2−5−2 秋の前のチーム固め
背番号が発表されたこともすぐ校内に知れ渡り、俺がエースだということを褒められた。これは男女問わずだ。女子に褒められても何とも思えないけど、男子に褒められるのは純粋に褒められているのがわかるために嬉しかった。千駄ヶ谷も褒められていたし、他の部活でレギュラーになったというクラスメイトは俺も称えた。
で、野球のことも大事だけど今月はそれ以外にも大事な行事がある。文化祭だ。
九月の末にあるみたいで、そこの金曜日と土曜日にやる。ただその土曜日っておそらく試合なんだよな。今月の高校野球の日程としては秋大会の抽選会と、あとは国体がある。甲子園ベスト八に入った高校が国体でもう一度戦い雌雄を決するが、国体だと大体三年生だけでメンバーを固めるので試合結果が変わりやすい。
一・二年生は秋の大会で主軸になるのだから国体で消耗させられないという実情があるのだろう。経験を取るか連携を取るか。出場機会が多いとクセや弱点を見抜かれるというリスクもあるのでどうするかは監督次第だ。
この国体は準々決勝に出ないと無理なので帝王は今年出られない。国体に出られるのであれば三年生はまだ引退せずに練習を続けていた。
話を文化祭に戻して、文化祭はクラスや部活で出し物をするわけだが野球部で何かをすることはない。大会前だということもあって遊び企画をしたりもしないようだ。他の学校だと野球教室をやる野球部もあるらしいが、帝王はそんなことを一切しない。
あと、クラスでの出し物も基本手伝えない。帝王はスポーツ学校だけあって部活動が全てにおいて優先される。だから三年生でもない限り本気でやらないのだとか。
今日のLHRでその内容が決められるわけだけど、ウチは飲食でカレーをやるようだ。カレーを作る調理班とレジ班と宣伝班に別れるみたいだ。宣伝班はプラカードを持って呼び込みをするらしい。動きたくもなかったからレジ班でもやろうと思ったが、ここでも女子の力が動く。
「宮下君は絶対に宣伝班ね!」
「……何で?」
「宮下君は有名だから、歩いてたらそれだけでお客さんが釣れるの!それに練習もあるだろうから、当日だけの仕事がいいでしょ?」
「プラカードの作成は良いのか?」
「それくらいは他の人でするからさ。ね、宣伝班になってよ」
結構な数の女子がそうであることを望むような視線を向けていた。これを覆すのは無理だな。
俺は千駄ヶ谷も宣伝班に入れてもらうことを条件にその提案を飲んだ。千駄ヶ谷もレジか宣伝かを選ぼうとしていたようで諦めていた。
面倒なことになったなと思って机に突っ伏していると隣の席の木下さんが左肩をちょんちょんと突いてきた。何だろうかと顔を向けると小声でさっきの内容について話してくれる。
「智紀君。何だか他の女子との結託があったみたいで。クラスに閉じ込めることを他のクラスの女子が認めなくて、ウチのクラスの女子はレジ係をさせることで智紀君が合法的にお客さんの手を握ることを阻止しようとしたみたい」
「……馬鹿馬鹿しい」
「それくらい人気者なんだよ。甲子園で活躍しちゃった智紀君は」
「どうせ俺たち、土曜日はいないのにな……」
「ウチシードだから、確実に初戦なんだよね……」
そう。秋の本戦が九月の第四週から始まって、初戦が土日に行われる。で、最終週に二回戦が始まって、第一シードの俺たちはそこが初戦だ。だから文化祭二日目には確実に出られない。
夏大会の結果が出た時点で野球部はこうなるってわかってたんだから、土曜日にいなくても大丈夫な仕事しか割り振られない。野球部が文化祭を楽しめるのは最後の秋だけだろう。
どんどん決まっていく内容を、流し見していく。教室で販売をして、どこかの部屋を借りてカレーを作ってこの教室に運ぶらしい。カレーを運ぶのも調理班らしい。
木下さんは料理が得意らしいが、調理班になることはなかった。彼女も土曜日は俺たちの応援に来るから文化祭には出られない。合宿の際におにぎりとか食べたけど普通に美味しかった。千紗姉よりはマシだったから料理が得意というのも間違っていないだろう。
木下さんはレジ班に。
それからカレーは甘口と辛口を作ることに決まって、作り方は調理班で精査するという話に。宣伝班はプラカードの作成を、レジ班は教室の内装を準備期間に担当するらしい。
運動部の人間は簡単な作業を任され、文化祭で活躍するような文化系の部活の人もステージなどの時間を優先して空けてもらうように調整するのだとか。これ、文化史あの準備ができる人は少ないんじゃないだろうか。文化系の人もステージとか発行物とかで忙しいだろうから。
これ、一・二年は簡素なやつしか作れないよな。いや、女子生徒は
昼食の時に他の連中に聞いてみたら他のクラスも大体似たような返事が来た。
「ウチなんて展示やで。何の内容をやるのかはこれから決めるって感じやな」
「そんなのまだマシだろ。俺たちなんて休憩室って名前の駄菓子屋らしいぞ」
「駄菓子なぁ。仲島、暇そうだな」
「確実に暇だ。レジの時間も少ないらしいから好きに文化祭を回れそうだけど」
「……千駄ヶ谷。会田さんって確か調理班だったよな?」
「え?うん、そうだね。だから金曜日はもしかしたら忙しいかも。会田さんって文芸部だからそっちの役職も何かあるだろうし」
「仲島が暇でも会田さんとの時間が合うかはわからないわけだ」
「何で会田さんの話題になるんだよ⁉︎」
俺と千駄ヶ谷のフォローに逆ギレのようなことをしている仲島だが、周りにいた俺たちは全員でヤレヤレと首を振ってあげた。
「お前や千駄ヶ谷がレギュラーになったことはもう学校中に知れ渡ってたな?」
「ん?ああ」
「んで、お前を狙う女子はめっちゃ多いわけや。オレも告られた」
「三間ァ、その話詳しく!」
「三間のバカは置いておいて、女子たちはベンチに入ったりレギュラーになった人間には粉をかけ始めたわけだ。ベンチに入った俺も一気に増えた」
へえ、三間告られたんだ。高宮は話が脱線しそうになったからどうでもいいと切り捨てたけど、俺も割と気になるな。元カノのことが吹っ切れたのかどうかとか、特に。
「レギュラーになった仲島は特にそういう声が多くてな。お前のことを聞いてくることも多いんだ」
「でぇ?そんな仲島君は女子のそういうアプローチにどう返したぁ?」
「……付き合ってる子がいるから、ごめんって言った」
ほう。それは初耳だ。そこまでを思ってフォローしたわけじゃないんだけどな。千駄ヶ谷もそれは聞いてないって顔をしている。阿部が知っていたのは仲島と同じクラスだからだな。
「んで付き合ってる相手なんて、話を保留にしていた女の子しかいないわけよ。違うか?」
「……違わない」
「これ、午後から阿鼻叫喚じゃないか?」
「会田さん大丈夫かなぁ?仲島君に告白したのは知られちゃってるし」
「まあ、文化祭楽しめよ。こっちも会田さんをフォローしておくから」
昼食を食べて教室に戻るとやっぱり仲島と会田さんが付き合っているという話が知れ渡っていた。何で野球部の一年生が付き合ってた話が半日で知れ渡るんだよ。
これ、野球部のレギュラーは特に女子と付き合えなくないか。こうやって同じ学校で付き合ったらすぐに拡散されて学外であっても詮索される。梨沙子さんのことまだ聞かれるからな。この学校、厄介すぎる。
彼女ができても公言したらダメだとわかったけど、そもそも同じ学校の女子と付き合うのはどこからか漏れそうでリスキーすぎる。そもそもその性格的にこの学校で付き合えそうな女子がどれだけ残っているか。
隠れて付き合うなら学外だけど、こんなに野球漬けの日々でどうやって学外の女子と知り合うのかって話もある。特に寮生活をしている面々は寮からほとんど出られないんだから絶望的だ。
野球部で彼女ができない理由が明らかになったな。これは作れないし、もし彼女ができたとしても誰にも言えないだろう。どこから漏れるかわからないし。
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