八章 秋大会を駆け抜けて

プロローグ 茨城の秋は終わり

 茨城県ひたちなか市にある公立の学校、ひたちなか高校。


 ここは今年野球部を新設したこともあって一年生しかいない野球部だ。だが監督は東京の名門校帝王学園でレギュラーだったこともあり指導力はしっかりとあり、茨城でも有名な中学生が進学したこともあって夏大会は三回戦進出という上々の結果を残していた。


 今回の秋大会もブロック予選を突破して本大会へ進出していた。関東大会が続いてあるために県大会は九月中にほとんどの日程を消化しきっている。十月の頭には関東大会の抽選会があるため、県大会はどこも終わっているところが多い。


 ひたちなか高校の面々はもう県大会を終えている。一年生だけのチームにしては頑張った方でこちらでも三回戦まで勝ち上がっていた。他のチームのように代替わりがなかったためにチームを作ることもなく夏大会の勢いそのままに挑んだのだ。


 練習量の差、身体の出来。技術やチームワークなどまだまだ改善点が多いチームだ。この大会も全力で立ち向かったが、茨城で二位以内に入るのはかなり厳しいと理解していた。その結果が県大会で二勝なのだから新チームとしては上々の結果だ。


 関東大会に出るには県大会で準優勝以上の結果を出さなければならない。前回大会の秋季関東大会を優勝した県だけ三位枠が与えられるが、それも一つの県だけなので確実な結果は県大会で決勝進出となる。


 ひたちなか高校のような新設校が目指すのは二年生の秋大会だ。そここそが一番甲子園に近い大会。一年から積み重ねたチームワークと試合経験値は他の高校にはないもので、二年生の秋大会が他校と一番差がある時期だった。


 その上春の選抜大会は二十一世紀枠という推薦枠がある。これは公立校が選ばれることが多く、県大会で決勝に進まなくても推薦される可能性があるのだ。創部たったの二年で県ベスト四になったとなれば注目を浴びて推薦を受けやすくなる。この推薦枠が一番狙いやすいところだ。


 選抜は関東大会に出ただけでは出場できない。たとえ県大会で優勝しても関東大会で一回戦で負けてしまえば望みがなくなることが大半。だが、まだ新しいひたちなかは歴史のなさから二年目の秋に限り関東大会へ出れば確実に選抜に選ばれる。


 二十一世紀枠は強豪校などではなく、進学校や公立校ながら県大会を勝ち進んだ学校、もしくは歴史のない私立などが選ばれる傾向にある。同じような条件の学校が多ければ直近の大会の結果などで決まるが、今の野球部の歴史であれば秋大会ベスト四辺りで十分な戦績になる。


 もちろんその前の二年次の夏大会も全力で挑むが、新設校のひたちなかが狙い目なのは秋大会で間違いない。部員全員でそこを目標に焦らないチーム作りをしている。


 人数が限られているからこそ部員全員が主力だ。来年になれば新入生が入ってくるがよっぽどの逸材でもなければ今の一年生の起用法はほとんど変わらないだろう。今は怪我をしないように、そしてオフシーズンになる前にできるだけ練習試合を組んで実戦経験を積んでいるところだ。


 そんな感じで土曜日も練習をしていたが、マネージャーの片方である飯原が親から電話で連絡を受けた。その内容を聞いてすぐに監督である大竹の元に行った。


「え?帝王の試合映像が動画サイトに上がってる?」


「はい。どうやらライブ配信しているみたいで……。巻き戻し機能があるみたいです。もしかしたら消されるかもしれません」


「だよなぁ。飯原、視聴覚室を借りてきてもらっていいか?中条は全員に指示を出してくれ。練習中止、グラウンド整備もしておけって」


「わかりました」


「はい」


 二人のマネージャーがそれぞれ動き出す。部員たちは急に練習中止となって泥だらけのユニフォームを脱いで制服に着替えてから視聴覚室に向かった。中条から帝王の試合映像を見ると聞いたので理由に納得していた。


 彼らは五月に招待試合として帝王の二軍と戦っていた。大敗したものの得るものの大きかった試合として強く印象に残っていた。


 だから観戦するための準備をして試合を最初から見ていく。


 帝王ほどのチームの映像がタダで手に入ることは滅多にない。偵察のためにビデオを回す人間はいるだろうが、それを動画サイトに上げるなんてよっぽどのことだ。この機会を逃すわけにはいかなかった。


 この映像の存在を知った関係者が削除依頼を出すかもしれない。そのため見られる内に見るしかなかった。


 各々ノートを出したり、携帯で選手名鑑を調べたりして試合観戦の準備を進めていた。


「エースが宮下なのは当然として、三間が四番か。神田、仲島って知ってる?千駄ヶ谷はあの試合に出てたからなんとなくは知ってるけど」


「いや、すまん。仲島は知らない。少なくとも関東大会に出ていた選手じゃないはずだ。どこの出身か、どのリーグにいたかもわからない」


 捕手の神田はデータキャラとして情報を頼りにされたが、主砲の大田原の質問に答えられなかった。いくらデータキャラとはいえ選手としての練習の方を優先しているし、注目していたのは関東大会のような上の大会だけだ。


 そのため関東大会に出たことのない仲島の情報を持っていなかった。


 今ではネットで調べればベンチ入りした選手の学年くらいすぐにわかる。新チームになれば一年生も何人か台頭してくるとは思っていたが、スタメンで起用されていて夏大会で見なかったのは千駄ヶ谷と仲島だけ。


 千駄ヶ谷は二軍で活躍していたのでどんな選手かわかったが、二番ショートという上位打線かつ内野の守備の要として起用されている仲島のことは知らなかった。招待試合でも出ていないし、中学時代にも有名だったわけでもない。


 誰も知らなかったところに、自前のノートパソコンを操作していた中条が答えを見付けていた。


「彼、埼玉出身みたいね。シニアに所属していて県ベスト四になってるみたい。埼玉のシニアでは結構有名だったみたいよ。三拍子揃ったユーティリティプレイヤーだって書いてあるわ」


「中条、そんなことまで調べられるのかよ?」


「名前と出身校が書いてあるんだもの。そこから検索をかければ出てくるわ。他に知りたい選手はいる?」


「あ、じゃあこの三苫の方の大山って?こいつも知らない一年なんだけど」


「こいつはノーコン速球派投手だ。ストレートの速度だけなら宮下より速いぞ」


 二番手投手の楠木が中条に期待して質問をしたが、大山の方は神田が知っていた。神田だけではなく数人知っているようだ。


「こいつってそんなに有名だったっけ?俺全然知らないんだけど?っていうか宮下よりも速いってマジ?」


「こいつが有名になったのは二ヶ月前の帝王戦だ。おそらく一年生投手最速だろうってな。149km/hを計測して帝王の倉敷から三振奪ったんだよ」


「はぁ⁉︎あのドラフト候補を⁉︎ってか、それってもう150km/hじゃん!んな速い球投げる奴が東京にはいんのかよ。やっぱ魔境じゃん……」


 楠木のように知らなかった野原が騒ぎ立てる。甲子園の試合は結構録画して見ていたので帝王の情報はかなりある。そんな甲子園で暴れていた倉敷から一年生とは思えない速度のストレートで三振を奪ったと知れば騒ぎたくなる気持ちもわかる。


 だが、試合の映像を見始めてしまえばその驚きもなくなる。バックネット裏から撮影された映像は野球の試合を撮り慣れているのか見やすい映像だった。だからこそ試合の状況は良くわかる。


「……クソノーコンじゃん」


「そう。だからストレートが速くても問題ない。勝手に自滅してくれる。三苫は守備もザルだから点はかなり奪える。……それ以上に打ってくるんだけどな」


「監督。これ参考になる試合なんですか?帝王がこの投手を打てるのは当たり前っていうか……」


 初回の表だけを見た試合の感想として、袴田が質問をしていた。ここまでノーコンだと帝王の売りである打撃能力なんて判断できないだろうと思ってしまったのだ。


 だが、大竹はそのまま映像を見ている。


「俺はもうスコアを知ってるから言えるが、見ておいた方がいい。圧巻だぞ」


「はぁ」


 攻撃については本当に言うことがなかった。智紀が一度もバットを振らなかったことは打撃放棄だとすぐにわかったので誰も声を上げなかった。


 そして全国区と呼ばれる三苫の打線は智紀相手に、火を吹かなかった。


 純度の高いストレートに、キレのある変化球。それが決まりに決まってバットに触れさせない投球が続いた。


 スイングを見れば三苫がそこまで弱いとは思えない。智紀のピッチングが凄すぎるのだ。


「やっぱりアレ、ジャイロボールだよなぁ」


「ああ。俺たちには隠してたのか、夏大会前に身に付けたのか。どっちにしろ甲子園で見せていたジャイロも確実に投げ分けてるな」


「宮下の投球もそうだが、三苫の打線も見ておけよ。三苫は確実にお前たちよりも打てる選手が多い。その打線が宮下という投手にどうなってしまうか。どう対処しようとしているのか。それを考えるだけで良い経験になる」


 甲子園でも見せていたジャイロボールをひたちなかの選手は確信して少し絶望した。練習試合の時とはまるで別人だ。ストレートの速度も変化球の種類も、たった四ヶ月前の話のはずなのに明らかにクオリティが違った。


 それは手加減されていて完封されたということか。それとも情報を隠すほどの相手だと思われたことか。どちらにせよ智紀という選手を暴くために彼のボールを穴が空くほど見続ける。


 そこで仲島のホームランを見て帝王の打撃も見縊ってはいけないと気を引き締める。逆に三苫の投手陣の評価は水底だ。投手陣を攻略するだけならいくらでも方法は思い付く。


 だが、三苫の打撃をどう抑えれば良いかについてはこれっぽちも参考にならなかった。


 三苫のスコアを見て乱打戦になろうが勝ち上がった確かな打力は認めるが、その打線が智紀に手も足も出ないのだ。せめて一点でも奪ってくれと願っていたが、むしろ一安打に抑えられてしまう。


 そのまま五回コールドだ。帝王が圧倒的すぎるということしかわからずじまい。


「うん。参考になった試合だったな」


「むしろレベル差がよくわかった試合だったんですが……。監督としては参考になりましたか?攻略法がわかったんすか?」


「いや、宮下の攻略法なんてさっぱりだ。今の俺でも打席に立って打てるかどうか。ただな、あれが名門の秋の実力なんだぞ。つまりお前たちは・・・・・来年にはあのレベルに・・・・・・・・・なってないといけない・・・・・・・・・・んだよ」


「「「ッ!」」」


 大竹の言葉で察する部員たち。そう、狙うのは春の選抜。つまりは秋大会で勝ち上がるには今見ている帝王ほどの実力はいるのだ。


 強豪と呼ばれる三苫ではなく、名門と呼ばれる甲子園常連校である帝王と同じだけの実力だ。茨城にも甲子園常連校の常総がいる。その常総に勝てるだけの実力を身に付けなくてはいけない。


 夏大会の結果とくじ引き次第ではそんな常総と一回戦で当たる可能性があるのだ。茨城にも強豪校は多いので県大会を勝ち上がるにはかなりの実力を有していないといけない。


 ひたちなかが今年公式戦で負けた相手はどちらも強豪校と呼ばれるところだ。常総や帝王と比べれば一歩劣る。


 だが来年の今頃にはせめて名門クラスとやりあえる実力が必要なのだ。それが県大会ベスト四を目指すということ。


 今の自分たちと比べて、どれだけ差が開いているか。今の試合を見ただけでその距離がわかったことだろう。


「……正直、白石と神田、それに大田原なら今の実力でもそう劣ってないと思う。だが、それ以外の実力で差がありすぎてる。悪いけど、俺はそう思う」


「ずいぶん弱気じゃないか。え?キャプテン」


「間違いない事実だと思う。守備は白石と神田頼りだし、打撃の主軸はやっぱり大田原だ。チームとしての実力はそれなりについてきたかもしれない。──でも、帝王には、遠く及ばない。その差は、俺たちがよくわかってる」


 戌井キャプテンがそう言うとその中心選手から外れた直江や袴田といったチームの上位打線を任されている選手が悔しそうに唇を噛み締めるか拳を強く握り締めている。


 帝王に集まっている選手は誰もが中学時代に天才と呼ばれた選手たちだろう。その天才たちが全国から集まり、更に鎬を削って選ばれた選手こそがレギュラー。


 チームの中でも凡才と呼ばれていた直江たちだからこそ、違いをヒシヒシと感じていた。


「──オレは諦めねーぞ。戌井がどう言おうが、このチームで甲子園に行くんだ。その時の切込隊長はオレがやる」


「俺も。大田原の前にチャンスを作るんだ。それに今はまだ身体の厚みがなくても来年にはもっと太ってやる。そうすれば身体能力も上がるだろ」


「二番手として俺が打たれてもおしまいだしな。どこかに穴がある時点で負ける、それだけの実力差があるんだ。全員で強くなるしかないだろ」


 直江、袴田、楠木が強い意志を持ってそう言う。それに誰もが続いた。バッテリーと四番が良い。新設校にしては幸運だった。そんな声は選手たちに届いていた。


 それだけのチームで終わるつもりがないのなら。本気で甲子園に行くのなら。まだまだ練習も実力も足りてないと決意が膨れ上がる。


 そして名前を呼ばれた三人もこのままで停滞するつもりはない。最強のバッテリーになれば、誰もが恐れる主砲になれば、もっとチームは強くなる。


 意志が更に固まり、モチベーションが再充填される。それだけで帝王の試合を見せた甲斐があったと大竹は頬を緩めていた。


「招待試合の時にも言ったが、打倒帝王を掲げるのは間違ってないだろう。それに甲子園の試合も見てもらったがアレは実力差がありすぎてイマイチ実感が持てなかったと思う。だが、秋の新チームならまだ近付けると思ったな?来年というビジョンに具体性が見えたな?──さあ登ろうぜ!すっげえ地道な上り坂をよ!」


「「「はいっ!」」」


 この後に組まれた練習試合ではやる気が満ち溢れていたのか連戦連勝。そして冬にはキツイシゴキもあって雪解けをした頃には。


 一皮も二皮も剥けたひたちなかの選手たちが、とても大きく見えていた。

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