我が聖剣に跪け王鬼
第5話 1-1
◇
異形が果たした邪竜征伐。
王はその褒美として、それぞれが望むものを一つだけ与え賜うと、わたし達にそう述べた。無論化け物の望みの物など、人に与え得る筈も無いと知りながら。
「愚かで酷薄な人間どもよ、俺を貴様らの王に据えろ」
鬼族の戦士の願いは叶わず、代わりに西の都を与えられた。
『西の都エスト領内に於いてのみ、人語を解する者に限り、亜人は人として扱われる』
長く続いた協議の末、王国の法にその一文を書き加えさせ、鬼は都の長となった。
〇
「おぉ、これぞ正に魔の都。湧き上がる欲望の坩堝」
アルフレインの声を聞いて、わたしはそっと棺桶の蓋を開いた。辺りに人の姿が無いかを良く確認してから、バキバキと軋みながら外へ這い出る。
朝日の昇り始めた小高い丘の上からは、大きな街の灯りを見下ろせた。
巨大な帆船をいくつも停泊させるその港町は海に沿ってどこまでも広がり、陸地の側には長大な防壁が設けられている。
王国の海防と貿易の要、西の都エスト領内に、ついにアルフレインは辿り着いた。……つまるところようやく、わたしとこの狂人に決別の時がやって来たという訳だ。
体から滴る汗を拭っていたアルフレインはやがてふと、棺桶のわたしを見る。
「魔女よ、お前はこの街を訪れたことがあるのか」
「……」
少しだけ考えてから、そのくらいならまぁ良いかと、わたしは事実を口にする。
「大昔に一度だけ。仲間達と。港に居ついた魔物を追い払い、その後はわたし達が追い払われました」
「それは致し方ないこと。お前も余程化け物だ」
「……本当に、人間は腹が立ちますね。そういう無礼なところが嫌いです」
「ならば何故人の街を助けた」
「……どうでも良いでしょう、そんなことは」
「フン。本当は誰かと交わりを持ちたいくせに、偏屈な化け物め」
グッと言葉に詰まる程、空っぽの血液が頭に殺到する錯覚を感じる程、わたしは怒りに囚われた。
が、狂人を相手に怒鳴り散らすのも馬鹿らしい。口論など望めない相手だという事は、最初から分かっている。
「お喋りはもう結構です、さっさと街へ向かってください」
言い捨て棺桶の中へ入ると、アルフレインは素直に歩き出した。端からわたしの語ることには興味が無いというその態度にも、少なからず腹が立つ。ガラガラと転がる車輪の音に紛れさせるように、苛立ち紛れに爪を立てる。棺桶の固い木板を、ガリガリと強く引っ掻く。
『闇に囚われし人々を救う』
何の力も無い癖にそう豪語するアルフレインの姿が、かつてこの世界を旅していた自分と重なってならなかった。だからこそ、わたしは彼の不幸を願わずにいられない。
旅の果てに死に果てるか、もしくは死んだ方がマシだというくらいの後悔に直面すれば良い。……そう、
棺桶を運ぶアルフレインは暗い丘をゆっくりと降りて、人の行き交う街道を進む。やがて柔らかい土の感触はなくなって、車輪が固い石畳を進み始めた頃、誰かがアルフレインに声をかけた。
「おい待ておっさん。……おいおっさんコラ!」
アルフレインはそれに構わず、わたしを引いて進み続ける。
「いやオイおっさん! 何勝手に街に入ろうとしてんだ!」
いくつかの足音に取り囲まれ、アルフレインの歩みはピタリと止まった。どうやら無言で関所破りを試みたところ、番兵に捕まったらしい。当然の帰結で、つまりは予定通りである。
「……我に言っていたのか? その『おっさん』というのは」
「当たりめぇだろが。なんだお前その怪しい仮面。それにその棺桶は。お前みたいな良く分かんねえおっさん通してたら、俺らがここに居る意味ねぇだろがい」
「我が名は英雄アルフレイン、おっさんではない。この棺桶には、……我の友人が入っている。説明は以上である」
カラカラと車輪が回り、再びアルフレインが歩き出す。
「いやちょっと待てや! 何で当然のように街に入ろうとしてんだおっさん!」
「……? 我の素性は全て話したであろう?」
「……。通行用の手形とか、せめて身分を証明できる物とか、そーゆーもんは持ってねぇのか」
「無いのだ、一切」
「じゃあ通せる訳ねぇよ」
「ナッ!?」
「ナッ!? じゃないのよ、常識なのよ。一体あんたどこの離島からやって来た民族なんだよ」
「東の方、昏き森から。それ以前の事はあまり語れぬ」
「……とにかく、手形も持ってない怪しいおっさんは通せません!」
衛兵のため息を聞き、大人しく街へ入ることを諦めるかに思われたアルフレインは、しかし不敵に微笑んだ。きっと自分の事をかっこいいと思いながら、「フッ」と気障な鼻声でだ。全く以て気持ち悪いその声のまま、アルフレインは壮語を吐く。
「ならば力で押し通る。……と言ったら?」
「……あのなあ、おっさん」
つかつかと歩む気配の後、すぐに鈍い音が響いた。
「グ、グあああああああああああああああああああああッ!?」
衛兵にぶん殴られたのであろうアルフレインの無様な絶叫を聞きながら、わたしはそっとほくそ笑む。
実に、いい気味である。
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