2−4 秋の前のチーム固め
智紀たち通い組が帰った後、東條監督は寮の監督室にキャプテンの村瀬と副キャプテンの三石、後はバッテリーでレギュラー候補の大久保と町田の四人を呼び出していた。
今日の練習試合の結果を踏まえて伝えておかなければいけないことだった。今後二年生で中心となる選手たちには先んじて伝えようと指導陣で話し合った結果だ。
集められたメンバーも呼び出された理由は察していた。二年生のバッテリーを呼ぶというのは
「集まってもらって悪いな。秋大会のことでお前たちに話したいことがある」
「……背番号、というよりはエースについてですよね?」
「ああ、そうだ。大久保、エースは智紀に任せる」
東條監督の言葉に大久保は鎮痛そうな表情を浮かべるものの、大久保だからこそ最初に言葉を出せた。
今日の試合の結果を見ればわかる。相手の大舘高校は神奈川でも優秀な学校だ。神奈川は都道府県の中でも参加校が多く、関東地区でもかなり強豪が集まっている激戦区だ。そこで打撃が有名な大舘を新チームとはいえ完全試合で抑えたのは誰もが認める成果だ。
大舘も戦うなら甲子園に出場していた帝王にベストメンバーを当てたかった。その証拠に最後まで選手交代は多くなかった。大舘は神奈川でベスト四にもなる強豪だ。
そこに完全試合は運もあるだろうが、実力がないと強豪校相手にヒットを一本も許さないなんて真似はできない。
普通であれば学年順に良い背番号を与える。学生のスポーツにおいて一年間の差は大きいためにほとんどの学校では学年が上の人間でレギュラーを固めている場合が多い。それを覆すのは相当の努力を積んだ人間か、相当の天才か。
今回の場合は、大久保という才能も努力も積み重ねた歳上より、一つ下の天才を優先したということ。
「いえ、甲子園での活躍も鑑みれば宮下を選ぶのはわかります。エースは智紀ですけど、野手としての併用もするんですか?」
「ああ。お前がマウンドに立ってたら基本的に野手として起用する。あのバッティングをベンチに置いておくのは勿体無いからな。守備も悪くない」
「わかりました。でも秋以降は俺も諦めませんよ?」
「それで良い。智紀が投げない日には確実に大久保の力が必要だ。頼んだぞ」
「はい!」
エースを一年生に任せる。これを町田にも伝えるのはもう首脳陣の中で正捕手も町田に決まったと伝えているようなものだろう。
キャプテン副キャプテンに伝えたのは今後の方針を指導陣と一致させたいため。二人も智紀がエースだと納得したところで町田が東條監督に尋ねる。
「捕手は俺と高宮の二人体制ですか?」
「そうだな。今回の完全試合は高宮のリードも大きいだろう。打率も悪くないし、肩も一年生ではトップクラスだ。ベンチには入れる。練習試合で智紀以外と組ませた時も試合結果は悪くないからな」
「わかりました。他の投手は決まりましたか?」
「まだ選出中だ。いつも通りなら一年生と二年生を一人ずつの予定だが、今年は選定が難しくてな……」
「智紀のことを考えると投手としてもこっちとしても選ぶのにプレッシャーがあってな。もう少し待ってくれ」
智紀がピンチを作った際、または調子が悪い際に立て直してもらうほどの投手じゃなければいけない。そうなると選出のハードルが上がってしまうのも仕方がない話だろう。
そこからは決まっている選手について四人に報告をする。
「ファーストはまだ選定中だ。セカンドは村瀬で、サードは三間。ショートは仲島で行くつもりだ」
「仲島、一年ですね。確かに昨日も打っていましたし、守備も良かったです」
「今のショートの中で一番バランスが良い。足も速くて二番辺りに置くのが良い感じだな。ファーストはもう少し待ってくれ」
「甲子園では三間が守ってたせいで、ベンチに二年生は入っていなかったですからね。ファーストで悩むのはそうでしょう」
内野のほぼ全員が決まっているのはチーム固めとしてはありがたい話だ。特に二遊間が決まっているのはバッテリーとしてもありがたいことだ。町田は一試合目を見ていたのでショートの仲島の実力は認めていた。二番打者に置けそうな巧打者で守備もまともな選手がいるのは大きい。
「外野は三石と柴が確定。もう一人は今の所千駄ヶ谷で考えている」
「千駄ヶ谷……。あの足とミート力は確かに優秀ですね。柴も打力が良いですから」
「智紀が外野の際は誰がベンチに下がるんですか?」
「千駄ヶ谷だな。三石をセンター、柴をライト。で残りの一人をレフトで起用する」
「宮下の打順もやはり弄るんですか?」
「野手の時は五番でも良いと考えている。投手の時は下位打線でも良いだろうな」
そんな運用方法を聞いて選手たちもどんなチームになるのか想像ができ始めた。正式に決まっていない選手はファーストだけ。そうなれば打順も試合展開も想像しやすくなる。
「町田。捕手として一年生で目ぼしいのは誰だ?その選手を中心的に見ようと思う」
「……そうすると平ですね。左ですし、球速も伸びてきたので戦力になると思います。パームもスクリューもあるので総合力はかなりのものですよ」
「練習試合でも失点が少ないな。わかった。平を中心に見るとしよう」
町田の助言もあって投手陣で見ていく選手を決めていく。宇都美コーチからも詳細は伺っているが、選手からの話も聞いておきたいところだ。
試合の結果だけではなく、練習の様子も確認しておきたい。宇都美が中心となって確認しているが、正捕手の町田の意見も聞いておきたかった。キャッチャーとしての相性もあれば、生で見ている選手の意見も大事にしているのがこの帝王の在り方だ。
「ベンチメンバーはまだ選定中だ。ここで聞いた内容は他の部員に言わないように。戻って良いぞ」
「「「「はい」」」」
聞きたいこと、伝えたいこともなくなったので部員たちを戻した。指導陣はベンチメンバーの選定をどうしようかと軽く話し合って解散となる。
凄すぎる才能が入ってくると嬉しい悲鳴ばかりではないと改めて思った指導陣だった。OBや観客はスター選手の活躍を望む。だが怪我をさせないようにも気を付けなければいけない。その上で勝利して甲子園に行く必要もある。更に智紀の場合は野手としての活躍も期待されている。
考えることばかりだ。だからこそ選手からも意見を募る。責任だけは大人で取り、より良いチームを作る。
これが帝王の選手たちが辞めない大きな理由だ。ここまで選手のことを考えてくれる名門校などほぼない。実力がなかったり怪我をした選手のことを大事に扱ってくれる名門は希少でほとんどが見捨てる。だが帝王は引退した後の進路なども手厚く、コーチが二人もいるというのは他にはない特徴だ。
強いことはもちろん、こういうチーム作りをしているからこそ選手が集まる。そして実績を作れる。
これを続ける限り帝王はいつまでもう良いチームを作れるだろう。
夫の帰りが遅くて家族を心配させることだけが玉に瑕だが。
家族の了承あってこその夜遅くまでの指導ができる。東條は家に帰るとちょうど娘が帰ってくるタイミングが一緒だったようでテーブルに座っている娘がいた。
東條春香。十七歳の高校二年生。彼女は高校に通いつつアルバイトをしている。
「春香。今日はアルバイトだったのか?」
「ううん、養成所の方。久しぶりにお父さんの顔を見た気がする」
「家に帰ってきたらご飯を食べて風呂に入ってすぐ寝るからな。こうして夜ご飯のタイミングが合わなければ朝も顔を合わせられないだろう?」
「野球の練習で朝も早いからね。とりあえず甲子園お疲れ様。習志野学園強すぎない?」
「……ウチも負けてないチームだった。羽村がかなり注目されてるが、ウチの一年生の三間も劣らない打者だ。……キャッチャーとしての素質。差はそこだっただろうな」
春香は野球一家として高校野球のことは調べていた。そして知識もあるために父との会話も問題なくこなせる。
今日彼女は声優の養成所でレッスンを受けてきてその帰りだった。声優になるために週三回、ジュニアコースから続けている養成所で講習を受けていた。
「宮下君を使ってれば勝てたんじゃないかって話はネットでよく見るわね。けど、一年生投手におんぶに抱っこで勝てたとは思えないわ。あの継投は間違ってなかったと思う。宮下君が完投してあれ以上失点を防げたとも思えないし」
「宮下の打力分追加で点を取れた可能性もある。……だが一年目から宮下を酷使する気はない。アイツはプロで活躍できる器だ」
「やっぱり?となると慎重にもなるよね。……お父さんに報告。あたし十月からプロとしてデビューする。結構大きな事務所に拾ってもらえることになった」
「そうなのか?おめでとう。母さん、一杯だけ飲んで良いかい?」
「はいはい。どうぞ」
チーム運用に頭を悩ませていたこともあり、おめでたいことも重なったので妻に缶ビールを出してもらう東條監督。
キンキンに冷えたビールは、暑い夏と相性が良く喉越しが最高だった。
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