1−2−1 秋大会三回戦・国士舘戦

 国士舘大学附属高校。野球部の実力は良くて中堅。強豪と呼ばれるほどの戦力も整っていなければ、学校自体の施設もそこまで整備されていない。私立なので野球グラウンドはきちんと一つあるが、西東京は東東京と比べて土地があるのでグラウンドを複数所持している学校も多い。


 そういう強豪校と比べてしまったら平凡としか言えないだろう。有名なプロ野球選手を輩出しているということもなく、指導者が優れているわけでもない。練習量がすごいとか、特殊な練習をしているということもなく、だが弱小と呼ばれるほど弱くもない普通の学校。


 この都大会で三回戦出場というだけでかなり頑張った方だ。ここを勝ち上がれば強豪校と呼ばれるようになるかもしれない。なにせここで勝てば都大会ベスト八。東京都で八強ともなれば誇っていい成績だ。


 だからこそ今日は一段とやる気に満ちている国士舘大学附属高校の面々。彼らはこの秋大会に全てを捧げていると言っても良い。彼らは甲子園に出たことがないためにこの都大会でベスト四を目指しているのだ。


 今回のトーナメント表から、ベスト四の一番の障害はこの三回戦だと考えていた。ここに勝てばどこが勝ち上がってきても同じような中堅校ばかり。その次はおそらく西東京最強の武蔵大山が上がってくるが、そこはもう準決勝だ。


 今日勝てば一週間のインターバルがあるために投手も休められる。今日勝てば投手の疲労も癒えて盤石な状態で挑める。そうすれば勝率は高いだろうと考えていた。


 ベスト四にさえ入れば二十一世紀枠の可能性が一気に高まる。この三回戦で帝王に勝つための秘密兵器もいるのだ。やっとお披露目する最強投手は相手も何もデータがない。いくら帝王打線といえども打ち崩すのは困難だろうと予想していた。


 勝算はあると考える理由は、帝王のオーダーの組み方にある。相手の実力を見て投手の質を合わせてくるために国士舘大学附属高校相手にエース級の投手は出してこないことがいつもの流れだ。


 その予想通りオーダー表を受け取って国士舘のメンバーはガッツポーズをしていた。


「よし、宮下でも大久保でもない!データはないが確実に三番手だ。馬場ってピッチャーが甲子園に出ていた投手より上なわけがない。勝てるぞ!」


「帝王のピッチャーだから慢心はしないぞ。そこら辺の学校のピッチャーよりは絶対に良い投手だからな」


「何にせよ、片桐かたぎり。お前のピッチングにかかってる」


「ああ。任せろ」


 片桐と呼ばれた角刈りの選手。それこそ武蔵大山から転校してきた投手の名前だった。がっしりとした体型で身長も高く、自信に満ち溢れていた。


 彼はこの秋大会で一回も登板していない。だから体調は万全であり、そして転校してきた自分を認めてくれた仲間のためにやってやると気合いも十全だった。


 片桐は正直に言って武蔵大山から逃げてきた。中学時代の結果から天狗になっていたがその高かった鼻はポッキリと折られていた。


 中学時代には勝った米川には投手としての完成度で完敗し、投手としてのプライドは打撃練習で中学時代に無名だった井上によって完膚無きまでに打ち込まれた。化け物二人に出会ったことと、誰かの影でずっと燻ることを良しとしなかった片桐は親に頭を下げて早期に転校した。


 再起を願って国士舘では人一倍努力を重ねた。実戦経験はあまり積めなかったが甲子園で活躍する元チームメイトを尻目にひたすら身体を鍛え抜いていた。アメリカの筋トレも取り入れて身体の厚みはかなり増えた。


 球速も目に見えて上がり、コントロールも安定した。完投もできるほどスタミナもつけて変化球も磨いた。夏休みに愛媛の名門校と戦ったが、そこで完封という結果を残せたのだ。中学時代の結果ではなく、今の成果でチームメイトから信頼を勝ち取っていた。


 東京都は特に有名な投手が多い。帝王の智紀や武蔵大山の米川はもちろん、四回戦で当たることになるであろう加賀商業の篠原や臥城の阿久津など学年問わずに有名な投手が多い激戦区だ。


 だからこそ、ここでどでかい花火をぶち上げてやるのだと片桐も国士舘の面々もやる気に満ち溢れていた。遅れてきた天才、結構じゃないかと。ここからのサクセスストーリーを、檄打帝王を打ち破った最強投手として片桐の名前を浸透させるのだ。


 ここが自分たちの天王山だと。そんな気合を入れて臨む試合で帝王が全力を出してこないことは願ったり叶ったりだ。


 もう一度オーダーを確認する。帝王のオーダーは上位打線が変わらず一番セカンド村瀬、二番ショート仲島、三番センター三石、四番サード三間。ここまでは変える必要が全くないほど完成された打順なのだろう。


 だが問題は次。五番にレフトで智紀が入っているのだ。前の試合は九番で四三振だったというのにいきなり五番だ。前の試合に先発だった千駄ヶ谷もヒットを打っていたものの今日はベンチに下がっている。


「宮下が五番レフトか……。甲子園でも打ってたし、打順を上げてくるのはわかるが、投手起用じゃなくなった途端こうやって打順を弄るのはどうなんだ?」


「いや、昨日が特殊だったんだろ。三苫のノーコン投手に当てられるのは怖いし、なら全部打つ気をなくして見逃し三振でも良いっていう態度を取るのも対処法としちゃ正解だろ」


「昨日は本当にアレだったから参考にならないな。甲子園でも下位打線とはいえスタメンで出てたんだから打力は認められてるだろ。ホームランも打ってたしな」


 智紀が野手として併用されるのはおかしくないというのは最早共通認識だ。それこそ帝王以外だったら一年からエースで四番というのもおかしくはない。打撃能力が高いチームでも五番を任されるほどの逸材と捉えるべきか、帝王も人材不足と捉えるべきか。


 油断しない国士舘の面々からすればもちろん前者だ。粋や酔狂でクリーンナップに置くほど帝王は凡俗ではない。打率も調べたが全く悪くない。夏に出場している試合だけを換算しても打率は四割を超えている。ほぼ二回に一回は打たれると考えれば適応力も高いと想定して警戒はしていた。


 六番キャッチャーの町田、七番ライト柴。八番ファースト丸山、九番ピッチャー馬場という打順だが、智紀が五番に入った影響でこの前の試合でクリーンナップだった柴が七番に降りている。町田の打撃の安定性を鑑みて町田は基本六番で固定したいという考えがあった。


 キャッチャーをやる人間も投手に負けず劣らずセンスがある人間が多い。やりたがる人間が少ないために幼少期から監督や指導者に見射抜かれて抜擢されて、そのまま続ける人間ばかりだ。特に小学生の頃なんてバッテリーを率先して固めることが多い。


 町田もそんな選ばれた人間に漏れず打撃能力も高い。ただキャッチャーというポジション的に守備の要だからこそ打撃で頼り切るのもダメだという考えの下クリーンナップにすることは少ない。そういう考えの監督ばかりだ。


 帝王の東條監督もこの思想の持ち主だ。バッテリーをあまり上位打線に置きたくないという考えだが久しぶりにそれを破るような逸材に出会えた。それが智紀だ。


 帝王の打力を考えたらバッテリーをクリーンナップに置きたくない。特に投手は交代することが多いので上位打線に置いてもその後が困るのだ。野手も問題なくできるような選手でなければいくら打てても上位打線に置くのはリスクがある。


 智紀は外野もできるのでこれからは五番での起用が増えるだろう。よっぽど打てる選手でもない限り守備での重要度が高いバッテリーに打撃でまで負担を掛けたくないというのが本音だ。そういう意味では三年生の中原は良く打てたので五番で起用することが多かった。


 智紀以外の打者についても何でその打順になったのか国士舘の選手たちは考えていく。柴は前の試合も問題なく打っていた。ベンチに下がった千駄ヶ谷だって走攻守で問題があったわけではない。


 それ以上に智紀の能力が上なのだと、信頼されているのだと理解する。


「マジでクリーンナップの三人は要注意だな。全員がホームランバッターだ。甘く入ったら持ってかれる」


「それを言ったら二番の仲島だって昨日打ってるぞ。上位打線は気が抜けない」


「六・七番だって他の学校だったら四番候補だろ。辛うじて丸山がちょっと打力が落ちて、馬場については未知すぎる」


「でも十割バッターは存在しないんだ。全員でアウトを取りに行こうぜ」


「おう!」


 この秋大会を目標としてきたからか、国士舘の二年生の士気が特に高い。智紀と大久保の実力を認めているからこそ、序盤こそが好機だと捉えていた。


 その士気を保ったまま試合前のシートノックを終わらせる。ミスもなく終わらせた国士舘はずっと声を出し続けて気合いでも負けていないと示していた。


 秋雨の様子もない涼しくなり始めた昼下がり。秋大会の三回戦が始まろうとしていた。

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