2−2−3 秋大会準々決勝・加賀商業戦

 二回の加賀商業の攻撃はあっさりと終わった。


 篠原のストレートに見慣れているものの、サウスポーと右投手はボールの軌道が異なる。それに篠原の投げ方がかなり特殊なこともあり、篠原に慣れたからといってサウスポーのストレートが全て打てる訳でもない。


 大久保は今日ストレートがかなり走っており、引っ掛けさせるのはもちろん、空振りも奪えたために篠原のように三者凡退で終わらせていた。下位打線だからと気を抜かず投げ込んだために三振も一つもらって守備を終える。


 そして今日一番注目のカードである帝王の四番三間と、加賀商業エースの篠原の対決が始まった。


 どちらもプロ注目の選手。この秋大会を一番の目標にしている天才投手か、一年ながらも甲子園で暴れた逸材か。怪物同士の勝負が始まる。


 三間は四番を任されることになってかなりの注目と期待を浴びた。順当に行けば二年生の三石が四番に座ると思われていたからだ。三石もかなりのスラッガーであるために四番を任せるという選択肢はあった。試合経験からも三石の方が安定しているだろう。


 だがそれでも東條監督は三間を選んだ。


 三石の実力が不足しているわけではない。甲乙つけがたい能力をしているため、どちらを四番で起用するかは大会の直前まで悩んでいた。


 結局三石を三番にした理由は、走力だった。


 三石はセンターを任されるほど足が速い。そのため二塁にいればワンヒットで帰ってこられる。逆に三間は帝王の中でも平均くらいだ。特別遅くもないが速くもない。二塁にいたとしても打球によってはホームまで帰ってこられないだろう。


 打点がつくかどうか。得点に絡める人間を一つでも打順で繰り上げた方が打線として厚みが出ると考えて三石を三番に置くことにした。実はこれとほぼ同じ考えで三年生の葉山と倉敷の打順を固定していたりする。


 そしてもう一つ理由を挙げるとしたら、智紀の存在だ。



 智紀は本人が謙遜しているものの、打力は帝王でもトップクラスだ。投手としての練習に時間をかなり割いて、そして片手間で打撃練習をやっている現状で現一・二年生の中で三番目に位置する。


 もし外野専任となったら、智紀はかなりの傑物となったことだろう。それこそ今もおかしい記録を出し続ける習志野学園の羽村涼介に匹敵していたと予想される。


 そんな天才と、三間は絶対に比較される。同学年で、エースと主砲。打の帝王に所属する以上打力を見ない人間はいない。将来的に四番でいてほしいという願望もある。だからこそ早い内から四番という重圧に慣れてもらおうと考えた。

 帝王で四番になるというのは特別だ。


 ある意味エースになるよりも難しい。投手は百人近くいる全部員の中でも十人程度。その中から選んでエースになる。打撃に力を入れているチームだからか、実のところ投手の集まりは良くない。中学時代は投手だったものの辞めて打者になる人間が圧倒的多数だ。


 それだけ投手というポジションの大変さを理解する学生が多いからだ。なにせ投手が投げなくては試合にならない。投手は花形であるのと同時に、守備の要だ。そして全国出場などの上位を知っている人間ほど、投手を辞める。


 そこに行き着いた本物の投手との才能の差に絶望するからだ。


 頂きを知ってしまうとあそこには敵わないと悟ってしまう。そしてだからこそ投手としては諦めるものの片手間でやっていながら全国でも匹敵する野手として再起する人間が後を絶たない。


 本物のエースとなるべき人間を知ってしまうと、そこから逃げるようになるのだ。分島や篠原、そして智紀や阿久津を知った投手がどれだけ投手を辞めたことか。


 辞めながらも、投手としての全てを捨てて野手に専念すればその投手たちに抗えると信じて努力をする強い人間もいる。才能の壁を知りながらも野球を辞めなかった人間の大半はそうだ。事実、野手として才能を開花させた人間も多い。プロ野球選手のほとんどは元投手ながらも野手として大成した選手ばかりだ。


 投手以外の八ものポジションならばやっていけるだろうと考えるのだ。一つの山マウンドに拘らなくても八のいずれかグラウンドには立てると。


 この数の差が、帝王で四番になることの難しさを際立たせる。


 帝王に進学する人間はほぼ全員が打力に自信のある選手だ。そうじゃないとレギュラーになれない。全部員の中の約九割が野手だ。しかも実績も残している打力自慢ばかり。その数、実に八十人以上。


 そんな八十人の中から選ばれたたった一つの席。それが打の帝王で最も称賛される四番スラッガーの称号だ。


 帝王の四番は内外問わず注目される。そしてその立場に相応しい結果を求められる。それに応え続けなければ四番を維持できない。


 智紀は四番になれてしまう。それだけのポテンシャルは既に甲子園で見せつけていた。あの広い甲子園でホームランを打つという結果を既に残している。実際に後援会の人間からも智紀を四番にすべきという声を東條監督は貰った。


 外聞が良いのだ。高校野球においてエースで四番というのは。しかも帝王でそれをこなせる人間は後にも先にも智紀だけだろう。全国から集めている打力自慢を押し退けて投手をしながら四番になれるほどの才能の持ち主が早々現れるとは考えづらい。


 だからこそ見たがる人間が増える。他の野手を気にせずにそんなことが言えるのだ。


(それではダメだ。だからこそ、お前が四番に成れ・・・・・。三間)


 帝王が帝王でいるために。全打者の代表は投手であってはならない。その信念から三間を四番に置いた。


 それとこれは長年の監督としての経験から三間を四番に置くことは決めていた。三間を来年の秋から四番に置くことも考えたが、それはもったいないと。


 四番に置いた選手は自然と四番に成るのだ。打ち方から風格から、心構えから。


 その特別な位置に座った選手はスラッガーへと変貌していく。倉敷もそうだった。初めの頃は葉山とあまり変わらない打撃成績だったが、四番に置いてから重要な場面やここぞという場面での必殺の一撃をぶちかますようになった。


 三間もいずれそうなると、智紀の打力が注目されすぎる前にそうなってほしいと考えて三間を四番に置いた。


 三石もスラッガーながら、実のところ他にも強打者がいて村瀬がいなかったら一番に置きたいくらいだ。そういう意味では三番はかなり良い。出塁もできて足も速くてランナーを還す長打力もある。


 四番ならどちらかと考えたら、やはり三間に軍配が上がった。


(智紀は全員の注目を浴びる選手だ。これから帝王で一番有名な選手になるだろう。だが、帝王の野球を体現しているのは三間だと。そう思われるような選手になれ)


 そんな願いを込めながらオーダーを組んだ東條監督。彼は現役時代に三間のような強打者として求められた野手だったからこそ、四番に拘りがある。


 今の選手たちの中で帝王の打を現す選手は誰かとなったら、やはり三間だった。


 三間と篠原の真っ向勝負が始まる。逃げることもせず篠原は力で帝王打線を捩じ伏せるつもりだった。そのことがわかり打席で笑っていた三間は三球目。


 インハイに突き刺さるストレートを弾き返して右中間を破っていた。長打を警戒されていたために三塁は目指せなかったが、沈黙を破る二塁打にはなった。


 そう、相手の投手がいかに強大だろうが。その投手を真っ向から打ち破れる選手こそ四番に相応しいのだ。


 そして結果を示せば周りが認める。誇る。アイツが四番で良かったと。これこそが自分たちの代表なのだと。


 しっかりと四番としての仕事をこなした三間に続いて智紀が打席に入る。


 プロのスカウトからしてもとても貴重な勝負だ。二人とも打てる投手。その直接対決が見られるのだから。


 篠原への評価を付けるに当たって帝王は相手としてかなりの試金石になる。帝王を抑えられるのならそれは本物である証だ。


 智紀の方はドラフトでの指名順、そしてプロになった後の育成にも関わってくる。あまり前例のない二刀流という運用の仕方を本気で検討しなければならない。篠原も打力が勿体無いと考えて特にDH制度のないセ・リーグは篠原の獲得に関して前向きだ。


 一方パ・リーグは指名打者としての権利を失ってまで篠原を使うかと言われたら微妙なので投手としての実力ばかりに注目していた。この辺りはリーグとチーム事情に関わってくる。


 いずれにせよ何人か光る選手のいる帝王を相手にどこまで篠原が奮闘できるか。この試合は本当に貴重なデータ収集の場になっていた。


 智紀と篠原の初対決。ランナーを背負っているものの篠原の球威は落ちない。クイックを捨てているのかランナーがいない時と変わらないほどのゆったりさで智紀へボールを投げ込む。


 そのストレートはアウトハイの良いところに決まる。決まったコースとボールの威力、ノビに智紀は思わず苦笑をした。ストレートの質は今まで対戦した投手の中でかなり上位に位置する。この投手が全国を知らないというのだから東京は魔境だと改めて自分たちのいる地域の激戦区っぷりを思い知る。


 東東京だけでも帝王、臥城、白新という名門校がいる。そこに強豪校もかなり居て、その学校の数だけエースがいる。そのエースたちはどこの学校も負けず劣らず優秀だ。そんなエースも、素晴らしい野手も、たった五回のチャンスを掴めなければ甲子園という夢の舞台に立てない。


 篠原はもう四回目の機会だ。智紀はまだ二回目。だが最初の一回で智紀と三間は甲子園の舞台に立っている。そのことに篠原は嫉妬も覚えた。三年間で目指す頂。そこを一回目のチャンスでもぎ取った天才が羨ましくはある。


 それでも嫉妬で心が狂いそうになることはない。天才はいる。そして強い学校に行った天才がそのチャンスを掴むことはおかしな話でもない。そして強くない学校を選んだのは篠原自身だ。


 嫉妬に狂うよりは今の状況をどうにかする方が先だ。


 そして、相手が強いからこそ篠原は燃え上がる。どんな敵をも倒して甲子園に出ると決意した以上、強敵との戦いは楽しんだ方が良いと思うことにした。


 実際良い環境で頑張っている強敵を倒すことに快感を覚えていた。自分が強くなったことを自覚できる上に甲子園が近付いた気がするのだ。だから帝王と戦えること、智紀に投げられることが嬉しかった。


 篠原は続けてストレートをインコースへ投げたが、これは内すぎてボール。どれも140km/h中盤は出ている速球だ。これがコントロールも問題なく放られるのだからこの秋大会も余裕で勝ち上がれるわけだ。


 140km/h中盤のストレートを投げるサウスポーなんてプロでもそこまで多くない。ロマンのある投手として既に野球ファンも多くついているが、篠原が目指しているのは甲子園。まだここは道半ばだ。


 三球目。篠原はフォークを選択。インコースから綺麗にストンと落ちるボールに智紀はバットが届かず空振り。縦カーブこそが有名だが、フォークも空振りが奪えるほどの落差がある。フォークも十分な武器と呼べた。


 そして追い込んだ以上、遊び球を投げる理由がない。篠原は自分のストレートを信じていた。


 自信と闘志が乗り移ったそのストレートは一段と違った。うねりを上げて到達したそのボールはスタンドにまで聞こえるズドン‼︎という音。智紀のバットを置き去りにしてそれはほぼど真ん中をぶち抜いた。


 その音と衝撃から、大砲でも打ち込まれたのかと思ったほど。


 最初の二刀流対決は篠原に軍配が上がる。三振を奪ったとわかった時にはガッツポーズをしていたほどだ。


「148km/h!篠原も大台が見えたか⁉︎」


「これこれ!強豪に牙を剥く篠原を観に来たんだよ!このまま勝っちまえ!」


 ギャラリーもこの結果と出た速度に湧いた。ピンチは継続しているが、名門校に勝つ一般校というストーリーが好きな人間も多い。


 篠原はそんな球場の空気も味方にしたのか、続く六番の町田と七番の千駄ヶ谷も凡打に切って取った。帝王を二連続で無失点にしたのはこの大会初だ。


 本当に下剋上があると、観客のボルテージは上がっていく。


 絶好調な篠原がこのまま抑え切るか。その前に帝王打線が爆発するか。段々と球場の旗色も変わり始めていた。

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