発)な女の子もいるし。スカートをはくのがはずかしい女の子もいるし、女の子のながいかみ(髪)やかわいいふく(服)にきょうみ(興味)のある男の子も知っているよ。
それって、おかしなこと、ヘンなこと? そんなことないよね、男の子だからとか、女の子はこれしちゃダメなんて。それこそ、おかしなことだと思うけど。好きなこと嫌いなこと、キモチいいことキモチわるいこと、できることできないこと、ひとそれぞれだと思うけど、感じ方はいろいろで…。あの子はこうだけど、この子は違ってああだよって、それがふつうだと思うけど、そう、男の子とか、女の子とか、関係ないよね。でも、こうしなければとか、それはダメだとか、こうしろ、ああしろって、まわりのひとが言うから? ふりまわされないこと、じぶんのうちがわ(内側)からわき上がってくる、しぜんな感じや思いをたいせつにしないとね、それが生きていくってこと、じゃないの。
これもよく言われるけど、おとこらしさとか、おんならしさの「らしさ」っていったいなに? おとうさんが、げんき(元気)な女の子に向かって「女の子らしくしなさい」とか、おかあさんがおとなしい男の子に対して「なぜ男らしくできないの?」とか。むかしほどじゃないけど、いまでもへいき(平気)で言うひと、けっこういるよね。でも、この人なに言ってるの、意味わからないって思う子、けっこういるんじゃないかな。でも、その子にとって、しぜんで、ここちよくて、ふつうでも、まわりから変だよ、みんなと違うよって言われたら、やっぱり気になって。やさしい子なら、きず(傷)ついて、暗いきぶん(気分)になって、生きづらくて、あげくのはてに死んでしまいたいって思っても。なにも悪いことしてないのに、キモチにしょうじき(正直)に、すなお(素直)でいたいだけなのに…。
こころがまっ白だった赤ちゃんのころ、思い出してみてよ。そう言われても思い出せないって? たしかにそうだろうけど、そのころはきっと、どんな色にもそまってなくて、なにも考えてなくて。むじ(無地)のキャンバスのように、じゅんぼく(純朴)で、清らかで、かのうせい(可能性)にみちていて。どの色の絵の具で、なにを描こうかって、みらい(未来)をにぎりしめて。ただ感じたままに、なにに(さゆう)左右されることもなしに、あるがままに…。でも、カラダが大きくなるにつれて、目にうつる、あれとかこれとか、耳に入る、あの声この話とか、カタチがはっきりしだして、ナイヨウがみたされて、それこそコトバで呼ぶようになって…。べんり(便利)だけど、いっけん(一見)スムーズなように見えて、なにかが変わって、そう、なにかが失われて。
イヌのことを、ネコと呼んだらおかしいし、その逆もヘンだよね。でも、このかわいいイヌくんを、なぜ「イヌ」って言うようになったのか、ぎもん(疑問)に思ったことない? えっ、生まれたときからイヌはイヌ、ネコはネコだよ、当たり前のこと言わないでって。そうだね、そのとおりだよね。ふつうはそこで考えるのやめてしまう、みんながみんな、そう言ってるし。「ワン」ってほえるからイヌらしいと思うし、「ニャン」と聞こえるからネコなのだろうと。これもそのとおりなんだけど、それってほんとうにそうなのかなって思ったことない? たんなる鳴き声だけで、そこで考えるのやめてしまって。たしかに見た目には、にていたり、ちがっていたり、それぞれとくちょう(特徴)があるけど、でも「らしさ」なんて、きっとそのていど(程度)のこと、そとがわのことにすぎないように思えて。それぞれうちがわでは、カタチじゃなくて、流れというか、とらえられないものを、それこそほんしつ(本質)を、しん(真)のすがたを、秘めていて…。
かたちやいろが同じだから、こえやうごきが似ているからって、同じものとして、かた(型)にはめたり、おなじなまえ(名前)をつけたりして。えらいせんせい(先生)じゃないからよくわからないけど、そういうことって必要なことのように見えるし、悪いことじゃないって分かってるけど。でも、なんかちがうような、しっくりこなくて、まったく同じものはないはずなのに、とくにヒトは、感じること、思うこと、考えること、さまざまなのに。そう、同じもの、ひとつもないはずなのに、たよう(多様)であるはずなのに。そこには、かのうせい(可能性)が、そうぞうせい(創造性)がいっぱいあるはずなのに…。もったいないよね、気づかないうちに、すりへらして、なくしてしまって。
だいじ(大事)なのは、なにものにも、とらわれることなく、じゆう(自由)に、そっちょく(素直)に、じぶん(自分)へ向き合うこと、そこからはじめないと。それではじめて、ほかのヒトに、モノに、コトガラに、ほんとうにかかわることができて…。むかしから、こう言われてるとか、えらいせんせいがそう決めたからとか、たしかにさんこう(参考)になるけど、だいいち(第一)のことじゃないよね。じぶんじしん(自分自身)が思うこと、感じること、考えること、それがなによりもたいせつ(大切)だってこと。だから「らしさ」なんて、ぜんぜん気にしないで、しぜんに感じるままに…。もっと言えば、思ったり考えたりするまえの、はっきりしない、もやもやしてる、あやふやな、でもかのうせい(可能性)にみちた、よくわからないものを信じること、それをよりどころにして。
そうしてしぜんに、すなおにしてると、ぬいぐるみのセカイ、そのほんとうのすがた(姿)が見えてくるよ、きっと。ブースケやイヌくん、カエルちゃん、ブー子ちゃんのかわいい声が聞こえてくるし、ファニーなひょうじょう(表情)や、ちょっとこっけい(滑稽)なしぐさ(仕草)も見えてくる、きょうはちょうし(調子)が悪そうとか、テンション高そうだねとか、そんなことまで、わかってきて。この子たちにかぎらず、あいて(相手)のことを、思ったり考えたりしてると、しぜんといろんなことが感じられて、わかってきて、ぬいぐるみであろうと、にんげんであろうと。だから、はんせい(反省)しないとね、ぬいぐるみに、あの子らに対するように、にんげんにも…。にんげんふしん(人間不信)ってわけじゃないんだけど、へんにかまえずに、しぜんに、すなおに対しないと、なんどもくりかえすけど。頭ではわかってるけど、なかなかうまくいかなくて、ブースケといっしょにいるようには。
それってどういうことなのかな、ことばにすると? むずかしいね。そのモノ、そのコトがないと、そのヒトがいないと、しっくり来ない、きもちが落ちつかない、きぶんが落ちこんでいく、さみしくなって、かなしくなって、どうしようもなくなって…。そう、かけがえのないそんざい(存在)っていうのかな。にんげんの世界で言う、好きになること、あい(愛)するってこと? でも “あい(愛)”っていったいなに? どういうこと? ホントむずかしい。ことばにできない、答えのない、そういうモノ、コトかもしれないけど。目に見えないし、こうだって言い切れない、つかみところのない、そう、感じることしかできない、こころにかかわる、えたい(得体)の知れないモノ、コトって? だから、なにがせいかい(正解)って言えない、どれが、どこがまちがってるとも言えない、うら(裏)をかえせば、かぎりのない、むげん(無限)の、かのうせい(可能性)がいっぱいのセカイってこと? 僕とブースケのあいだにながれている、なにか、のようなもの…。
ブースケ、遊園地へ行こう!
この前、お姉さんがうちに来たとき、キミたちをしょうかい(紹介)できなくて、ダメだなあって思ったけど、僕と同じようにぬいぐるみと話したり、遊んだりしてる、べつのお姉さんがいて、キミたちの話になると、すごくもり上がって、たのしくて…。どう、会いにいく? うちべんけい(内弁慶)もいいけど、たまには僕いがい(以外)のひとに会うってのも、いいかもね。だいぶ前に、同じかいしゃ(会社)で働いてて、話してるうちに同じだなってわかって。女の子だから、うちにぬいぐるみがいても、ぜんぜんおかしくないけど、見せてもらったしゃしん(写真)に、あの子もこの子も、すごくいっぱいいて、そのかずにホントびっくりしちゃって。
お姉さんはイラストのしごと(仕事)してるんだけど、とくにシロクマとか、ウサギとか、どちらも白いから描くのむずかしいのに、とってもうまくて。それは、いまにも動きだしそうで、生きているようで、ホントかわいくて。描いているうちに、たましい(魂)が入って、お姉さんのキモチが、のりうつるように、いったいか(一体化)してる感じ、わかるかな? えほん(絵本)から飛び出してくるような気がして、僕に話しかけてるようで、すい込まれちゃうよ。すごいことだね、創り出すって。お姉さんほどそうぞうてき(創造的、想像的)じゃないけど、ぬいぐるみのセカイも、少し似てるところがあると思って。僕だけじゃないと思うけど、おもちゃ屋さんの前に立ったとき、きっとこの子はうちに来るだろうなぁって感じたとき、たましい(魂)のようなものが、いったりきたりしてるんだろうね、きっと。そうぞうのつばさ(翼)をぐっとひろげて。
お姉さんにれんらく(連絡)したら、こんどのにちようび(日曜日)に会ってくれるって。だれか連れていくから、そっちもかわいい子といっしょに来たらって。みんな、どうする? 行きたい子いますか? 少しきんちょう(緊張)すると思うけど。いつもげんきなイヌくん、行きたそうだね。カエルちゃんとブー子ちゃんはおるすばん(留守番)するって。ブースケはどうするの? ボクは大きいから行けないよって顔しているけど。イヌくん、どうしたの手をあげて、いけん(意見)があるのかな、ハイ、どうぞ。“でんしゃ(電車)でお出かけするのってたのしいよ”だって。そうだね、イヌくんも、カエルちゃんもなんどか、でんしゃに乗ってお出かけしたよね。じゃあ、こんどはブースケの番ってこと? ブー子ちゃんはうちに来たばかりだし。
みんな、そう言っているけど、ブースケ、どうする? この前、ひとりでおつかい行ったじゃない、そのちょうし(調子)で、でんしゃに乗って少しとおくまで、どうかな? カラダが大きくてもだいじょうぶ、僕がついてるから、あんしんして。行く? そう、それじゃあ、お姉さんにブースケといっしょに行くってへんじ(返事)しておくね。そうと決まれば、きあい(気合)いれて、じゅんび(準備)しなきゃ…。いまからたのしみだね、お姉さん、どんな子、連れて来るのかな? そうか、ブースケはそれが気になってたんだ、聞いてみてもいいけど知らないほうが、あとのたのしみって言うじゃない。きっと、かわいい、いい子連れて来てくれるよ、あのお姉さんのことだから。まずは、ブースケが入る大きなバッグを用意しないとね。たしか、押入れのなかにビッグサイズのきんちゃく型の袋があったはず…。にちようび、ホントたのしみだね、ブースケ。
むかしつとめてた会社ちかくのきっさてん(喫茶店)で、まちあわせしようって。なんどもお昼ごはん食べた、なつかしいところで会うことになって…。“みんな、行ってくるよ。おるすばん、よろしくたのむね”。ブースケをかかえてしんしつ(寝室)の前を通りかかると、イヌくんもカエルちゃんもブー子ちゃんも、笑顔で“ブースケ、がんばって”って。イヌくんなんか “どんな子だったか、あとでほうこく(報告)して”だって。きんちゃく袋のなかのブースケはきんちょう(緊張)してたみたいだけど、はにかんだような笑顔で“がんばってくる”って。僕は、ブースケとともに駅へ向かった。とちゅう、コンビニによって“ブースケ、なにかいる?”って聞くと、ペットボトルのお茶とあめ玉がほしいって。そうか、のどをうるおして、あめ玉をなめて、リラックスして。ほんとうのところ、僕もひさしぶりにお姉さんに会うの、けっこうきんちょうしてたんだ。さすが、ブースケ、よく気がきくね。
駅のかいさつ(改札)をぬけて、プラットホームに立ってると、あたまのまるみがかわいい、ハトがあしもと(足元)に、いっぱい寄ってきて、はなれなくて。もうすぐ電車が来るからあぶないよって言ったんだけど、そばから動かなくて。すると、きんちゃく袋のなかでブースケがモゾモゾ、そうかお友だちだったんだね、見送りに来てくれたの? ブースケが中から少し顔をのぞかせると、ハトはあんしん(安心)したように、いっせいにとびたっていって…。ブースケには、いろんなお友だちがいるんだね、にんきものなんだ。いつものえがおにもどってきたね、きんちょうがとけたよう、でんしゃがホームへ入って来たよ。ブースケ、どうしたの? ぬっと顔を出して、みんなに見られるよ。そうか、でんしゃ(電車)が好きなんだ、いいよ、そのままで、まわりの人が少しおどろくかもしれないけど、僕はかまわないから。でんしゃのたび(旅)のはじまりだね、ブースケ。
僕とブースケは、はんたいがわ(反対側)のとびら(扉)に寄りかかって、しゃそう(車窓)のけしき(景色)から目がはなせなくて。ほんとうにうれしそうだね、ブースケ、だんだんみどりや木が少なくなっていくよ、大きなたてもの(建物)がふえてきたね、でもモクモクくも(雲)がついてきてくれて…。でんしゃの中が、人でいっぱいになってきたね、ブースケ、だいじょうぶ? 袋のくち、閉めようか、中でゆっくりしてたら? あともうすぐだから、ブースケ、がんばろうね。あっ、アナウンスが聞こえてきたよ、つぎのつぎの駅みたい、そろそろ降りる準備しないとね。お姉さん、どんな子といっしょに来るのかな? たのしみだね、ブースケ。さあ、でんしゃからおりるよ。
でんしゃ(電車)のたび(旅)、どうだった? いっしゅんだったけど、けっこうたのしめたみたいだね。じゃあ、お姉さんが待ってる、きっさてん(喫茶店)へ向かうよ。ひさしぶりだから、道に迷わないようにしないとね。えっと、この角を右にまがって、そこの小さなゆうびんきょく(郵便局)の前をすすんで…。ブースケ、見えてきたよ、むかしながらのきっさてん! お姉さん、待ってくれてるかなあ、どんな子が横にすわってるかな、ホントたのしみだね。おもいとびら(扉)を開けて中へ入ると…。おく(奥)の席に、お姉さんがいたよ、えがお(笑顔)でかるく手をあげて。僕は、なつかしくて、うれしくて、同じようにえがおを返して、はやあしでお姉さんのもとへ。かのじょ(彼女)の横には、ブースケが入ってきた、きんちゃく袋より小さめの赤いショルダーバッグが置いてあって。
お姉さんは、おうちでイラストのしごとをつづけてて、けっこういそがしそうな感じ。さいきん描いたイラストの話や飼ってるネコの話、いっしょに住んでるおかあさんの話、これから何したいって話まで。なつかしくて、じかんを忘れてしまって、お姉さんもげんきそうで、あんしんして。僕もたのしくて、しっぱい(失敗)したこと、はずかしかったこと、よけいなことまで、いろいろしゃべって。それに、いっしょにしごとしてたころの思い出ばなしもつきなくて。そして、この子らの話。つぎからつぎへと、あの子のこと、この子のこと、いっぱい話すことがありすぎて。お姉さんはイラストのセカイでも、目いっぱい、この子らと遊んでるよう、ほんとうに楽しそうで。そのイラストの一枚を、テーブルのうえに広げて「さて、どの子でしょうか?」って。ショルダーバッグに入ってる子が、その中に?
イラストには、なんにんかの、かわいい子が、描かれてて。みんなクマちゃんだけど、茶色に、白に、そしてピンク色…。さすが、お姉さん、ただ者じゃない? ホントたのしいことが好きだね、イラストにしてどの子か、当ててって。だけど、これがなかなかむずかしい。ヒントはないのって聞くと「すごくかわいい子」だって。それってヒントになってないよ、みんなかわいいし。僕はこまってしまって、ブースケに助けを求めて “どう思う?”。大きなきんちゃく袋のなかで、モゾモゾしだしたので、袋の口をゆるめてあげたら、ためらい気味に袋から顔を出して“はじめまして”。だいじょうぶだよ、お姉さんは僕のお友だちだから。
ブースケは、僕の顔をじっと見て、何か話したそう。“どうしたの? ショルダーバッグのなかの子、だれかわかった?”。お姉さんはきょうみしんしん(興味津々)、ブースケをじっと見つめてて。そうか、恥ずかしいの、あいかわらず照れ屋さんだね。でも、わかったようだね、どの子なの? ブースケはキリンにしては短い手、せいかく(正確)にはまえあし(前脚)で、イラストのピンクの子をゆびさして。それを見てたお姉さんがテーブル越しにブースケにハグ! びっくりしたブースケはキョトンとして、ますますファニーフェースになって。すると、かわいいピンクのクマちゃんがショルダーバッグから顔をのぞかせて。僕とブースケがほほえみかけると、その子は“はじめまして”。僕とブースケもえがお(笑顔)で“よろしくね”って。僕とクマちゃん、お姉さんとブースケ、みんなすぐになかよくなって。ウエイトレスのお姉さんが、ふしぎそうな目で僕らを見てたけど、そんなこと気にしないよ。
このあと、どこに行こうか迷ってると、お姉さんが、ゆうえんち(遊園地)へ行こうって。ピンクのクマちゃんもブースケもおおよろこび! すぐにバッグときんちゃく袋に戻って、行く気まんまん、お姉さんと僕は、かるい足取りできっさてん(喫茶店)をあとにして…。そのゆうえんち、僕は行ったことなかったけど、お姉さんはいろんな子といっしょに、よく行くんだって、ピンクのクマちゃんもいちど遊びに行ったみたい。バッグのなかから、袋のなかのブースケに話してたよ、すごくたのしいところだよって。お姉さん、まってよ。さきへ、さきへ行っちゃうんだから、せっかちなせいかく(性格)変わってないね、追いつくの、たいへんだよ。
これまでずっと “お姉さん”って言ってきたけど、ほんとうは僕よりずっととしした(歳下)の、かわいくてやさしい女の子。このさい、ちゃんと言っておかないとね、女の人のねんれい(年齢)のことだから、かのじょ(彼女)のめいよ(名誉)のために…。さあ、ゆうえんち(遊園地)に着いたよ、ブースケ、きんちゃく袋から出てもだいじょうぶだよ。クルマに乗っていく、とおいところのゆうえんちと違って、こじんまりとしていい感じ。かんらんしゃ(観覧車)が小さくてかわいいし、ネズミくんのかっこうをしたジェットコースターはすばやそう、コーヒーカップもクルクルまわってるよ。いまから乗るの、たのしみだね。
きょうは、にちようび(日曜日)だから、にんげんのお友だちがいっぱい。あの子も、この子もほんとうにたのしそう。あそこの若いおとうさんと小さな女の子、メリーゴーランドのお馬さんにふたりで乗って。向こうのやんちゃそうな男の子、あれ乗りたい、これ乗りたいって、おかあさん、困った顔だよ、どうしようって。でも、みんな、しあわせそうでいいな、こっちもうれしい気分になってくる、ゆうえんちって。ピンクのクマちゃんはお姉さんにだっこされてうれしそう、僕もブースケをりょううで(両腕)でかかえて。さあ、何に乗ろうか。
こうしてても、おじさんやおばさんにへんに思われないのがいいよね、ゆうえんちって、ブースケもクマちゃんも、なにかのキャラクターだと思われて。ブースケもきんちゃく袋のなかで、きゅうくつ(窮屈)な思いしなくていいし、ピンクのクマちゃんもおもいっきり、おそとのくうき(空気)がすえてうれしそう…。やっぱりはじめはジェットコースター? しげき(刺激)つよすぎかって? ネズミくんの、かわいいやつだからだいじょうぶ、さあ、乗りに行くよ。クマちゃんはお姉さんのひざの上、ブースケは僕がしっかり抱きしめてるからあんしんして。あっ、動き出した、高いところまでのぼっていくよ、ドキドキしてきたね! ブースケがきんちょう(緊張)してるの、伝わってくるよ。だいじょうぶ、とばされないように、しっかり抱きしめてるからね。
えっ、ピンクのクマちゃんが “もう一度乗りたい”って。かんべん(勘弁)してよ、ねぇ、ブースケどう思う? ぜんぜんへいき(平気)だって? ふたりともスゴイね、かなわないよ。お姉さんもますます、げんき(元気)そうで、僕だけが手のひらに、ぐっしょり汗をかいて…。みんな、どこへ行くの? 待って、こんどはオバケやしきだって。お姉さんがいたずらっぽい顔で、手招きしているよ、ブースケ、どうする? 僕はあしがすくんでしまって。えっ、クマちゃんのてまえ(手前)、入らないわけにはいかないって、男の子なんだからって? ブースケにもそういうところがあるんだ、クマちゃんにいいところ見せたいの、仕方ないなあ…。
メリーゴーランド、コーヒーカップ、それに鏡(かがみ)の館(やかた)…。ホント、目が回っちゃう。さいごはやっぱり、かんらんしゃ(観覧車)だよね。お姉さんのていあん(提案)なんだけど、それぞれパートナーをかえて乗らないかって。ブースケ、どうする? ゴンドラのなかでお姉さんとふたりきり、だいじょうぶかな。心配いらないって? なんだか、うれしそう。ちょっとふくざつ(複雑)だけど、まあいいか…。それじゃ、僕はピンクのクマちゃんといっしょに乗ってくるね。こっちのほうがきんちょう(緊張)するよ、なに話していいのかって。一つ前のゴンドラで、お姉さんと向かい合っているブースケ、うしろ姿しか見えないけど、ほんとうにだいじょうぶかなぁ。目の前のクマちゃんはすごくたのしそう。“お姉さんがやさしい人でよかったね”。僕がそう話しかけると “ブースケ兄さんって、いつもあんなふうにしあわせそうなの”だって。なんかうれしくなって、少しむね(胸)のあたりがあつくなって。
ブースケがしあわせそうなら、僕もしあわせ、ブースケがたのしそうなら、僕もたのしい、ブースケが笑顔いっぱいなら僕も…。いつもいっしょだね、ブースケ。どこにいても、こころのなかでつながってる。僕はにんげんだから、いつか死んじゃうけど、このキモチ、えいえん(永遠)にかわらないよ。ちょっと離れてるだけで、こんなにセンチメンタルなきぶんになって、はずかしいけど、目のあたりがあつくなって、どうしようなくて、前のゴンドラで、たのしそうなブースケのうしろ姿をみてて…。そろそろぐるりといっしゅう(一周)まわって地上に着くよ。“クマちゃん、きょうはありがとう。お姉さんによろしくね、たのしかったよ”。先に着いたお姉さんがしんぱいそうにクマちゃんのほうを見てるよ、手をふってあげたら。えっ “ブースケ兄さんがさみしそうな顔してる”って? 僕は、クマちゃんを抱いてゴンドラからおりて、お姉さんに抱かれてるブースケのもとへ、いそいで。はんぶん泣き出しそうなブースケをしっかり抱きしめて。少しのあいだだったけど、僕もさみしくて、いたたまれなくて。もう、はなればなれはいやだよ、ブースケ…。
きんちゃく袋へもどったブースケは、しずかにねむってるよう。“疲れたんだね、こんなに遊んだの、はじめてだもの”。僕は電車のなかで、きんちゃく袋ごしにブースケへ話しかけて。お姉さんが帰りぎわにくれた、イラストには僕とブースケが描かれてて。僕はブースケをしっかり抱きかかえて、ホントうれしそう、ブースケは得意げでしあわせそう。いつ描いたのかな、お姉さん、こんなじょうずに…。そのとき気づいたよ、僕がブースケで、ブースケが僕だってこと。へんなことを、訳わからないことを言うって、と思うだろうけど、僕がたのしいときは、ブースケもごきげん(機嫌)だし、僕が落ち込んでいるときは、ブースケもふあんそうでかなしそう。こころのなかではいつもいっしょで、どちらもカラダのいちぶ(一部)になってるっていうか。僕のなかにはブースケがいる、そう感じるとき、僕はやさしく、強くなれる、だから、これからも生きていけるって思える。かけがえのない、僕のブースケ、これからもよろしくね。 (了)
僕とブースケ オカザキコージ @sein1003
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