2−5−1 秋の前のチーム固め

 夏休みはあっという間に終わって新学期が始まった。練習自体は長時間だったため結構キツかったが、夏前の合宿で慣れていたので疲労も残っていない。これから背番号が発表されて秋大会に向けて一軍で練習を重ねて行くんだろう。


 学校が始まってすぐ、始業前にやっぱり女子生徒に囲まれる。なんかもうこれが日常茶飯事になっているというのが嫌になる。


「智紀君、完全試合おめでとう!」


「あの試合ホームランも打ってたよね!本当に凄いよ!」


「甲子園もすっごい活躍だったよね!」


「ありがとう。全校応援も大変だっただろうけど、嬉しかったよ」


 適当に返事をして席に座る。内容のうっすい賞讃を浴びてこの女子たちは変わらないなぁって思っていると、千駄ヶ谷も女子に囲まれているのは、練習試合で活躍していたからだろうな。夏前までは話しかける女子が少なかったのに。


 露骨だよなぁ。まあ、もうクラスの女子については何も言わない。気になる女子は仲島に告白した会田さんくらいだ。あとは女子マネージャーの木下さんくらい。あまり話しかけてこない女子の心象は良いんだけど、逆に話しかけてこないから名前を覚えられないんだよな。


 初日は夏休みの宿題を提出して後は始業式があって、野球部でベンチメンバーだった人間は壇上に上がって校長からのお褒めの言葉を貰って全校生徒から拍手されるというイベントもあった。負けたものの良い試合をしたので拍手は大きかった。


 同じようにテニス部と水泳部も良い結果を残したようで壇上で表彰されていた。帝王は野球部だけじゃないんだなって思える結果だ。他の部活も頑張ってるんだろうけど、全部の部活を紹介するわけにはいかないのか全国大会に出られなかった部活は司会の生徒の紹介だけで済まされた。


 県大会で良い結果を残したり、スポーツ学校らしい成果は出しているらしい。クラスの男子に聞いた限りだから詳細はわからないんだけど。やっぱり甲子園で話題が埋め尽くされているらしい。


 授業はそこそこに、お昼になって寮の食堂でご飯を食べながら昨日までに決まったブロック予選の結果を確認していった。


「上中里は当然のように負けてるな。二年生もいなくてあのチーム力なら当然か」


「おっ、足立南は勝ってるな。流石最上先輩」


「加賀商業も勝ち上がってるぞ。……うわ、篠原さんブロック予選で二ホーマーかよ。投げてる二試合はどっちも完封だし」


「臥城も白新も順当の一言だね。三苫も凄いスコアだけど勝ち上がってる。東の有名どころはこんなところで負けないね」


 ブロック予選の結果は順当としか言えない。東東京の有名どころはもちろん、西東京で知っているような学校も勝ち上がっていた。


「甲子園に行った武蔵大山むさしおおやまは確定として、八王子や道玄坂どうげんざかも勝ち上がってるな。三間に言っておくとかなり強い西東京の学校だ」


「おう、サンキュー。武蔵大山はエースと四番が二年生やったな。準々まで残ってたから覚えてるで」


 やっぱり西東京で注目すべきチームは俺たちと同じく夏の甲子園に出場した武蔵大山だ。エースの米川よねかわさんが変化球の種類が多い軟投派で、なのにMAX140km/hは出るバランスの良い投手だ。四番の外野手井上いのうえさんは強肩強打で甲子園でも三本ホームランを打っているプロも注目する選手。


 二年生の知名度で言えばその二人がズバ抜けている。


 夏も俺たちより残ってるからな。選抜筆頭とまで言われている。


「臥城は……阿久津がエースなのか。四番は灘だし」


「白新の萩風は変わらず一番なんだな。げ、またホームラン打ってる……」


「いやそれよりも萩風はこの五盗塁の方だろ。たった三試合で五個も盗塁してるのは出塁率も合わせてヤバイ」


「三苫は……。え?あの大山がエースナンバーなのか?」


「あの速いだけの奴?コントロールがクソ悪かったイメージしかないんだが……」


「たとえストレートが速くてもストライクが入らなかったら意味ないじゃん……」


 敵戦力の分析もしつつ、今度ある抽選会の結果次第のトーナメントを待つことになる。要注意の学校の様子を調べて後は組み合わせを見てから改めて話せば良い。


「そう言えば智紀、女子の様子どうやった?夏前と変わったか?」


「いや?いつも通りだった。三間は変わったか?」


「オレやなくて他の野球部男子に声をかけるようになったって感じやな。その急な変化が気味悪くて……」


「俺や三間に一本化されていたのが分散されただけだ。倍率を考えて可能性を模索して相手を変えただけだと」


「お姉さん情報か?」


「そう」


 前々から教えてもらっていたから不思議でもない。かといって女子生徒って決定的な行動告白をしないんだよな。


 だから野球部員は付き合えないことを疑問に思う。相手は好きという気持ちを表明しているのに野球部員からは告白しない。女子生徒の本性を知ってしまったから。となるとカップルはできないよなぁ。


 会田さんのような文系の人って珍しいんだろうな。仲島はかなり運が良いんだろう。いや、会田さんのことはあまり知らないけど、他の女子と比べると相対的に良い人なんだろうと思える。


 そして放課後。


 練習前に東條監督にグラウンドに集められる。宇都美コーチが持っている白い束を見て何故集合させられたのか察した。秋大会のベンチメンバーが発表されるってことだ。


「これより背番号を発表する。名前を呼ばれたら前に来るように」


 秋大会も二十人が選ばれる。実のところ背番号はもう少し後に発表されるものだと思ってたから少しビックリしている。確かに今週末には抽選会があるから高野連にはベンチメンバーを提出しているんだろうけど、発表は今週中ならいつでも良かったはず。


 早めに発表して練習もそのメンバーで回していくという話だろう。


「背番号一、宮下」


「っ!はい!」


 俺が、エース。前に出て背番号を受け取る。


 列に戻る際に投手陣の顔を見る。大久保先輩は悔しそうにしているものの、拍手をしてくれる。


 一年生にエースを奪われるのは悔しいだろう。それでも今は惜しみない拍手をしてくれる。


 その期待に応えないと。


「背番号二、町田」


「はい!」


「背番号三、丸山」


「はいっ!」


 キャッチャーは町田先輩。高宮はレギュラーにはなれなかったか。甲子園でもベンチに入ったのは町田先輩だったし、打力などを考えたら町田先輩の方だろうし。


 ファーストのレギュラーは二年生の丸山先輩。左利きということもあってファーストの適性は高いし、引っ張りで強い打球を打てる人だ。


「背番号四、村瀬」


「はい!」


「背番号五、三間」


「はい‼︎」


 セカンド、サードのレギュラーも順当と言えるだろう。キャプテンと甲子園の時のレギュラーなんだから。


「背番号六、仲島」


「はい!」


 ショートには俺たちの代のキャプテンの仲島が選ばれた。守備が良くて足も速い。二遊間を固めたいなら仲島を入れるのもわかる。


「背番号七、千駄ヶ谷」


「はいっ!」


「背番号八、三石」


「はい」


「背番号九、柴」


「はい!」


 外野三人も能力のバランス的に良い人たちが選ばれたというか。千駄ヶ谷は今の一・二年生の中で足は一番速い。外野に置きたくなるのもわかる。三石先輩はレギュラーだったんだから選ばれて当然。柴先輩はミートが上手く肩が強い。妥当な感じがする。


 投手は大久保先輩に馬場先輩と平。大久保先輩以外はサウスポーだ。投手は俺を含めてこの四人。


 捕手の控えは高宮。捕手陣でもキャッチングが上手いのは高宮だ。高宮がベンチにいるのは俺のアップを手伝ってくれるのはありがたい。


 あと控えで一年生は藤本と武田の二人。藤本はセカンド、武田は外野だ。二十人の中に一年生が七人もいるのは多い気がする。


 エース。俺がエースか。秋からとはいえ一年生でエースになるのは初めてだ。シニアだって秋はまだ控え投手だった。重責がないかと言われたらもちろんある。けど、エースになったのならエースとして最高のピッチングをするだけだ。

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