2−2−2 秋の前のチーム固め

 練習試合の第二試合。


 帝王と伊上高校の試合が始まった。


 一年生で試合にスタメンとして出ているのは仲島、千駄ヶ谷、三間の三人。三間は四番に座り、仲島はショートで二番。千駄ヶ谷はセンターで一番。他の一年生も準備だけはしていた。ベンチにいる者は絶対に試合に出すとは言われていて、それまでは貪欲に自分の出番を待っていた。


 先発投手は二年生の馬場。サウスポーでコントロールは良いのだが、時たま失投をして甘い球が入るのが玉に瑕。オーバースローの投手で球速は130km/h中頃。球種はスライダーとカーブだ。夏時点では二軍にいたものの一軍昇格は逃していた。


 伊上高校はバランスの良いチームで、馬場から連打で得点を重ねていた。


 一方、帝王も打撃が強いということは年度が変わってもそのままで、五回までに七点を奪う猛攻。特に一年生トリオの活躍が凄まじかった。千駄ヶ谷がどんな形であれ出塁して、そのまま盗塁。続く仲島が単打と長打を打ち分けてチャンスを広げたり打点を捥ぎ取ったり。


 そして甲子園で活躍してきた三間はその経験が活きたのか、三回には二ランホームランを放っていた。そんな活躍を見せつつ、やはり新チームを試したいという意識があるために選手を交代し始める。


 投手は一年生の高坂が。その他にも一年生が何人も出場していた。高校に入って初めての練習試合ということで緊張していたのか、らしくないミスをする人間も。


 監督が求めているのはどんな場面でも普段通りの動きができる人間だ。そういう意味では仲島は高校初の試合でしっかりとした活躍をしたと言える。打撃でも好調で、守備でも問題なく動けていた。ショートとしては申し分ない実力を見せていた。


 その他突出した選手は千駄ヶ谷くらいで、目立った一年生はいなかった。二年生が主に打って守っての大活躍で進み、結局十一対五という結果に終わった。


 智紀はこの試合でスタメンキャッチャーとなる高宮とブルペンで投げ込みをしていた。試合前の投げ込みをしていて終始智紀が首を傾げていた。


「どこか様子が変なのか?」


「いや、コントロールが甘いなって思っただけだ。微妙に構えたところに行かないっていうか」


「これくらいは誤差だろ。そこまで気にしなくて良い、それくらい威力がある」


「……まあ、元々そこまでコントロールが良いピッチャーじゃないしな。今日は球威で押すか」


「多分五回までしか投げないだろ。だったら今日の調子でどこまで行けるかの試金石になる」


 千紗に呼ばれて二人はAグラウンドに向かう。グラウンド整備が終わればすぐに大舘高校との試合が始まる。


 監督からも高宮が捕球できるのであれば全部の球種を投げて良いと言われていたので球種制限もなく投げることになる。


 大舘高校との試合でスタメンの一年生は智紀と高宮、そしてファーストの倉田だけだった。高宮が六番、倉田が八番、智紀が九番という打順。智紀が九番の理由は打力についてはもう確認済みなので他の選手がどれだけ打てるのか確認がしたいために一番打順が回ってこない位置に配置しただけだ。


 あとは継投に入ったらそのままの打順に投手を置くつもりなので下手にクリーンナップに置いてしまうとその後の打撃が滞ると考えて九番に。


 そうして試合が始まる。


 大舘高校は伊上高校との試合でレギュラーを使っていなかったのか、同じスタメン選手は二人しかいなかった。帝王のようにレギュラー選出のために試している最中なのだろう。そのため高宮が集めたデータはそこまで役に立たなかった。


 智紀の調子が悪そうだと判断した高宮はストライク先行で打たせて取る作戦で行こうとした。四球で自滅されるよりはよっぽどマシだろうと判断した結果だ。


 だが、その思惑はマウンドに上がった智紀のボールを投球練習で受けて吹っ飛ぶ。


 智紀のボールが、良過ぎた・・・・のだ。


 たまに投手にはブルペンや投球練習の時だけ調子の良い日というものがある。ブルペンで本人はおかしそうにしていて投球練習で非常に良いのはどうしたものかと思ったが、帝王が後攻なためにこのまま投げさせるしかなかった。


 打者と相対して、受けている高宮とバックネット裏の小屋でスピードガンを持って計測をしていた千紗はその結果に驚くことになる。


 コントロールが少し甘いのはその通り。だがそれ以上に甲子園を経て進化した智紀のボールはその威力も変化量も夏前とは比べ物にならなくなっていた。


 ブルペンでいくら準備しても、練習と試合でこれだけ違うのであれば本番が怖すぎると高宮は感じる。本番を十とするならば練習が精々七か八程度の精度でしかないのだ。高宮も甲子園から帰ってきた日に受けたが、そのギャップに驚きを隠せない。


 強打と言われる大舘高校の打線を、全く寄せ付けなかったのだ。


 これには守備を見たかった東條監督としても大誤算。守備機会の少なさに評価を正しく出せない選手が何人か出てしまった。四回終了時点で何人かは守備交代にする予定で、今後のスケジュール的にも他校との練習試合を組めない可能性が高かったのでここで色々と試したかった思惑が外れる。


 まだ夏休みだが、これから秋のブロック予選が始まる。ブロック予選を勝ち抜いたチームが都道府県大会に出場してそこから関東大会などの上の大会に繋がっていくシステム上、そろそろ始めないと日程が消化しきれないのだ。神宮の全国大会の日程も決まっており、そこを終了とみなすと早目に動く方がいい。


 となると、八月末にはブロック予選を行い、九月頭には都道府県大会の抽選もしたいというスケジュールになる。


 新チームを作り上げること、そして大事な大会前に名門である帝王に敗れて自信を無くさないでほしいと考える監督が多いためにブロック予選付近から練習試合を組めなくなる。相手が利益のある対戦だと思ってくれない限り練習試合は成立しないのだ。


 ブロック予選に勝ち上がったチームはそのまま次の大会に向けた調整に入るだろうし、帝王からしてもブロック予選で負ける程度のチームと戦っても得られる経験が少ないと感じて無闇矢鱈に試合を受けるわけにはいかない。


 そういった理由からこの練習試合が帝王の新チームを試せる最後の機会になるだろう。だからこそ、東條監督は色々な選手を試しておきたかった。ぶっつけ本番は怖すぎるからだ。


 だが、初回が終わって。打者三人を相手にしたピッチング。そのピッチングは甲子園で見せたものと遜色ないもので三者凡退で切って取った。高宮としても受けていて手が痺れるほどの威力のストレートがいくつも受けていれば今日の調子なんてわかるもの。


 智紀の調子が良過ぎてこの試合は壊れると東條監督は察してしまった。


 智紀は確実に秋大会から中心選手として起用していく予定だ。投手としても野手としても使っていくつもりなので活躍をしてくれるのは嬉しいことなのだが、それは行きすぎると他の選手の成長が妨げられてしまう。


 凄すぎる才能は周りに挫折を与える。付いていけないと心を折る。一人の選手に頼り過ぎて他の選手に出場機会を与えられなくなるためにチームの総合力が落ちてしまう。絶対的エースというのはそういう危険性も孕んでいる。


 だが、東條は既に智紀という才能の塊に目を焼かれていた。だからこの試合は智紀に任せようと思ってしまう。


 期待通りの活躍を五回までしてくれる。それは投手としても最高の結果を見せつけることは当然として、四回の第二打席ではセンターへの特大アーチまで見せつけていた。今日は野手としての活躍を期待していなかったのに、そちらでも結果を見せてくれた。


 当初の予定では五回にバッテリーごと入れ替える予定だったが、そのスコアと千紗が纏めた投球分析表を見てそのまま続投を告げる。高宮のリードも一因であったために高宮もそのままフル出場させることにした。


 選手を入れ替えても打線はよく回っていた。大舘高校が投手力と守備力がおざなりだったというのもあるが公式戦ではコールドになるような点数になっていた。帝王はあまりにも圧倒的な試合だったらコールドを練習試合でも受け入れるが、今回は秋大会のための調整と決めていたのでどんな結果でも九回まで実施すると両校から承諾を得ていた。


 それが最悪の結果を産み出すと、当時の大舘高校の監督は予想していなかった。


 智紀が投げることは想定していた。甲子園で猛威を振るった打線が相手なのだから大差がつく可能性はあった。


 それでも、打撃には自信があった。一点くらいは奪えるだろうとタカを括っていた。


 まさか九回の二アウトまで一塁すら踏めない・・・・・・・・なんて予想できるはずがなかった。その結果にいつもは女子生徒で騒がしいグラウンドの周りも静まり返っていた。


 九回になっても落ちない球威。失投も甘い球もなく、汗はかいているものの表情は余裕が見られるほど。マウンドでは堂々とした顔のまま、ボールを投げ込んでいく。


 ストレートと変化球を交えて空振りを奪っていく。代打で出てきた選手はファウルにもできない。追い込まれた打者の表情は強張る。ここで終わらせるかと、当てれば何かが起こると願ってバットを振るう。


 最後のボールは嫌に速かった。それが三番ストレートだとわかるのは帝王の人間だけ。真ん中高めに放たれた釣り球に打者は完全に振り遅れて、空振り三振。


 終わった瞬間打者は膝から崩れ落ちて、守備に就いている選手は自分の方に飛んでこなくて良かったとさえ思っていた。緊張のしすぎで身体が硬くなっていたからだ。


 整列して挨拶が終わった瞬間、静まり返っていた反動で一気に騒がしくなった。


「か、完全試合・・・・だーーー‼︎」


「甲子園で奪三振記録を作ったのは偶然じゃねえ!」


「智紀君カッコよすぎ……!」


 そう、完全試合。ランナーを一人も出さずに二十七人の打者をアウトにしたという結果を残した。


 この結果に相手への絶望の結果を叩きつけたのと同時に、帝王投手陣へもとんでもないプレッシャーを与えていた。


 エースナンバーへの遠さ。そして智紀が投げない試合を任された時のプレッシャーが両肩に乗る。智紀が投げずに自分たちが投げる試合で負けたら、智紀が投げなかったから負けたのだと評価されるだろう。それだけの選手に、評判になってしまった。


 元々評価は高かっただろうが、これはこの世代を決定付ける一試合になった。


 智紀のエースナンバーが、内外で確定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る