3−2 文化祭
そういうわけで文化祭が始まった。
開会式は可もなく不可もなく、オープニングセレモニーに際した演目とかもなく文化祭実行委員会の人たちが盛り上げておしまいだ。まあ、盛り上がったとは思う。中学校の時とかと違って盛り上がってるけど、規模からして違うからな。中学の時はクラスごとの出し物とかなかったから全く別物なのはそうなんだけど。
開会式が終わって教室に戻って。そんなに時間もかからずに校内放送で開始の合図が流れる。俺は早速プラカードを持って千駄ヶ谷と一緒に校内を巡ることにする。
結構すぐ廊下に出たはずなのに、もう廊下には生徒がたくさんいた。いつもの制服じゃなくクラスTシャツを着ているためにかなりカラフルだった。俺たちのTシャツは水色で前側にカレーが描かれていて後ろにはクラスメイトの名前がアルファベットで書かれている。
他のクラスは紫だったり赤だったりで目が痛い。クラスTシャツってそういうものだけど、これって今後部屋着にしかならないよな。思い出にしかならないけど、それも学校行事だから後々良い思い出になるんだろう。
女子生徒の目線がこっちに集まっている気がする。俺も千駄ヶ谷もレギュラーだから女子の目線も集まるんだろうけど、俺たちよりも三年生の方が注目されるんだろうか。これから三年生は告白をされて付き合うんだろう。文化祭で付き合う野球部の先輩は多いらしい。
部活を引退して、一緒の出し物を準備して。そうして距離が縮まって付き合う、と聞けば普通の恋愛みたいだ。ウチの学校で普通の恋愛なんてできないだろうな。仲島と会田さんっていうレアな普通のカップルという言葉的になんともおかしい存在がいるけど、本当に希少だと思う。
「智紀君、どこから回る?」
「外でも行くか?暇なんだからどこ行っても良いだろ。それにこんな時間にカレーの宣伝をしても食べに来る人はいないだろうからな」
まだ十時だ。お昼には早すぎる。最初の一時間くらいは閑古鳥が鳴いているだろう。
だから最初のうちはただ歩いているだけで良いだろう。つまり暇なわけで。
靴を履き替えて外履にする。校舎の周りはロードワークでも使うためかそれなりに広く道が作られている。だから祭りみたいに屋台が建てられている。
立ち食いができる食べ物が多いようで、唐揚げやクレープ、大判焼きの屋台が出ている。大判焼きは今川焼きとかの名称があるから喧嘩が起きるけど、ここでは大判焼きらしい。
甘い匂いとしょっぱそうな匂いが混ざってるのはちょっと微妙な気分になる。祭りってそういうものだけど、匂いが混ざりすぎていて気分が微妙になる。鉄板とかで直に焼いてるから匂いと煙が凄い。
プラカードを片手に持っているだけで声を出して客引きをすることはしない。屋台の前とか他の人たちはしているけど俺たちはただ持っているだけ。
それが気になったのか声をかけて来る女子がいた。同級生らしい。
「宮下君、千駄ヶ谷君。二人のクラスって何をやってるの?」
「見た通りカレー屋ですよ。今なら時間的にも空いてます」
「二人は接客をしてくれないの?」
「しないよ。接客の人と外回りの人は別なんだ」
こういう質問をされるだろうなと思ってたけど、本当にされるとは。何故か俺たちに接客してもらいたい人が多いらしい。接客したからってそこの席に着いて話すわけでもないのに。
そういうホストみたいなことはしないんだから接客をしたって意味ないだろう。それにウチのクラスでの接客はただカレーとお冷を運ぶだけだ。それの何が嬉しいんだか。
そんな感じで話しかけて来る女子が多い。多いけど俺たちが接客をしないと知ると興味をなくしたのかクラスのことは二の次で明日以降の秋大会について聞かれることが多い。
明日は文化祭で応援に行けないけど日曜日は見に行くからねということを言われる。あとは明日の先発はどうなのかと聞かれる。まだ発表されていないと答えるけど、多分誰も真相は話さないよな。
もう先発は発表されている。俺は先発投手だし、千駄ヶ谷もレフトで先発出場の予定だ。それを野球部の誰かが漏らさないと良いが。
屋台を冷やかしてブラスバンド部の演奏を中庭で聞いて。ブラスバンド部の人に夏の応援についてお礼を言って教室に戻った。教室に戻ってプラカードを他の人に渡して自由時間になる。十二時近いから席は埋まってるし持ち帰りでも列ができている。
カレーが美味しいのか、他の理由があるのか。カレーは他のクラスと被ってないからカレーが食べたいならここで食べるしかない。クラスを見たら唐揚げとかを買ってきてトッピングで乗せている人もいた。トッピングは面倒だったからやってない。回転率が悪いからな。
ずっと千駄ヶ谷と一緒に回るのもアレかという話になって午後は好きに回ることにした。一人だと女子に話しかけられるかもしれないが、そこは女子たちがお互いに牽制し合ったのか誰も話しかけてこなかった。
途中で野球部に会ったり途中まで一緒に文化祭に回ったり。先輩方のクラスにお邪魔したりしてゆったりと過ごした。文化祭でやることなんて特にないなと思ってたから、そういえば千紗姉のクラスに行ってないなと思って千紗姉の姿を見に行こうと思った。
そうして向かった場所には。
「……はぁ?」
「げっ、智紀⁉︎」
メイド服を着た千紗姉だった。確かに千紗姉のクラスはメイド喫茶って書いてあったけど。まあミニスカートじゃないだけマシか。ロングスカートだけど大安売りの殿堂で売っているようなメイド服だ。
まさか姉がコスプレをしているとは。こういう姿を見るのは文化祭だけだよな。千紗姉から文化祭の話をまともに聞いてなかったからコスプレをする側だとは思わなかった。
「何か食べるものある?」
「何よ。まだ何も食べてないの?」
「葉山先輩の劇見てたら食べる時間逃した」
「ああ、演劇」
赤壁の戦いは結構良かった。ダンスで戦闘シーンを表現して、ラブシーンもあって。体育館の舞台とその前を使ってライトとかもふんだんに使って戦争を見せつけていた。
元々の話を知らないから登場人物の把握が大変だったけど、ああいうのを観るのも良い経験だっただろう。舞台とか観に行こうとは思わないからなぁ。
舞台は純粋に行く暇がないのと興味がない。舞台役者さんに興味がないし、映画とかみたいに喜沙姉が出ていないのなら見る価値がないと考えてしまう。ドラマや映画で良いかと思ってしまうのと、その二つだって喜沙姉とか母さんが出ていないと観る気にもならない。
最近久しぶりにアニメ作品を見た。昔は子供向けのアニメとか野球のアニメとか見てたけど、中学以降では本当に久しぶりだったと思う。梨沙子さんが出ている野球漫画が元となったアニメだ。梨沙子さんが出ているのと野球なら良いかと思って見たけど結構動きがしっかりとしていて面白かった。
それ以外で演劇とかを観る気がない。今回の赤壁の戦いだって葉山先輩が出ているからってだけだし。結構野球部の下級生は集まっていた。高宮とかと感想を言い合ってたし。
千紗姉のクラスに行くって言ったら誰もついてこなかったけど。
「オムライスしかないけどそれで良い?」
「良いよ。どうせ千紗姉が作ってるわけじゃないんだろ?」
「もちろん。あたしは接客だけよ」
席に案内されて紙皿に乗ったオムライスが出される。卵の上にケチャップでハートが書いてある。在り来たりだな。千紗姉が運んできた後、俺の対面に千紗姉が座る。
「接客とかそうやってするんだ?」
「するわけないでしょ。弟限定」
「おかえりなさいませご主人様とか言うわけ?」
「言わないわよ。言ってほしいの?」
「いや、別に良い」
千紗姉にメイドとして接してほしいとかないし。珍しいものを見れたとは思うけど。
「ん。普通に美味い」
「それ作ってるの、洋食屋の息子なのよ。良かったわね、当たりで」
「当たり外れがあるみたいじゃん……」
「卵が生焼けとか焦げてるとか、それなりにあったわよ。文化祭だもの。そういう意味じゃ一番の当たり。試食の時も美味しかったし」
「なるほど」
俺たちのカレーみたいに大量生産とはいかないんだろうな。オムライスの中の焼き飯はある程度作っておいて卵を焼くだけにはしてあるんだろうけど、卵焼きなんて腕の差が出るか。
千紗姉ならこんな綺麗に作れないだろう。おにぎりとかなら普通の味にできるけど、料理の腕があるわけじゃないんだから。
「文化祭は楽しめた?」
「それなりに?女子に囲まれることはなかったからマシだった」
「それは良かった。アンタ、最後にあたしのところに来るなんて筋金入りね」
「野球部の全員に言われた。割り切ってるけどな」
「来年は大変ね。もう一人増えるんだから」
「それも割り切ってる」
そうんなんだよな。来年は美沙も増える。どうせ来年も同じ感じで楽な企画をクラスでやって適当に抜けてくれば良いんだから二人のクラスに顔を出すのも訳ないだろう。
来年も秋大会の直前だろうし。イベントはイベントとして割り切るさ。
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