2−2−1 秋大会準々決勝・加賀商業戦
土曜日。段々と日が出ている時間が短くなっていって空気も乾燥し始めた秋の昼。秋大会の準々決勝が始まる。
今日の俺は五番ライト。柴先輩がベンチに下がって、千駄ヶ谷が七番レフトでスタメンだ。それ以外は先発投手が大久保先輩になっただけでオーダーは国士舘戦から変わっていない。
相手の加賀商業は前の試合からオーダーが変わっていない。四番投手の篠原さん。ここまで勝ち上がってきた原動力。140km/h中盤のストレートにカットボール、フォーク。そして代名詞の縦カーブが知られている球種だ。
夏大会で白新との試合をスタンドで見ている。その時からどれだけ変わったのか。あの時からサウスポーとしては東東京でも頭抜けていた。分島さんがいたから流石に一番とは呼ばれなかったが、今だと秋大会最強左腕と呼ばれている投手だ。
他に有名なサウスポーは臥城の阿久津しかいない。その阿久津が一年生ということもあって最強とは呼ばれない。そもそもサウスポーが少ないから有名になるサウスポーは全国でも少ない。阿久津の名前も結構有名だったりする。
この一週間で加賀商業と武蔵大山のデータは集められるだけ集めた。存外加賀商業は世間で言われているほど篠原さん以外の選手だって成績は悪くない。エラーも少ないし、打率も悪くないからチームとしてはそれなりに安定している。
もうベスト八に残っているんだからただの中堅校とは呼べないだろう。東西統一の秋大会でこの成績ならこれ以降は強豪校と呼ばれるかもしれない。それだけの結果を既に残している。
今もシートノックを見ているが、変な緊張などもなくしっかりと動けている。たまに他の学校だと帝王っていうネームバリューにやられて守備練習の時点でボロボロなチームがある。加賀商業はそういう緊張はしていないようだ。
「悪くないチームだな。基礎がしっかりしてるんだろう」
「高宮。やっぱり知ってる選手はいないのか?」
「俺が情報を集めていたのが同い年ばっかりってのもあってな。凄い有名な選手なら知ってたが、関東に出てただけだとわからないぞ。関東で活躍したとか、県でも有名な選手だったらわかっても加賀商業は無理だ。元々が普通の学校だぞ?」
キャッチャー防具で身を固めた高宮に聞くが、やはり加賀商業の選手たちを全然知らないらしい。データオタクと呼ばれても、高宮が調べていたのは自分とチームメイトになるような選手。それとライバルになるような選手だろう。
一個上の、有名でもない選手を知っている方がおかしい。それだともうストーカーとかのレベルだ。
「まあ、中学の実績ばかりで判断するのはどうかって話だよね。中学で全国に出た選手が全員甲子園に出られるわけでもないんだし、大成するわけでもないんだから」
「なんやそれ、オレの全国が意味ないって言うんか?」
「そうは言わないけど、高校生なんて成長期じゃん。それに智紀君だって中学じゃ全国に出てないんだからチーム事情によったら全然負けるんだよ。チームが強いか選手が強いかは別って話」
千駄ヶ谷と三間も話している。調べた結果が篠原さんが強すぎるバランスの取れたチームということだった。穴もあるし、全員が高水準で纏まっている臥城とはまた違うが、チームの方針としては似ている気がする。
白新ほど守備偏重でもなく、選手たちが個々人でそれぞれのできることをやろうとしているチーム。色が見えにくいけど、それが都立の当たり前なんだろうな。私立のように選手を集めるなんてできないんだから。
「今日の試合はどれだけ早く篠原さんを降ろせるかにかかってる。お前ら、さっさと打てよ。それだけで試合を優位に運べるんだからな」
「ストレート主体なんだよな。かといってストレートに絞ってたらカットで引っ掛ける」
「全国でも滅多に見られないサウスポーだ。三間は特に楽しんでこいよ」
「おお!分島さんの時はあんま打てへんかったから、その分も篠原さんから打つで!これで左投手が苦手なんて思われるのも嫌やからな」
三間はそんなことを言うが、別に左投手が苦手というデータはない。分島さんが凄すぎただけなんだが、打てなかったことを気にしているようだ。
シートノック後のグラウンド整備も終わって整列する。ホームの前に集まった相手選手は精悍な顔付きでこちらを見ていた。篠原さんは今日投げ合うことになる大久保先輩を見つめている。投げ合うにしろ打つにしろ、篠原さんは大久保先輩の調子に左右されることが多いからだろう。
挨拶もして俺たちが守備に就き、加賀商業が先攻として準備を始める。今日は三塁側がベンチだから一番遠いな。センターの三石先輩とボールを投げ合いながら大久保先輩の様子を確認する。
今大会初登板だが、休ませてもらったから体調は万全だと言っていた。その証拠にストレートの回転も良く、フォークもかなり落ちていた。
投球練習も終わって試合が始まる。一番打者が左打席に入った。レフトを守っている井戸田さん、二年生。夏大会でもレギュラーだった人だ。
その井戸田さんへストレートを入れていく。電光掲示板があるわけじゃないから速度はわからないが、140km/hは出てそうだ。二ストライク一ボールとなって四球目。シンキング2シームを引っ掛けたようでサードへの弱いゴロ。
井戸田さんは足が速いが、そこは強肩の三間。捕ってから矢のような送球で井戸田さんをアウトにしていた。
肩が強いサードがいるのは良いよな。セフティーバントをされてもアウトにしてくれるという安心感がある。俺ファーストへのカバーから帰りながらそう思った。
続く二番サードの
その代わり四球による出塁が多いから出塁率は高かったりする。そこから盗塁してチャンスを作って篠原さんが打点を挙げるのが加賀商業の鉄板だ。
栄さんは四球狙いなのかバットを短く持っている。そしてスイングを遅らせてカット打法をしていた。カット打法は打つ気がないとされて主審によっては注意される。審判なんてほとんどが時間命だし、まともなぶつかり合いを求めている。
故意にやってたら審判の印象も悪くなる。それでもやるのはそれだけ勝ちたいからだろう。粘って粘って、最後のワンバンするフォークを見逃したことで四球。八球も投げさせられたのはキツイかもな。
続く三番ファーストの右打者十村さん。篠原さんの次に打率の良い打者だ。この人の間にランナーの栄さんが走るかどうか。
二球目、走ろうとしたが大久保先輩のクイックと町田先輩からの睨みで走れなかった。町田先輩の肩はキャッチャーとしてかなり上位に入る。そんな人から塁を奪うのはかなり難しいだろう。
奪えるとしたら千駄ヶ谷とかの一部だけだ。足も速くて盗塁の技術も高くなければ無理。多分町田先輩なら栄さんを刺せるだろう。
本人もチームもそう思ったのか、走ることはさせなかった。十村さんは結局ファーストゴロとなり進塁はしたもののアウト。得点圏にランナーが進んで篠原さんに打席が回ってしまった。
篠原さんの得点圏打率はかなり良い。ただ身体能力が高いだけで四番になっているわけじゃない。投手ではなくても四番になるようなポテンシャルがある。ウチでも上位打線になれるだろう。
その篠原さんへ、バッテリーは強気に攻める。
三球目。
アウトコースへ行ったストレートを弾き返されて左中間へ打球が飛んだ。レフトの千駄ヶ谷が追いかけるがツーバウンドで捕球した。
ランナーは二アウトだったこともありスタートを切っている。千駄ヶ谷がショートの仲島に返球するもののランナーはホームに帰ってしまう。篠原さんは一塁ストップだ。
先制されたか。ウチは守備のチームでもないから全然珍しいことでもない。それ以上に打ち返せば良いだけなんだから。
次の五番キャッチャーの小関さんを三振に切ってとり、三アウト。
初回は最少失点で切り抜けた。ここからは俺たち打者の仕事だ。
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