4−1−1 秋大会二回戦・三苫戦

 九月最後の土曜日。台風などに襲われることもなく秋大会の二回戦を迎えていた。先週の日曜日から始まった秋大会は既に半数のチームが敗退した。強豪と呼ばれる高校も負けたりしている。新チームが戦力として不甲斐なかったり、東西の強豪校が出揃うためにくじ運次第では簡単に敗退する。


 この日の一試合目、帝王学園と三苫の二回戦が行われる。スタメンも発表されて帝王が先攻だ。シートノックを見て改めて思ったことは三苫の守備のザルさだ。相変わらずポロポロと零していて送球も悪い。セフティーバントを続けたら攻撃が終わらないんじゃないかと思うほどの雑さだ。


 王者として帝王はそんな手段は取らない。やっても強いゴロを内野に打つくらいだろう。それなら普通の強硬策だ。それでエラーをしようが強襲ヒットになろうが、それで失点するのは三苫の慢心の結果だ。帝王は大きいものを狙わず転がすことを主題とする。


 それよりも問題だと思ったのはブルペンでの投球練習の様子だ。何度もキャッチャーがボールを後ろに逸らしている。それで試合になるのかと不安になるほどのコントロールの悪さだ。


 同じようにブルペンで投げていた智紀は高宮と一緒に呆れていた。投手としてレベルが違いすぎる。三苫の投手は誰も彼もそうなのだが、大山に至ってはそのレベルを超えていた。いくら球速だけなら全国の一年生で比べて最速に近くても、ストライクが取れない投手なんて投手とは呼べない。


 そんな大山は周りの評価などどうでもよく、背中の一番を誇っていた。小学校から野球をやっていていつも監督の目がないために・・・・・・・・・投手をやることはできなかった。中学でようやく貰える状況になったら同級生や下級生が野球部を辞めたせいで試合に出場することができなかった。


 一応他校との連合チームでお情けで最後の大会は出ることができたが、その時も外野での出場だった。だからエースとして認められたも同然のエースナンバーは嬉しいのだ。


 予選は勝って当たり前だったので省略。この本戦からが秋大会の本番。しかも相手は夏に負けた帝王だ。ここでしっかりと結果を残せばスカウトの目にも留まるだろうという打算があった。


 秋大会の一応二回戦だがプロのスカウトの数は少ない。確かに毎年プロを輩出している帝王の選手はこの秋から注目しておきたいところではある。しかも智紀がエースナンバーを獲得したこともあって注目度は高い。


 だが相手が三苫とわかって足が遠のいたスカウトも多い。


 三苫は確かに強豪校だ。夏はいつも勝ち上がっているので強いチームを毎年作ってはいるだろう。


 しかし、対戦相手の能力を分析するということにはとことん向いていないチームだ。守備がザルすぎて打撃成績を見ることが難しい。そして投手を見たくても一か八かのフルスイングばかりで打線がノれば爆発するが湿っていれば完封もありえるような高校。


 繋げようという意識もなく、自分の成績ばかり気にしている打者ばかり。自分が一本打てば勝てると考えている打者ばかりでどうやって走者を返そうか考えている人間が本当に少ない。


 投手は言うまでもなく外れで、守備走塁はお粗末の一言。よっぽどの打撃成績を残していなければ獲得するような選手もいない。だからプロのスカウトは三苫の試合はあまり観に来ない。


 のだが、今回は若干数のスカウトがやってきていた。帝王の秋の初戦、そして智紀が投げるかもしれないということを期待した人が数人。あとは大山を観に来た者も一人だけいた。149km/hを投げる一年生ということもあって期待だけ・・はしているのだ。二年でどこまで制球を伸ばして変化球を覚えるか。それ次第だと考えている。


 他の球団が獲得する気がないのは150km/hを超えるストレートを投げる選手なんて大学や社会人出身ならいくらでもいる。育成にもかなりいるために夏大会のようなコントロールではよっぽどがない限り高卒で獲得するような投手ではないというのがスカウトの評価だ。


 大山はプロとしてやっていくには総合力がなさすぎる。クイックもダメ、牽制もやろうとしない。コントロールが悪くて変化球も種類がない。フォームもバラバラで投手としての能力はおおまけで下の上が良いところ。


 他に挙げるとしたら同年代の投手の能力がかなり高いことだ。特に既に注目されている一年生の投手は何かしらの武器があったり、まぐれでのストレートの速度以外にも総合力が高かったり何かしらの理由がある。


 確かに夏大会で倉敷から空振りを奪ったストレートは賞賛されるべきだろう。その速度だけを見たら逸材であるのは疑いようがない。だがそのストレートを安定して投げられなければただのマグレだ。凄いストレートを投げられようとストライクが入らなければ無意味。


 プロが欲しいのは先発を任せられるような総合力を持った選手。エースと呼ばれるような絶対的な才能を持った天才。もしくは勝負所でしっかりと抑えられる一級品の武器を持った選手。


 残念ながら大山は、今の時点では全くお眼鏡に叶わない選手でしかなかった。コントロールを良くするためのアドバイスなんてスカウトからしたらいくらでも出てくるが、高校に在籍している選手へアドバイスすることはスカウティングのルールに引っかかる。


 この二年、もしくは長期的な目線で見ても六年でどうにかしない限りはドラフト候補にも名前は挙がらないだろう。本人がどれだけ望んでも、プロ志望届けを提出しようと無駄なことだ。たとえ150km/hを投げられようとそれだけでプロにはなれない。


 たとえ150km/hを投げられようとプロでは野手転向する投手はいくらでもいる。ストレートが速いだけでは投手として・・・・・プロでやっていける訳ではないのだ。そして打撃能力やその他の野手能力も大山は特筆すべき点はない。せめて智紀みたいに外野守備が問題なかったりホームランを打っていれば考えるが、そうでもない。


 まだ一年生ということも鑑みて、大山を評価するなら二年の秋以降で十分だと判断するスカウトばかり。だから今日は帝王の新人で良い選手がいないかの確認と、爆発すれば怖い三苫に智紀がどれだけ善戦するか。それしか見所がないと考えていた。


 スカウトたちが注目したのは帝王で新しくレギュラーになった期待の一年生である仲島と千駄ヶ谷のことだった。名門校で秋からレギュラーになる人間は三年生になっても中心選手だ。夏大会では間に合わなかったとしてもここから頭角を現す選手が出てくる。


 一年の夏から出てくる一年生が異常なだけで、一年秋から出てくれば十分天才だ。


 シートノックも終わって選手がベンチに戻ってくる。ブルペンから戻ってきた智紀はベンチにいた千紗からスポーツドリンクが入ったコップを受け取る。


「高宮君、智紀の調子はどう?」


「すこぶる良いですよ。智紀の調整力はさすがとしか言いようがないですね。智紀はブルペンでも試合でも調子が変わらないので試合前から安心できます」


「千紗姉、何で俺に聞かないんだよ」


「本人に聞いたって無駄でしょ。受けてる側の方がそういうのはわかるってもんよ」


 投手として本人なりに察することもあるのだが、それ以上に捕手の方がわかるという話なんだろう。


 ベンチに入るマネージャーはマネージャーが話し合って決める。そして監督に決定した人物を伝えて監督が連盟に提出する形だ。


 千紗の場合は弟がいるからと二年生マネージャーに譲ってもらった形だ。他のマネージャーたちもベンチでスコアラーをすることを目標としてきたマネージャーもいたが、身内がいるならとこの大会から先のスコアラーを任せたようだ。


「智紀。本当にデッドボールだけは気を付けなさいよ。デッドボールでいなくなるなんてエースって呼べないから」


「わかってる。……あんなの、エースどころかピッチャーにもすんなよ」


「それ、夏に美沙も言ってたわよ」


「野球初心者の美沙もそうわかるほど酷いピッチャーをマウンドに上げるなっての。それで他の選手の野球人生を壊したらとかって考えないんだろうな」


 智紀はもう一度溜息をついて試合前の準備を始める。今日の智紀の目標は抑えることと一緒に怪我をしないことだ。まだまだ長い高校生活を一人のピッチャーのせいで潰されるわけにはいかないのだ。


 智紀と千紗がここまで警戒する理由は二人とも親交のある羽村涼介の元チームメイトである市原という選手が試合中に負った怪我で投手としての道を諦めることになったからだ。その事故は悪意のあるものだったと思っているが、今回のようなノーコン投手をマウンドに上げることも同じくらい罪深いと二人は考えていた。


「先輩方。今日抑えるんで五回コールドにしてくれません?打席に立ちたくないです」


「おう、任せとけ。今日オレたちは当たってでも出塁して点取ってきてやる」


「怪我だけはしないでくださいよ。こんな序盤で中核選手がいなくなるなんて困りますし」


「智紀、同級生にも期待せえや!」


「そうだそうだ!僕たちだって打つよ!」


「じゃあ任せた。俺は本当にバット振らないからな」


 智紀が二年生に頼めばキャプテンの村瀬が応えた。一年生には頼らなかったことで三間と千駄ヶ谷が駄々をこねたが智紀からすれば言うまでもなく頼っているところがある。


 帝王ベンチのムードが明るくなってきたところで試合前のグラウンド整備が終わる。


 まもなく新チームの帝王のお披露目だ。

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