4−1−4 秋大会二回戦・三苫高校戦

 二回の表。打順が先頭に戻った帝王の攻撃は一番の村瀬から。三苫は四失点したものの大山を代えることなくそのままマウンドに送り込んでいた。


 いくら自滅するからといって大山の続投を帝王側は望まなかった。他の投手を見ていないが、歴代屈指のレベルでコントロールが悪かった。ただストライクが入らないだけならまだしも、打者に向かってくるボールが明らかに多いのだ。


 三苫の他の投手も死球を出したりするが、それは明らかなすっぽ抜けとわかるようなボールばかり。身体に近いボール自体はそこまで多くなかった。だが大山はインコースを攻めているのかただコントロールが悪いのか不明だがインコースがやたらと多い。


 インコースを攻めること自体は何も悪くない。そういう強気な投手はむしろ勇気があると賞賛されるほどだ。打者の多くは引っ張った方がボールが飛ぶのでインコースは長打の危険性が高い。その上死球の危険性もある。効果的に使えば凄い武器になるがそれを可能とするコントロールとド根性があってこそできる戦術が内角攻めだ。


 意図してインコースに投げているのではなく、ただ投手としての基礎ができていないために死球を増やされるのは野球に真剣だからこそ帝王の選手としては許せないのだ。


 なにせ、気持ちが違いすぎる。情熱が圧倒的に違う。


 帝王が目指しているのは甲子園だ。全国制覇だ。そしてレギュラーやベンチ入りした選手はベンチに入れなかった人間の気持ちを背負っている。東京出身ではなく越境入学をして、甲子園に出たいと願ってきた猛者たちの代表としてグラウンドに立っているのだ。


 彼らの代わりにグラウンドにいるのだから、活躍するのは当たり前。勝利して帝王の名前を轟かせて、甲子園で頂きを奪還するために野球をしているのだ。


 プロになりたいと考えている人間もいる。だが、それは帝王の中で極少数だ。なにせプロになれるのは多くて三人・・・・・。三十人以上いる部員の中から選ばれた三人、もしくはそれ以下の人間しかプロになれない。プロ志望届を出すかどうかという話もあるが、高校の中では三人しかプロになれない。


 今年の三年生も豊作と呼ばれていたが、志望届を出すのはキャプテンだった葉山と四番だった倉敷のみ。豊作と呼ばれる世代でさえ、高卒ではその二人だけだ。


 もちろん大学や社会人を経験すればもっと帝王はプロを輩出している。それでも世代で見たら最高でも五人。


 そのたった五枠に自分がなれるかどうか。それを高次元で野球をやっているからこそ選手たちは察してしまうのだ。


 自分はプロの領域そこまでは無理だと。だからこそ高校野球で最高の結果を残したいと。


 そんな帝王の選手と比べて大山の意識はただ速いボールが投げたい。このまま最速記録でも更新してプロになりたいなと漠然と考えているだけだ。


 三苫の選手たちもただ打ちたい。打って結果として勝ちたいと考えているだけ。打つことばかりでどうやったら勝てるチームになれるかを考えることもなく、弱点をそのままにして好き放題しているだけだ。


 勝つためにどうしたら良いか。それを練習でも試合でも考えている帝王の選手とは差が出て当然だ。


 大山がボールを投げる。統一されていないフォームで投げられたそのストレートは踏み出し幅も身体の中心点も腕の角度もリリースも一球ごとに異なるためにボールが安定するはずもない。ボールは高く浮き上がって村瀬は余裕を持って見逃した。


(宮下に比べれば回転もクソ。ノビもねえ、コントロールもカス。変化球は変化球って呼べない紛い物。フォームも整ってねえ、クイックもしねえ。投げた後の守備のことも考えねえ。で、極め付けはこいつが勝手に俺たちを・・・・・・・ランク付けしてやがる・・・・・・・・・・ってことだ)


 打席で考え事をしながら二球目を迎えると、ストレートがワンバンしてまたもやボール。ボール先行が当たり前の投手であってもクリーンナップ相手にした時とのストライク率が明らかに違うのだ。


 村瀬や仲島に対してはロクにストライクが入らなかったのに、三石や三間相手にはいきなりストライクが入るようになった。フォームが安定したわけではないので違いとしては大山の意識の差だろう。ピンチの場面で燃えるとか、相手が強打者だからこそ力で捻じ伏せたいと考えるような人種というわけだ。


 その基準までは村瀬にはわからなかったが、見下されているのは十分にわかった。見下すほどの実力があるのなら村瀬は何も思わないどころかこなくそと逆に燃えるが、一回の時点で四失点もしている投手がお前は雑魚だとでもいうような投球をしてくることが気に食わない。


 だからやることは、帝王の打線を見せつけることだ。


(調子に乗ってるんじゃねえぞ。クソガキ!)


 三球目はカーブ。ほぼ曲がらないそれはストライクゾーンの真ん中付近に来た。そんな甘いボールをトップバッターを任されている村瀬が見逃すはずがなかった。


 村瀬はそれを強打。打球は右中間に伸びていき守備の間を綺麗に抜いていく。フェンスまで転がっていく打球を見て村瀬はトップスピードを維持したまま塁を駆けていった。センターが追い付いてボールを内野に返球した時には既に二塁を蹴っており、セカンドがボールを受け取った頃には三塁に滑らずとも到着していた。


 むしろ中継プレーでミスがあればホームを狙うつもりで三塁も蹴っていた。ミスしなかったために三塁コーチャーが止めたが、もう少し守備がもたついていればランニングホームランを狙っただろう。


 三苫は走塁に力を入れていないために三塁打なんて打ったことがない。これが機動力を兼ね備えた本当の打線だと村瀬が一プレイで魅せていた。


(さあ、続け仲島。打力と足でこいつらとの格の違いを見せてやれ)


 村瀬はホームを睨みながらそういう念を送る。右打席に入る仲島にはその顔がよく見えて、委細承諾しましたと言わんばかりに大きく頷いていた。


 ランナーが出たからといって東條監督からサインは出ない。バントもあまりしない帝王がこの状況でスクイズなんて真似をする意味がないのだ。


 村瀬の予想が合っていたのか、ノーアウト三塁というピンチなのに焦った様子を見せないマウンド上の大山。その初球はやはり仲島を舐めているのか腑抜けたストレートがワンバンでミットに届く。危ないボールだったがキャッチャーの伊東がしっかりと前へ落としたためにワイルドピッチにはならなかった。


 強打者にはコントロールが良くなりストレートもマシになる。そうじゃなかったということは仲島は大山のお眼鏡に叶わなかったようだ。三間のように夏大会で活躍したわけではない。おそらく同年代の評価基準は一年の夏に試合に出ていたかどうかなのだろう。


 そんな思い上がりを木っ端微塵にする金属音が球場に鳴り響いた。


 確信歩きという、絶対の自信を持って歩き出す仲島。少し歩いてからバットを置いてゆっくりと走り出す。白球はセンターへ真っ直ぐ浮かんでいくが、岩沢が途中で追いかけるのをやめてしまった。


 その証拠にドゴッ!と音を立ててバックスクリーンにボールが直撃する音が鳴る。目の覚めるような一撃は三石と三間以外にもスラッガーがいるのだと改めて示す一発となった。


「おお、センター方向にホームラン!あの仲島ってどこか有名なシニアだったか?」


「いや、知らねえ。だけど東條監督が二番に選ぶだけの一年生ってことだろ。完璧な一撃だった」


「葉山みたいだな。打てるショートは貴重だから注目されるだろ」


 今まで無名だった仲島が公式戦デビュー戦で鮮明なスタートを切ったことで注目が集まる。仲島は埼玉のシニアに所属していたもののまともな戦績は残していなかった。地元のシニアがそこだけだったということもあるが、仲島一人が突出したチームでは勝ち上がることはできない。


 打撃成績はめちゃくちゃ良かったので地元では有名だったが、地区代表戦などがないシニアでは埋もれるだけだった。それが帝王に来たことでしっかりと実力を評価されてこうして華を開いてみせたのだ。


 リードを六点に広げたことでベンチでもハイタッチをして迎える。智紀も左手を出して公式戦初アーチを祝福した。練習試合で既にホームランを打っているので高校通算では三号ではある。


「ナイバッチ。どうだった?」


「ただの棒球。お前のストレートに慣れてるから高めのストレートなんて簡単に運べる。今日は五回で終わりだ」


「それは良い。打席が少なければ怪我も減る」


 帝王の面々は智紀が投げるフリーバッティングに何度も参加している。そのため高校どころかプロでも希少なストレートを三種類も経験しているのだ。速度もキレもコントロールも最高級のストレート。それを打ち返せるようになったのは野球選手として確かな自信になっていた。


 だから他の投手のストレートなんてよっぽどの選手でなければレベルが違いすぎて簡単に打ち返せた。それくらい彼らの打撃力はレベルアップしていた。


 ここからはクリーンナップ。何点入るかと智紀は何の気概もなく考えていた。


 投手力を鍛えていない三苫は強豪校と呼ばれているものの帝王の敵には成り得なかった。

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