4−1−3 秋大会二回戦・三苫戦

 ノーアウトで四点先制した俺たちの攻撃は続く。五番の柴先輩がレフト前ヒットで出塁。続く町田先輩が2シームを引っ掛けたのかセカンドゴロになったが、ランナーの柴先輩がフォースアウト。バッターランナーの町田先輩は間に合ってランナーが入れ替わって一アウト一塁に。


 七番の千駄ヶ谷が左打席に入る。高校公式戦初打席だ。是非ヒットでも打ってほしい。


 そう思っていた初球。まさかのビンボール。千駄ヶ谷は避けるがモロに身体の中心に来たために避けきれずに背中にボールが直撃した。140km/hを超えるストレートが直撃して千駄ヶ谷はその場に倒れる。東條監督がすぐにベンチを飛び出して冷却スプレーを持って駆けつけていた。


 本当なら監督はグラウンドに出ることはできないが、緊急事態なら仕方がないだろう。俺と三間、仲島もすぐに駆け寄った。


「大丈夫か?千駄ヶ谷」


「背中なので何とか……。ちょっと待ってください」


 千駄ヶ谷は冷却スプレーで冷やされた後、ゆっくりと深呼吸をする。その後背中を伸ばしたりして身体の動きを確認していた。怪我をした本人だ。ゆっくりと時間をかけることを許可されていた。


 ある程度動いてから千駄ヶ谷は頷く。


「ベンチに下がるほどじゃありません。大丈夫です」


「違和感を覚えたらすぐに言え。無茶されて今後に関わる方が問題だ」


「わかりました。何かあればすぐに言います」


 千駄ヶ谷は東條監督にそう言った後、時間を作ってくれた主審にお礼を言って一塁へ向かった。プレイ続行ということで嫌な雰囲気が流れていた球場から千駄ヶ谷へガッツを讃える拍手が送られる。


 当てた大山も帽子を取って謝っているが、正直何も思ってないだろ。死球を毎試合続けているのに本当に気に病んでいるのなら今頃投手を続けていられない。そういう痛みに鈍感な人間なのか、究極の自己中のどちらかだろう。おそらく後者。


 そこまで当ててたらイップスになってもおかしくはないけどな。そういう意味では三苫の投手は毎年メンタルがおかしい。打撃ばかりに目を向けていて投げることなんて二の次だからこその思想だろうな。


 本当にこの試合はさっさと終わらせたい。


 俺も打順が回ってくるのでヘルメットを被って打席の準備をする。バッティンググローブもつけてネクストバッターサークルで座った時に八番の丸山先輩が強打。ファーストへ速いゴロが向かい、案の定ファーストは溢していたが距離が近いこともあってアウト。


 ランナーはそれぞれ進んで二・三塁。チャンスだがこの場面で俺は試合前に決めていた通りに打席に立つ。右バッターボックスの左下側。ホームベースから一番離れた場所に立った。その意思表示に観客は納得を、マウンドの大山は目を見開いていた。


 打つ気がないと示しているのだ。お前のボールが怖いから三振でいいと、打席放棄を行動で見せている。真ん中に三つストレートを投げればそれで終わりだ。そんなコントロールがあればの話だが。


 今の俺の立ち位置から見てど真ん中に来たら振るつもりだが、本当のど真ん中ならわざわざ踏み込んでまで振るつもりはない。二ストライクになるまで避けることに専念する。俺の打撃を期待して見に来てくれた人には申し訳ないけど大山という投手は怖すぎる。


 さっきも千駄ヶ谷に当てているからこの選択を投手の俺が選ぶことに文句は出ないはずだ。


 俺に対する初球。何かの作戦を訝しんだのかもしれないが、アウトコースにストレートが決まってストライク。打者がホームベースに近くなければストライクが入れられるのか。だったらブルペンでしか投げられないな。


 二球目はインコースへ来るストレートだがホームベースからは外れていたのでボール。今の立ち位置からして割と絶好球だったが振らなかった。これがもっと身体寄りに来たらと思うと避けることを念頭に置かないと当てられる。


 三球目は高めに外れるストレート。コントロールが悪すぎる。打つ気がないって見せているのにストライク三つも取れないのか。あとストレートが完全にシュート回転してるな。ノビもキレもない、回転もバックスピンじゃない二流のストレートだ。


 ただ速いだけ。倉敷先輩に投げていたストレートなら綺麗な回転をしてたんだけど、アレは本当にマグレだったんだな。


 四球目はど真ん中にカーブが決まってストライク。ほぼ曲がらないし肘が下がってるから変化球だってわかる。この程度の投手はストライクを投げ込んでくれば俺たちの打線なら問題なく打てるというのはもう言わなくてもわかる。阿久津とかに比べて完成度が違いすぎる。


 五球目はストレートがワンバンしてボール。ただ立ってるだけなのに何でストライクが入らないんだ。ピッチャーとして落第すぎるだろ。


 最後はストレートがアウトコースに入ったらしくて見逃し三振。バットはギリギリ届かなかったな。今日はこれで良い。俺の打率を引き換えに安全に勝てるならこの選択を外野に責められることはないだろ。


 撤退する俺に変な目線を向けてくる大山を無視してマウンドに行く準備をする。お前を俺は投手として認めない。ちゃんと向き合って欲しければ投手になってからマウンドに上がれ。


 ヘルメットを片しながら千紗姉に質問される。


「球種は?」


「ストレート三つ、カーブ、ストレート二つ。2シームはなかった」


「ありがと。本当の投手ってものを見せて来なさい」


「了解」


 マウンドに上がってすぐ投球練習をする。軽く流して七球投げ込み、すぐに試合再開へ。


 一番打者はセンターの岩沢さん。この秋からレギュラーになった割りには一番センターなんて任されている人物だ。夏にはベンチに入ってなかったのに大出世だろう。右打者で二年生。


 今日は相手のデータがあまりないから探り探りとは町田先輩に言われているけど、要するに力で捩じ伏せれば良いってことだ。新変化球を除いて万遍なく使って俺のテスターになってもらう。打撃だけなら東東京でもトップクラスだからこそ、俺の力がどこまで通用するのか試すにはちょうど良い相手だ。


 だから町田先輩のサインに従って初球から攻める。


 一番ストレートをアウトローに。コントロール重視のそれは見逃されるもののアンパイアの手は上がった。


「ストライク!」


「おお、初球から141km/h!」


「大山より速く感じるな。やっぱりノビが違いすぎる」


 初球が決まっただけで歓声が起こるのは何なんだ。その歓声を無視して二球目のサインを確認して頷き、すぐに投げ込む。


 二球目はインコースへ決まるシンカー。自分の身体に迫るボールを岩沢さんは避けるもののストライク。避けるようなボールじゃないんだけどな。


 三球目は一番ストレートをアウトコースへ外す。ボール球まで振ってくる野蛮人じゃないみたいだ。いや、場合によったら帝王でもボール球は打つけど、三苫の選手ってどうしてもブンブン丸のイメージしかないというか。


 決め球は真ん中低めに決まるチェンジアップ。緩急差についてこられなかった岩沢さんはバットを早く振りすぎて三振。上々のスタートだ。


「ナイピ、智紀!」


「幸先良いぞ!」


 三間と仲島が褒めてくれる。三遊間が同学年というのは新鮮だ。夏までは三年生が守ってたポジションだからな。


 三間はファーストのイメージが強すぎて右側にいることに違和感がある。その内慣れるだろ。三間の肩を考えるとファーストなんて勿体無いし。


 二番の山田が左打席に入る。スイッチヒッターだから右投手の俺に対しては左打席に入るのが定石だ。山田はこっちがデータを持っていることもあって投げやすい。ストレートに滅法強いから変化球で攻める。


 初球からスライダー。インコースへ迫るこれを打ちに来て一塁線へファウルを打っていた。ストレートに強いってだけで変化球が苦手なわけじゃないからな。


 二球目には二番ストレートをアウトハイに。ジャイロボールは初見だったのか空振り。随分とボールの下を振っていた。


 ここは三球勝負だ。無駄球なんて要らない。


 三球目はインローへ迫る高速スライダー。ストレートを見た直後だからこそあまり変わらない速度で真横に滑るスライダーに対応できなかったのかバットが泳いで空振り三振。山田は頭にこそあったものの身体がついてこなかったみたいな表情を浮かべながらベンチに戻っていった。


「出たぁ!宮下の伝家の宝刀、高速スライダー!」


「137km/h!あの速度で曲がったら高校生は打てねえよ!」


「二者連続、三苫相手には凄くね?」


「ああ。三苫の連中は大振りではあってもミート力は高いからな。レベルがダンチだよ」


 続く三番打者は夏でもレギュラーだったサードの一宮さん。この人は低めの球を引っ掛ける癖がある。


 そのデータを信じて二球連続で高速シンカーを投げたら引っ掛けてくれてショートゴロ。仲島が問題なく処理してくれて三アウト。


「ナイスショート」


「ナイピッ!注文通りだ」


 仲島とグラブでハイタッチしながらベンチに戻る。


 今日の俺の仕事はこれだ。打撃は全部他の人に任せる。


 一回が終わって4-0。ここまでは帝王の予定通りだ。このまま五回で終わらせたいな。

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