第3話 我が天命に殉ぜよ屍人3


 神より魔法を授かりし、人に非ざる化け物四匹。

 どこから現れたかも定かでない悍ましき異形の集いは各地を巡り人々を救い、やがて邪竜を討伐せしめた。

 長く臣民を苦しめ続けた邪竜征伐の功を称え、人の王は異形達にの称号を与えると共に、それぞれが望むものを一つ、与え賜うとそう述べた。

 無論化け物の望みのものなど、人に与え得る筈も無いと知りながら。


「……どうかわたしに永遠の眠りを」


 屍人の魔女の願いは叶わず、代わりに人の立ち入らぬ深き森を与えられることとなった。

『昏き森の静寂を乱す者、魔女の呪いに裁かれる』

 王国の法に新たな一文を書き加え、魔女はかりそめの安息を得た。……そうわたしの覚えている限り、そういう約束だった筈だ。



 ならば一体どうしてわたしは、こうも騒がしい外界に身を置いているのか。


 朝日の昇り始めた細い街道を、二人の下っ端野盗が去ってゆく。晴れやかな顔をして、さっきまで自分達に偉そうな説教を垂れていた鉄仮面に手を振りながら、「ありがとう、アルフレイン~!」などと叫んでいる。

 アルフレインもそれを受け、朗らかに手を振り返す。「もう悪事を働くでないぞ~!」などと言っている。自分の馬車をぶち壊し、更にはそれを引く馬さえも逃がしてしまった相手に向かってだ。


 マジで一体なんなのだ、アルフレインとかいう男は。

 自分はただ一発でのされ、わたしが魔法を使った後にノソっと起き上がり、ちょこっと口を動かしただけのくせに、それだけで何か途方もない偉業を成し遂げたかのような、この晴れやかな雰囲気は。

 あまりにも愚かである。

 あんな程度の説教で改心した気になって、どうせまた食うに困れば悪事に手を染めるだろうあの野盗共も。そうなら牢獄か処刑台にでも送るべきだった人間どもの背中を「うんうん」と満足気に見送る、自称英雄のアルフレインも。

 しかし無論、中でも一番愚かなのはわたしだ。……どうしてアルフレインがのびている間に、わたしは森へ逃げ帰らなかったのだろう。


「うむ、人を救った後は実に気分が良いな。……うん? このメッセージは? ……アルフレインはサブクエスト『盗人達を改心させよ!』をクリアした、12000の経験値を得た、だと?」


 今更ながら嫌な予感がして、わたしはその場を去ろうとそっと歩き出した。

 しかしいくら足音を殺そうが、わたしの体はギシギシ・バキボキと賑やかに軋み、うまくやれない。あぁまずいと思っても、愚鈍な屍人が颯爽と走り出すことなど出来はしない。

 それでも尚無様な逃走を試みるわたしを、鉄仮面の下にある狂気の眼差しが、しかと見据えた。

「魔女よ、一体どこへ行く……?」

 もしかすると、わたしはこの目に涙まで浮かべていたかも知れない。それなのにさっきまで善人面で説教を垂れていたアルフレインは、わたしに慈悲を与えなかった。


「……わ、わたしを森へかえしなさいっ」

「それは暫し待て、屍人の魔女よ」

「暫しというのは、いつまで……っ」

「無論、我が良いと言うまでだ。……ムッ!? すまぬがまたも暫し待て、我の成長が始まってしまう」

「!? ……いやだっ、いやだぁっ」

 アルフレインの両腕が、わたしの肩を強く掴んだ。

 わたしは恐怖の魔法を使うべく、彼の足元に影を探す。……がしかしいくら目を見開いても、アルフレインの足元には、操るべき闇が見えない。わたしの魔法の根幹となる、恐怖の像が彼にはない。

 じりじりと後退る無力な屍人を、アルフレインがひょいと持ち上げる。一体どうしてそんな物を用意していたのか、真っ黒の不気味な棺桶の中へ乱暴に突っ込んで、無理矢理に蓋を閉じる。

 悲痛な叫びが木霊する棺の外で、アルフレインのレベルとやらは、無情にも上がり始める。

「……テレレッテ・テッテー!! おめでとう、アルフレインのレベルが547に上がった!」



「我が名は英雄アルフレイン! 昏き森の眠らぬ魔女よ! 永遠の安息を求むるならば、我が栄光の旅路に加わるが良い!」

「……昏き森を騒がせる愚かな生者よ。死者の安息を乱した罰、その心深くに刻んでさしあグあああああああああああああああああああっ!?」

「アルフレインは屍人の魔女を倒した! なんと魔女は起き上がり、仲間になりたそうな目でこちらを見ている! 仲間にしてあげますか? ……無論、『はい』だな」



 生まれたての赤ん坊だろうが死を前にした老人だろうが、誰もが持っている筈の「恐怖」という感情を、アルフレインだけが持っていない。だからわたしは無様に敗れた。つまるところ狂っているのだ、アルフレインとかいう鉄仮面は。


 恐怖の魔法が効かない男・自称英雄アルフレインの目的は彼曰く「闇に囚われし人々を救うこと」らしい。大変立派なことだと思う。思うが当然わたしには、そんなの一切関係ない。

 しかしいくらそう言っても、彼はわたしを逃がさなかった。


「我と進む旅路の果て、お前は永遠の安息を得るだろう」


 その呪縛を振り払い、再び静寂の中へ帰る為、わたしはアルフレインにある一つの提案をした。従順になった振りをして、騙してやったつもりだった。

「……ここから更に西へ進めば、大きな町に辿り着きます。そこは欲望と悪意の坩堝・大鬼が支配する魔の都。……きっと多くの人間が、英雄あなたの救いを待ちわびて居る筈です」

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