1−2−3 秋大会三回戦・国士舘戦

 雨は降りそうにないが曇り空が支配する昼下がり。


 帝王の先攻で試合が始まった。


 一番打者の村瀬が左打席に入る。マウンドには背番号十八番の片桐が精悍な表情で立っていた。中学までにかなりの試合経験値を積んでいるからか、高校で公式戦初マウンドのはずなのに落ち着いて投球練習をしていた。


 片桐は右投げのオーバースローで投げる大柄な選手だ。上背があり角度のあるストレートと落差のある縦スライダーによって三振の山を築いていくタイプだ。必殺のウィニングショットを更に伸ばしていくことに重きを置いた投手で、元チームメイトの米川とは正反対の投手だった。


 今日の試合は正直に言うと全く注目されていない。国士舘はそこまで強いチームではなく帝王が圧勝するだろうと組み合わせの時点で思われたことが原因だ。


 プロのスカウトたちは東京大会だけを見るわけにもいかなかったので他の県に飛んでいる人が多かった。ドラフト候補生のほとんどはこの秋大会での活躍でスカウトが注目するのだ。この秋大会で頭角を示す選手は春と夏にも活躍する。そのため今の内に注目選手を絞っておく必要があった。


 全部の高校、全員の選手を見ることなんてできない上に高校生にそこまでする価値もない。スカウトからすれば高校生で欲しい選手は伸び代のある選手とスター選手だけだ。高校生で即戦力なんて一握り。


 即戦力なら社会人や大卒、それに独立リーグから獲得した方がマシだ。高校生のほとんどは最初の内は二軍で育てて使えそうだったら一軍に上げるが、二軍でずっと燻る選手も多い。社会人や大学生を獲得した方が時間がかからない。


 そんな理由もあってたとえ高校生専任のスカウトであったとしても今日の国士舘戦は見る予定がなかった。国士舘でスカウトするような選手は一人もいないと思っていたことと、帝王なら勝ち上がって強豪とぶつかるだろうからそこで両チームの選手を見たかったからだ。


 帝王の生徒たちも今日は全校応援ではないために興味のある、と言うか邪な思いを抱いた女子生徒ばかりだった。夏大会と違ってチア部や吹奏楽部の応援もなく、それらは都大会では決勝だけというのが学校のお達しだ。


 帝王は野球部ばかり注目されるが、他の運動部の成績も悪くない。そのためチア部は他の部活にも応援に行く上に、チア部そのものの大会もある。吹奏楽部も秋は芸術が活発なこともあって本業の大会があってスケジュールを組むのが難しいのだ。


 こういった諸々の理由があって帝王側の応援団は文化祭が終わっても多くはなかった。部員と父兄、それに熱心な女子だけ。少なくなったとはいえ他の高校と比べれば十分多い大応援団だった。


 観客席にいるのは熱心な野球ファンのおじさんたちと他校の偵察部隊。それに青田買いをしようとしている大学のスカウトたちだけだった。大学のスカウトは高校生の選ぶ進路としては一番多い場所なので力を入れて高校野球を見に来る。


 そうは言っても、大学にもセレクションという制度があるために本腰を入れて見ているわけではない。プロには高卒でなれなさそうだけど光るものがある、程度の選手に目星を付けておくだけだ。


 今日そこそこいた大学のスカウトだが、彼らもU-15は確認していたのか片桐の存在に気付く者が多かった。そのためデータの照合をしていたためにちょっとだけざわついていたが、簡単に掻き消えてしまう程度のざわめきだった。


 帝王の試合にしては観客の少ない試合が始まる。


 片桐がワインドアップから左足を大きく上げて踏み込み幅が広めの大柄な肉体に許されたフォームで初球が投じられる。


 ストレートはアウトハイに突き刺さる。ストライクだったがどういうボールか調べるために浮いたボールでも村瀬は振るつもりはなかった。


(回転自体は結構綺麗なバックスピンだな。速度は140km/hちょっと。体感速度で言えば昨日の大山よりも速く感じる。けど宮下のボールに見慣れてるとなぁ)


 それが村瀬の率直な意見だった。帝王の面々は智紀のストレートを練習で見すぎたために普通のストレートなら即座に対応できてしまえるようになってしまっていた。


 いつも練習でやられっぱなしは帝王に進学した者としてプライドが許さない。打撃に自信があり、激打が代名詞の帝王でレギュラーになるために進学したのだ。チームメイトのボールに手も足も出ませんなんて泣き言、言ってられない。


 智紀がノースローの日やブルペンだけの日を除いてバッティングピッチャーをしてもらって打つ日は多かった。変化球も織り交ぜられるとその引き出しの多さから凡退することも多いが、ストレートだけなら打てる選手も増えてきた。


 その成果もあってストレート主体の投手は脅威にならなくなっていた。片桐のストレートにも一巡目から対応できるだろう。


 二球目のストレートは低めに外れる。そのストレートの速度もあまり変わらない。ゾーンに近ければ積極的に打っていこうと考える。だがストレートは打てると思ったからこそ、一番打者として相手の球種を調べようと考えた。


 三球目もストレート。そのボールはインコースに入ってきたので村瀬はカットするためのスイングをする。タイミングは合っていたので真後ろに飛ぶ。バックネットに当たってファウルに。


(重……。球質は重いな。長打は難しいかもしれないが、打つのは問題ないだろ。あとは縦スライダーを見ておきたい。欲を言えば他に変化球があるかも知っておかないと攻略にかかる時間が変わってくるな)


 ファウルで確認したことで片桐のストレートが重いことがわかった。速球派投手にも種類がいて球質が重い人と軽い人がいる。実際に球が重くなるわけではなく、ボールの回転で重く感じてしまうのだ。


 片桐は重い投手だった。回転数が多い証拠だ。ボールが飛びにくいが、だからといって打てないわけではない。


 四球目。ここで片桐はウィニングショットである縦スライダーを投げた。縦スライダーはカーブの投げ方のようで手首を捻らずに投げる球種だ。ストレートと腕の振りは同じなものの手首の角度でストレートか変化球かわかる。


 わかってもリリースの瞬間に判断していたら間に合わないことが多い。特に速球派が相手では速さ的に間に合わないことがある。村瀬はこの打席を捨ててまでその縦スライダーを測ることにする。


 縦スライダーは高いところから急激に落ちてくる。落ちるボールの代名詞といえばフォークだが縦スライダーも変化量が大きい。片桐の縦スライダーも高いところから一気に落ちてくる。


 ほぼ真ん中から低めへ落ちてきた。バットを振るが当たらず三振に倒れる。だが今の変化球はベンチ入りしていたメンバーが全員見ていた。そのため変化の感じは一回で掴めた。投げられても対応はできる。そういう認識を持てた。


 アウトになった村瀬は続く仲島に助言をする。


「ストレートは特に変化しなかった。変化球もあの縦スライダーだけ。落差はあるが打てなくはない」


「ですね。ありがとうございます」


 村瀬は早足でベンチへ帰る。仲島は受け取った情報を元に打席に入る。


 仲島は前の試合でホームランを打っているが、本質的にはアベレージヒッターだ。出塁して足で次の塁へ目指し、クリーンナップに返してもらうことを理想としている典型的な一・二番タイプだ。


 もちろん長打も打てるのでできるだけ上位打線に置いて打席を回るようにしたい。そう考えるとこの二番が最も適している打者だ。


 その仲島は国士舘バッテリーに警戒されていた。昨日の試合はもちろん国士舘にも偵察されており、一年生ながら侮れない打者だと認識されていた。


(けど、こんな初回から警戒しすぎるのもマズイよな。お前の実力を見せてみろ。お前のストレートなら帝王にも通用する)


(ああ。この一年で鍛えた俺の力を見せてやる)


 片桐にとってはストレートも縦スライダーも自慢の武器だ。そしてシニアで築いたキャリアもある。それらから慢心はせずとも片桐は気迫を乗せて初球を投げる。


 速球派投手のほとんどの初球はストレートだ。先発投手の投球割合はストレートが八割近い。そのため初球のほとんどはストレートになる。ストレートに自信があるからこそなんて気の無しにストレートを選択してしまう。


 これは明確なバッテリーのミスだ。


 キャッチャーの徳川は片桐の力を過信した。そして帝王を甘く見過ぎた。正確には片桐に夢を見過ぎたというところか。


 球速は最高145km/hにも到達し、ウィニングショットも必殺を謳うには十分な変化がある。球質も重く、実際名門校相手でも抑えられた。村瀬も事実としてオーソドックスな配球で抑えられてしまった。だからリードが単調になってしまう。


 帝王にありきたりな配球は命取りだ。速球派投手なんて何人も相手にしている上に、ただストレートを投げるにしてもボールから入るなど一工夫を入れてくることが当たり前だった。


 だからインコースに来たストレートを、仲島からすれば拍子抜けという風に弾き返した。打球はサードの頭を超えてレフト線に転がる。長打コースであり仲島は余裕で二塁に到達した。ベンチやスタンドから「ナイバッチー!」と歓声が飛ぶ。


 中でもスタンドの中で一番喜んでいるのは彼女の会田だ。昨日は文化祭だったために公式戦初ホームランを見逃してしまったが、今日は活躍を直に見られて喜びも一入だ。


 得点圏にランナーを置いてクリーンナップを迎える。ここからは全国でも有数のスラッガーが立ち並ぶ。


 三番の三石、二年生の中で一番の打者だ。そして片桐は三石と面識があった。全国大会で見たことがあるのだ。直接対決はしなかったものの片桐からしても三石はよく打っていたので帝王の中でも特に目を向けていた。


 そして初球のストレートを狙って打たれたので初球に変化球を選択した。縦スライダーで意表を突こうとしたら、それを予想していたのか三石はアウトコースに落ちていくボールに合わせて軽打。


 打球はライトへ飛び、だが遠くまでは飛ばずライト前に落ちる。ランナーの仲島は打球を見てホームへ突っ込む。ライトからのバックホームが返ってくるが、仲島の俊足には敵わず先制点は帝王が獲得する。


 そしてライトがバックホームをしたことで三石も二塁へ進む。この辺りが強豪校とは違うところだ。強い学校だったらボールを内野に返すだけで三石の進塁を許さなかっただろう。続く打者が四番の三間だ。最も怖い打者に対してピンチで迎える理由はない。


 お膳立てをされた三間は獰猛な顔で打席に向かう。


 初回から国士舘には試練が訪れていた。

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