3−3 文化祭の後に

 文化祭は割とあっさりめに終わる。今日が初日で本番は明日の土曜日だからだろう。ゴミ捨てをして明日の準備をしたら解散。明日は打ち上げでカラオケに行くようだ。俺たち野球部も来られたら来てねと言われたが、明日勝てばそのまま日曜日も試合だ。


 寮の門限が少し緩くなるらしいけど、だからって打ち上げには行かないと思う。勝ったらそのまま相手校の分析をして、負けたら悔しくて打ち上げになんか行けないだろうから。


 今野球部は食堂に集まってテレビの前に座っている。三苫高校の情報を再確認するためだ。真中コーチが前に立って説明をしてくれる。映像は流してくれるものの、映像自体は俺たちとの夏の大会のものだった。


 机ごとに紙が配られる。三苫の秋大会ブロック予選のスコアと選手成績を纏めたもののコピー。そしてコーチの目線で纏められた所感が書かれている紙だった。


「三苫は夏にも戦ったからチームの傾向は省略するぞ。主軸は夏にもレギュラーだったサードの一宮。それにレフトの望月。この二人がレギュラーのままクリーンナップを打っている。この打線の中でも特に打点が良いな。警戒する打者はこの二人だろう。とはいえ三苫は打線自体に切れ目はない。油断すれば連打を浴びるだろう」


 それは夏の時点でわかっていた。打撃練習ばかりのチームだ。むしろ一番打撃は警戒しなければならない。


 それ以外が、お粗末過ぎるんだが。走塁や盗塁も攻撃の一部だと思うんだが、三苫はそう考えないらしい。ホームランもしくは長打しか狙っていないような打撃だ。


 博打のような打線なのにしっかりと打てるから結果として勝ててしまう。おかしなチームだった。


「守備はいつも通りだ。一試合に三失策はしている。バッテリーエラーも多いから塁に出たらそれだけでチャンスは広がる。長打よりも単打で塁を埋めるのが戦略としては良いだろう。四球と死球も多いからそこだけは気を付けるように」


 そこも変わらずか。もう少し守備練習に費やせば安定性が増えて勝ち上がれると思うんだが、そんな選択はしないというチームなんだろう。いくらエラーをしても打ち返せば良いという精神は相変わらずのようだ。


 誰もがスコアを見て顰めっ面をしている。ウチだって打撃型のチームだが、そこまで守備をおざなりにしているわけではない。基礎的なことはしっかりと固めてから打撃を主に伸ばしているというのが帝王のチーム方針だ。エラーをして自らピンチを増やすなんてことは投手としても嫌だし、野手として出ていても嫌だと思う。


 紙中心だった説明から、夏の試合の映像を確認するために真中コーチが声をかけて映像を再生する。


「そして投手。エース……という括りがこのチームに適しているかわからないが、エースは一年生の大山。夏にも投げていた投手だ。最高球速は夏の149km/h。確かに速度は脅威だが、コントロールが悪すぎる。秋の予選では投球回十六回と三分の二で四死球二十三。そこまで強くないチーム相手でも一イニング投げたら一つは四球を出していた。勝手に自滅してくれるだろうな」


 あいつがエースなのか。ストレートの速度だけなら認めるけど、唯一のカーブも対して曲がらずコントロールが悪すぎた投手として認めたくない相手。葉山先輩が2シームを投げられるとは言ってたけど、警戒するのはそれだけだ。


 投げてるイニングより多い四死球ってなんだよ。そんなノーコンを投手にするなっての。もしその死球で相手の野球人生を奪ったらどうしようとか考えないんだろうか。考えないんだろうな。本人も監督も。


 他の投手も説明されるものの、どれも似たり寄ったり。コントロールが悪すぎてまともな打撃ができるか心配になるレベルだ。それだけバッテリーがやらかしてもそれ以上に打って勝ってるんだから凄い。どれもこれも草野球みたいなスコアになっているのはいただけないけど。


 明日は俺が徹底的に抑えて相手に自滅してもらってコールドが一番良さそうだ。


 他に注目すべき選手は二番に入っている、ショートに回されている山田だ。夏大会でもベンチに入っていた一年生でスイッチヒッター。元々ファーストだったのにショートにコンバートされてるのは守備を評価されたのか、打撃を活かすために変更されたのか。


 他にも一年生が二人レギュラー背番号を貰っている。その二人の打力は一年生なら良いかもって感じだな。ブロック予選だとあんまり映像が残ってないから情報が少ないんだよな。大山の情報だって夏の映像で見てるだけでどう変わったのかわからない。


 その辺りのデータは連盟に提出されている選手登録で見るしかない。結果は出ているからブロック予選の打率や失策などは記録として残っている。そのデータを見るけど、ウチの選手やマネージャーが取ったスコアみたいにコースや球種が書いていないから分析も進まない。


 ブロック予選の後に抽選会が行われるために、ウチの学校でやったブロック予選以外は情報なんて集めようがなかった。そういう意味で秋大会の初戦はかなり鬼門だ。チーム状況も整っておらず、相手の予測も情報収拾もろくにできない。純粋な実力勝負になる。


 他の投手のことなんてどんな投げ方なのか、どんな変化球があるのかもわからない。これが秋大会の怖いところだ。新チームの情報が少なすぎて、あと新チームとして纏まってなくて強豪校でも負けてしまうことが多い秋大会。


 一番順当に行かない大会じゃないだろうか。新設校とか主軸が二年生だったチームでもないとチーム方針も中心選手も定まらずに崩壊するなんて話を聞く。だからこそキャプテン選出は早いんだろうな。


「山田は十二打数七安打、六打点。二番としては破格だろ」


「三苫に二番なんて概念はないだろうけどな」


「智紀。明日は投げることに集中せえ。点はオレらが取ってやる」


「そうしてくれ。死球が怖すぎてホームベースに近寄らないつもりだ」


 三苫が相手だとわかった瞬間に監督にはそれを伝えている。明日は打席で一回もバットを振らないかもしれない。それだけ死球が怖すぎる。そういうことで明日は九番で出場予定だ。三間に打点は任せるし、それが良いとスコアを見ていた高宮も頷いていた。


 日本の野球なら二番打者ってバントや進塁打などの小技が得意というイメージがある。日本の野球がバントやスクイズを多用するスモールベースボールだからというのもあるが、上位打線ながらも強打者を置くイメージが浮かばないのは何でだろうな。一番なんて出塁率の高い打者を置くのが常識なのは日本も海外も変わらないし。


 上位打線だから打てる打者を置くというメジャーの考え方が打撃偏重の打線だと正しいと感じてしまう。だから山田が二番を打っているというというのは日本としてはおかしく感じるけど、俺たちからしたらおかしくはない。


「俺たちの二番打者も、何でかショートで強打者だよな。な、仲島」


「俺って強打者か?最近の打率は良かったけど」


「打率が良いのは誇れよ。ホームランだけが強打者の資格じゃないぞ」


「じゃあ何だ?OPS?」


「それも指標の一つだな。打点、大事な場面での一打。一概には言えないが仲島は敵に回したくないな」


 高宮の言葉に同感。仲島は三間みたいに目が良いってわけじゃないんだけどミートが上手いから安打率が高い。バットコントロールが良くて守備の間に綺麗に落とせるのが長所だ。一番打者が凡退しても仲島が出塁してくれるだろうという信頼感はデカイ。


 明日のオーダーは一番セカンドの村瀬先輩、二番ショートの仲島、三番センターの三石先輩。四番サードの三間、五番ライト柴先輩、六番キャッチャー町田先輩。七番レフト千駄ヶ谷、八番ファースト丸山先輩、九番ピッチャー俺というスタメンだ。


 スタメンは全員レギュラー背番号だ。帝王はまだ大会の序盤とかは二桁の背番号の選手を起用するが、秋の大会は夏とかと違って試す機会がない。夏の試す機会に当たる一・二回戦が秋で言うところのブロック予選なため、ここをスキップされた俺たちは試せない。


 相手が三苫ということもあって、気を抜ける相手じゃない。三苫は東東京でも強い強豪校だ。だから全力のオーダーで当たるんだろう。


 まだ学校は文化祭の熱を残したまま。俺たちは試合に向けての熱を高めている。


 秋雨は、見られなかった。

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