1−1 昨日と今日の話

 昨日は大変だった。文化祭の後にあった後夜祭のキャンプファイヤーでの告白ラッシュは本当になんだったのか。多分イベントの熱に浮かされた告白だったんだろうけど、名前はおろか学年もわからない人に告白されてもどうしろと。


 人と為りも知らない、顔も別に好みじゃない人と付き合うなんて不誠実なことをしたくないし。そういうわけで断っていたら三間も同じように告白されまくって断ったらしい。試合前の調整として学校のグラウンドで準備運動をしながら一年生組と昨日のことを話し合っていた。


「三間。好みの女子はいなかったのか?」


「おらん。元カノの方が可愛かった」


「うわあ。拗らせてるぅ。三間君の好みは理解してるけどさあ、いなかったわけ?三歩後ろを歩いてくる大和撫子」


「そんな絶滅危惧種、この肉食学校にいると思ったか?」


「あ、納得」


 三間の好みが今やいないだろう大和撫子だというのはよくわかった。だが、この学校どころか日本で探してもほぼいないような珍しいタイプなんだからほぼ出会えないと思う。


 大和撫子なんて男尊女卑が酷かった頃の思想だからな。多様性の時代に移り始めて女性の活躍の場が増えたからか、男性にしずしずと従うような人がどこにいるんだって話だ。いるかもしれないけどかなり数は減ってるだろう。


 三間に聞いた千駄ヶ谷も高宮の言葉ですぐに納得してたし。


 だけど、一人だけいるような気がする。そう思って会話に参加しなかった仲島の方を見る。


「会田さんはどうなんだ?仲島」


「大和撫子、とはまた違うと思うぞ?内気……ってわけでもないし、おとなしい子っていうのはそうだけど」


「かーっ。昨日は楽しそうに二人で踊ってたもんなあ。キャンプファイヤーの時に何を話してたんや?」


「試合内容だけど。あとは会田さんが文化祭で売った文芸部の雑誌の話とか。そんなもんだろ。踊りなんて知らないけど隠すのも面倒になったから見せつけようかと」


 そう、昨日仲島と会田さんは普通にキャンプファイヤーで踊っていた。俺や三間が告白されている中、手を握ってぐるぐると炎の周りを歩いていたことを学校に見せつけていたわけだ。これで二人は公認カップルとして何かをされることはなくなるだろう。


 俺らの代のキャプテンは一年生の中で彼女持ち一番乗りを達成したわけだ。これでレギュラーで実際活躍してるんだから会田さんへ向けた嫉妬の声も結構聞こえた。


 文化祭中のはずなのに俺たちの試合結果を知ってたし、仲島の活躍を知ってたからこそ嫉妬したんだろう。葉山先輩と同じようなキャリアを積んでるんだからこれから伸びる、有名になるなんてわかるだろうし。


 そんなことを考えているとその活躍中の仲島から白い目で見られた。


「俺は見せつける意味で踊ったけどさあ。何で告白じゃなくて踊ることの断り文句でお姉さんを出したんだ?」


「だって俺踊れないからな。一番仲の良い異性の千紗姉と軽く踊って、二人して全く踊れないことを見せれば記念に踊ってとも言われなくなるだろ。あんな全校生徒がいる前で記念に転びまくる黒歴史を残したいか?」


「いや、それってわざと転ぼうとしてるんじゃ……。だから智紀君が踊れないってわかっても熱心に勧誘されたんだろうし」


 ラッキースケベの逆バージョン、だろうか。そんなことを狙っている女子がいないとは言えないのがこの学校の怖いところだよな。


 実際今まで踊ったことなんてなかったんだから踊ろうと誘われても興味が引かれない。だからこそ千紗姉の横にずっと居たんだが。


「普通家族の時間だって言ったらそれ以上突っ込んでこないのが常識じゃないのか?」


「そこは逆だぞ、智紀。家族は家に帰っても交流できるだろ?でも女子にとってはその時間しかないんだ。お姉さんは部活でも一緒だから女子は焦るんだろうな」


「あとは智紀が好きなタイプとか言わないから女子が自分にもチャンスがあるんじゃないかと思って告白してくるんじゃないか?そういうの聞いたことないし」


 高宮と仲島にそんなことを言われる。


 好きなタイプなあ。


「俺が嫌悪感を覚えない人?」


「えらく抽象的だな。つまり?」


「野球のこと邪魔しないで、その上で野球に詳しいとなお良い。生活とかにもあまり口出ししてほしくないな。どうしたって野球中心の生活をしてるから、デートとかであんまり縛られたくない」


「ふーん。まあその辺は俺たちも変わらないし。ここはダメっていうのは他にあるのか?」


「五月蝿いのは好きじゃないな。元気なのは良いけど、甲高い声で叫ばれるのは無理っていうか。違いわかる?」


「わかる」


 この辺りは理解してくれた。元気なのは良いんだよ。けどこっちをウンザリさせるような熱量をぶつけてほしくないというか。


 生活に必要な買い物に付き合うのは全然良いんだけど、週一回必ずデートとか、夜毎日メールや電話とかは無理だ。程良い距離感を保ってほしい。付き合ってみたら変わるのかもしれないけど、付き合う前からそんな風に束縛しないでほしいと願望だ。


「料理とかは?」


「できることに越したことはないんだろうけど、俺もできないから作ってくれるだけで嬉しいよ。必須じゃないな」


「容姿は?可愛い系とか綺麗系とか、あるやろ?」


「どっちでも良いなぁ。俺の女性の基準値って喜沙姉だぞ?芸能人の友達とかでモデルの人とかアイドルとかも知ってるから、割と理想が高いのかもしれない」


「ああ、普通のハードルが高いわけだ」


 家族でさえ顔面偏差値が高いのに、母さんが事務所運営をしているから芸能人やアイドルの卵とかもかなり見ている。だから美醜の基準はかなり高くなってしまっているだろう。こういうのって面食いって言うんだろうか。


 可愛いとか綺麗とか思うことはあるからそこまで周りと美的センスがズレてるとは思えないけど。喜沙姉が一番綺麗だとは思うが、家族以外の梨沙子さんだって普通に可愛いと思うし。


 告白してきた女子も可愛い人や綺麗な人はいたけど。顔だけで選ぶのもどうなんだと思って全部断った。今はそれで良いと思うんだよな。


「千駄ヶ谷は告白されなかったのか?」


「されなかったね。というか告白されたのって智紀君と三間君だけだよ。二年生の先輩方は告白されなかったって寮で落ち込んでたから昨日は結構寮の空気が重かったんだ」


「試合には完勝だったのに、そんなことになってたのか……」


 何で先輩方は告白されなかったんだ?村瀬キャプテンや三石先輩だって十分中軸として活躍してるんだけどな。この学校の女子の基準がわからない。


「智紀って今誰とも付き合う気ないんか?」


「それはお前もだろ、三間」


「オレは好みの子がいないんや。好みの子から告白されたら考えるんやけど、そういう女子もおらへんし」


「俺もそうだよ。何にせよ告白されてすぐ付き合うことはないだろうけど」


「それはそうや。相手を知らんと付き合っても長続きせんで」


 さすが彼女がいたことのある奴の言葉は違うな。仲島はまだ期間が長くないし、付き合ってからの苦労なんてまだ経験してないだろ。付き合いたてなんて一番楽しいって母さんも言ってたしな。


「えーっと、皆さん?そろそろ打撃練習をするみたいですよ」


「ああ、加奈子さん。ありがとう」


 ランニングやキャッチボールをしながら話していると加奈子さんが呼びにきた。試合前の最後の打撃練習をするからいつまでもキャッチボールをするわけにもいかないだろう。Aグラウンドで打撃マシンが用意されている。


 今日は俺も野手として先発だし、試合前に打っておきたい。


「智紀君。僕の分まで打ってきてね」


「ああ。任せろ」


 今日は千駄ヶ谷がベンチに、俺がレフトでスタメンだ。打順はまだ発表されていないけど今後は成績を鑑みて俺が出るか千駄ヶ谷が出るかのどちらかになるらしい。


 昨日は全くバットを振れなかったからな。打撃という意味では鬱憤が溜まってるかもしれない。それを解消するには打撃練習はちょうど良いと言える。


 高宮はブルペンに。それ以外の四人は加奈子さんと一緒に打撃練習に加わる。


「今日の国士舘大学附属ってどうなの?僕もあまり知らないけど」


「私立高校ですが、スポーツに力を入れているとかは聞きませんね。昨日の映像以上の力はないと思いますよ?気になるのは背番号十八の二年生投手ですが……」


「ん?昨日コーチたちの話じゃ話題にも出なかったけど、何が気になるわけ?」


「その投手、どうやら武蔵大山から転校した人みたいで。高野連の規定でこの秋からようやく選手登録できるようになったみたいです。ブロック予選ではまだ規定期間から抜けられなかったみたいで、この本戦で初めてベンチ入りしています。ただこの二試合で投げていないのでそこまでの実力じゃないのかもしれませんが……」


 そこまで調べ上げてるのか。千紗姉は絶対にそこまでやってない。


 というか、ベンチ入りしている選手全員を調べてそうな加奈子さんが凄いんだけど。やりすぎなくらいだ。その熱意をもう少し学業に向けてくれればなぁ。


 高野連が転校した選手は一年間公式戦に出られないという制約をつけている。だから強豪校で活躍していた選手だろうが一年以上経過しないと公式戦には選手登録もできない。転校の理由がどんなものであってもそういう決まりがある。


 親の都合で転校したって高野連から許可を貰わないとそんなルールが適応されるために、高校球児からしたら転校なんて絶対にしたくないことだ。これのせいで最後の夏大会に登録できなくて涙を流した選手もいる。


「加奈子さんは何でその選手が気になったわけ?」


「ウチに対する秘密兵器なんじゃないかなって思ったんです。どうやらその投手の方、中学は全国シニアで準優勝した方みたいで」


「シニアで準優勝?それが本当なら阿久津クラスの投手だぞ?それが転校?普通ならエースになっててもおかしくない投手だが……」


「武蔵大山の今のエースって、米川って人やろ?その人に負けたからって転校するか?」


「するかもな。自分がエースになれないって絶望したらあり得る。それだけ投手はプライドの塊なことが多い」


 シニアで準優勝するなんてかなりの実力じゃないとできない。チーム全体の実力がないと無理だし、何よりエースの実力がないと守りきれないだろう。それだけの実力の選手なら西東京で一番強い武蔵大山に行くことは何もおかしくない。


 ただそこで一年生の秋大会前の時点で転校を決めるような何かがあったとは考えにくい。同じ西東京だから親の都合とかではないだろうし、新チームが始まる段階でエース争いに敗れたから即転校、なんてことができるだろうか。


 三間には転校するかもと答えたが、一年の秋というのが微妙なラインだ。二年の春とかに諦めて転校するなら最後の夏大会に間に合うから時期的にもギリギリ間に合うとして、その頃には新チームの主力も固まるから転校も一つの手段になる。


 けど、秋だ。一年生が台頭してくるからと言ってそこでレギュラーになった選手が春や夏、そして三年生になるまでずっとレギュラーで居続けるとも限らない。早熟なタイプもいればオフシーズンで伸びる投手もいる。


 一年秋段階でエースナンバーを奪われて転校というのは、諦めるにしても早くないかと思ってしまう。


 気にはなるが、その理由なんて俺たちが測れるわけもなく。


「試合前に不安にさせるようなことを言ってすみません」


「いや、貴重な情報だろ。……それに智紀レベルの投手は滅多にいないから、慌てもしないな」


「仲島。中学の成績じゃその人の方が上だぞ?」


「中学で有名だった人が全員高校でも活躍してるのかって話だろ。それこそ武蔵大山の四番の井上さんなんて中学時代全く活躍していない軟式出身だぞ?」


 仲島の言う通り、井上さんは今の二年生の世代で一番のスラッガーと呼ばれているけど中学時代に全国に出たとかそういう成績を残していない人だ。中学の結果は地区大会敗退、地区代表という各学校から上手い選手を選出して戦うものに選ばれて県大会に出たらしいけど、それだって県大会レベル。


 要するに仲島と似たような戦績というわけだ。だから気になってるのかもしれない。というか中学の成績で測るのは無理だと達観しているのかもしれない。


 実際成長痛の時期が最後の大会に被ると有名な選手でも活躍できないというのはよく聞く話だ。今だって一年生の中には成長痛で軽い調整メニューで合わせている奴もいる。俺だってこれから成長痛で休まないといけない時期も出てくるだろう。


 成長痛のせいで中学三年と高校一年の成績は気にしない人も多い。この成長痛や怪我などで中学時代上手かった選手が高校では埋もれたり、逆に無名の選手が活躍したりということもある。過去の戦績はあくまで指標の一つってわけだ。


 それでも全国準優勝は無視できない成績だけど。


「ま、何でもええんや。良い投手だろうが打ち崩して勝てばええ。分島さんレベルが出てこなければウチの打線ならどうとでもなる。オレももちろん打つからな」


「分島さんレベルが出てきたらかなり苦しいだろうな」


 この前あったU-18でも大活躍だったからな。日本代表が準優勝した理由の一つだろう。世代最強左腕は伊達じゃなかった。


 雑談をしながらも最後の練習を終えていく。そこまで長い時間練習せず試合のための移動の準備を始めた。移動のバスの中で打順を発表される。


 五番レフトか。三間の後だから三間の撃ち漏らしか三間を返すことが仕事になりそうだな。

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