3−1 文化祭
この九月は時間が流れるのは早かった。練習試合は一回だけだったし、それ以外はずっと練習だった。学校の中は文化祭の準備で華やかだったのに運動部の面々は練習漬けだ。文化祭の準備は全然手伝わなかったのに教室の中には文化祭用の飾りなどが増えていった。
他の運動部に話を聞くと屋台をやったり簡単な勝負をやって景品をプレゼントみたいな企画もあるようだ。野球部は本当に何もしないからそういうイベントも面白そうで羨ましい。
こういうイベントを通して一致団結みたいなこともあるだろうからな。野球部としてはそんなイベントがなくても合宿とか普段の練習で十分な気がする。
そして早いもので今日はもう文化祭の前日だ。昨日は水曜日だったから放課後の練習はなかったんだが、今日と明日も放課後の練習はなかった。この二日くらいクラスに貢献しろということだ。
だから放課後にクラスの手伝いをしようとそのままクラスに留まっていたが、正直やることがなかった。
やることは机と椅子の移動。あとはテーブルクロスをかけたり黒板にチョークで文字や絵を書くことばかり。カレーがメインだから教室の装飾にはそこまでお金をかけていないらしい。
「何かやることってある?」
「うーん。この後最後の試食会をするからそれくらい?」
「本当にやることないんだな」
「それはそうだよ。飲食だもん」
俺も千駄ヶ谷も結局することがなくて教室で座って待っていた。机の移動なんて十分もかからずに終わったし、黒板のアートは絵心がないので断った。
カレーは隣のクラスを借りてそこで作ってウチの教室は食べる場所として提供するようだ。もちろんテイクアウトもOK。レジ用のお釣りも用意しているらしくて本当にやることがない。ゴミ捨てとかもなかったし。
九月に文化祭、十月に球技大会。十一月には二年生だけだけど修学旅行がある。いや、一年生も一日遠足じゃないけどどこかに出かける日があるらしい。校外学習だっけか。そんなこんなでここからは学校行事が盛り沢山だったりする。
修学旅行とかは運動部に配慮してオフシーズンになる十一月の末に設定されているらしい。その時期ってもう寒くなってるから出歩くのは微妙な気がする。
球技大会の話も出て俺は怪我せずに楽そうなものに出場しようと考えて卓球を選択した。野球グラウンドではソフトボールが行われるけど、それに野球部は出られない。野球部は審判だ。本職が無双して何が面白いんだってなるしそれも当たり前の対処だ。
千駄ヶ谷はバトミントンにするようだ。あとクラス代表リレーは俺も千駄ヶ谷も選出された。
まだ大会期間中だろうから無理はできない。そうなると遊びの球技大会は流すことにするのが正しい判断だ。先輩たちも誰一人としてサッカーみたいなマジ競技に出ないらしい。
「千駄ヶ谷。明日どうやって回る?」
「適当でいいんじゃない?僕たちの宣伝ってそこまでの効果があるとは思えないし」
「学内発表だからな」
土曜日の校外発表ならまだしも、明日は身内しかいないお祭りだ。お客の数も決まってるから宣伝にあまり効果はないと思ってる。
つまり明日は一日中フリーだと言っても過言じゃない。
「カレーできたよー」
「よっしゃあ!」
カレーが入った鍋と炊飯器が運ばれてくる。それだけで教室の匂いがカレー一色になった。俺は美沙が作る晩飯が、千駄ヶ谷も寮で食べる晩御飯があるから少量だけ貰う。
ちょっと奮発してビーフカレーらしい。野菜ゴロゴロ、肉も大きな塊で入っている。野菜が大きいと炒めるのが大変って美沙が言ってたけど、大量生産だと違うんだろうか。
「ん。美味いな」
「智紀君が褒めるのは珍しいね?結構舌が肥えてるイメージだったけど」
「文化祭のカレーとしたら及第点だろ。結構ハードルが低かった」
学生の大量生産だからそこまで凝ったものを作れないだろうとタカを括っていたから、それ以上のものが出てきて美味しいと判断しただけだ。五百円で売るもので原価とかを考えたら凄いものは作れないと思っていたらそれなりの美味しさのものが出てきたんだから褒めもする。
「じゃあ美沙ちゃんのご飯と比べたらどうなのさ?」
「俺が一瞬でも迷うと思うか?」
「だよねー。智紀君、彼女ができても手料理とかに満足できないんじゃない?」
「そこはほら、彼女っていう謎のプラス要素で美味しく感じるんじゃないか?」
わからないけど。彼女なんてできたことないからそんなプラス要素があるのかどうかすらわからない。俺の舌の基準が美沙になってしまっているのは事実で、たとえ彼女の手料理でもそれ以上に美味しく感じるかどうかはその時に食べてみないとだな。
恋のスパイスだとかっていうのはこういう時に使う言葉だったか?いや、なんか違う気がする。
「美沙ちゃんって?」
「水曜日によく一緒に帰ってる俺の妹」
「へー。妹さん料理上手なんだ。そんなに美味いのか?」
「美味い。ウチ片親だからその妹がずっと料理をしてて、もう八年くらいウチの台所を取り仕切ってるぞ」
「同級生と経験値が違いすぎるだろ。なら美味しいのは当然か。……家族の贔屓目も入ってるんじゃ?」
「まあ、入ってるだろうな」
クラスメイトの荒井と話しつつ、カレーを口に運ぶ。外食だったら美沙以上の味なんてあるんだろうけど、日常的に食べて安心するのは美沙の料理だ。シスコンな俺でも喜沙姉と千紗姉の料理は酷評するからな。
家族の贔屓目というより、美沙に舌が改造されているんだろう。それで他の人と味覚はそこまでズレていないんだから日常生活的には問題ない。
食べ終わってから全員に渡される文化祭のしおりを見ていく。どこのクラスがどこで何をやっているかというフロアマップだ。これがないと目的の場所に行けない。
「葉山先輩のクラス、演劇を体育館でやるんだな。千駄ヶ谷、『レッド・クリフ』ってどんな劇か知ってるか?」
「ああ、前映画でやってたけど、それ『赤壁の戦い』だよ。中国の昔の戦乱劇」
「あ、割とそのままなんだな」
ということは戦う劇をやるのか。大変そうだな。
他の先輩も劇やったり映画を上映したり、色んなことをやってるみたいだ。特に三年生は部活を引退した人が多いから結構大変な劇とかができるらしい。こういうのはスポーツ学校のウチと進学校とか普通の学校だと違うんだろうか。
他の学校の文化祭なんて行ったことないからな。そもそも行く機会もないし。
梨沙子さんの学校も今月らしいけど、先週やったらしい。普通に部活だったから行かなかった。梨沙子さんもなんてことのない射的の出し物をしていただけだからそんなに面白いものじゃなかったって電話で言ってたな。
本人的には役に活かせるような大きなイベントを期待していたらしいけど何もなかったとか。文化祭で事件が起きたり、目を引くような告白イベントとか、まあないよなぁ。
そういうのは創作物の中だけだ。
「軽音部のバンドにブラスバンド部の演奏、後はダンス部とかが主かな」
「俺たちを応援してくれたからって発表を見に行く必要あるか?」
「ブラスバンド部なら良いんじゃないかな?ダンスは、微妙。軽音は僕の趣味だね」
「まあ、時間が合えばその辺りは回るか」
「他の人とは回らなくて良いの?」
「野球部でゾロゾロ歩くのって邪魔じゃないか?バッタリ会ったら合流で良いだろ」
文化祭に期待してないからだろうな。俺はもう明後日の試合に意識を向けている。変に疲れるようなことだけは避けて体調を整えるだけだ。
文化祭の手伝いは本当にカレーを食べただけで終わった。そのまま帰るのもなんだかなって思って室内練習場に足を運んだ。佐々木がいたのでちょうど良かったから受けてもらうことにした。
佐々木は今月結構受けてもらったからか、ジャイロスライダー以外は全部捕球できるようになっていた。高宮と町田先輩がいなくても投げられる相手がいるというのは大きい。
「佐々木のクラスって何やるんだっけ?」
「ボウリング。点数で渡す商品が変わるシステム」
「一番良い商品って何?」
「熊のでっかいぬいぐるみだな。いや、あれほぼ無理だけどな。点数が高すぎて達成できる人いないぜ」
「ふうん?」
そんな雑談をしつつ投げ込む。明日は調整になるから今日中に投げ込んでおきたい。ストレートも問題ないっぽいし、明後日は万全の状態で投げられそうだ。
もう東條監督から三苫戦の先発を言い渡されている。強打のチームだからエースとして任せてもらえるんだろう。その期待に応えるように結果を出したい。
俺がエースだと、周りに知らしめるような結果が欲しい。
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