2−5−3 秋の前のチーム固め
仲島と会田さんの話は凄く知れ渡った。別に付き合うくらいいいじゃないかって思うんだが、どうにもそうはいかないらしい。この学校がおかしいのは今更だけど。
一週間の練習は一軍が中心となって行なった。もうここからはそういう練習になるだろう。打撃練習から守備練習まで基本は二十人が中心となって実戦形式の練習が多かった。
あと、三間が告白された件だが、断ったらしい。好みの子ではなかったとか。というかまだ元カノに未練があるらしい。実家に帰っても会えなかったようだが。
やっぱり女子生徒が活発になっている気がする。移動教室のたびに話しかけられるのは正直疲れる。でも俺は告白されないんだよな。なんだか周りの女子が牽制し合ってるらしいというのは木下さんに聞いた。だから俺は告白されないらしい。
告白されても断るから、手間がないだけ楽で良いんだけど。
投手陣の皆と話す機会があって、俺がエースだってことにどう思っているのか聞いてみた。
「正直、俺からしても宮下で良いと思ってるよ。お前のストレートだけでもヤバいのに、変化球も一級品だ。俺だって負けたくはないけど、今の俺じゃ勝てないからな」
「大久保先輩……」
「大久保の言う通り、ウチで一番のピッチャーは確実にお前だ。甲子園での活躍、最近の完全試合。文句のつけようがない」
「それに智紀は打力もある。お前が打線の要にもなるなら良いだろ」
大久保先輩も馬場先輩も平も、全員異論はないらしい。確執がなければそれで良いんだけど。
捕手の二人も俺がエースで良いと言っている。町田先輩は夏大会でずっと一緒だったし、高宮は俺と一緒に練習する機会が多かったから異論はないようだ。
東條監督はその方針的にエース一人を酷使することはない。他の三人の投手についても信頼しているし、相談とか情報交換は積極的にした。
その上で馬場先輩と平には俺が投げ分けているストレートの感覚の違いについて話したら罵倒された。
「何でそれでコントロールできるわけ?馬鹿じゃねえの?」
「リリースが絶対に狂う……。そんなの指先が相当器用じゃないと無理だろ。その辺りは何か練習したのか?」
「指先はゴムを使った訓練を昔からしてたな。指に引っ掛けてグニグニと伸ばしたり引っ張ったり。これのおかげで結構器用になった自覚はある」
「それのおかげでフォークも何とかなりそうなんだよな」
「え?高宮、こいつまだ球種増やす気なのか?」
「ああ。握力も問題ないし、いつかはやらせる。ただそれはオフになってからだな」
球種なんていくらあっても良いんだから試せるものは試したい。
お互いにどんな風にボールを投げているのかを話していると、平が疑問を呈してきた。
「さっきのストレートの投げ分けに戻るけど、智紀って変化球の時もそこまで考えて投げ分けてるのか?」
「んー、高速スライダーと高速シンカーは指の切り方を意識してるけど、それ以外は特には……」
「ストレートの時みたいにスライダーにジャイロ回転ってかけられないのか?確かメジャーで有名だろ。スラッターって呼ばれるジャイロスライダー」
その言葉に俺と高宮に電流が流れる。
高速スライダーは確かに強力な武器だが、それをもっと強くできたら。投げ分けられたら。
俺の武器が更に増える。
しかもこの改造はそこまで時間がかからない気がする。
「宇都美コーチ!」
「ああ。話は聞いていた。投げてみろ」
町田先輩に座ってもらって、高速スライダーとも普通のスライダーとも違う指の切り方をする。ジャイロのように指を切りつつ、握りはスライダーのまま。
それを真ん中付近へ投げ付ける。ボールは予想通りジャイロ回転のまま横に滑っていった。
町田先輩も初見だったために零していたが、確かにジャイロ回転で横に曲がったのは事実だ。横というよりはカーブ方向に落ちていった気がするけど、カットともまた違う。特にスピードが高速スライダーよりも速かった。
「えぐ……。あの速度で曲がるのかよ?」
「真横に曲がる高速スライダー。一般的なスライダー。それよりも縦に曲がるジャイロスライダーか。軌道的にはスラーブに違いが、速度が段違いだ。変化量も申し分ない」
アドバイスをした本人の平がドン引きしていて、真後ろで見ていた宇都美コーチが解説をしてくれる。今日ブルペンにいたマネージャーは一年マネージャーの加奈子さんと木下さん。加奈子さんがビデオを回していて、木下さんがスピードガンで計測していた。
加奈子さんはビデオの映像を見直しているのか画面を覗き込んでいて、木下さんはスピードガンをずっと見ている。
「二人とも、記録は取れているか?」
「はい。映像はバッチリです」
「球速は141km/hです……」
「そんな速かったのか」
ストレートと変わらない速度で落ちる変化球。SFFとかカットボールと変わらない。それにあれだけ落ちていれば空振りもゴロも狙える。いきなり新しい武器ができた。本当ならオフにやろうと思ってたことを繰り上げで、しかも変な負担をせずにできたのは大きい。
それからどのコースでも変化は変わりがないか、一定の速度、変化で投げられるのかの確認をした。何球か投げると町田先輩がスラッターに慣れて捕球できるようになっていた。そこからは高宮に代わって高宮にもスラッターに慣れてもらうことにした。
他のスライダーも変わらず投げられることを確認して今日の投球は終わりにする。そして明日、打撃練習で確認することにした。
次の日の午後の練習。俺と高宮がバッテリーを組んでベンチメンバーと真剣勝負をする実践的な打撃練習で、その新変化球をお披露目する。とはいえいきなり見せるのはサプライズ感がなくなるので見せるのは三石先輩か三間を最初にしようという話になった。
守備には二軍が就いて、四球やヒットで出塁したらそのままランナーとして残る本番さながらの打撃練習だ。俺は五イニング分投げてその後は平が投げる。
柴先輩と村瀬先輩を抑えて三番に三石先輩が入る。ファウルも含めて追い込んだ後、決め球として高宮がスラッターのサインを出す。
バッテリー、それに宇都美コーチと一年生マネージャーしか知らない新変化球。決めさせてもらおう。
ボールの外側を人差し指と中指で持ち、親指でボールの下を支える。縫い目は中指だけにかかるように握ってそれ以外はいつものスライダーと変わらない握りだ。そしてリリースの瞬間に指の腹で押すように指を切るだけ。
フォームも変わらない。本当に指の切り方だけだ。
それでスピードが出て変化にも違いが出てくる。変化球は不思議で面白い。だからピッチャーはやめられない。
ボールは左下へジャイロ回転のまま落ちていく。三石先輩はストレートだと思っていたのかバットの下を潜っていくそのボールに目を見開いて空振り。これで三振だ。
「智紀。今のボールは……」
「新変化球です。良いでしょう?」
「ああ。良いボールだ。ジャイロ回転で曲がったか?」
「はい。ジャイロスライダーですね。三石先輩に通用するのは良い確認になりました」
「智紀ぃ!オレにも投げろ!」
「それは高宮のリード次第」
三石先輩からも良い評価をもらって次の打者は三間だった。さて高宮はどんなリードをするんだか。
そう思っていたらストライクは全部スラッター。一球だけ見せ球のストレートを挟んだものの、勝負球は全部スラッターで三間は掠らせることもできなかった。情報があっても三間にここまで通用するのなら十分だろう。
「クソ!わかってても打てんかった!」
「三間的には何が脅威だ?回転?速度?変化?」
「……回転と速度や。ジャイロの存在を知ってるからボールが伸びてくると思うし、速度もあまり変わらんのや。それが落ちるっていうのが頭がバグる。そんで高めだと伸びるジャイロボールのくせにストライクへ落ちてきよった。これ、高めの方が魔球やで?」
そう、ジャイロって高めだと浮く性質があるけどスラッターはしっかりとその後落ちる。どういう原理なんだかわからない。
でも本当にこれは武器になるな。スライダーに妄執を抱いている阿久津でも投げられないだろうスライダーが高速スライダーと合わせて二つもあるのは密かな自慢になった。
こんな新武器を手に入れて、週末の抽選会によって。
俺たちの初戦は夏にも対戦した三苫高校になった。
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