1−3 西東京の覇者
同じくとある高校のバスの中で、その二人は話し合っていた。今日の試合の振り返り、ではなく他の球場での結果を確認していた。
隠すまでもなく、そこは武蔵大山のバスだ。今日の試合は五回コールドでエースの米川も登板しなかったので振り返ることも特になく。それよりは来週以降の相手を確認したかった。
エースの米川と主砲の井上は席を隣同士にして携帯を操作して話し合う。
「反対ブロックは順当の一言だな。西東京の強いところは二子実業だけ。東東京は臥城と白新が残ってる。この三校のどこかだろうな」
「こっちは加賀商業か、帝王だな。加賀商業も篠原だけ気を付けておけば良いし。オレたちは来週日大四校。ここに勝てばさっきのカードの勝った方だ。こっちも順当なら帝王が相手」
反対ブロックを気にしていた米川はまだどこが上がってくるか断言はできなかった。東東京の二校はどちらも名門であり、西東京の二子実業だって強豪と呼ばれる強い学校だ。実際に戦ったことがるから強さも十分にわかっていた。
一方自分たちのいるブロックについて語っていたのは主砲の井上。彼はこのブロックの行き着く先を予想していた。いや、このブロックが発表された時点でほとんどの人間が予想していただろう。
こちらのブロックの準決勝。そのカードは帝王と武蔵大山だろうと。
大きな崩れがなければこの二校による試合になると予想されていた。どちらも夏大会で甲子園に出ている学校だ。実力は一つ頭抜けている。有名な選手、強いチームはいても夏の甲子園出場校というのはこの二つだけ。
むしろ何でこの二校が同じブロックなのかと話題になったほどだ。
二人が今日の試合のスコアを調べて行く中で、帝王の試合を見てある情報を知る。
「あ、国士舘の先発って片桐だったのか。でも打たれてるな……」
「この秋から出場できたのか。何回まで投げてる?」
「五回六失点だな。片桐でも打たれるって、不安になってきたんだけど……。毎年猛打のチームを作ってくるよな。俺、抑えられるかな……。げ、クリーンナップが三石に三間、宮下じゃないか。どんなドリームチームだよ……」
米川がスタメンを見て苦い顔をする。今挙げた三人は甲子園でも暴れていたので投手として警戒をしていた。同じ東京地区ということで秋に対戦する可能性があるからと、甲子園ではよく注目していた帝王で、活躍していた二年生以下の選手だ。
投手の癖ではないが、よく打つ打者は注目する。そして自分で抑えられるかと考えてしまう。この辺りは名門校でエースとなっていても、東京地区最強の投手と呼ばれても変わることのない習性だった。
「来年のU-18には全員選ばれそうだからな。実際今の世代だとトップクラスの打者だろ」
「……一応トップはお前じゃないか?ツヨ」
「それは他に強いところで四番を二年生の段階で務めていた奴がいないからだろ?オレは三間にはもちろん、羽村にも負けそうだぞ。ホームラン数だけで語るつもりはないけどな」
井上は米川からツヨと呼ばれる。
井上としても認めている打者だ。彼は中学時代にそこまでの実績を残したわけではないので野球エリートに対して若干の嫉妬がある。彼は一年生の頃からスタメンで起用されていたが、それはそれ、これはこれ。
米川も似たようなもので関東大会には出たことがあるものの全国には出たことがなくU-15にも選ばれなかったために最強という評価をもらっても謙遜してしまう。
そもそも本当に最強だったら甲子園で優勝しているだろうと、結果を残せていないからこそ疑問に思ってしまうのだ。
これを聞いたらプロのスカウトたちは何でそんなに自己評価が低いんだと嘆くだろう。
米川は全方向の変化球が投げられる天才。井上は既に高校通算本塁打が六十本を超えている大物スラッガー。他の能力もどこかが劣っているわけでもなく弱点があるわけでもない。総合力も高いためにドラフトの目玉になっている選手たちだ。
そんな二人が他の選手には嫉妬していたり謙遜しているなんて知ったらメンタル面を心配するだろう。スポーツである以上気持ちも大事だ。そして弱気な選手は大成しないことが多い。
だが、この二人のメンタル面という意味では問題ない。試合中も練習中も野球になれば卑屈になることはなくしっかりとした結果を残していく。試合を見ていればそれは伺えるのでスカウトたちも心配はしていない。
来年のドラフトの目玉と呼ばれている二人だ。ここでメンタルから崩れてもらっては困るのだ。
「打つのは任せるよ、ツヨ。話は戻して片桐なあ。一年っていうのは結構大きいと思うけど、何で転校したんだか。環境とかも違うし、ウチと国士舘じゃコネとかも違うから強いチームと練習試合とかも組めないだろうに」
「……お前がそれ言っちゃうかぁ」
「んん?何で俺が言ったらダメなんだ?……だって考えてみろよ。ウチはスポーツ科があるけど国士舘はないだろ?だから練習時間は絶対にこっちの方があるし、選手層って意味でも絶対にウチの方が上だ。甲子園に出るにしても、プロになるとしても絶対にウチの方が良い」
それが米川の持論だ。西東京で最強のチームはどこだと言われたら確実に武蔵大山を挙げる人間が多く、実際甲子園常連校だから米川も井上も武蔵大山を選んでいた。
米川と井上は小学校時代からの幼馴染だ。千葉の田舎で一緒に過ごしていたが米川が親の都合で東京へ転校。そのため高校に上がったら東京の全寮制の学校で一緒に野球をやろうと約束をして武蔵大山に集まったという経緯だ。
二人は習志野学園で野球をするつもりだったが、習志野学園は千葉県の中学校に所属している学生しか受け入れないというスタンスが変わらなかった。そのため東京の中学に通っていた米川が習志野学園を受ける資格がなかったので東京の学校を探したわけだ。
結果として西東京の方が敷地が広いことも多くグラウンド周りの設備が良かったこと、米川の住んでいる家から近いこともあって武蔵大山を選んでいた。甲子園を目指す環境としては西東京の中でも一番都合が良かったわけだ。
米川としては中学の実績からしても片桐に劣っていると考えていたために、秋大会が始まる直前に転校するという選択をした意味がわからなかったのだ。
「片桐がどこを目指してたのかは、あいつともあまり話せなかったからわからないけどよ。多分あいつはオレやお前が一年の夏からベンチ入りしていて片桐は入れなかった。それを本人がどう思ったのかわからないが、結果としてあいつは転校したんだ。多分お前との間に壁を感じたんだろ」
「壁?……たった四ヶ月でわかるものか?高校生なんていくらでも成長するだろ」
「……まあ、あいつの人生だからオレからはとやかく言えないけどさ。エースになれるのは一人だけだ。投手としてお前に勝てないことに絶望したんじゃないか?」
それが井上の考えだ。井上も中学のチーム事情でピッチャーをやっていたためにある程度はピッチャーの気持ちもわかる。だからこそ自分の力を信じている人間こそ、自分が評価されていないとわかったら耐えられないだろう。
片桐の心情を正確に読み取った井上は、エース級の人間が二人、同学年にいるというのはチームとしては嬉しいことでも投手の心情からしたらキツイのだろう。
「片桐がどんな思いだったかは、本人に聞くしかないだろ。それは直接球場で会った時に聞けばいい。……オレはお前を甲子園で勝たせたい。もちろん甲子園の頂点で。そのためにオレは打つ」
「ああ。俺が抑えて、ツヨが打つ。舞台は満員甲子園」
「そうだ。そのためにこの地区大会も勝ち上がる。帝王にも、反対ブロックの相手にも勝って神宮にも出て、お前が最高の投手だと証明してみせる。こんなところで足踏みをしていられるか」
「なら俺もお前が最強のバッターだと証明するために勝ち続ける。お前が千葉の田舎で燻っていたなんて許せない。お前の才能は俺が昔から知ってたんだよ」
それが幼馴染の誓い。
幼少期からずっと思っていたこと。お互いの才能を認め合い、彼と一緒なら頂きも見られると。
単純な話だ。最強のエースと最強のスラッガーがいれば負けるところなしだと。
そんな子供の思い付きを実際に叶えようとしている子供が二人。そんな子供の夢が叶う場所まで来ている。
実際夏の甲子園は惜しいところまでいけた。もう少しだった。甲子園ベスト四にまで残れたのだ。主力となった二人は、この秋からは上の世代のいない本当の時代だ。同級生と歳下になら負けられないと。
「もうこうやって名前は知られてるだろ。スカウトの人にも話しかけてもらえるようになったし」
「だな。特にツヨは今回の夏が最後のチャンスだったのに。
「……そうやってすぐ人の彼女のことを揶揄う。ならお前はマユにその頂点を見せなくちゃな」
「へいへい。お兄ちゃんは大変だな」
「……オレの妹と付き合うなんて物好きだよな。マユのどこが良いんだ……?」
「……マユちゃん、かなり可愛いと思うけど?」
「マジィ?」
米川が井上の彼女である三年生の犬山のことをイジったら井上も米川の彼女である自身の妹のことを揶揄っていた。
井上は去年の秋から一つ歳上で野球部マネージャーだった犬山と付き合っていた。一方米川はこの春から井上の妹である一つ歳下のマユと付き合い始めた。
この二人に彼女がいることは武蔵大山では有名なことだ。野球部の面々からすれば一番有名な二人だからモテるのはわかるのだが、特に二人が彼女のことを隠さないので微笑ましいのだか憎らしいのだかよくわからない目線を向けているのだ。
付き合っているのがどちらも野球部のマネージャー。だが他の女子マネージャーで付き合っている人間もいない。部内恋愛は禁止されていないが、だからって部活中頻繁にイチャつかれるのも疲れるのだ。
夏までは二組のカップルがいたので中々辛かったが、今では一組だ。マシになったものの練習終わりに井上が犬山を送っていくために下校の様子を見たらまた嫉妬したりしている。
彼らも思春期なので醜い嫉妬も許してほしい。
そんな、嫉妬も込みである意味纏まっている武蔵大山の結束は堅い。彼らに勝つのは至難の業だ。
中心選手の二人だけではなく、他の選手も片桐が嫉妬するほどに上手い選手ばかりなのだから。
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